Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ノアの箱舟の不思議

聖書Genesis(創世記)で語られている話の一つ「ノアの箱舟Noah's Ark」が今回のテーマです。
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(オランダ・ドルドレヒトの運河に“停泊”中のノアの箱舟Johan’s Ark)
上の写真の船は聖書に書かれているサイズに似せて造られたもので、これを紹介する特集番組が見つかりました。船の中は動物園で小動物が公開されています。象やキリンは実物大のモデルが置かれています。
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https://www.youtube.com/watch?v=o9xEGzOiCEA

ギリシャ神話、聖書、コーラン、古事記/日本書紀、はたまたヒンドゥの教義などには数多くの神話が残っています。どの教義にも大抵「この大地や生命体を創造したのはおらが神様だ!」という話がありますが、誰もが「それは嘘だ」と思うし、「これを信じなければ我が宗教の信者ではない!」と言い張る宗教もないでしょう。神父や宗教指導者も「天地創造の話は御伽噺(おとぎばなし)だから楽しく読んでもらえば信じなくてもいいよ」くらいのことを言っているはずです。そもそも、この星や太陽系だけでなく、広大な、無限に広がる宇宙そのものを「おらが神が創った!」と主張する人がいたら、同じような創造神を教義に持っている他の宗教信奉者のメンツは丸崩れですし、そんな荒唐無稽な人に付き合っていたら時間の無駄!と普通の人なら無視します。

しかし、以前のブログでもご紹介したように、神話の全てが架空の話というわけでもないようです。平たく言えば「火のない所に煙は立たぬ」ということで、普通ではない事件や人物が実在し、これらを拡大解釈し誇張して神話が造られたと考えても間違いないケースが多々あります。

ノアの箱舟の話は、ほとんどの方が承知だと思います。
ノアという男が神の啓示を受けて大きな箱のような船(アークArk)を造り、家族と多数の動物を載せたところで、神が大洪水を引き起こし、地上が全て水中に沈むと、箱舟に乗った一握りの人間と動物だけが生き延びて、水が引いた後で、世界に散らばって子孫を残した、というお話です。これが事実なら、今、生きている全ての人間や動物は、ノアがいなければ存在していないことになります。

聖書によると、ノアの箱舟は、水が引くとアララト山Mount Araratに着地します。聖書より前に書かれたと考えられているギルガメシュ叙事詩(注1)には、ニシル山という山に洪水を逃れた大きな船が着地する話があるようです。
(注1:ギルガメッシュ叙事詩:紀元前2600年ごろ、古代のメソポタミア(シュメール)の都市国家ウルクに実在したとされる王ギルガメッシュを巡る物語)

聖書の中のアララト山とギルガメシュ叙事詩のニシル山の概略位置をGoogle-Earthの写真上に示すと次の通りです。アララト山は同名の山が現存していますが、ニシル山については情報が少なく、イラクの町スライマーニーヤSulaymaniyahの近くの山だと言われています。
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19世紀の中ごろ、アララト山に船の形をした場所が見つかり、「ノアの箱舟が到着した跡だ!」と現地の関係者が確定して小さな博物館も建てました。しかし、まともに信じる人は少ないようです。
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そもそも「ノアの箱舟またはそれに似た出来事などは全く起きていない!」と信じている人も多いので、「アララト山で偶然見つけた、なんとなく船の形をした場所がノアの箱舟の跡だなんて、なんと馬鹿げた話だ」と思うのでしょう、私もその一人でした!!??

ノアの箱船がアララト山に着いた、というのは99.99%事実ではない、と思うのですが、ある情報によれば、ノアの箱舟に似た話はどうも現実に起きていたようですねぇ!!!

ということで、Youtubeフィルム「ノアの箱舟;本当の話Noah's Ark - The Real Story 」をご紹介しましょう。BBC英国放送協会ドキュメンタリー賞受賞作品です。
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ノアの箱舟の話は旧約聖書やコーランでも見つかる不思議な物語だ。しかし、それは本当の話だろうか?イランで見つかった考古学的事実を参照しながら検証してみよう。
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そして、ノアは何をしていた男で、どこに住んでいて、どんな風采だったのかを解き明かしていこう。
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聖書、コーラン、律法(?トーラtorah)などによると、5千年前、ノアは女房と3人の息子、それに息子の妻達と共に中東のある場所で暮らしていた。
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いたって善良な男で、神の判断によれば、彼と彼の家族達は、世界の崩壊を免れる価値のある人々だった。ノアは葡萄酒用のブドウを栽培することを生業(なりわい)としていた。だから、洪水の後、ノアがまずしたことは葡萄の苗を植え付けることだったようだ。

しかし、そんなノアにも弱点があった。葡萄収穫の初日、ワインを飲み過ぎて裸のまま畑で寝込んでしまう。見つけた息子が気を利(き)かして布を掛けてあげた。翌日、酔っ払て裸で寝ていたことを息子に見られたことに気づいたノアは、その息子を恨(うら)んで叱りつけたりするのだ。

そうはいうものの、ノアはとても信頼できる男だったはずだ、何故なら神は彼に大きな任務を与えたのだから。

夢の中で神が言う。「我は罪深き人間を罰するために洪水で地球を覆い尽くすであろう。しかしお前とその家族には役目を与え、生き延びさせてあげよう。木で船を造って中と外をピッチ(タールみたいなものです)で塗り、隙間から水が入らないようにしろ。船の中は3層とし、ドアと、甲板には屋根も付けろ!」
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驚くのは、神が指示した船の大きさだ。「長さ300キュービット、幅と高さは30キュービットとしろ!」
経典によれば1キュービットは1.5ft、約0.5mだ。つまり、神が指示した船の大きさは、長さ150m、幅と高さが15mとなる。近代のスーパータンカーやタイタニックに匹敵する大きさで、間違いなく、古代で最大の船だった。
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一人の男が成し遂げる仕事にしては大きすぎる!その上、聖書ではこの大きな船は木材だけで造れるという!かなり大胆な仮定だ。

このように大きなサイズで安定して浮く船は、現代の技術をもってしても鉄を使わなければ造れない。木だけで造った船では、水に浮いた時に変形し、あちこちに穴が開いて沈んでしまう。
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だからといってノアが船を造らなかったと言っているのではない。ノアが造った船は、きっと神の指示よりも小さかったのだ。

船の大きさ以外にも、いくつか理解できないことがある。例えば、全ての動物の雄と雌1対をどんな方法で箱舟に集めることが出来たのか?少なく見積もっても地上には3千万種の動物がいたはずだ。どんな方法で船の中まで運び込み、それぞれの場所に収めることができたというのだろう?ノアが彼等を捕えに行ったのか?それとも動物たちが自(みずか)ら船に乗り込んできたというのか?
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その上、ノアの仕事には期限がついていた。7日で動物を見つけ出して船に載せるよう神は指示するのだ!1週間で3千万種ということは毎秒50対を載せねばならない!実際にやるとなれば30年は必要だろう。

ノアとしては「そんなことできるわけはない!」と匙(さじ)を投げるか、その仕事を神にやってもらうよう頼むしかなかったはずだ。
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しかし神の指示については別の解釈もあるかも知れない。動物の「全て」とは「地上の全て」ではなく「ノアが暮らす地域での全て」の動物と考えることもできる。事実、創世記では、どんな動物を載せるのか、具体的に指摘している。このことはあまり知られていないが、現実的なシナリオだ。

具体的に10種類が挙げられている。羊、羚羊(かもしか)、牛、鹿(しか)、山羊などなど。この種類から7対の穢(けが)れのない動物(クリーン・アニマル)つまり、神のための儀式や生贄(いけにえ)になりえる動物を選ぶ。全部で140匹になる。

つぎに穢(けが)れがある動物(インピュアー・アニマル)と鳥を載せるよう指示がある。30以上あげている。
豚、ウサギ、とかげ、蛇、などだ。60匹になる。最後に穢れのない鳥(クリーン・バード)7対だ。家鴨、雄鶏など・・・
総合計で260匹(?mhの聞き間違えだと思うんですが、どうして260になるのか・・・)の動物でよい。象や駱駝(らくだ)などの大きな動物は必要ではないのだ。3千万種と比べたらお茶の子さいさいだったはずだ。

小さな船とわずかな動物、となるとノアの箱舟の話は急に現実味を帯びてくる。
しかし、次の問題は大変だ。洪水が起きないと話は進まない!
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聖書によれば地上は全て水で覆われたことになっている。そんな洪水が起きていたら何らかの痕跡が残っていなければいけない。
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しかしそのような事実は地理学者の誰も指摘したことが無い。
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ヒマラヤ山脈をも超える洪水なら現在の地球上の水の3倍が必要だ。そんな量の水がどこにあったというのか?

聖書はヒントを与えてくれている。40日間、昼夜を問わずに雨が降ったという。しかし一度も雨が止まなかったとしても水の量は不十分だ。また、南極や北極、大気、岩石中に、どのくらいの水があるのか、今の科学者は知っている。これら地上の全ての水を足しても地球を洪水で覆うには不足だ。

聖書はもう一つの可能性を述べている。地中深くにある地下水の噴出だ。創世記によれば「全ての地中の水は地面を割って噴き出した!」
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仮に、これらの水で地上全てが覆われたとしてもノアにはまだ問題が残っている。地球全てが水で覆われたら大気の状態は一変したはずだ。
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水分を目一杯ふくんだ空気を呼吸していれば水に溺(おぼ)れたのと同じだ、圧力が肺を破壊してしまうだろう。

地中から水を噴出すガイザー(間欠泉)は別の問題を引き起こしたはずだ。全ての動物を殺す毒ガスも一緒に噴き出すのだから、例(たと)え箱舟の中で暮らしていても助からない。

もし地球の水だけでは不足なら、宇宙から水が来たと考えられないだろうか、例えば彗星が運んできたとか・・・
彗星は多量の氷を含んでいる。しかし彗星が洪水に必要な水を運ぶとしたら直径は1千km以上でなければならない。ブラジル位のサイズになる!
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そんな彗星が落ちれば人々は洪水の心配なんかする必要はない。12トリリオン・メガトン(12兆・百万トン)のTNTと同じ大爆発が起きて大気温は12、000度F(6,600℃)に上がる。太陽表面よりも熱い!箱舟もノア達も、洪水が始まる前に燃えて炭になっていたはずだ!
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それで話は終わりか?

いや、まだ続く!聖書によればアララト山に着陸する。トルコの東部だ。
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動物は船を下り、世界にちらばって増えていったことになっている。箱舟で残ったものはあったのだろうか?
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木材が残った可能性がある。何世紀もの時間で腐ってしまっただろうが、何か残っていないか?
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数えきれないほど多くの探検隊がアララト山一帯を探索した、どこかの斜面で何かを探せるはずだと確信して。

フランスの探検隊が氷河の中で木材の破片を見つけた。5千年前のノアの箱舟の木か?
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調べたら8百年前のものだった。何で木片がこんなところにあったのか定かではないが、恐らく教会だとか、特殊な建物を造るために持ち運ばれてきたものだろう。

1949年、アメリカ空軍がアララト山頂付近を撮影をした。
直ぐに噂が広がった。「ノアの箱舟の着地場所を撮影したのだ!」
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数十年の間、CIAは沈黙を守っていたが、情報公開法が成立し、1995年、写真を公開した。

写真には船を暗示するものは何も映っていないようだ。しかし、よ~く見れば氷の中から飛び出したものがある!長さは450ft(135m)で箱舟のサイズと同じだ!
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世間では何とか確かめたい!との機運が高まった。しかし、地理学者は信用していなかった。「映像が不鮮明で、コメントできる代物ではない。」黒い処は他にも見えている!

2000年、衛星からの新しい写真が紹介されると望みが広がった。山の端の、雪で覆われた所の形は船のようだ!
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しかし、自然のいたずらだろう、との見方も多い。科学的に考えてみれば、氷河の中で箱舟が何千年たった今でも形を残しているはずはない。
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証拠として挙げられた全ての事実は、合理的な審査基準をパスすることはできず、結局、ノアの箱舟の存在を説明できるものではなかった。しかし、それでもほかの説明があるかも知れない。

聖書学者たちによれば、ノアの箱舟の話が最初に書き記されたのは紀元前6世紀だ。バビロン、今のイラン、に追放されたユダヤ人説教者が書いたことになっている。恐らく、神の言う事に従わないと何が起きるか、という教えを書くつもりでいたのだ。
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しかし、どんな話も、どこかに事実を含んでいる可能性がある。ノアの箱舟の話も誇張ではなく、実際に起きたことかも知れない。

1851年、英国の考古学者ヘンリーはイラクの都市ニネバでババロニア図書館の発掘をしていた。そこでいろいろな形やサイズの数百のタブレット(粘土板)を見つけた。
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彼はババロニア文字の解読が出来なかった。そこでタブレットを包装し大英博物館に送ったのだが、センセイショナルな記事が書かれているとは考えもしなかったので、暫くの間、誰の注意を引くこともなかった。

しかし、1872年、博物館の助手ジョージ・スミスがこのタブレットに関心を持った。解読してみると、洪水と、箱舟の物語が書かれている。しかも、船は動物で一杯だ!
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これらのタブレットはギルガメシュ叙事詩の破片だったのだ。聖書に書かれた内容と似た記事が記録されていた!誰もがこの発見に驚いた。最も驚くべきはノアの箱舟に類似する記事だった!
「偉大な神は罰を与えることにした」「ボートを造れ!」「すべての生物の種をボートに乗せろ!」
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物語が生まれたのはメソポタミアで、シュメール文明も発生した場所だ。

古代の言葉で土地というと地球の全ての地面をさす場合もあれば、話し手のいる地域だけを示していた可能性もあって、定義が難しい。そう考えると、聖書の記事のもとは、全地球の洪水ではなく、メソポタミアの、ある地域に起きた洪水だということだって十分あり得る!

1930年代、考古学者はイランに戻って更なる証拠を見つけようとした。
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1931年、ウルUrの町の遺跡を発掘していた考古学者夫婦がいる。彼らはアラビアのローレンスやアガサクリスティの友人だった。
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ノアの箱舟の物語と同じ時期の、5,6千年前の遺跡を発掘していると、他と違う、水で堆積した地層があることに気付いた。その層からは貝殻も見つかった。土も貝も、川の水で運ばれてきたものだ!

他の場所でも調べてみたら、町全体が川の水で浸されていたことが判った。メソポタミアは季節的な洪水の被害を受けていた地域だが、同じ時期に3つの都市で同じ洪水被害を受けていたことが確認された。彼等はジャックポット(jackpotお宝)を掘り当てたのだ!

きっとこの大洪水が誇張され、地球規模となって聖書に書かれたのだろう。
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大きな船、地球全体を覆う洪水、地上の全ての動物、アララト山へのランディング。そして、ノアの人物像や彼がどのように生きたのか、についても多くの物語が創造されることになったのだ。

メソポタミアのシュメリアで実際に起きた出来事が明らかになってきた。シュメリアは文明の揺り籠とも言われる場所だ。シュメリア人は既に文字、車輪、経理手法を発明していた。これが本当のノアの話のバックグラウンドになっている。

物語はシュルパックShuruppakという町から始まる。シュメリア人のノアはシュルパックに暮らす男だった。
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シュメリア人の最も大きな特徴は外観だ。眼の周りをメイクアップし、坊主頭で、そしてキルトを纏っていた。

ノアは、当時、既に通貨として使い道があった金銀を沢山持っていた。彼は百姓やワイン製造者ではなく、ビジネスマンだったのだ。ボートを造り、穀物、ビール、動物も船で運んで、ユーフラテス川の河口にある大都市ウルUrや他の大きな商業都市の住民を相手に商売して利益を得ていた。
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当時でも、船で商品を運ぶほうがキャラバンで陸地を運搬するより遥かに経済的だった。しかし、ノアは、どのくらいの大きさの船を持っていたのだろう?

シュメリア人は動物の皮で造った船や木で造ったカヌーなどを使っていた。
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しかし洪水の時にノアが使っていた船はもっと大きかったはずだ。どんな方法で大きな船を造ったのだろうか?
ギルガメッシュ叙事詩の中にヒントがある。「船はいくつかの部分に分かれていた。」きっと、小さな船を一つにまとめて大きな船にしていたのだ。
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ノアは都市シュラパックの王だった、との説もある。大商人にしろ王にしろ、シュメリア人なら誰だって法律に従わねばならない立場だった。法を破れば王ですら奴隷として扱われる決まりだった。

ノアは、穀物、ビール、動物を船に載せ、出発の時期を算段していた。ユーフラテス川を大きな船で移動するには水が増えてくれる季節が適当だ。アルメニア(注)の山々からの雪解け水が流れてくる7月だろう。
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(注:アルメニア・・・トルコのアララト山の直ぐ東にある小国です。)

しかし7月は通常、雨が少ないので雪解け水が流れてきても危険な水位にならない。洪水などは千年に1度くらいの稀なことだった。だから、もし洪水が起きれば大惨事になり記録にも残る。

その日、ノアと家族は船で昼食会を開いていた。そこに風が急に吹いてきた。いつもは起きることが無い嵐が近づいていたのだ。
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メソポタミアは南国ではない。しかし、5,6千年前は今よりもっと暑くて湿度も高かった。熱帯の嵐ハリケーンが襲ってきたとしても不思議ではない。普通の10倍くらいの強い雨が降ったかもしれない。雪解けとハリケーンが重なり水は洪水となってメソポタミアを襲った。
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聖書では雨は40日続いたことになっているがババロニアのタブレットでは7日間だった。しかし、この地では雨が1日降り続くだけでも大事だ。

ノアの船はユーフラテス川の流れにまかせるだけだった。「雨が明けた日、ノアは陸を見ることが出来なかった」と記録されている。洪水は何マイルもの広い視界を全て水で覆(おお)っていたのだ!川岸が完全に水没したユーフラテスの上を浮遊していた。
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しかし、彼らの問題は始まったばかりだった。彼等は7日の間、陸地を見ることが出来なかっただろう、と考えられている。

ユーフラテス川の上をフワフワと浮いてゆっくり流されていると思っていた。水が飲めるから生き延びれる!

しかし、ババロニアン版だと水はしょっぱかった!となっている。
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もうユーフラテスの上を浮いているのではなかった。シュラパックから流された船はペルシャ湾に到達していたのだ!
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ギルガメッシュ叙事詩によれば「彼はじっと海を眺めていた」と記されている。聖書ではノアは箱舟に乗って地球全体を覆う水の上を1年以上浮いていた、となっているがババロニアン版ではたった1週間だ。

しかし海の水は飲むことが出来ない。何を飲もう?ビールだ。98%は水だから飲料水の代用になる。
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聖書では水が引くと船はアララト山に到着したと明記されているが、アララト山はシュラパックのずっと北で、ババロニアの洪水はそんな所までは広がっていない。

また、聖書では箱舟がアララト山に着地すると物語は終わるが、ババロニアン版ではまだ終りではない!いくつかの不思議な記述のタブレットが残っている。

彼は王位を投げ出したという話もある。また洪水のヒーローは追放されたと言う説もある。いずれにしても、何らかの理由で彼はシュルパックに帰ることは出来なかった。彼には更なる困難が待ち受けていたのだ。

債権者の多くが生きていて、彼を追いかけて来て、金を返すよう要求してきたのだ。借金を返せないのなら王だって奴隷になるのがシュメリアの法規だ。彼は逮捕を免れるために国を逃げるしかなかった。何処へ逃げたのかは明確ではないが、ある記事ではディルムーンDilmunだという。今のバーレーンだ。
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そうだとしたらバーレーンの島は素晴らしい秘密を持っているかも知れない。そこには数十万もの墓がある。
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発掘され調査れた墓は僅かだ。多くの残された墓はシュメリア時代まで遡る。偉大な王が眠る墓もあるはずだ。
洪水でも生き残った王の話はシュメリアの伝説になった可能性もある。

その話は装飾され奇蹟や神話となっただろう。そして何度も書き直され、新しいバージョンの話に変化していったはずだ。2千年後、そのうちの一つをユダヤ人が聖書に記(しる)した。神の恐れを知らぬものは大損害を被ることになる!というノアの箱舟の教えとして。
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古い神話の中に、我々は現実の男が成し遂げた本当の冒険を見つけたのかも知れない。
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**NEW** by BBC Award Winning Documentary」
https://www.youtube.com/watch?v=6x3UWQQrUXs

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mh徒然草30:健康番組が多い理由

最近のTVをみていると健康関連番組やレポートが多いですねぇ。我が女房殿は決して見逃しません。おかげで、その間、私のチャンネル権は霧散するので、イヤホンを耳に差し込んで外界音を遮断し、Youtubeフィルムを検索したり、音楽を聞いたりして時間を過ごします。

しかし、なんでこんなに健康番組が多いんですかねぇ?我が女房殿が必ず見る、というので、その被害者である私だけに生まれた特殊な環境なのかもしれませんが、被害妄想で言うんではありませんが、恐らく昔は、毎日、これほどの健康情報がTVで流されてはいなかったと思うんです。

健康番組なら有名なTVスターをゲストに迎える必要もないので安い費用で手軽に番組が作れるというメリットはTV局側にもあると思います。が、それなりの視聴率が稼げるという事実もあるはずです。何故って、視聴率が低かったらスポンサーが付かないでしょうから、番組は長続きしませんからね。

となると、どんな人が健康番組を見たがっているのか?何故、そんなに関心があるのか?ということが気になってくるんですねぇ、私のいやな性格とも言えますが・・・

で、徒然なるままに考えてみるんです。たった今、思いついたテーマですから、分析は不十分で考えが及びついていない点も多いと思いますが、いつものように、頭に浮かんだことを書きなぐると次の通りです。

ひとつには高齢化で、体調に問題ある人や問題が起きる確率が高い人の割合が増えていることが想定されます。そして、そういう方は、娯楽などへの関心事が比較的少ないので、まずは健康第一、との思いが強く、健康への関心が高まり勝ちです。薬も、沢山のみます、特に悪い処が無くても、サプリメントと称して栄養剤やら、何やら、得体の知れない、効果が不明で気休めでしかなさそうな丸薬など、何だって飲みまくります。TVで「ヒアルロン酸・コンドロイチン・グルコサミン」それに「コラーゲン」、時には「カルシウム」だって含まれている栄養剤が宣伝されている番組を見たり耳にしたりした方もきっと多いでしょう。若者向けには、脂肪を燃焼するお茶やスポーツドリンクも世の中に定着してきました。

つまり、老いも若きも健康への関心が高まってきている、と言えるのではないかと思います。

勿論、私も健康が第一だという考えには異論はありません。しかし、幸いにも、体は丈夫なほうで、一周2.5kmくらいある団地の敷地内の歩道を散歩し、10階の部屋までエレベータ脇の階段144段を上ることを日課にしていて、体調が悪くなるなんて考えもしません!人間ドックは勿論、年一回の健康診断すら「病院で病気をうつされる危険の方が高い!」と言い張って女房殿の強い要請を却下し「自覚症状が出るまで病院には行かない!」と決めています。

ところで何の話でしたけ、そうだ、なぜ、TVで健康番組が多いか、ってことでしたね。理由は至極当たり前で、老いも若きも、関心事の第一が健康、という人が多いからだと思うんです、私は。言い換えると健康以外の関心事が少ない人が多くなった、とも言えます、かなり大胆な見解ですが。

しかし、考えれば判ることですが、健康に暮らすことが人生の目標ではないはずです。人生を楽しむ!これが一番であって、そのためには健康が重要なのは勿論ですが、生きている間にしてみたいことがなく、したいことをしたこともない人は、いくら健康で長生きしたって、人生を楽しんだとは言えないでしょう。それに、不治の病や癌などの大きな病気は、健康に気を付けていれば罹(かか)らない、という訳ではなく、罹るときは罹ってしまいますから、言わば避けられない運命みたいなものです。そんな、交通事故みたいな大病に罹る前から、罹らないように気を付けておどおど暮らすよりも、元気なうちは楽しく暮らすことに時間とお金を使うべきだ、との信念のもと、私は海外旅行を続けるつもりです。

今、1月19日、月曜日です。明日は1週間に1度の出勤日で東京・神田に出かけますが、途中で会社を抜け出してカンボジア大使館にいき、ビザ申請するつもりです。2月21日、一人旅でアンコール・ワットに行くことにし旅行会社にお金も支払いました。一人旅といってもパックツアーのようですから現地では1日半は団体でアンコール・ワット周辺を観光します。でも丸1日の自由時間があって、100ドルでガイドを雇えば、好きなところに連れて行ってくれる、とのことで、さて、どこに行こうか、と算段中です。ブログ「アンコール・ワットの不思議」でアンコールを支えた運河の上流にあるという聖地を訪れてみようかな?と考えています。森の中をハイキングしながら、川底や岸にほられたヒンドゥのレリーフを観賞し、持参する予定のマクドナルド・ハンバーガーに噛みつく姿を思い浮かべながら、今回のブログを終えたいと思います。帰国後、詳細な現地レポートを紹介しますのでお楽しみに。
Boz Scaggs - We're All Alone w/ Lyrics
https://www.youtube.com/watch?v=5MIZg5AGSD0

(完)

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骸骨の砂漠の不思議

太陽で焼かれてできた砂も風で運ばれ海で打ち砕かれる。近くを航行した西洋人の船乗り達が、恐れ、敬い、避けて来た海岸がある。
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恐ろしい、しかし的(まと)を射た名の「スケルトン・コースト」(骸骨海岸)だ!
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この乾燥した土地にも西洋人が住み着いたことがある。ダイヤモンドの鉱床に気付いたのだ。
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しかし砂漠との戦いに負けて町は放棄された。
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スケルトン・コーストは南アンゴラからオレンジ川まで200kmに渡る海岸だ。
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内陸にはナミブ砂漠が広がっている。
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太古の昔、ゴンドワナ大陸(注)があったところだ。
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(注)Wiki;ゴンドワナ大陸 (ゴンドワナたいりく、Gondwana)
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海岸に近い砂漠の中には高さ300mの砂山もある。その向うは乾燥した台地が続く。
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オレンジ色の砂の広がりは終わりが無いかのようだ。そこには世界で最も埋蔵量が多いダイヤモンド鉱床がある。

光の加減で砂漠は変化に富んだ美しい姿を見せてくれる。
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砂丘は、風が数百年かけて形作る動く彫刻のようだ。
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10月になると10万頭を超えるシーライオン(アシカ海驢)が子供を産むためにスケルトン・コーストにやって来る。冷たい南の、氷の大洋から流れ上るベンゲラ海流が栄養分を運んでくると魚が集まり、魚を狙うアシカが集まって食物連鎖が出来上がる。
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最初に上陸した西洋人はポルトガル人で1486年にやってきた。翌年、大挙して押し寄せ、その場所をアングラ・ビケイニア(小さな入り江)と名付けた。
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しかし、実際に定住したのはドイツ人だ。1883年、ルーデリッツLűderitzという名の町ができ、鯨処理工場が造られた。数か月後、宰相ビスマルクは「ナミビアはドイツ帝国に従属する」と宣言する。
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豊かな海岸になり、家も増えていった。
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1908年には鉄道が引かれた。この工事中、工夫が地面の中で光るものを見つけ、ドイツ人のボスに見せた。ボスはそれが何かを直ぐに理解した、ダイヤモンドだ!ボスは直ぐに、付近一帯の資源採掘権を申請した。商人たちも続々と集まって町は活気づき、南アフリカで最も重要な所になった。
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今でもルーデリッツの様子は昔とあまり変りがなく、ドイツ植民地のような雰囲気を醸(かも)し出している。一年中、強い風が吹いているのも昔と同じだ。
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町には植民地時代からの子孫が今も住んでいる。

フロンティア・タウンの雰囲気を残している街並み。鉄道は無くなったが立派な道路が外部と町を繋いでいる。
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町の中では舗装されず砂のままの道路も多い。砂漠に続く道の先には、厳重にガードされ、立ち入りが制限されているダイヤモンド採掘場がある。しかし、採掘されたダイヤモンドの原石は加工のために南アフリカに運び出され、町を潤すことは少ない。
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町を支えているのは漁業だ。ベンゲラ寒流のおかげで、南大西洋の重要な漁港になった。ヘイク(hakeメルルーサという魚)、ロブスター、海草などが採れ、5千人が生活の糧(かて)を得ている。ナミビア政府にとっても漁業はダイヤモンドに次ぐ収入源だ。
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西洋人が来る前、ここに暮らしていた人がいる。
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昔からいた原住民を駆逐して生活していたホッテントット族だ。長い間、この地に住んでいる。つい最近になって西欧の征服者が彼等と入れ替わった。西欧人は無礼にもホッテントット族をブッシュマンと呼び捨てている。ブッシュマンにとって祖先の魂ともいえる神聖な山には壁画が残っている。6千年前からブッシュマンが住んでいた証(あかし)だ。
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ブッシュマンのほとんどはカラハリ砂漠一帯で暮らしているがその数は減って今は10万人程だ。町で暮らすブッシュマンには政府からの生活保護費を受けながら、何の仕事もしないで、ゲットー(貧民窟)で人間以下の生活を強いられている人も多い。中毒になるほど酒を飲んでは時間を潰し、寝て暮らす人も少なくない。彼等の祖先は2千年前から狩猟で暮らしていたので、簡単には新しい生活に馴染めないのだ。
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国際人権救援機構Amnesty Internationalはナミビア軍が彼等を乱用し虐待していると非難している。そうはいっても、町に住むブッシュマンの生活も少しずつ改善してきた。例えばボツワナでは1998年に大きく経済発展している。

ブッシュマンの中には漁師になった人達もいる。勿論、奥地で昔ながらのハンティングをして暮らしているブッシュマンもいないわけではない。しかし、ハンティングして暮らせる地域は段々狭くなっている。
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カラハリ砂漠の隅で、昔からの生活を続けているブッシュマンがいた。
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チョンワティは4家族、計14人が暮らす集落だ。土地が与えてくれる全ての物を享受しながら暮らしている。
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この集落ではクシャイ、サムガオ、トゥカ、ボーの4人がリーダー格だ。今からウサギの狩猟ツアーに出かける。長老か、最も狩猟に長けた者がツアーのリーダーを務める。
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数日前に食料が切れたので集落の近くでウサギを獲(と)ることにしたのだ。こんな時でも他の集落のテリトリーは侵さないことがブッシュマンの仕来(しきた)りだ。

ウサギを獲る方法は天才的だ。フックのついた柔らかい棒で地面に出来た穴の中を突いて、棒を頬に当てる。震えが伝わってきたらウサギがフックにかかった証拠だ。
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今回は駄目だった。4人は手ぶらで集落に戻るはめになった。

過酷な旱魃(かんばつ)は生活を圧迫している。残された食糧はキビだが、これだけでは滋養に欠ける。
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しかし、厳(きび)しい乾季が雨季よりハンティングに向いていることを彼等は知っている。

乾季になると動物は小さな水溜りに集まってくる。そこに行けば上級な肉を得ることも可能だ。ナミビアは野生動物の宝庫として知られている。ベルギーと同じ面積のエトーシア国立公園だけでも114種の哺乳類と340種の鳥が住んでいる。
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乾燥した地面は見る間に水を吸い込んでいく。ライオンは水辺の近くの木陰で休みながら攻撃のタイミングを探(さぐ)っている。
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雨季は毎年12月に始まり、3月末まで雨が途切れることはない。この時期は緑の草が広々とした大地を絨毯(じゅうたん)の様に覆う。

そろそろ子供が生まれるシーズンだ。水一滴だって無駄に出来ない。
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象はこの水溜りで最強の動物だ。ブッシュマンですら近づくのを避ける。
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4人は狩猟に行くことにした。今度は遠くまで出かけてみるつもりのようだ。

翌日、彼等は準備を開始した。最もパワフルな武器は地面の下にある。物々交換で隣の部族から入手した鉄の棒で土を掘ってセラミックで出来たような固い小さな実を探す。最低10個ないと必要な量の毒がつくれない。大変な仕事だったが、なんとか見つけることが出来た。
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しかし、焦(あせ)ることはない。慌(あわ)ただしいのは西洋人の習慣で彼等の好みではない。「西洋では時計を持っているが時間に追われている」と最長老のボーは言う。
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採ってきた実をキリンの骨の上で注意深く潰す。強い毒があるから慎重に扱わねばならない。矢で撃った衝撃やその傷で殺すのではない。鉄の矢尻が動物につけた小さな傷から、毒を少しずつ体内にいき渡らせて殺すのだ。
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武器が準備出来ると、祈祷師が木片で、いつ、どちらの方向にハンティングに出発するかを占う。オリックスoryx(アフリカ羚羊)かガゼルgazelleを狙って朝方“こちら”の方向に出発するのが好い!と出た。
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ブッシュマンの住むチョンワティから700km北西に離れたカオコと呼ばれる半乾燥の山岳地帯では、ヒンバー族が牛を飼って暮らしている。
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ナミビアとアンゴラの国境を流れるクネーネ川が人を寄せ付けない土地での生活を可能にしている。

ヒンバー族はアフリカの種族の中で最も興味深い、文明に触れられていない部族のひとつだ。ここオベンベ集落には2つの家族が暮らしている。
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ヒンバー族はアフリカで最も有能な遊牧民との評判がある。しかし、自分の命が、動物ではなく人間に頼っていることを知っている。もし人間を持っていれば、家畜を持っていなくても死ぬことはない。母方の系統が資産の分配を決め、父方の系統が組織の管理を行うのが昔からの習わしだ。
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4年前、家族の長(おさ)だった男は牛泥棒と戦って怪我をし、左手の半分を失うことになった。その時、病院に連れて行ってもらったのが集落を離れた最初で最後だ。
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今日、彼の娘のコマネイが結婚適齢期になった。成人式には近くの集落から女たちが駆けつけて祝ってくれた。
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両親は彼女の夫となるべき男を決める。一夫多妻が種族の慣習だが、第一夫人になることは重要なことだ。

身を飾ることはヒンバー族の女には重要な仕事だ。多くの時間を費やす。最も貴重な、オフンバという巻貝の装飾具は牡牛1頭の価値がある。別の種族と物々交換で入手するのだ。
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髪型で性的にも成熟していることを表している。
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彼女らは水で髪を洗わない、灰で洗う。
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最もはっきりしている特徴は体の色だ。キドマウと呼ぶ、鉄分を含む貴重な石を砕いて磨り潰し、細かな粉にしてから体に塗る。魅力的な褐色の肌にするためだけでなく、日焼けや虫よけ対策にも効果的なのだ。
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風呂に入るのは結婚の直前だけだ。
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家畜の牛は彼等に何でも与えてくれる。ミルク、肉、体に塗る染料の油。皮からは着物を造る。家を造ったり修理したりするのは女の仕事だ。材料は全て自分たちで探してこなければならない。重要な4つの材料は、折り曲げ易い細い木の枝、牛の糞、粘土、木の幹の繊維から造ったロープだ。
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羊も飼っている。毎日、干上がった川の近くの水飲み場に連れてゆく。貴重な水は牛から飲ませる。どの部族も大体同じ時刻に家畜をつれて水飲み場に集まってくるので、他の部族の家畜と混ざり合わないようにするのは大変な仕事だ!
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ナミビアの国境近くに政府が風車を造った。部族の定住を支援するためらしい。
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ブッシュマンの集落では、男たちがハンティングに出発した。ハンティングは数日、時には数週間に及ぶこともある。いつ終わるか、彼等にも判らない。
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必要最小限のものだけ持参する。弓、矢、鉄の棒、ナイフ、火起し道具、そしてタバコ。その他のものは途中で探す。この不毛の土地でどう生きていくのかを知っているからそれで十分なのだ。

木の根の水分で喉(のど)を潤し、根を肌に擦り付けて体を湿らせる。チューイーという栄養豊富な小さな木の実を見つけると一つ残さず食べ尽くす。
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最大の食糧はグエイというスイートポテトだ。味はしないが水分が多いし地中にあるので冷えている。
大きなグエイ1個は4人の1日分になる。
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煙草やマリワナmarihuanaはブッシュマンの重要な文化だ。最近はマリワナより煙草が多い。物々交換で別の部族から手に入れる。男も女もヘビースモーカーだ。
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グループはまた出発した。狩りではいつも一列になって歩く。
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もうすぐ動物が集まる水溜りの近くだ。獲物からは十分遠いが、注意深く進まねばならない。
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クシャイは4人の中で一番目がいい。彼を先頭に水溜りの方向に進んでいく。
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いよいよ狩りの開始だ。
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見事に雄のアレックスにヒットした!
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首や肺に矢が当たれば数時間で死に至るが、そうでなければ、なかなか倒れてくれない。足跡を辿(たど)りながらゆっくり追跡する。追跡が数日続くことも稀ではない。
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数時間後、最初の血の跡が見つかった!アレックスの左の肺に当たったので、ゆっくりと、しかし確実に死に至ったのだ。
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ブッシュマンは、狩りをする時は雌や子供を殺さないよう気を付ける。自然のサイクルを大切にし、必要量以上の狩猟はしない。煮たり焼いたりする時でも最少量の木しか使わない。長い間、そうして自然との調和を維持してきた。

獲った獲物はハイエナがうろつき出すまえに処理しなければならない!
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数週間分の食糧になりそうだ。解体する時に流れ出た血で体を拭(ふ)く。宗教儀式ではない、体を洗うのだ。

肉の量が多くて全部を持ち帰れないから残りは取りに戻らなければならない。残す肉は枝や芳香のある草などで包んで地中に埋めておく。集落に持ち帰った肉は煙で炙(あぶ)ってみんなで分け、少しずつ使う。

集落に戻る途中で、来る時に埋めておいた水を飲む。ダチョウの卵にいれて草の陰の地中に埋めておいたから冷たくて新鮮だ。
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ヒンバー族の集落では夕飯の支度が始まっていた。ミルクを揺すってバターを造る。しかし赤い人(ヒンバー族)の将来がどうなるのかは誰も判らない。ナミビアとボツアナの政府は発電用の巨大なダムの建設契約を結んだのだ。クネーネ川が堰き止められると彼等のテリトリーは水に埋まってしまう。
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ブッシュマンの部落ではみんなが神聖な火を囲んでリラックスしていた。飲んで食べてダンスして、善の神に狩りの成功と豊かな食料の恵みを感謝する。
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(完)
映像は下記でお楽しみください。映像も風景も綺麗なのでナミブ砂漠を堪能できると思います。
なお字幕が出てくるかもしれません。その時は下段のインストラクションを参照ください。
Desert of the Skeletons (full documentary)
https://www.youtube.com/watch?v=L6TeTdNo75c

字幕は、ナレーションと完全に一致しているのでヒアリング練習になります。
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mh徒然草29:大河の水源はユートピア?

1月19日ブログ「シャングリラの不思議」ではユートピアとも言えるシャングリラの最有力候補地「フンザ」を投稿済みですが、1月初旬、偶然、NHKのBS番組で「星宿海」を求めて黄河を遡(さかのぼ)るドキュメンタリーを見て、あれ?シャングリラと似ている場所だなぁ、と思いました。

2日かけて前編と後編が放送されたのですが、黄河を遡り、星宿海に到るまでの記録で、自然一杯の風景や、黄土高原で暮らす人々の生活の様子、草原の中のチベット仏教修道院や小さな町の様子を鮮明なデジタル映像で満喫することが出来て幸せな気分です。
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(星宿海のある日の午後)
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(星宿海のある日の夕方)
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実は星宿海については、中国でも知る人はそれほど多くないようで、大雑把には、黄河の水源との認識があるようですが、最近になり、黄河水源は星宿海より更に上流だと定義されているようです。しかし、星宿海が水源に近いことは間違いなく、高地に開けた湿原に小さな沼が無数に散らばる様は大河黄河の源にふさわしい趣(おもむき)を湛(たた)えていました。夜になると沼は月の光や星の煌(きら)めきを映して、文字通り星が宿る海になります。

この広い星宿海の一帯には政府の許可を得た(?)たった2家族しか暮らしていないようで、その一つ、放牧しながら子供を育てる若い夫婦の暮らしぶりが紹介されました。とても質素なテント生活をしているのですが、自然の中で、自然に逆らわず、自然と共に生きてゆく姿は崇高にさえ感じられました。子供は学校に行く年頃になると親元を離れ、黄河を数百Km下った小さな町で寄宿生活をするようで、ある学校の寄宿舎で暮らす子供達が紹介されていましたが、「家のことを思い出すことはあるの?」とレポーターに訊かれた女の子が、何も応えられず、うつむいて涙を流す姿に私ももらい泣きしてしました。今考えると意地悪な質問だと思いますが、訊いてみずにはいられなかったのかも知れません。

話が変わって、インダス川上流は、既にブログでご紹介した「シャングリラ」の最有力候補、フンザがありますが、もうひとつのユートピア「ガンダーラ」もあります。古代仏教の揺り籠とも言える場所で、それまでストゥーパ(仏舎利塔)で象徴されていたお釈迦様が、初めて人間の姿に生まれ変わった所ではないかと思います。そこにも紀元前4世紀にアレキサンダー大王が遠征していて、ギリシャの影響を受けた文化、ヘレニズム美術が生まれました。
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      (1~2世紀のガンダーラの仏像。ギリシャ風の容貌です。)
Monkey Majik – Gandhara
https://www.youtube.com/watch?v=1aAP-ZFS0rk

南米の大河アマゾンはジャングルを流れていますが、最上流は実はアンデスのチチカカ湖近くで、分水嶺から流れ出る水はウルバンバ川となって、あのマチュピチュを囲むように流れ下り、大西洋に注(そそ)ぐのです。
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世界最長と言われるナイルはビクトリア湖に注ぐ「ルヴィロンザ川」(Ruvyironza)の上流が河口から最も遠い水源です。
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そこには取りたてて素晴らしい町や自然がある、というわけではありませんが、木々に覆われた低い山並みが続く、人跡未踏の森林が広がっています。これもユートピアのひとつだと言えなくはないでしょう。
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そうです。大河の上流は、「ナイルの不思議」で既にご紹介したように、高地に多いのです!つまり万年雪を戴いた山があります、ナイル川のジャングルのような森林を除いて。

当然、高地は空気も水も澄んでいて、星がきれいに見えて、自然が豊富で、人は少なく、普段、喧噪の中で過ごしている人々にとってユートピアとしての条件をいくつも備えた場所なのです。あなたのユートピアもきっと川の水源近くに見つかるのではないかとおもいます。

で、南国のサンゴ礁の島も多くの人の憧(あこが)れの場所ですが、どういうわけかユートピアとは言いません。どうしてかしら?と私も奇異に感じたのでネットで確認すると次の通りでした。

ユートピアは理想郷とも訳されますがWikiによれば「ギリシャ語で、素晴らしく良い場所だがどこにもない場所」の意です。しかし南国の島は実際に存在していますから、ユートピアと呼ぶのは不適当となりますが、こんな細かな言葉の定義を知らないのに、我々は南国の島をパラダイスと呼びユートピアと呼ばないのが普通ですから、ユートピアと呼ばれる所は普通と違う場所だというイメージを知らず知らずに持っていたのでしょう。

パラダイスはブログ「ペルセポリスの不思議」(12月29日)でご紹介したように、ペルシャ王サイラスの庭園の呼び名が語源ですから、美しい庭園・場所、という意味かと思い、Wikiで確認すると「楽園・天国」という意味合いで用いられるのが普通のようです。

蛇足ですが、6月後半、パミール高原大横断、という仰々しいキャッチコピーのツアー、パキスタンのフンザから中国カシュガルに抜ける旅、に申し込みました。申込者はまだ定員8人に届いていないようで、催行されない可能性もあります。もし都合がつくなら是非、ご検討ください。
The Carpenters - Top Of The World♥
https://www.youtube.com/watch?v=6gRiWWcBKvs
(完)

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ボストーク湖の不思議

ボストークと聞くと直ぐにロシア宇宙船が頭に浮かぶ世代のmhですが、どんなロケットだったか、Wikiで調べました。
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なに?ロシア語の「ボストーク」って「東」という意味なの?知りませんでした。1961年、ボストーク1号で人類史上初めての有人宇宙飛行をしたのがユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンで、帰還後、有名な言葉「地球は青かった!」を残しました。しかし、これは日本でだけ言われている言葉のようで、彼は「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた。」と言っただけのようです。1968年、飛行中に墜落死しました、34歳でした。
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話がそれたのでもどしましょう。今回ご紹介するのは「ボストーク湖」つまり湖です。皆さんの中にはご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は全く知りませんでしたので、恐らく、多くの方もご存知ないだろう、と仮定し、Youtubeフィルム「The Lost World Of Lake Vostok:失われた湖ボストーク」の始まり始まり。
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既に地上は全て調査し尽くてしまい、知らぬところは無いような気がする。しかし、誰も気付かなかったし見たことも無い湖が南極で見つかった!地上に残る唯ひとつの未開の地だ。

4人の科学者は今、厚さ4Kmの氷原を歩いている。下には広大なミステリーに富んだ湖があるのだ!
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世界の科学者が熱い関心を寄せる場所だ。秘密を教えてくれるかも知れない。地球の、そして宇宙における生命の誕生の秘密を。

今まで、誰も南極大陸の氷の下に湖があるなんて考えたことはないだろう。南極で水が凍らないということすら信じられない、それは物理法則に反する!しかし今では、その存在は信じられている。
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1957年、ロシアは南極にボストーク基地を造った。一番近い海岸まで1千kmで、世界で最も寒い場所のひとつだ。
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ロシアの科学者の課題の一つは氷の厚さの測定で、若い地球学者カピッツァの仕事だった。
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「しかし、南極では科学調査は二の次で、重要なのはこの地で生き延びることだった。体を温めるためバターを沢山食べた。」

ある日、カピッツアはボストーク地区を飛行機で飛んでいて、あることに気付いた。
「広い平な氷原だ!」
思いついた理由は信じられないものだった。「氷原の下に湖がある!」
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地中のマグマの熱で氷原の下の氷が溶けて水になり、上の氷が水から熱が逃げるのを防いだので、溶けた水は地面と氷の間に挟まれて大きな湖となっているのではなかろうか?もしこの考えが正しければ、これまで人類が見たことが無い大きな湖が南極の氷の下に隠されていることになる!
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「その考えは馬鹿げている!」と仲間は笑った。だって南極大陸では水は凍って液体では存在しないのだから。

カピッツアは自分の考えを裏付けてくれる証拠を見つけようとした。
氷原で爆発を起こし、その超音波振動が反射して戻ってくる様子を調べた。
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密度が異なる面で反射があるはずだ、湖の表面と、湖底の2つから!
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爆発試験で氷の層は4kmの厚さだと判った。誰もが想定していたより厚い!しかし湖表面からの反射の証拠は見つからなかった。彼は、その後モスクワに戻り、二度と南極を訪れていない。

しかし、1970年代になって、英国の科学者チームがカピッツアのアイデアに命を吹き込むことになった。
彼らは飛行機に搭載したエアボーン・レーダーという新技術を使って氷の下の地形を調べていた。
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1974年、ボストーク基地の北で氷原の下に平らな何かを見つけた。
「まるで水の上を飛んでいるようだった!」
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この時も、その結果が何を意味するか、十分吟味されることはなかった。

しかし、その数年後、南極大陸の上を飛行していた人工衛星が、地上からでは見ることが出来ない光景を映し出した。巨大なボストーク湖だ!英国ウェイルズの半分(mh:琵琶湖の20倍以上)の面積がある!
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ボストーク基地の下の、厚さ4kmの氷で覆われた深さ500mの湖だ!世界でも最大の湖のひとつだ。
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分厚い氷の下の湖は完全な闇の中で、驚くほど冷たいはずだ。そして氷の圧力が加わっている。従って他の世界から完全に隔離されている。

驚くべき発見だった!科学者は落ち着いていられなくなった。早く確実な証拠やデータを手に入れたい!

新聞記事「失われた湖にはどんな生命が潜(ひそ)んでいるのか?」
(ヨークシャーの2倍の面積をもつ海が、他の天体の生命体に関するヒントを与えてくれるかもしれない、とデービッド・ホワイトハウスが語った。しかし一つ大問題がある、それがあるのは南極の万年雪の下だ!)
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地理学者は湖が出来た経緯を検討していた。氷の底が溶けて湖ができたかもしれない。とすれば、湖は外界と何の接触もなかったと考えられる。生命が存在する可能性は低い。しかし湖が先に出来て、その上を氷が覆ったとすれば生命の存在確率は高まる。水中に生命体が閉じ込められて、今も生きているかも知れないのだ!

最初のヒントは湖の形だった。細長くてアフリカのマラウィ湖に似ている。従って地殻変動で地面が割れて細長い溝ができ、そこに水が溜まったものだと考えられる。
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この地殻変動はいろいろなデータから3千万年前に起きた可能性が高い。
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3千万年前、南極では気候は温暖だった。とすれば、雨が溜まり、湖が出来てあらゆる生命が生まれ、生存していた可能性は高い、昆虫から魚まで。
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しかし、大異変(キャタストロフィcatastrophe)が襲う。1千5百万年前、地球は冷えた!ボストーク湖を挟(はさ)んでいた山脈で生まれ育った氷河は、山を下って湖を覆っていった。氷が積み重なるたび、湖は閉ざされて暗くなり、水圧も高まっていった。そして、とうとう、湖は世界から孤立する。
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湖の様子や生命の存在を調べるためには実物サンプルが必要だが、今は手元に何もない。従って、仮説で話を進めることになるが、光が途絶えて植物は消滅したと考えて好いだろう。植物がなければ高度な生命は生き延びることは出来ない。生き残ったとしたら微生物(microbeマイクロウブ)だけだろう。
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微生物は生存の魔術師だ。彼らはどんな環境にも進化しながら適応してゆく能力が高い。地上の全ての動物、人類すらも、微生物から進化したのだ。もし微生物をボストーク湖で見つけられたら生命の誕生の秘密が明らかになるかもしれない。

生物学者によれば、断絶された場所では固有の微生物が進化し発生していることがあるという。もし氷の下に有機生命体が見つかれば、それは、これまでこの惑星、つまり地球、で人類が見たことが無いものだろう。まさにエイリアンだ。

湖で生きているかもしれない生物にとっての恐怖は、皮肉にも科学者によってもたらされることになった!多くの国の科学者がボストーク湖に大挙して集結し、生命体を捕獲しようという共同の調査プロジェクトが始まったのだ。
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最も決定的な証拠を手に入れることが目的だった。氷に孔を明け、湖の水を採取して調べようというのだ。
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氷原を掘り始めた。氷には昔の情報が残されている。彫れば掘るほど過去に遡る。
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3千5百mまで掘り進んだ。50万年前までの気象情報が氷の中に記録されている。25年前、ロシアもボストーク湖面の近くまでボーリングしていた。湖の水を採取しようとしていたのだ。

しかし、ここまできて問題があることに気付いた。ボーリングは汚染を起こす。60トンの油性のキャロシンを使って氷に穴を明けていたが、この油が水に入って、湖を汚染してしまう。
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すると微生物を見つけても、もともとから湖にいたものか、それとも油に紛れていたものか判らない。汚染が無い方法でサンプルを取り出す必要がある!ということで水面から数百mのところでボーリングは中断されることになった。

新たな手がかりは宇宙探査が提供してくれることになった。鍵は宇宙からの映像だ!
NASAが衛星ガリレオを打ち上げた。
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木星と12の衛星を調べるのだ。衛星のひとつエウロパ。驚くほど輝いていた。氷で完全におおわれている。
mh:Wiki「木星」によると次の通りです。
「木星には衛星が67個発見されている。うち51個は直径 10 km に満たない小さなもので、52個は母星となる木星の自転方向とは反対の公転軌道を持つ逆行衛星であることが確認されている。また、大きな4つの衛星であるイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストはガリレオ衛星(注)と呼ばれる。」
(注:ガリレオ衛星はガリレオが自作の望遠鏡で見つけたのでしょう、大きかったので彼の望遠鏡の性能でも見つけられたということではないかと思います。)
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写真が届くと科学者はこの氷の下がどうなっているのか分析を始めた。
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格子状に、しかし異なるサイズで結晶のようなものが分布していることが科学者の興味を引いた。地上で見た光景と似ている!

次の写真は北極海の氷だ。特定の形をした大小の氷片が液体の上で浮いている。
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エウロパの写真は北極海の氷の様子と似ている!つまりエウロパでも氷が浮いていたということだ!水がある、と言い換えることもできる。とすれば生物がいるかもしれない!エウロパは地球外生物ETの生まれ故郷の可能性がある!!!

エウロパの氷の厚さは数KmだろうとNASAは言う。もしボストーク湖の水を汚染しないで採り出せるのなら同じ技術でエウロパの水も採れるはずだ。そしてもしボストーク湖に微生物が見つかるならエウロパでも見つかる可能性がある!ボストーク湖で生物が見つかるかどうかは地球外生物の発見とも関係している!!
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そこでNASAはボストーク湖の水に生命体がいるか調査する技術の検討を始めることにした。

しかし、まだ問題は残る、つまり、科学者がボストーク湖かエウロパの水を探索できたとしても微生物は見つからないのではないか?という不安だ。なぜなら、両者とも生物の可能性に関して決定的に必要なものが欠けている、光だ。

地上のほとんどすべての生物にとって、光は生存のために必要だ。光無しでは食物連鎖が成り立たない。光で育つ植物が食糧連鎖を完璧なものにしてくれる。
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しかし、もし、光以外のものから生命エネルギーを得られるなら・・・

あるヒントがルーマニアから届いた!地下20mに洞窟が見つかった。この洞窟は普通のものとは違う。洞窟専門の科学者が地下に入っていく。
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実は、洞窟には入口がなかった。地上と繋がっていなかったのだ!この人口の竪穴だけが洞窟系(Cave System)に入る手段だ。それまではずっと岩に閉じ込められた泡のような洞窟だった。外部からは何者も、勿論、光すらも入ってくることは無かったはずだ、多分数百万年の間!

そこはボストーク湖と同じように完全な暗黒だった。しかし、小さな水溜りがあった。そこで驚くべきものが見つかった、動物だ!
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蜘蛛のようなもの、ムカデのようなもの・・・彼等は全て眼が見えない。そのうえ、色が無い!33種が見つかったが全て地上にはいない種だ。
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数百万年も地上世界と隔離されていたので異なる種類の生物が誕生することになったのだ。
驚きはそれだけではなかった。ほとんどの動物がとても活動的なのだ!地上にある洞窟内の生物は動きが遅い。エネルギーの消費を抑(おさ)えているのだ。しかしここではどの生物も忙しく動き回っている。ということは地上世界から完全に隔離したこの洞窟に多くのエネルギーがあることを示唆している。雨も、勿論、光も入ってこない洞窟なのに、どこから、どんなエネルギーが入ってくると言うのか?

どの動物も水の近くで活動している。そこで潜ってみた。すると空気溜まりがある場所が見つかった。水面には薄汚い黄色い物が浮いている!
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この黄色い、気味が悪いものは何だろう?これが生命維持エネルギーの鍵かもしれない!付近では動物が元気に動き回っている。
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科学者は、この黄色の物質は微生物が集まったものだと確信した。これが食物連鎖の源だ!しかし微生物は何からエネルギーを摂取して生きているのか?

調べていくと、光ではなく、硫化水素をエネルギー源にしていることに気付いた。微生物は水中の化学物質を餌にする。キーモスシンファシス(??)とよばれる現象だ。水は硫化水素で満ちていた。水中の温泉から噴き出している!
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この洞窟の生命系から、温泉が微生物のエネルギー源になっていることが判った。ボストーク湖にも温泉があれば微生物が存在し得る。もしも、昔の活動的な火山が今もボストーク湖に残っていれば、ということだが。

多くの科学者によれば、南極大陸では火山活動は既に終息し、地震もほとんど起きていない。温泉も少ないはずだという。

しかし、去年起きた地震が興味深い動向を示していたことに気づいた。ある線上に小さな地震が発生していたことが判ったのだ。しかもボストーク湖に沿って起きていた!
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従ってボストーク湖で温水が噴き出していても不思議ではない。

氷原のボーリングで採取し、保管していた氷を調べていた科学者が驚くべきことに気付いた。
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氷の結晶状況が深さによって異なる!浅いところほど結晶は無数にある。
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しかし深いところの氷では結晶のサイズが大きい。1mの氷のサンプルがたった一つの氷結晶で出来ていたものもあった!
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ボストーク湖の水で作られた結晶に違いない!氷の中の黒いものは湖で浮いていた何かが氷に閉じ込められたものだろう。湖の水で出来たと思われる氷をよく調べれば、何か手がかりが見つかるかも知れない。

そこで電子顕微鏡で氷の薄い片を覗いてみた。すると、そこには微生物が見つかった!ひとつではない、数百の微生物がいたのだ!
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微生物は確かに湖にいるかもしれない。しかし、ボーリングの最中に氷に潜(もぐ)り込んだ微生物かも知れない。ボーリングで氷の柱にひびが入り、そこから微生物が氷の内部に入り込んでいた、ということだってあり得る。

確実な証拠をつかむ唯一の方法は湖の中を調べるしかない。NASAはリモートコントロールの超小型水中ロボットを開発するしかないだろう。厚い氷の下に送り込めるよう、髪の毛のピンみたいなサイズで、生命を検知する機能を持ったロボットだ。

NASAのある科学者が、過酷な環境下で生命の存在を検知できる装置を開発した。モノウ湖は塩分が高く微生物は住んでいない。ボストーク湖と近い環境だ。ここで使えればボストークでも使えるはずだ。
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装置は水中に溶けている酸素%を計測する機能をもつ。酸素量の変化から生物存在の有無を判定するのだ。ハイドロラボと名付けられている。調べたら湖底近くで酸素量の急激な変化が確認された。生命体が存在していることを示唆している。

もし水を採取して調べたら、水中からは繊維のようなものが見つかるかも知れない。多くの学者はいうだろう「これは生命体のように見える」と。
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しかし、外観だけでは不十分だ!どんな物質から出来ているか確かめなければならない!
従って、生命検知ロボットは、レーザー光を使ったスペクトロメーターの機能が必要だ。DNA,タンパク質(protain)、ベンゼン核(quinoneキノン)などタイプが異なる分子の有無を検知できれば、生物体かどうか判断できる。
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他の科学者は別の方法でも生命体の検出をしようと考えていて、ウィッシュ・リスト(希望リスト)を纏(まと)めている。ハイドロラボ(酸素量測定器)、スペクトロメーター(分子量測定器)、ビデオカメラ、光、顕微鏡、圧力計、温度計、水質分析計、そしてコンピュータなどなど。厄介なのは、4kmの厚みの氷の下まで送り届けられるよう、全ての機能をペットボトル1本くらいのサイズに収めることだ。装置の開発には何年もかかるだろう。
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小型化が重要な課題であることは間違いないが、もっと重要な課題は汚染リスクの排除だ。

沢山の機能を小さくまとめたロボットを、汚染することなく4kmの氷の下の湖に送り込まねばならない!
NASAはこの問題を解消できる天才的なアイデアを見つけ出した。熱風で氷を溶かしながら掘り進むプローブ(触針)だ。溶けた水は再び凍るので外界と湖を完全に分離してくれる。それが出来る強い材料はデテニウム(?)だ。

氷や大気の汚染を持ち込まないよう、水面に達する前にプローブでの掘り下げを停止する。そしてプローブの中に入れていた、汚染されていない新たなプローブを突き出して、氷の膜をつき抜き、水中に先端を挿入する。
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先端が水に入ったら小型ロボットを水中に放出する。生命探索の旅に出発させるのだ!
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小型ロボットはバッテリーで湖の中を自在に動き回り、生命体の存在を調査し、結果を電波で地上に送信する。
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このプランが実現するにはあと何年か必要だろう。
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生命探査ロボットは片道切符しかもたずに湖底の旅にでる。そしてボストーク湖の中で、宇宙の神秘を見つけるかも知れない。

「BBC Horizon - The Lost World Of Lake Vostok
https://www.youtube.com/watch?v=P9BXUPu1W7s

(完)

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mh徒然草28:原油安の行先は?

1月9日のワイドショーで経済評論家が原油安について解説していました。結構、TVに出演している評論家で、銀行か証券会社のシンクタンクのメンバーではないでしょうか。
原油価格の動向をネットで見たら去年1月の価格を100として1年後の今年1月は50ですから半額になったのですねえ。
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理由はシェール・オイル/ガスを中心とした新興勢力(アメリカ、メキシコ?ブラジル?オーストラリア?)の台頭で、OPEC石油輸出国機構は価格低迷による収入減を石油増産で穴埋めしようとして増産し、その結果、市場にガスや石油がダブダブと流れ出したので価格は更に下がっている、というのが理由のようです。つまりチキンレースで、どこかが倒れるまで競走が続く、と言った感じのようで、事実、倒産するシェールガス会社も出ているとのことでした。

そこに資源大国ロシアの通貨危機が重なり、世界経済は混沌としているようです。ルーブルは急速に価値を失い、ロシア国民はルーブルをドルに切り替える作業に大童(おおわらわ)とか。1ルーブルの価値はこの1年で0.027USドルから0.017USドルに、つまり37%も低下しています。
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ロシアは債務不履行(借金返済不能で倒産)になるかと思いきや、外貨準備量はかなりあるようで問題はないだろうとのこと。

日本円も確認したら、1円の価値は0.0097USドルだったのに今では0.0084UDドルで、この1年で13%価値が減少しました。
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しかし、日本の方がロシアよりも債務不履行(恰好よく言うとデフォルト)に近いというか、既にデフォルト状態だと思います、私の感覚では!

で、このように大きな原油価格の変化は、一体全体、世界経済に何をもたらすのか?
今日のTV番組の狙いはこれを解説することだと思っていたのですが、結局「好く判らない!」ということが判りました!!!

原油価格が下がる⇒景気が好くなる⇒バブルが起きる。⇒景気低迷
原油価格が下がる⇒物価が下がる⇒金融緩和する(インフレに誘導)⇒景気低迷
の2つのパターンしか解説してくれないんですねぇ!

つまり「原油価格が下がると景気が低迷する」しかないって言うんです!!!
じゃあ、原油価格が上がると景気は好くなるのか?少なくとも原油輸入国の日本では景気は悪くなるんじゃあないですかねぇ?

つまり、原油価格が上ろうが下がろうが、景気は悪くなる、という結論のようで、これで一体、あなたは著名な経済評論家なのか?と問い質したくなるのは私だけではないでしょう。

しかし、為替もそう、景気もそうですが、結果論ではもっともらしい理屈を付けて解説できても、正しく予言する、つまり正しく見通す、のは不可能に近いことのようですね。これは過去の実績からも言える真理のようです。平たく言えば、一寸先は闇で、誰も判らないのです。

あなただって、今日は元気かもしれませんが、明日、突然、病に襲われたり大怪我をすることだって十分あり得ます。ということは、毎日、人生を楽しんでおかないと後悔する、ということでしょう。

経済についていえば、日々の変化に逐次対応していくしかない、というのがmhの結論です。情報を分析し、どう行動するか、という検討を不断で行っていないと、気付けば取り返しがつかない状態になっていた、という可能性が高いと思います。今の世の中、世知辛くて、黙っていると貧乏人はどんどん貧乏人にされてしまいます。だからと言って、株だけは手を出さない方が好いだろう、というのは私の現時点での持論で、まぁ、外れている可能性もありますから、信用せずに、ご自身でお考えになり行動して下さい、お釈迦様も仰ったように。
「考えよ」「執着するな」「それが最善だ、と思い込むな」
Culture Club-Do You Really Want To Hurt Me-Lyrics
https://www.youtube.com/watch?v=5mtTuXEh9vo
(完)

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クレオパトラの秘密

クレオパトラ(クレオパトラ7世フィロパトルCleopatra VII Philopator, 紀元前69年 - 紀元前30年8月12日)といえば楊貴妃や小野小町と並ぶ絶世の美女で、ローマの指導者シーザーやアントニヌスの恋人で、エジプトの女王だったと言う事くらいしか知らないのではありませんか?美人といってもどんな顔立ちだったのか、ほとんどの方はご存知ないと思います。ハリウッド映画「クレオパトラ」のエリザベス・テーラーと似た女性だったのか?
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クレオパトラは美人だという噂は意外に最近のもののようです。「人間は考える葦である」の名言を残したフランスの哲学者ブレーズ・パスカル(1623年- 1662年)が「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら(短かったら、が正しい訳のようですが)歴史が変わっていた」と評して以降に言われ始めました。
しかし、エジプトやローマに残る古い記述では、美人の美の字も見つかっていないようで、美人じゃあなかったんじゃあないの?と思われているようです。

一体、どんな顔をしていたのか?

BBCがこれを追跡したYoutubeフィルム「Cleopatra; portrait of a killerクレオパトラ:殺人者の素顔」が見つかりました。
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是非みなさんにもご紹介しようと、2,3回見直し(英語なので繰り返して解説を聞かないと意味が正確に判らないのです!)、さて、ネットで裏付けをとってから・・・とWiki「クレオパトラ」を調べてみたら、なんと、フィルムで紹介された内容の大半は既にWikiに書かれているではありませんか!

これではブログで紹介するのはまずかろう、ということで、別のフィルム「クレオパトラ:最後のファラオCleopatra: The Last Pharaoh」を見てみたら少し面白い情報も見つかりましたので、こちらをメインに、その他、雑多な情報を織り交ぜながらクレオパトラについてご紹介しましょう。

そうはいってもBBCのフィルムも捨てがたいので、まず、そのエッセンスを簡単にご紹介します。

彼女はプトレマイオス朝のファラオ(王)の娘で、父の死後、妹アルシノエと女王の座を争いました。結局、ローマ帝国の支援を受けたクレオパトラが勝利し、アルシノエはエフェソスの町に幽閉さるのですが、クレオパトラの差し金で暗殺されてしまいます。この出来事は記録され、後年、いろいろな場面で語りつがれているようで間違いない事実でしょう。つまり彼女は冷徹な殺人者でした。
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エフェソスについては9月1日、世界の七不思議「アルテミス神殿」でご紹介しました。トルコのエーゲ海に面した海岸から数Kmの遺跡で、今は大勢の観光客が訪れるスポットです。
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(上:エフェソスのamphitheater円形劇場)

2002年、一人の女性考古学者がエフェソスのメイン通り「英雄通り」の直ぐ脇に墓を見つけ、中から骨を採取しました。
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それはスリムで女性のものだと判明します。しかし頭蓋骨はありませんでした!!!
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写真からもわかるように、墓の入り口の蓋のようなものが8角形だったことから、周辺の破片も全て調べてCGで墓の全容を再現すると、エジプト・アレクサンドリアにあった世界の七不思議のひとつ、フェロスの灯台に似ている!と気付きました。そんな墓に埋葬された若い女性となればクレオパトラの妹アルシノエしか考えられない!となったのですが、肝心の頭蓋骨が・・・

調べると1920年、ドイツ人考古学者たちが頭蓋骨だけ持ち出していた、というのです!実物はもう紛失し、どこにあるのか判りませんが、写真や寸法などのデータが残っていました。これをコンピュータ・グラフィックで再現すると・・・
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結果は次のフィルムで紹介するクレオパトラのプロフィールと対比してご紹介します!

それでは「クレオパトラ:最後のファラオ」の始まりです。
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エジプト・コブラ。古代世界の最も危険な生物で、恐怖と尊敬、死と生命の象徴だ。しかし別の噂もあった。この毒蛇がエジプト最後のファラオ、クレオパトラを殺したかもしれない、というのだ。
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伝説によれば彼女は毒蛇に自らを噛ませて自殺したという。としたら、その蛇とはコブラに違いない!ひと噛みで5人を殺せる毒を出す。噛まれると1時間で死に至るという。

クレオパトラについて我々は多くのことを知っている、歴史家の記録によって、時にはハリウッドの映画で!歴史家プルートックの記述は有名だ。聡明で残酷な女王だと記している。事実はどうだろう?まずはアレキサンドリアを訪れてみた。
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2千年前、ここはエジプトの首都だった。アレキサンドリア図書館に向かう。世界で最も有名で一番大きい図書館だったが、蔵書の多くは数百年前の火災で燃えてしまった。
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しかし、残った古代のコレクションが展示されている。アラブ人が書いた彼女に関する記録もある。
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「ローマ人は彼女を好きではなかった。むしろ恐れ敬っていた。」しかも「彼女はコケティッシュ・セダクタレス(面白い誘惑女)だった」と言う。ローマを征服し、世界を統治することを夢見ていたと言うのだ。

別の本によれば、彼女は有能な指導者でかつ偉大な科学者だったらしい。9世紀に書かれた本では哲学者で薬品にも詳しい化学者ともある。
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ところで、彼女は本当に美しい女だったのだろうか?案内してくれた考古学者はグレコローマン博物館にいけば彼女に会えるという。
(mh:グレコローマンgreco-romanとはギリシャ・ローマ風の意)
彼は言う「かなり確信があるのだが、これがクレオパトラだ!」
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ではここで、BBCフィルムで紹介されたクレオパトラの妹アルシノエのCGプロフィールをご紹介します。エフェソスの墓で見つかった頭蓋骨から再現されました。思慮深そうな感じが上の石像と似ています!姉妹ですからね。
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しかし、石像のクレオパトラはハリウッド映画のように美人ではない!
「どうしてこの石像がクレオパトラだと断言できるのか?」
「彼女の容姿については、昔からいろいろな記述があってはっきりしない。しかし確実な証拠がある。彼女が統治していた時のコインだ!一般には非公開で大切に保管されているのだが、特別にお見せしよう!」

「なるほど、コインに刻まれた顔は石像の女性とよく似ている!美人ではないが聡明なようだ。」
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クレオパトラは2つのプロフィールを持っているようだ。
魅力的で野心家でシーザーとアントニヌスの心を捉えた女、というローマの記述と、華やかなリーダで、哲学者で、化学者でもある、というアラブの記述だ。

彼女をもっとよく知るためには彼女が統治した王国について調べなければいけないだろう。エジプト考古学の最高委員ザヒ博士に訊いてみよう。
ザヒ博士「また会えたね、ジョッシュ!クレオパトラで最も重要なことは「彼女はエジプト人ではない」ということだ。ギリシャ人だ!」
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「紀元前332年、アレキサンダー大王によって大都市アレキサンドリアが建設された。彼の死後、ギリシャの指揮官が後を継ぎ、300年間、エジプトを統治した。プトレマイオス王朝だ。彼女はその血を引いている!この部屋にあるものは彼らが残したものだ。ギリシャ人の統治者が最初にしたことはギリシャの神々をエジプトの神々に置き換えたことだ。寺院もギリシャ風ではなくエジプト風にアレンジした。エジプト人になり切ることで王国の安泰を図ったのだ。」
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「このプトレマイオス朝のファラオの像を見ると判る。体型や装飾はエジプト風だ。でも顔はギリシャ人だよ。」
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死後の様子も確認しておこう。サカラに墓がある。貧富に関わらず、多くの人が埋葬されている。子供の墓が多いようだ。伝染病がエジプト全体を襲ったと考古学者は考えている。
(mh:伝染病ではなく飢饉で子供が犠牲になった、との見方があることは12月15日ブログ「エジプト第一中間期」でご紹介しました。)
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2005年、ここで大きな発見があった。2300年前の木の棺(ひつぎ)が見つかったのだ。
「これはエジプトで見つかったもっとも美しいミイラだ!顔のマスクを見るとプトレマイオス初期のものだと判る。ギリシャ的な装飾だが、それをエジプト化した様子が見て取れる。エジプトを統治する方便だった。しかも、死後の世界観もエジプト古来のものを受け入れていたのだ!」
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(mh:この棺は、このフィルム撮影のためにザヒ博士が特別に現場に運ばせたのでしょう。エジプト考古学界で彼は最高権力者のようで思いのままのようですから!そろそろお歳でしょうから、身を引くのではないかと思いますが・・・)

エドゥフEdfuに行ってみよう。彼女の祖先が紀元前2世紀に造った寺院がある。別のエジプト学者に案内してもらう。
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宗教はエジプトの統治者にとって重要な要素だった。この寺院はファルコン(隼:はやぶさ)の頭を持つ神フォレスに捧げられたものだ。王は神だった、だからエジプトを統治する権利がある。
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壁に重要な記録がある。祈祷師が残したものだが、考古学者だったら絶対見逃さない。
ここだ。紀元前205-168年のファラオのヒエログリフ記事がある。王の表記に驢馬(ろば:ドンキー)を使っている!見下しているのだ。王に一泡吹かせようと考えていた輩(やから)がいたことを示している。
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ここでは王が正しく表記されている。しかし、ここでは一部の王の記録は削り取られている。
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これらの事実はクレオパトラが抑圧された状況にいたことを示している。どんな手法でこの逆境を克服していったのだろうか。

次はクレオパトラが作ったと言うデンダラDendaraの寺院に行ってみよう。伝統的な帆船ファルーカでナイルを下る。
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彼女が女王になったのは18歳の時だ。当時、ローマは知り得る限りの広範な地域に侵攻し、西ヨーロッパから小アジア(トルコ)まで2百万平方マイルの領土を統治していた。統率していたのは52歳のジュリアス・シーザーだ。世界で最大の権力者だった。
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クレオパトラは彼の庇護(ひご)を得て権力の座を守ろうと考えた。そして、それを実行したのだ。
紀元前42年の彼と彼女の出会いはドラマティックで有名だ。シーザーはエジプトに侵攻していた。その彼の部屋に絨毯で巻かれて彼女は登場する。
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彼女は一晩で権力と男を得た。その結果、セゼリアンという子を授かった。シーザーの最初でただ一人の息子だ。
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21歳の娘が権力者の寝室に忍び込んで・・・それは本当のことなのか?

本当のことかどうかは判らない。確実なことは、彼女は魅力と交渉力で、世界で最も権力ある男から彼女の王位を保証してもらった、ということだ。しかし、どうしてそんな策略を若い女性が思いついたのか・・・
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そのヒントは次の目的地で得られるという。デンダラの寺院で。彼女の父親が建てた寺だ。建物の地下にある特別な場所に案内してくれた。
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この左の男がクレオパトラの父親プトレマイオス12世だ。その父が亡くなる年、若いクレオパトラも父と共に1年間、エジプトを統治していた!この場所にも来たはずだ。
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彼女は、徐々にエジプトに溶け込んでいった。エジプト語を話せる唯一の女王だったこと、エジプトの神々を信仰していたこと、も受け入れられた理由だろう。人付き合いも巧みだった。
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しかし、紀元前44年、シーザーが刺殺されると状況は一変する。後ろ盾と恋人を失くした彼女は、一人で権力の座を守らねばならなくなったのだ。
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これはクレオパトラが建てた寺院だ。外壁には彼女と、将来のエジプト王となるべき息子セゼリアンの像が彫られている。彼女は息子の後ろに立っている。
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彼女はシーザーとの間に出来た息子がローマとエジプトを統治することを夢見ていた。驚くべき野心を持つ女だったのだ。
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そんな彼女が、なぜ自殺で一生を終えることになったのか?その理由を探してアレキサンドリアに戻ってみた。カイロから電車で2時間の町だ。

シーザーの死後、帝国の西側を守護していた指揮官オクタビアンと東側を守護していた指揮官アントニヌスは権力の座を争っていた。クレオパトラとの間にできた息子について、シーザーは何の遺言も残していなかった。クレオパトラはローマ連盟から一先(ひとま)ず脱退したが、ローマの支援がなければ王国が続かないことを悟っていた。

記録によればこうだ。
シーザーの庇護を失った25歳のクレオパトラはアントニヌスに賭けることにした。彼女は彼とのドラマティックな出会いを設定し、そのあとで恋に落ちた。
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しかし事実はもっと現実的だった。彼女はローマの支援を得ようと考えていた。もう一方のアントニヌスには別の目的があった。若くハンサムな彼は帝国でも人気は高かったが、権力を確実にするには戦に勝ち続けねばならず、そのための資金を必要としていた。クレオパトラは地中海の富を管理していたので好都合だったのだ。

アレキサンドリアは、紀元前332年、アレキサンダー大王が統治するようになって発展を遂げた都市だ。その後、クレオパトラもここを都とした。彼女の王宮はさぞ素晴らしかったはずだが、その痕跡は簡単には見つからない。2千年前のニューヨークとも言える大都市は5百万の人が住むモダンな町に変貌している。
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しかし近代都市の地下で、数十年、古代の調査をしている男がいる。考古学者のジョニー博士だ。
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ここは地下の水保存施設だという。水はナイルから運河で引いてくる。施設は都市中に広がっていて50万人の飲料水を賄えるほどだという。当時のローマの人口と同じだ!クレオパトラは単なるセダクタレス(誘惑女;当時のローマ人の批評です)ではなく、ローマを震え上がらせる力を持っていたのだ。
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しかし、彼女が住んでいた王宮はどこにあるのか?
ジョニー博士は知っていた。「ここだ、水の底にある。」アレキサンドリア湾の浜辺に近い海の中だ。
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西暦365年の大きな地震で彼女も住んでいた王宮は海に沈んだ。潜ってみれば見つかるかも知れない。
普段はフェロス灯台遺跡の海底調査をしているというダイバーがクレオパトラの王宮調査に協力してくれることになった。一帯は保護地区で勝手にダイビングすることは出来ない。
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長い年月で海底の遺跡は劣化が激しいだろうが、素晴らしい発見もあるかもしれない。

海の中は透明度が低く見通しは悪い。これは白い石の道のようだ。クレオパトラの王宮へ続く歩道かもしれない。一帯にはライムストーン(石灰石)とグラネット(花崗岩)が沢山ある!
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侵食が進み、海草も付着していて、これらの石が王宮のものだとは断言できないが、この円柱はそうだろう!それに好く見かける形の石もある。頭はツルツルだが体の形は間違いない、スフィンクスだ!
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スフィンクスはピラミッド、墓、そして神殿の守り神だったから、王宮のゲートを守っていたものかも知れない。

パレスの具体的なイメージを掴むのに十分な発見はなかったが、気分としては歴史の中を泳いているようだった。が、そろそろ話を戻そう。

ローマにとってクレオパトラとその子が治める国は脅威だった。そこで紀元前32年、ローマは宣戦を布告する。そして、シーザーが後継者に指名していたオクタビアンの軍と、アントニヌスとクレオパトラの連合軍の戦いが始まる。翌年、ギリシャ・アクティウム沖の海戦でクレオパトラ側は敗退し、クレオパトラとアントニヌスはアレキサンドリアに逃げた。しかし、そこでアントニヌスは自殺してしまう。
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アントニヌス像が残っている。少し壊れているが確かに若くてハンサムだったようだ。
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クレオパトラについての記録は少ない。しかし、地下に造られたマウソレウム(mausoleum霊廟)で一生を終えただろうと言われている。多分、このような場所だ。

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頼りとしていたアントニヌスを失い、絶望した彼女は蛇にかませて彼の後を追った。
「しかし本当に蛇の毒で死んだのか?」
蛇は神聖な動物で死を託すのには適当だ、可能性は高い。
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野心的な女だった。エジプトを世界の中心にするために何物をも喜んで犠牲にした。しかしその野心は実現することは無かった。

クレオパトラはエジプト最後のファラオだった。誰にも知られることなく、密かに死んでいった。39歳だった。しかし、彼女は永遠の命を得ることになった!ギザのピラミッドや王家の墓の中にではなく、何千年も続くであろう伝説の中に!
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Digging For The Truth - Season 2, Episode 6 - Cleopatra: The Last Pharaoh
https://www.youtube.com/watch?v=uvRONbag1PM

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mh徒然草27:日本から中国への無償援助

今日1月5日のニュースによれば、日本は国連の非常任理事国に加わろうと努力しているとのこと。アメリカの言いなりのような結論しか出さぬ国が拒否権を持たぬ非常任理事国になっても大した意味はなく、無駄なロビー活動をして特に中国・韓国など、日本を嫌っている国から馬鹿にされるようなことをするのは止めた方が好いと思います。国連も、第二次大戦の戦勝国が身勝手に拒否権を発動して当初の理想とは程遠い状態で、戦後70年を迎えた今、そろそろ見直されるべきでしょう。

ところで日本はアメリカの半分くらいのお金を国連に上納しているようです。中国の2倍です。
「2012-14年 国連通常予算分担率・分担金」(2014年))
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このお金は当然、国民の税金や国債(借金)から支払われ、政治家がポケットマネーで負担してくれるのではありません。年間300億円ですから、国民一人の負担は年300円で、大した金額ではないかもしれませんが、300億円なら世界に貢献できる使い道も沢山ありそうですから、よその国から大して感謝されないまま国連に貢(みつ)ぎ続けるのは考え直すべきでしょう。

一方、GDP国民総生産はどうかというと、アメリカ、中国に続いて日本は第3位です。
「2013年の名目GDPランキング」
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また、軍事費のランキングを見ると、アメリカは断トツですが、2位の中国は10兆円で、3位以下を大きく引き離し、6位の日本4兆円の2.5倍です!
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(mh:他の情報では1アメリカ、2中国、3イギリス、4フランス、5ロシア、6日本になっていました。アメリカ、中国、日本だけ見れば順位は上の一覧表と同じです。)

このような日本が、中国に有償、無償の資金援助ODAを続けているのです、何十年間も!

ODA(政府開発援助Official Development Assistance)には次の3つあるようです。
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「円借款」は低金利で貸し出しているものですが、「無償資金協力」「技術協力」は全くの善意で、中国発展のための寄付のようなものです。

しかし、一人当たりの生産額は日本よりもまだ低いと言うものの既に国民総生産は日本を抜き、軍事費は日本の2倍以上の10兆円もつぎ込んでいる中国に、なんで無償資金援助を続けているのでしょう?その相手から、尖閣諸島やレア・アースでの嫌がらせや、中国に進出した企業への暴動、などを受け、かつ、軍国主義の復活か!などと非難されているのですから、一体全体、日本の外交関係者は何をしているのか、気の短いmhは歯がゆくてなりません。

確かに、日本には非難されるべき所があります、特に安倍首相の「あの戦争は侵略戦争ではない」という太平洋戦争関連の発言は、国民の大半が同意できるものではないでしょう。

侵略戦争でなかったのなら、何のための戦争で、誰が仕掛けた戦争なのか、何故、他国の地で他国の人と殺し合いをしたのか、説明してほしいものです。

そんな安倍首相の意向、ということではないのは間違いありませんが、安倍首相に限らず、これまでの日本政府の中国に対する対応は理解しかねます。安倍首相に言わせると中国を侵略したことが無い日本が、一体全体、何故、国民総生産が日本を抜き、そのお金をつぎ込んだ軍事力で日本を脅かすようになった中国に、無償の援助を続けねばならないのか?

調べたら、昨年2月のネット記事で「無償援助は300億円から140億円に」減った、との情報が紹介されていました。
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中国の成長に伴い、見直されるは至極、当然です。しかし、まだ続けているというのには、やはり、なにか理由があるんでしょうねぇ。

無償援助を打ち切ると、嫌がらせをされかねない、例えば、日本企業の中国進出を禁止するなど、誰が考えても理不尽な仕打ちを日本にだけする、って可能性はゼロではありません、あの中国ですからね。

しかし、それにしても、もっと毅然とした態度はとれないもんですかねぇ、日本は。やっぱ、とれないんですねぇ。それは国民性とも言えるのかもしれませんが、中国に対する日本のダラシナサは、あの太平洋戦争で中国に侵略して多くの中国人を殺したことに対する反省が中途半端でかつ不誠実だからではないかと思います。まさか、中国人も死んだかもしれないが、こっちだって大勢死んでいるんだからおあいこだ!なんて言うつもりはないでしょうね。もし日本が中国大陸まで出張(でば)って戦(たたか)いを仕掛けなかったら、あの戦争はなかったんであって、中国人だけでなく、大勢の日本人も死ぬこともなかったんです。

太平洋戦争は侵略戦争ではなく、日本に正義があった、と考える人は安倍首相を除けば少ないでしょう。だったら謝ればいいのに、それは癪だから、代わりに無償援助でお茶を濁しているのだと思います。しかし、中国は、無償援助は当然のごとく受け取り、その上で、日本の行動のあれこれを非難したり、嫌がらせをしてきたりしているんですから、何て言ったらいいのか、中国に嵩(かさ)に懸かって攻めまくられている日本の外交は二流だと思います。それもこれも、太平洋戦争に対する決着・見解を曖昧(あいまい)なまま放置しているつけが回ってきているのです。
Animals - house of the rising sun (with lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=NU3KELkd-zY
(完)

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アトランティスはエーゲ海に?

紀元前8世紀、ギリシャで『イーリアス』と『オデュッセイア』という2つの有名な叙事詩が生まれました。吟遊詩人ホメロスが書いたとされています。この叙事詩には「アトランティス」と「トロイ戦争」のことが書かれていました。

アトランティスと呼ばれる都市は、地震とその後の津波で、1日にして地上から姿を消したとのこと。また、トロイ戦争では、攻めるギリシャと守るトロイにギリシャの神々が二分して加担し、結局、木馬の秘策でギリシャ側が勝利して王女ヘレネを取り戻したということ、が記されています。
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(アトランティスのCG図とトロイ遺跡の木馬)

いずれも神話とも言えるもので、特にトロイ戦争に登場するヒロインの王女ヘレネは、元々からあった神話の中の人がトロイの神話に再登場しているようなものですが、皆さんもご承知のように、トロイ戦争と呼ばれるべき戦(いくさ)は現実に行われたようです。どうも、ギリシャ神話は、現実の出来事や現存した人と、架空の出来事や想像上の神々を織り交ぜて作られているようで、神話だから全く嘘というわけでもなく、だからといって、必ずしも現実ではない、という掴(つか)み処(どころ)のない歴史物語です。

我が日本でも、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れたという話が日本書紀に記されています。天照大神が隠れている間は世の中が真っ暗だった、と言われる、太陽のように光り輝いて世の中を照らしていた御人が実在していたとはとても信じられません。彼女一人で日本中を明るくするには光を遮る邪魔者がないよう、空の上にでも住んでいないといけないし、日本以外の国には光は及ばないわけですから、世界的観点から考えると、絵空事だとしか思えません。しかし、天岩戸と呼ばれる場所の存在は、真偽は別としても、京都、滋賀、奈良、三重、兵庫、岡山、宮崎など、山ほど候補地がありますから、ひょっとすると、これらのどこかに、天照大神と呼び換えても好いような身分の、ひょっとすると華やかで明るい(!)女性が何らかの理由で閉じ込められていたか隠れていた、といった事実はあったのかもしれません!!??

なお「トロイTroy」は英語で、イリオスĪliosがそのギリシャ語です。Wikiで「トロイ」を検索すると「イリオス」(トロイ)に転送されます!知っていました?

前置きが長くなってしまいました!それではYoutube「Ancient Aegean: Legacy of Atlantis古代エーゲ海:アトランティスの遺産」をご紹介しましょう。
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地中海の東、シエナの人々はどうしようもない程、恐怖と驚愕に満ち、とても抗しきれない大惨事の予感から、家を捨て逃げ出す準備をしていた。大惨事が収まって戻った時に使えるよう食料は甕(かめ)に入れて蓋をし、黄金など重要なものは持ち出すことにして、海辺のボートに向かって急いだ。
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人々は地面が揺れ動いているのを感じていた。以前のように、暫く身を守ってさえいれば、地震は終わり、また戻ってこれるはずだ。

しかし今回彼らを襲ったのは地震ではなかった、火山爆発だ!紀元前1628年、大噴火によって島は崩壊してしまった。人々が暮らしていた痕跡は全て灰で埋もれてしまうことになった。
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だが、記憶は残された。彼らの足跡は誰かが見つけてくれるのを待っている。

「エーゲ海:アトランティスの遺産/失われた文明」
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古生物学者チャールズは言う「エジプト人はその出来事に気付いていた!」
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「エーゲ海のある島で噴火が起きて直径8マイル(13Km)深さ1マイル(1.6Km)の窪みができ、そこに吸い込まれる海水が全てを飲み込んでしまった!」

この出来事が伝説を生んだ。「ユートピアともいえる島が突然消滅した。その名はアトランティス!」

事件についてギリシャの哲学者プラトンは、エジプト人法律家ソーロンから聞いた話として紹介している。
ソーロンは祈祷師が持っていたアトランティスの記録を見たというのだ。「これはフィクションではなく事実だ!」
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偉大な、崇高な力を持つ文明があった。
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人々は見識があり互いを尊敬していた。素晴らしい都市を建て、生産的な暮らしをしていた。

しかし、突然、悲劇が襲い、崩壊した、と伝説では言われている。
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地震と津波が襲い、一夜にして全てが海の底に沈んだ。

しかし、この話に出てくる、素晴らしい都市アトランティスは本当にあったのだろうか?そんなにも完成された文明が、突然、完全に消滅することなどあるのだろうか?

この話が語られて以降、アトランティスは人々の想像を掻き立て続けた。そこにはコンピュータや原子力すらあったという説まで出て来た。中米グアテマラのジャングル、チベットの山中、そして勿論アトランティック・オーシャン(大西洋)でもアトランティスが見つかっている!!!

しかし、多くの真面目な探査は、エジプト、ギリシャ、トルコに囲まれたエーゲ海の、かつてシエラTheraと呼ばれ、今はサントリーニと呼ばれる島で行われている。火山性の岸壁が海に突き出た島だ。
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しかしシエラ(サントリーニ)は本当に失われた島アトランティスなのだろうか?もう一方のトロイの話は吟遊詩人ホメロス(ホーマー)が語り始めたものだが、彼は現実の人や場所や出来事を述べたのだろうか?

これらの答えを見つけるには、神々や英雄が活躍していた時代に遡らねばならない。妻の恋人に殺された英雄、クレタ島の地下室ラビリンスで暮らしていた牛人間、・・・
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そしてトロイの王女ヘレンを巡る10年に渡る戦(いくさ)も。

まずはトロイ戦争を調べてみよう。美しいヘレンを取り戻すための戦いは神々をも2分してギリシャとトロイの間で行われた。
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戦いの決着は武器ではなく、トリックだった。退却すると見せかけ、ギリシャ軍は大きな木馬を残していった。トロイ兵は門を開いてその贈り物を城内に運び込んだ。しかし木馬にはギリシャ兵が潜(ひそ)んでいて都市トロイは崩壊してしまう。
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伝説は残っていたが、19世紀になっても何の証拠も見つかっていなかった。これは単なる神話だ、とみんな思っていた。

しかし、ホメロスが残した神話を信じていた男がいた。ハインリッヒ・シュリーマンだ。彼は「イーリアス」を片手にトロイの町を探し始めた。
ある人は言う、彼は虚言癖がある。他の人は言う、的確な分析力をもつ考古学者だと。しかし、彼には、少なくともアメリカのゴールドラッシュで蓄えた富があった。それを資金に、トルコの許可を得て探索を続けた。
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かれは記録に基づいて2つの川を探していた。一つは湯気が立つ暖かい水の、もう一つは地獄の様に冷たい水の川だ。この川を見つけるために靴を脱いで水の中を歩きまわった。1870年4月9日、発掘場所を特定して作業を開始した。そこで彼は何層にも重なった古代の遺跡を発見する。コインも見つけた。
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彼はこれまで、失敗するたびにホメロスの「イーリアス」を読み直して確認していた。
「馬を引き入れた、その夜、町は焼き払われ壊滅した。」彼は火事の跡を探すことにした。
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彼は日記に書いている。「ある日、私は、灰や、火で焼かれた石が重なっている場所をみつけた。パレスに続く大通りに違いない!」
こうして彼は、ついにホメロスが記述した町を掘り当てたのだ。
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しかし、彼は、ここがトロイであることの裏づけとして、ヘレンが居たという証拠を見つけたいと考えていた。

彼は、自分にとってヘレンとも言える若いギリシャ女性と一緒に調査していた。シュリーマンを愛し、尊敬し、妻になった女性だ。(mh:彼は前妻とは離婚しています。性格の不一致でしょう、気難しい男だったようですから。)
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ある日、彼の眼は壁に光るものを見つけた!人夫を全員引上げさせ、一人で調べてみた。(mh:この辺りにもシュリーマンの性格が現れています!)
「宝を発見した!」と後日、発表している。銅の容器や金のネックレスを見つけたのだ。
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その夜、宝を自分の小屋に運び込んだシュリーマンは金の飾り物を妻の身に着けてみた。
「ヘレンが着けていたものに違いない!」
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シュリーマンは4千年前の都市を掘り当て、宝物も見つけた。伝説は現実になったのだ。
トロイは実在した。とするとアトランティスも実在しているのではなかろうか?
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ホメロスに出てくるマイシーニの砦。ギリシャ軍の総指揮官アガメムノンがトロイ戦争から凱旋した所だ。
アガメムノンが乗った船が入港する、というので山に狼煙(のろし)が灯された。10年も留守にしていた。妻もきっと喜んで迎えてくれるはずだ。
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しかし、歓迎晩餐会の後、風呂に入っていた彼は、妻の恋人に殺されてしまう。トロイへ出発する前、勝利を祈願して娘を生贄として神に捧げたことが彼女の怒りを買っていたのだ。
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シュリーマンがアガメムノンの砦だと信じたマイセナス(Mycenasミケーネ)の丘。
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砦の入口には彼が一緒に記念写真を撮ったライオンの像が飾られている。
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金の飾り物を纏(まと)った19体の高貴な人物の遺体も見つけた。
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しかし、彼は、ここがアガメムノンの砦だと示す、もっと確実な証拠、つまりアガメムノンの遺体を見つけたいと考えていた。そしてとうとう、素晴らしい金のマスクを見つけたのだ、その下には遺体があった!
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このマスクが似合う人物は一人、アガメムノンだ!
「私は彼の顔をじっと見つめた。」

現在の科学では、骸骨から、およそどんな顔をしていたのか再現することが出来る。
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マイセナス(Mycenasミケーネ)の丘で最近見つかった頭蓋骨を英国マンチェスター大学で再生した結果、マイシニアンの顔立ちが見えてきた。男は5ft8,9in(175cm)くらいで頑丈な歯と骨格を持ち、重い鎧(よろい)をつけて戦うことに向いていたようだ。ホメロスの記述にもぴったり合う。
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シュリーマンは剣も見つけている。牛の40対の牙(角?bull’s tusk?)で造られたヘルメットも見つかった。これもホメロスの記述と合致する。紀元前14~11世紀のものでシーザーよりも1千年古い。
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最近になって判ったことだが、シュリーマンが見つけた金のマスクはアガメムノンの時代より更に古かった。従って、その下にあった遺体も彼のものではない。しかし、ここがマイシニアンの砦だったことは間違いないだろう。
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これまで神話は記述でしか知ることが出来なかった。しかし、シュリーマンによって、神話とされていたものが現実に起きていたことが判ったのだ。

最も恐ろしいのはミノアの半牛半人(牛の頭を持つ人)の伝説だ。マイナス王の宮殿に住んでいた。
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この神話の名残とも言える祭りがレズバス島で千年以上続いている。町中が最も優れた牛を称える。生贄となる栄誉を与えられた牛だ。
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牛は昔、男の力の象徴だった。
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この牛の喉(のど)を欠き切る栄誉を得られる男は1人だ。
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ミノアのマイノス王にも捧げものが贈られていた。子供だ。王宮の地下深くあるラビリンス(迷路)に連れ込まれた彼等は二度と戻ることはなかった。そこに住む「牛の頭を持つ人間:モンスター」に捧げられていたのだ。
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この恐ろしい行為は勇敢な若者フィーシアスによって終焉(しゅうえん)することになる。彼は、王宮の地下にある暗黒のラビリンス(迷路)に、短剣と道しるべとなる魔法の毛糸を持って一人で忍び込んだ。
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彼の目的は生きて帰ることではない。モンスターを退治してマイナス王の悪政を断ち切ることだ。
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見事にモンスターを退治したフィーシアスは毛糸を手繰(たぐ)ってラビリンスを脱出する。
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この伝説はずっとベールに隠されてきたが、ある偶然から明らかになった。

シュリーマンの後を追いながらアトランティスを探す旅は、とうとうアテネに行き着く。1883年、この町を訪れた若き英国人エバンスはアンティーク・ショップに立ち寄った。
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そこで彼はワックスと粘土で造られた妙なシール・ストーンを見た。楔形文字のような模様がある!
「もっといろいろなシール・ストーンはないの?」
「だったらクレタ島に行ってみれば?」
マイナス王の伝説がある、エーゲ海で一番大きな島だ。山が多く、神秘的で、エバンスに偉大な発見をもたらす島になる。
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人々はキリストの時代と同じような昔からの暮らしを送っていた。老女にシール・ストーンを探している、と言うと、島ではミルク・ストーンと呼ばれていて、それを売ったら母親の母乳が枯れてしまうから売れない!という。
「ほしければクノッサスの丘で探すといい。土の下には王宮が眠っているっていう噂の所だよ。」
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エバンスはクノッサスの丘に登って掘ってみた。するとシールストーンよりも素晴らしい物を次々と発見した!
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玉座(下の左側の写真の中央)も見つけた。マイナス王が座っていたかも知れない。
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王宮は紀元前1900年頃のものだった。エジプトの建国やストーンヘンジが造られた時代と同じ頃だ。

沢山のフラスコ壁画も見つけた。ミノアの人々の様子や暮らしぶりが判る。
エバンスは当時のように復元することにした。「4千年前を甦らせるのだ!」
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発掘や復元の仕事が終わると、牛が支配している書斎で記録をまとめるのがエバンスの日課だった。
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「女が着ている服は袖(そで)が膨(ふく)らんで、カラフルで、とてもモダンだ。」
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「髪形も洗練されている。男も着飾っている。」
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「音楽を嗜(たしな)む文化もあった。」
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「口紅も差している。何千年も前の様子だとは思えない!」
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石の階段をのぼった上のステージでは子供と牛のフラスコ画が見つかった。
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牛の代わりに子供達を生贄にしていたことと関係があるのか?
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1400もの部屋をもつ大きな建物群だったことが判っている。付近一帯を支配する力もあった。砦のような造りはないので平和な町だったはずだ。
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人々は進歩的で十分な教養を身に着けていた。ミノア文明の特徴は豊かな色彩に現れている。
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プラトンがアトランティスについて述べたように、クレタ島の文明も平和的で繊細で進歩的なものだった。
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ここがユートピアのアトランティスだろうか?いくつもそれらしい証拠が見つかった。その上、ミノアでは牛が崇拝されていた。黄金のカップには牛がロープで縛られて引き倒されようとしている図が描かれている。ミノア固有の文化だが、プラトンの記載とも一致する。
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しかし・・・ミノアはアトランティスと異なり、1日で消滅してはいない!

クレタ島のクノッサスからそう遠くない場所にリゾート・アイランドとなっているサントリーニ島が在る。溶岩台地の上には住居が建てられている。
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かつてシエラ(THERA)と呼ばれていた島だ。紀元前1628年に起きた大きな爆発で破壊されている。
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爆発があった時期、クレタ島ではミノア文明は絶頂期にあった。この文明はシエラにまで波及していたのだろうか?そして、ここで文明は1日にして破壊したのだろうか?


「これまでの調査によれば、この爆発は世界でも類を見ない大規模な物だった。8マイルの大きさで、多分1マイルの深さの穴ができたはずだ。地中海の全ての波が穴の中に落ち込むようだっただろう。ナイヤガラの滝から水が落ちるように!」
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「クイーンエリザベス号だって小さな枝のようにこの穴に落ちていったはずだ。そして噴火は津波を引き起こした。」
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「13マイル(20km)離れた島に押し寄せた津波は800ft(240m!)の高さだった!エンパイアステートビルディングの半分の高さだ。この時に火口から立ち上ったぶ厚い雲は地球を覆った。エジプト人の記録では“数日の間、空は雲で覆われた。太陽も月のようにしか見えなかった”とある。」
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中国の歴史書(mh史記か??完成は紀元前91年だから15百年の後だが・・・)にも正確な年代が記録されている。
「ジェイ王の29年目、灰は寺の屋根を覆い、霜も降り、畑の穀物は枯れてしまった。」
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噴火の雲は北アメリカにも到達し、夏でも冬のような気候になった。カリフォルニアではセコイア(糸杉)の同じ年の年輪にその跡が残された。
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グリーンランドの氷河からは、その年の氷の層から噴火の証拠である硫黄を含む灰が見つかっている。
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シエラの噴火は途方も無く大きかったので、エジプト人は記録に残し、それがプラトンに伝えられたのだ。

しかし、シエラの灰で覆われた場所ではもっと興味深い発見があった。1967年、灰の下から住居跡が見つかったのだ。
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町の通りも見つかった。大きな甕(かめ)も!中には食糧が残っていたが、宝石や金は無かった。
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更には、見事なフレスコの絵も見つかった。3千年も前のものだ。
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ツバメが描かれている。ツバメは二度とシエラに戻ることは無かった。
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エジプトやシリアで見つかる壁画には戦いの絵が多い。しかしここでは女性や子供が楽しく遊ぶ絵が多い。
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アンテロープ(カモシカ)がダンスしているものもある。サルの絵もある。アフリカとの接触があった証拠だ。
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クレタ島のミノア文明のように、エレガントな服と豊かな膨らみをもつ髪型だ。
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これを見ると、原始的な社会だったとはとても思えない。
このポニーテールの美しい娘はアトランティスの人だろうか?
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子供が寝ていたベッド。
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全てが、シエラが繁栄の島だったことを示している。プラトンの記述によると「アトランティスでは大勢の人々が暮らしていた。船も多かった。町の通りには遠くから来た商人たちも大勢いて一日中賑わっていた」とのことだが、シエラでもエジプトとの交易があった。ほかにも類似点がある。
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「温水の風呂に入っていた」とのことだが、シエラにも噴水があった。家にはシャワーやバスタブも置かれていた。
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水洗トイレもあった。ここまではプラトンの記述と一致する。
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しかしプラトンは「アトランティスはアトランティック・オーシャンに在った大きな島だ」と信じていた!
プラトンに話をしたエジプト人が、島のサイズを誇張したのではないだろうか。

プラトンの記述に従うと、アトランティスがエーゲ海にあったとすれば、シリアやトルコも含むような大きな島だったことになる。そんな島は昔も今もこの辺りにはない。だが、エーゲ海一帯が共同経済体として機能していたのだから、シエラが中心にある大きな島国諸国だと見ることもできるはずだ。
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クレタ島のクノッサスはシエラの爆発後も50年程は繁栄を続けていた。しかし爆発で戦艦は壊滅していた。そこにマイソニアンが攻め入ってきたのだ。彼等は簡単に勝利を得ることができたはずだ。
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クノッサスの悲劇はそれで終わりではなかった。大噴火の後も大きな地震が続いていた。恐れた人々は生贄を捧げ続けた。クレタ島の丘の遺跡で見つかった頭蓋骨を再生したのがこの像だ。祈祷師とその助手のものだ。
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そして台の上には縛られた少年の骨も見つかっている!度重なる地震を収めるために生贄となった少年は手足を縛られて生贄台に載せられていた、丁度牛のように。
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それはあたかも近代的な文明の終末とも言える儀式だった。
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少年の命は報われることはなかった。丁度、その時、また大きな地震が襲ったのだ!
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この地震は大きく、宮殿や寺院だけではなく、町の全ての建物や人を飲み込んでしまった。エーゲ海でおきた全ての出来事はプラトンの記述に一致する。
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ユートピアの伝説はいつも呪われた恐怖の一面を合わせ持っている。しかし、もしかすれば、我々は伝説だったアトランティスをエーゲ海で見つけたのかも知れない。
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以上でYoutube:Ancient Aegeanの紹介は終わりです。
https://www.youtube.com/watch?v=038y_tdNRoQ
<mhのつぶやき>
エーゲ海のサントリーニ島やクレタ島で見つかったミノア文明がアトランティスだとする説は、プラトンの記述の不都合な部分を「誇張で間違い」と勝手に解釈している節があり、私としては、アトランティスはスペインにあったとする説を支持したいと思います。これについては既に昨年の5月13日公開ブログ「アトランティス」でご紹介しましたが、興味がありましたら次のYoutubeフィルムでご確認下さい。
The lost city of ATLANTIS - Full Documentary
https://www.youtube.com/watch?v=V2XP04g-S70
カンボジア旅行から戻りました。アルバムでご紹介しましょう。
http://www.digibook.net/d/1b45a5ffa0980a79eec20e03286dc40d/




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