Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

シャングリラの不思議

皆さんも一度は「シャングリラ(Shangri-la)」と言う言葉を聞いたことがあるでしょう。この言葉から何を思い浮かべますか?私の場合は杏(あんず)の花咲く桃源郷、というところでしょうか。そこに、ビールが振る舞われているオープン・レストランでもあったら「完璧なシャングリラだ!」と小躍(こおど)りするでしょう。

今回のブログでは、この「シャングリラ」をクエスト(Quest探求)します。

不思議な質問 「シャングリラはあるか?としたら、どこに?」

私の答えは最後にご紹介するとして、まずは「シャングリラShangri-la」という地名がいつ、どのように生まれたのか?私が調べた情報を皆さんにご披露するのが手順でしょう。

「シャングリラShangri-la」は、イギリス人作家ジェイムズ・ヒルトンが1933年に発表した「失われた地平線Lost Horizon」という作品で初めて登場した造語です!
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元々チベットにあったとされる想像上の桃源郷「シャンバラ」という名をヒントに「シャングリラ」と言う名を思いついたとの説もあります。

作家ヒルトンは日本でも映画公開されて話題になった「チップス先生さようなら」の原作者です。また「失われた地平線Lost Horizon」は、世界初のペーパーバック本(The first paperback ever published!)でもあります!
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Wikiによると、小説「失われた地平線」の概要・粗筋(あらすじ)は次の通りです。
「小説は11章からなる本文と、プロローグとエピローグからなる。本文は英国のパスクル駐在領事だったヒュウ・コンウェイが、熱病で一度記憶を失って重慶の慈善病院で作家のラザフォードに発見され、上海から日本経由でサンフランシスコへ向かう一緒の船旅の中で記憶を取り戻して語った特異な経験をラザフォードが書き留めて原稿の形に纏めたものである。そしてプロローグとエピローグで、ラザフォードから原稿を受け取った話者である精神病学者がその前後の経緯を説明する形になっている。」

この本の英語版はネットで見ることが出来ます。興味のある方は次のURLをお試しください。
http://gutenberg.net.au/ebooks05/0500141h.html
とても読みでがありそうで、記憶している英単語の語彙(ごい)が少なく、気も短いmhには不向きなので、日本語の、もう少し詳しい「粗筋(あらすじ)」を調べるとシャングリラについて次のような解説が見つかりました。

「主人公のコンウェイがパキスタンのパスクル(架空の町?)からペシャワール(今も実在する町)に飛行機で移動する際、パイロットが勝手に東の方向に飛んで、ある場所に不時着する。そこはヒマラヤ山脈中で、近くにはシャングリラと呼ばれる場所があった。助けられた4人は「青い月の谷Blue Moon Valley」と「カラカル山Mt.Karakal」があるシャングリラのチベット仏教修道院で暮らすことになる。修道院にはハプシコードや英文の本を所蔵する書斎もあって、僧侶や満州系中国人の若い女性「Lo-Tsen羅珍」も住んでいた。」

ご参考ですが、ハプシコードというのはチェンバロとも呼ばれる鍵盤楽器で、グランドピアノのような形をしているものが多く、鍵盤を叩くとプレクトラムと呼ばれる爪というかピックが、弦を弾(はじ)いて音を出します。一方、ピアノでは鍵盤を叩くと、固いフェルトのようなもので造られたハンマーが弦を叩いて音を出します。
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話をシャングリラに戻すと、20世紀中頃に中国に占領されたチベット自治区の東隣にある雲南省にはシャングリラ(香格里拉)県があります。
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風光明媚なので世界自然遺産にも登録された一帯で、雲南省最大のチベット仏教寺院「松賛林寺」は観光名所です。この地が「失われた地平線」のシャングリラか?とも疑えます。
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しかし、シャングリラ県は、2001年まで中甸(ちゅうでん)県と呼ばれていました。「世間で流布している名にすれば受けが好くなるだろう!」と考えた住民が、ちゃっかり名前をパクってシャングリラ県と改名したのですから、小説「失われた地平線」に現れた「シャングリラ」ではないでしょう。

では本物のシャングリラはどこにあるのか???チベット???別のヒマラヤ山中の谷間?

今回ご紹介するYoutubeフィルム「The Road to Shangri-laシャングリラに続く道」はシャングリラをクエスト(探求)したオーストラリアの番組で、旅のスタート地点はパキスタン北部の都市ペシャワールです。
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私はデイビッド・アダムス。オーストラリア人の写真家だ。今、偉大な川インダスを遡(さかの)っている。
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この川の源、ヒマラヤの奥地にシャングリラと呼ばれる桃源郷があると言われている。その場所を突き止めるのが今回の旅の目的だ。
パキスタンの町ペシャワールPeshawarからヒンドォウクシ山脈の中にある谷間の村フンザHunzaまで行ってみるつもりだ。
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マルコポーロが「世界の屋根」と呼んだヒマラヤ。その山中には、人手に触れられていない秘境の谷間がある。そこでは、超自然力と古代ミステリーが今も人々の日常生活に大きな影響を与えている。
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ペシャワールは「フロンティア都市」だ、それが町の名の由来だ。
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何でも手に入る。
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ロンドン・ブックと言う本屋でペーパーバック「失われた地平線」を買うことにした。
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基本的には飛行機で遭難した4人の旅行者の物語だ。僧侶に救助され、シャングリラと呼ばれる場所の仏教修道院で暮らす。そこは、今ならユートピアとか桃源郷と言える理想郷だ。人々は2百歳まで平和に暮らしている。
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作者ヒルトン自身は「シャングリラという名の場所は実在しない」と言う。しかし本の発売以来、理想郷を求める人々の間でシャングリラ神話は膨らんでいった。

「ひょっとするとヒルトンは何か隠しているかも知れない。ひょっとするとヒマラヤの渓谷に存在しているかもしれない!」

ヒルトンによれば、主人公のコンウェイらが乗った飛行機は、世界第二の高峰K2付近を飛行し、メンガパーベットと呼ばれるパキスタンに実在する高地を越えた付近に不時着する。彼等を助けたチベット仏教僧は、彼らを近くのシャングリラに連れて行くのだ。

従って、シャングリラを探し求める人達は、創作と現実の接点、メンガパーベット付近からヒマラヤに足を踏み入れることになる。

しかし、ここに不時着したとしたら生き残る確率はかなり低い、と言わざるを得ない。
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標高6千m以上で、空気は薄く、歩行も楽ではない。クレパスもある。次の一歩が最後の一歩かも知れないのだ。
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こんなに過酷な場所にも拘(かか)わらず、これまで多くの人々がこの地を訪れた、シャングリラを探すために!

古くは2千3百年前、アレキサンダー大王の軍勢が訪れている、「若返りの泉」を探していた。その場所ボンボヤード渓谷はアフガニスタンとの国境近くにある。現地でカラーシュと呼ばれる人々が暮らしている。
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この地はパキスタンにおける非イスラム教の最南端だった。おかげで祖先の墓はイスラム教徒に荒らされることになってしまった!
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8万人が住んでいたが今は2千5百人しかいない。
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住民はパキスタン人というよりヨーロッパ人のように見える、青い目とブロンドの髪・・・
実はアレキサンダー大王の軍隊がこの地に来た時、兵士の一部が住み着き、その遺伝子が残ることになったのだ。
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次の目的地スワット渓谷Swat Valleyに向かう。ここからはヒンドォウクシ山脈だ。
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スワット渓谷ではタントラ仏教(密教)が生まれている。1400もの仏教修道院があった。
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しかしイスラム教徒によって仏教は追い払われ、磨崖仏も壊されてしまった。穏やかな仏陀の顔があったはずの所には西洋商業主義のアイコンであるコマーシャル絵画が描かれている。仏陀を侮辱するためだ。
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シャングリラでは、僧侶たちが笛を奏(かな)で、厳(おごそ)かに読経する時間がゆったり流れていたというが、ここスワット渓谷にも穏やかな夕暮れが訪れていた。
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シャングリラを探して欧米からやってきたヒッピーで溢れかえっていた時期もあったが、今はその影すらない。
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派手なデコレーションが施されたトラックに便乗して、中国に続くカラコルム・ハイウェイを走り、インダス川上流を目指す。インダスに沿って進めばきっとシャングリラに行き着くはずだ。
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標高8千5百mのK2があるカラコルム山脈が迫ってきた。中国国境も近い。
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(mh;K2はフンザHunzaの東、中国との国境にあります。)
ここからは小型車で旅をすることにした。次の目的地はギルギットだ。
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ギルギットのポロ競技場ではゲームが始まっていた。パキスタンにもかかわらず、欧州上流階級の人々が好むスポーツが盛んだ!
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ここでポロを楽しむのには金持ちである必要はない、乗馬が得意であればよい。

ポロはペルシャが発祥地だ。しかしギルギットの、ボールを意味するポロという言葉がスポーツ名の語源だ。この地に駐在した英国人が、ポロに魅せられ、イギリスに持ち帰って広めたので、世界に知れ渡ることになった。

競技場にいた人達にシャングリラを知っているか訊いてみたら、スカードゥ村の近くに壊れた飛行機があるという。早速、出発する。
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なになに?「SHANGRILA-2KM-Turn Right;シャングリラ、この先2km右折?」

モーテル「シャングリラ」の入り口だ。広い敷地の奥には怪しげな飛行機の機体が置いてある!
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澄んだ水を湛(たた)える湖をロッジが取り囲んでいる。
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モーテルは商業的シャングリラだったが、少しリラックスできた。
明日はフンザに向かう。「シャングリラでは?」と思っている所だ。

翌朝、出発して直ぐにイスカードに着いた。K2登山口の町だ。
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登山道具ならなんだって売っている。
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そしてこの町の近くに、神秘の谷シャングリラがあるはずなのだ。フンザだ。
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ここでも英国生まれのスポーツと思われているクリケットが盛んだ!
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世界の果てとも言えるところだが、70年ほど前には英国人が訪れている。作家ジェイムズ・ヒルトンも来たのだろうか?
山の斜面には砦(とりで)が残っていた。
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遠く見えるのは、きっと「失われた地平線」だ。
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ここに来た人はシャングリラがある、と信じただろう。何故なら、ここより先は未知の世界だったのだから。

ここからは徒歩でフンザ渓谷に入っていく。

もしフンザがシャングリラだとすれば仏教修道院がなければならない。
「あった!丘の上に!」
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このパビリオンのような建物は、15世紀、フンザを統治するファミリーの娘の結婚を祝して建てられたという。
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ここが、あの「一度入(はい)ると出たくなくなる」という修道院なのか?
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ここはシャングリラを髣髴(ほうふつ)させる空気が満ちている。本によれば、シャングリラの修道院では、誰もいないのに、いつも誰かに見られている感覚があったという。
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砦だったのか、修道院だったのか、はおくとしても、ある疑問が残る。
「ここが作家ヒルトンにシャングリラの概念を芽生えさせた所なのだろうか?」
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リージャはこの建物の管理人だ。彼はフンザの歴史を知っていた。「英国軍が来るまで、ここは独立した小国だった。作家ヒルトンも軍隊と一緒に来たはずだ。」 

私には確信はないが、どちらでも好いことのように思えて来た。シャングリラという天国が存在しているとしても不思議ではないのだから。
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人はシャングリラを必要としている。
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そこは、希望に満ちた場所、世知辛い世間から離れ、安息を得られる場所だ。
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私にとってはラッキーな旅になった。とうとう自分のシャングリラを探し当てたのだから。
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以上がYoutubeフィルムの全貌です。詳細は次のURLでお楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=DmPdzt3wcT4
Jouneys to the end of Pakistan

それではここで不思議な質問の答えを探求Questしてみましょう。

不思議な質問「シャングリラはあるのか?としたら、どこに?」

シャングリラはある!と断定してよいでしょう!!!
何故なら、Youtube番組「シャングリラへの道」のプレゼンテイターであるデイビッドが番組の最後で「ここが私のシャングリラだ!」と言っていましたから。
彼はシャングリラを見つけた、と言えます。つまりシャングリラは在ったのです!パキスタン・フンザHunzaがシャングリラであることは間違いありません。
また、ブログの冒頭でも述べたように、中国・雲南省にあるシャングリラ(香格里拉)県も、名を騙(かた)っただけとは言え「シャングリラ」であることは間違いありません。中国政府のお墨付きで、その名が登録されているのですから。

しかし小説「失われた地平線」でシャングリラと呼ばれていた場所が本当はどこなのか?は、作者も口を割らなかったのですから「ここだ!」と断言することは誰も出来ないでしょう。フンザは最右翼の候補地かも知れませんが、万人が納得する条件が整っているようでもなさそうです。

私mhの解答をご披露させて頂くと、こうです。
「シャングリラはあるのか?と問われれば、ある!と答える。」
「ならばどこに?と問われれば、次のように答える。シャングリラを捜し求める心の中にあると。」

神はいるのか?との問いへの答えと似ています。
あなたは神を見たことがありますか?もし見たとすれば、あなたは神がいるということに微塵の疑いも持たないでしょう。でも、これまで神を自分で見たことが無い人は、見てないのだから神はいない!と断定できるのでしょうか?私は断定できないはずだと思います。神はいない可能性が高い、とは言えるかと思いますが。

この論法はシャングリラにも当てはまります。
「シャングリラは在るはずだ、在るかも知れない、と考え、折につけシャングリラを思い描いたり、シャングリラ探しの旅に出たりする人には、シャングリラは実在しているはずだ。必ずどこかに、少なくとも心の中に、存在していて、いつか、必ず見つけることが出来るだろう。」

さてさて、このように書き綴(つづ)ると、つい最近、読み返し始めた「ぶっだのことば」(中村元)の、仏陀が言ったかもしれない教えと似ているなぁ、と思われてきました。その一節をご紹介しましょう。

「世間では、人は諸々の見解のうちで勝れているとみなす見解を「最上のもの」であると考えて、それよりも他の見解はすべて「つまらないものである」と説く。それ故に彼は諸々の論争を超えることがない。」

「かれ(世間の思想家)は、見たこと、学んだこと、戒律や道徳・思索したことについて、自分の奉じていることのうちにのみ、すぐれた実りを見、そこで、それだけに執着して、それ以外の他のものをすべてつまらぬものであると見なす。」

深い教えですが、mh流に言いかえると「異なる意見も疎(おろそ)かに取り扱ってはならない」ということかと思います。

みなさんも「シャングリラなんてあるわけないよ」なんてお釈迦様の教えに反する無粋(ぶすい)は仰らずに「あるかも知れない」と思ってみましょう。さすれば、シャングリラは白い霧の中から、少しずつ、その姿を現し、あなたを手招きしてくれるでしょう。その時は、あなたの心の赴(おもむ)くままに、ここだ!と思う場所を一人で訪れてみれば、そこにシャングリラを見つけることは決して夢ではない、と思います。

私も、隠れシャングリラの可能性がある「カンボジアのアンコール」のQuestに出かけようかなあ、なんて思案しています。
(完)

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