Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

インドの不思議な質問:答え


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もしご関心がございましたら、つぎのURLでご確認下さい。
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インドの不思議な質問(仏教):解答篇
                                     Mystery Hunter
まずは質問を確認しておきましょう。

仏教は、キリスト教やイスラム教より500~1,000年も早く生まれたのに、中近東、アフリカ、欧州、豪州、南北アメリカなどに広まらなかった。何故だろう?

仏教を最初に広めたのはインドを統一したアショーカ王(BC304-232)です。
Wikiによるとヘレニズム諸国やアジアを中心に伝道師を派遣したようです。
 西への伝播 東への伝播
左上図:ATENS(アテネ)ANTIOCH(アンティオキア:シリア)ALEXANDRIA(アレキサンドリア)は“?”です。どうもインドより西方への伝道は心許ない!
右上図:インドより東方への伝道はかなり成功しています。

アフガニスタンのバーミヤン石仏がタリバンに爆破されたのは2001年です。
造られたのが5,6世紀。イスラム教の開祖ムハンマドがアッラーの啓示を受けた610年より100年以上も前のことです。

アフガニスタンに仏教は伝わっていたのです。イスラム教よりも早く!
しかし今や国民の99%はイスラム教徒です!残りの1%は?
恐らくヒンドゥ教徒です。キリスト教徒はありえても仏教徒ではないでしょう。

アフガニスタンとインドに挟まれたパキスタンではどうでしょうか。
イスラム教97%、ヒンドゥ教1.5%、キリスト教1.3%、ゾロアスター教0.2%です。仏教は数字に現れません。アフガニスタンよりも仏陀の国インドに近いのに!

イスラム国家では他の宗教は迫害され、破壊され、衰退していきます。
   アッラーの他に神はなし!
イスラム教徒にとって他の宗教は全てまがいもの、消滅すべきものです。

インドから遠く離れたヨーロッパではどうでしょうか。
仏教から5百年も遅れて誕生したキリスト教が2千年もの間、ずっと信仰され続けています。仏教から見れば新参者なのに、どうしてでしょう?

キリスト教は権力者の保護を受け、ローマ教皇の指導の下で成長しました。
15世紀に始まった大航海時代には拡散に勢いが増します。競って海外進出した欧州列強が、アフリカ、南北アメリカを植民地化しながらキリスト教の布教を進めたのです。

北米では、1620年、Mayflower号でイギリスから清教徒(Puritan, Pilgrim Fathers)が初めて移住しました。その後、キリスト教徒の移住が続き、原住民のインディアンは駆逐され、今や片隅(居留地:Indian Reservation;直訳でインディアン確保区!)に追いやられています。

来月(2月)訪問する南米ペルーでは、1526年に侵入してきた、わずか168名の兵士、1門の大砲、27頭の馬によるスペイン軍隊によってインカ軍は一掃されます。侵入から7年後の1533年には、幽閉されていた皇帝アタワルパが斬首されて帝国は滅びました。
(インディオが馬を見たのはスペイン軍侵入が初めてでした!人を乗せても素早く走ることができる動物にさぞかし驚き、翻弄されたことでしょう!インカ軍は鉄の武器も持っていませんでした。)

このようにして征服された南北アメリカや、プランテーション政策によって植民地化されたアフリカには、征服者、管理者、為政者と共にキリスト教が輸出されました。
この、征服者たちから強要されたキリスト教が、不思議にも根付き、今ではみんなキリスト教国家です。強要されたから根付いた、とは思えません。きっと、それ以前の宗教より頼りになる、と人々が認めたからでしょう。

一方、拡散力に乏しい仏教も法顕(AD337年生)、玄奘三蔵(AD602年生)がシルクロードを伝って経典をインドから持ち帰ったおかげで、まず中国で繁栄しました。
これが、遣隋使、遣唐使、鑑真などによって日本にもたらされ、時の天皇の保護を受けて日本全土に広まることになったのです。

しかし、アジアの、限られた国を除けば、仏教は受け入れられなかったのです。
兄弟子の中国ですらも今や劣勢です。

仏教はなぜ世界に広く浸透していかなかったのか?

答え
キリスト教やイスラム教よりも500年~1000年以上先行したにも拘わらず仏教が東アジア、東南アジア以外で広まらなかった理由、それは「難解」だからです。


なぜ?どこが、どう難解なのか?

難解:1
仏教には崇めるべき神が存在しない。よって心許ないのです!

神とはキリスト、アッラー、天照大神(神道)、シバ(ヒンドゥ)などです。
中にはゾロアスター教のように火を崇拝したり、森の木や山、川などの自然を崇拝するものもあります。
いずれも人間ではありません。人間を超越したもの、つまり神です。

しかし、真の仏教には神は存在しません!

えぇ?仏教にも神様が大勢いるでしょう!?薬師如来、普賢菩薩、観音菩薩、帝釈天、毘沙門天、などなど数えきれないほどの神様が!との声が聞こえてきそうです。

これらの方々(!)は神様とは呼ばれません。
仏様と呼ばれ、神様とは別のもの(方々)として扱われます。
勿論、仏陀の教えにも現れていなかったはずです。時には仏陀も気まぐれで当時のインドで親しまれていた神々の名前を口にしたかもしれませんが。
仏教の神々と思われている薬師如来、普賢菩薩、その他あまたの神々ではなく仏様が現れているのは、仏教経典の中だけです。いや、ひょっとすると経典では現れていないかもしれません。わずかに、梵天(後述)は初期の経典に出てきているはずですが・・・

仏陀が亡くなると仏陀の教えは弟子から弟子に口伝されました。これがサンスクリット語やパーリー語で記録されはじめたのは仏陀の死後、数十年経ってからです。この記録が経典になっていく過程で、誰かがバラモン教やヒンドゥ教の神々を取り込んでいったのです。恐らく、その誰かは、神々に慣れ親しんでいる人々におべっかを使って、受け入れてもらおうと考えたのです。そのついでに仏陀も神々のひとつ(一人ではないですねぇ)のように釈迦如来などと呼ばれることになるのですが、仏陀は神や仏ではありません。シャーキャ族の賢者、つまり釈迦であり、覚った人、つまり仏陀です。

よって本来、仏教には神はひとつ(一人ではないですねぇ)も存在しません。
だから、仏教を信奉しても神様が助けてくれるということはありません!!

信奉しても神様が助けてくれないの??と頼りなく思いませんか?
この‘頼りなさ感’が仏教の信仰を躊躇させるのです。
神がいない宗教は信じる価値がない、と思う人もいるはずです。
事実、神がいない仏教は宗教ではない、との意見もあります。

しかし、考えてみて下さい。
キリストは神の子です。死後に復活もしています。
また、イスラムが崇めるのはアッラーで唯一神です。
神なら人知が及ばない絶大な力を持っているはずです。聖書の中でも神にしかできない多くの超常現象が記録されているのですから間違いないでしょう。

でも、教会やモスクに足しげく参拝して、健康に過ごせますように、とか、お金持ちになれますように、とか、試験に合格しますように、とお祈りすれば、神様は必ず願いをかなえてくれる!と思いますか?多分お祈りしている人の多くも思ってはいないでしょう。
教会やモスクで神様にお祈りすれば心の安寧は得られるかも知れません。
しかし、願い事が聞き届けられ、実現する保証は何もありません。

よく聞くではないですか!「インシャラ―」!全ては神の御心のままに!と。
世の中は望む通りにいかないのが常です。それも神の御心なのです。
それにしても、世界各地で絶え間なく続いている紛争や殺人事件を、神様のお力で、もう少し何とかしてもらえると助かるのですが・・・
この願いもやっぱり「インシャラ―!」なのでしょう。

そうは言っても、とりあえずお願いできる神様がいれば少し心が休まります。
そのような人達には神様がいない仏教は頼りないのです。

難解:2
経典にかいてあることが解りづらいのです。どう振る舞えばよいか曖昧です。

聖書やコーランでは、いろいろな教えが具体的に書かれています。
両者に共通する一番明確な教えは「神を信じよ!」でしょう。
「疑うな!私(神)の言う通り行動せよ。さすれば恩恵あらん。」
という神と信者との契約スタイルです。とても判り易い。

コーランには次のようなアッラーの指示があります。
*異教徒と約束(契約)するな。どうしても約束が必要ならまず・・・。
*毎日、決められた時に決められた方法で祈りをささげよ。
 その方法とは、まず、手と足を次の手順で洗うのだ。・・・・
*異教徒と婚姻を結んではならぬ。  などなど。
私の知人にイスラム教徒の女性と結婚した人がいます。彼は改宗し、先方の両親の許しをもらい、メッカ巡礼も済ませた後で晴れて結ばれたのです。
どうです、判り易い教えでしょう!

また、コーランには「教えに反したら罰する!」ともあるはずです。
例えば改宗はアッラーに対する最大の侮辱です。よって死罪です!

イスラム国家の中には経済発展が遅れ貧富の差が大きい国があります。暮らしに困った人々は、この瞬間も、難民となって欧米などのキリスト教国家に流出しています。移住が成功しても、彼らは移住先の宗教に宗旨替えしません。仮にしたとしてもイスラム教徒の仲間には決して洩らしません。改宗が知れたら、自分ばかりか親族さえも殺害されかねないのです。特にイスラム原理主義者にとっては改宗は見逃せない、死をもって償うべき行為ですから、神に代わって誅殺する!となるのです。

女だてらに教育を受けるとは!とパキスタンの少女マララさんが殺されかけたこともアッラーの教えの影響です。恐らくコーランには女がすべきこと、してはならぬことについても細かな指示があって、神の教えに忠実に解釈してゆくと、女が教育を受けてはならぬ、という結論も導かれるのです。さすがに現代では、女に教育を受けさせないのはやりすぎだ、との考えが広まり、教育を受ける女性が多くなっていますが、多分、これはイスラム原理主義に反する、いわゆるイスラム世俗主義と呼ばれる流れなのだと思います。

キリスト教徒が宗旨替えする場合はどうなるのでしょうか?
キリスト教の信徒になるには洗礼を受けます。これはキリストに仕えるとの誓約でしょうから、改宗となると誓約の破棄を意味します。ならば罰則が与えられる、というのが普通の流れです。キリスト教ではどんな罰則が用意されれているのでしょうか?ネットで調べてみたのですが判りません。

あまり能天気なことばかり言っていると「神を冒涜する不届き者!」と天罰が下りそうです。根拠のない推論はこれで打ち切りましょう。

仏教はその点では明確です。仏教徒になるのも止めるのも個人の自由です!
そこがまた判りづらい所です。何をしたらよいのか?何をしてはいけないのか?
知りたいことが経典には明確に書いてない!書いてあるのは難解なことばかり。
例えば般若心経の「色即是空、空即是色」・・・わかるような、わからぬような・・・
例えば「四諦八正道」・・・消化不良になりそうな・・・・

しかし、仏陀の教えは判り易くて近代的、というのが私の今の感想です。

仏教ではなく‘仏陀の教え’と言うべきだと思いますが、それは次の5点に集約できると思います。
1)諸行無常
   すべてのものは変化する。同じ状態にとどまることはない。
   50億年後は地球さえ消滅します。膨張した太陽に吸収されてしまうのです。
2)中庸尊重
   どちらにも偏らない。
   どちらが好いか、予断は不可能なことばかりです。
   また、偏り過ぎは取り返しがつかない事態を起こしがちです。
3)自力本願
   目標は自分の努力で達成せよ。
   「あまり私(仏陀)を当てにするな!私は神ではない。」
4)因果応報
   原因があるから結果が生まれる。
   良い結果は、それなりの原因があってこそ得られるのです。
5)善行奨励
   ほかの人々が幸せになる行為(善い行い)をせよ。
   それが己の幸せ(好い結果)につながるのです。
 
独断的過ぎるかもしれませんが、どうです、判り易いでしょう?
表現には多少(?)問題もあると思いますが、中身には自信があります!!?

しかし、教えは容易に理解できても、実践は容易ではありません!
理解できても、実践が難しい!・・・これも「難解」の理由????

難解:3 ・・・これが決定的な理由か???
仏教の開祖となった仏陀自身が「難解だ!」と言っています!

悟りを得た仏陀は弟子たちに述懐しています。(「ブッダ入門」中村元著より)
 「私のさとったこの真理は、深遠で、見難く、難解であり、静まり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者のみよく知るところである。」
 その後でこうも続きます。
 「ところがこの世の人々は、執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりにふけり、執着のこだわりを嬉しがっている。説いてもわかってもらえないだろう。」

平たく言うと「人は執着を捨てることができないので、教えても私が得た真理(仏陀の悟り)を理解することはできない。(ましてや実践をや!)」となります。
冷たく突き放された感じです。

経典によると、梵天が現れ、そう言わずに教えを広めるように、と何度もお願いしたので、それではやってみよう、と決心したとなっています。
梵天とは寅さんで有名な葛飾柴又にも祀られている帝釈天のことで、バラモン教、ヒンドゥ教、ゾロアスター教でも現れる神様です。
この話は既に述べた通りで、神々に馴れ親しんでいるインド人の受け狙いで、後の人が経典の中で梵天の名をかたったに違いありません。

宗教学者中村元氏は次のよういいます。
 さとりをひらいた人でも迷うものなのだ。
 さとった内容を伝道すべきか、自分だけで楽しむべきか。仏陀も悩んだのです。

また、最初に会った人に説法したが失敗した、と仏陀は語っているようです。
これも仏陀の人間味を示す話です。

以上をまとめると、仏教には3つの‘難解’があります。
  1)神が存在しないので拠り所がない。
  2)経典に書かれた教えが判りずらい。
  3)仏陀本人が難しい教えだと認めている。


この3つの理由で、特に欧米人やアラビア人のように、どちらかと言えば理屈で物事の白黒をつける傾向が強い人々にとって、仏教は難解だった。
よって、世界に広く拡散できなかったと思うのです。

欧米やアラブ諸国は遊牧民族系、インド、中国、日本、韓国、東南アジアなどは農耕民族系とも言えます。
仏教は遊牧民族の発想ではなかなか理解しずらい。
争いを嫌う気質の農耕民族でないと判りずらい教えとも言えそうです。

仏陀が自ら記した経典や記録は何もありません!弟子から弟子に口伝された仏陀の教えや生きざまが記録されはじめたのは死後何十年も後のことです。
よって、仏陀本人が、いつ誰に何をどう語ったのか、正確には判らないのです。
僅かにパーリー語やサンスクリット語で書かれた経典原典などから推察するのですが、誇張や誤解も紛れ込んでいる上、人によって解釈は異なります。
大乗仏教、小乗仏教、チベット仏教、浄土宗・浄土真宗・真言宗・曹洞宗・天台宗・日蓮宗・禅宗などなど、世界や日本に沢山の宗派があるのもそのためでしょう。

仏陀は自ら記録を残さなかった!
このことこそ仏教が難解である最大の理由とも言えそうです。

以上で私の「答え」は終わります。
いつものように長い長~い論文になりました。
ここまで読んでくれた方に感謝します。

しかし私の長い論文はまだ未完です!!
最後に仏陀に関する逸話、トピック記事を紹介させて下さい。


1)“仏陀の教え”が自力本願だという根拠:  
以下は釈迦と弟子の阿難(アーナンダ)の「自明灯・法明灯」の会話です。
阿難:
お師匠が大病にかかり、一時はどうなることかと思いましたが、回復されてうれしいです。お師匠が、我々弟子どもに、最後の教えを与えてくれることがないまま死んでしまうようなことがない、と分かり、安心しました。
釈迦:
お前たちは私に何を期待するというのだ。私は既に内外の区別もなく法を説いた。まだお前たちに教えていない、などという秘密は一切ないのだ。だから、お前たちは「自分を灯明とし、自分を拠り所とし、他人を拠り所とせず、法を灯明とし、法を拠り所とし、他を拠り所としないように。

2)キリスト教衰退の例
イギリスでは衰退の一途で、イスラム教と仏教が伸びているようです。
  関連URL: http://labaq.com/archives/51045491.html
また、ドイツ(イギリス?)のある町の教会をイスラム教徒に売却することになった、との記事を最近ネットで見ました。教会の利用率や信者数は減っているのです。

3)仏教の日本での衰退
  仏教関連のお寺や住職の数が減りつつある、とみなさんもお感じでしょう。
  葬儀では、他のお寺から応援の僧侶が駆けつけるのが普通です。
  住職がいないお寺も増えています。

以下は「ブッダ入門」(春秋社;中村元著)の抜粋です。
4)シッダールタが29歳で家族を捨て、自己の安寧を求めて出家した理由:
身勝手だ!との非難に、中村氏は次のようにシシッダールタを弁護します。

“人生には愛欲、実利、義務、解脱、という年齢とともに行わねばならない義務がある”との考えが古代インドにはあって、今でもヒンドゥ教の中に残っている。
シッダールタは結婚し、男の子も産まれた(愛欲)。シャーキャ(釈迦)族の王子なのでお金も十分ある。よって妻子は生活に困らない(実利)。
そこで“これからは社会を幸福にし(義務)さとりを得ねばならぬ(解脱)!”と考えて出家したのではないだろうか。

5)ビンビサーラ王と仏陀の会話:
正覚した仏陀がラージギルという町に入ると、その姿の崇高なことに感激したビンビサーラ王が仏陀に話しかけます。
ビンビサーラ:
そなたは容姿も端麗で生まれもよさそうだ。どこのどんな生まれなのか教えてほしい!
仏陀:
王よ、私は、富と勇気をもつシャーキャ族の民です。姓は太陽の裔です。
ビンビサーラ:
象の群れを先頭とする精鋭の軍を整え、財もあげよう。それを享受せよ。
仏陀:
王よ。私はシャーキャ族の王子を捨て出家したのです。欲望をかなえるためではありません。
諸々の欲望は患いの有ることを見て、また出離は安穏であることを見て、つとめに励むために進みました。私の心はこれを楽しんでいるのです。

つまり、ビンビサーラはシャーキャ国とラージギル国で共同して敵国を攻めよう、と提案したが、仏陀は王の提案を拒否したのです。

6)ブッダガヤでシッダールタがさとったこと:
仏典によって言うことがみな違うのです。十二因縁により真理をさとった、と書いてある書物が多いが、原典をよくみると、さとった後で十二因縁の道理に気づいたとなっています。その他でも原典と書物で一致しないことが多い。がそれでもかまわないと思います。それから得られる結論は、
第一には、仏教そのものが特定の教義を持っていなかったということです。釈尊自身、自分のさとりの内容を形式化して説くことを欲しなかったということです。
第二には、あらかじめ教義をたてず、現実をあるがままに見る態度があれば、合理的な答えが得られるということ。
第三には、人間の理法というものは固定したものではなく、具体的な生きた人間に即して展開するものであるということ。
――だと思います。

7)ガンジス川を飛んで渡る話:
旅で川(ガンジス)にであった時、釈迦が船頭に「川を渡りたい」と言うと「それではお金を下さい」と船頭が言う。「わたしにはお金は無いのです」と釈迦が応えると、「それでは渡してあれられませんよ」とのこと。
すると釈迦は、すっと空中に飛び上って向う岸に飛んだ。

当時のインドでは、修行僧や妊婦などに渡し場などで料金を払わせてはならない、との決まりがあったが、船頭はその決まりを守らなかった。しかし、釈迦は、船頭をとがめず、自分で空をとんで向う岸にいってしまった。――そういう伝説です。

8)マガタ国アジャータサットゥのたくらみ:
あるとき釈迦はラージギルにある霊鷲山にいた。その国の王アジャータサットゥはバイシャリのヴァッジ族を滅ぼし、その富を得たいと考えていて、部下のバラモン(僧侶)に次のように命じた。
「釈迦のもとにいけ。そして我が言葉として、ごきげんいかがですかと言え。そしてこのように言え。“マガタ国王はヴァッジ族を征伐しようと考えています。それについて尊師のご意見を伺いたい。”」

王の命を受けたバラモンが釈迦のもとに出向くと、そこには釈迦と、その後ろに高弟アーナンダが控えていた。バラモンが王の言葉を伝えると、釈迦はそれについては何も答えず、アーナンダに次のように質問し、アーナンダは次のように答えた。

釈迦:
ヴァッジ人はしばしば会議を開き、会議には大勢の人があつまっているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。
釈迦:
ヴァッジ人は共同して事に当たっているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。
釈迦:
ヴァッジ人は、定められた法を大切にしているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。
釈迦:
ヴァッジ人は古老を敬い、そして古老の言葉をきくものと考えているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。
釈迦:
ヴァッジ人は女子供を、暴力をもって捉え、押しとどめたりしていないか?
アーナンダ:
はい、しておりません。
釈迦:
ヴァッジ人は、霊場を敬い、法に従って供養したり供物を供えたりしているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。
釈迦:
ヴァッジ人は、良き人達に正当な防御と保護と支持を与えているか?
アーナンダ:
はい、その通りです。

これを聞いていたバラモンは「この(七つの事項の)うち一つを具えているだけでもマガタ王はヴァッジ人に手をつけられないでしょう。全てを具えているならなおさらです。」と言って辞した。

9)バイシャリ(最後の旅の出発地)を発つ時の仏陀の感想:
「アーナンダよ。バイシャリは楽しい。ウデーナ霊樹は楽しい。ゴータマカ霊樹は楽しい。サッタンバカ霊樹は楽しい。バフプッタ霊樹は楽しい。サーランダダ霊樹はたのしい。チャーパーラ霊樹は楽しい。ああ、この世界は美しいものだし、人間の命は甘美なものだ。」
(土饅頭のような塚があって、その上に繁った木をみて楽しいと感じたのだろう。)

釈迦はこの時、自分の運命にきづいておられたと思います。この世を去るに当たって恩愛の情に打たれ、人生というものは奥深い、味わいのある、楽しいものだという感懐をもらされたのです。これは後代の伝統的・保守的仏教の教義ではあまり好ましくないことなのですね。さとったはずの修行者が「この世はいいところだなあ」などと言ったら、さとっていない、ということになるでしょう。だから後代の教義学者からいえば都合の悪い発言です。けれども経典のなかにお釈迦さまの言葉としてはっきりと残されているということは、お釈迦さまの人間としての正直な感懐が現れているから、後代の人もこの部分を消し去ることができなかったのではないかと思います。

10)最後は、質問編でも紹介した仏陀の最後の説法です。
クシナガルの河の近くで、釈尊はアーナンダに告げます。
「アーナンダよ。私のためにサーラの双樹の間に、北に向けて床を敷いておくれ。アーナンダよ。私は疲れた。横になりたい。」

そして最後の説法がなされる。お弟子たちが泣きます。

「やめよ、アーナンダよ。悲しむなかれ。嘆くなかれ。アーナンダよ。私はかってこのように説いたではないか。すべての者は、愛するもの、好むものから別れ、離れ、異なるに至るということを。あらゆるものは、生じ、存在し、作られ、破壊さるべきものであるのに、それが破壊しないということが、どうしてありえようか。アーナンダよ。長い間おまえは、慈愛のある、人のためをはかる、安楽な、純一なる、無量の、身と言葉と心との行為によって、向上し来たれる人(私)に仕えてくれた。アーナンダよ。おまえは善いことをしてくれた。つとめはげむことを行なえ。すみやかに汚れのないものとなるであろう。」

そして、やがて釈尊はなくなりました。
(以上:中村元「ブッダ入門」より)

(完)
クシナガル涅槃堂
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