Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

エジプトBlack Pharaohs(黒いファラオ)の謎

Youtubeで見つけたフィルム・タイトル「Black Pharaohs」を見て「あれ?どういう意味なんだろう?」と思いました。

ファラオとはエジプトの国王に与えられた称号だということは間違いないはずだが、Blackというのは黒だから「邪(よこしま)な国王」という意味?まさか「黒人の国王」ってことはないと思うけど・・・

で、ネットで調べてみたら「黒人の国王」が正しい訳だと判りました!!!
つまり、私は「エジプト人=黒人」という先入観を持っていたのでBlack-Pharaohsの意味を素直に理解できなかったのです!

所謂(いわゆる)エジプト人は黒人ではありませんでした!
Wiki「黒人」に「原住民の肌色世界分布図」があります。
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欧米人は白色、日本人は黄色、と言っても正解だと思いますが、エジプト人は?と言うと、赤色というか褐色というか、いずれにしても黒色とは違うようです。

次の写真の男の人と女の人はいずれもカイロのエジプト人です。男の人の顔は少し黒っぽくも見えますが、手の色は黒とはいえません。女の人は白人か?とすら思えます!
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次の2人はナイルを遡ったスーダンの原住民で、Black-Pharaohsの子孫とされる人です。
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今回紹介するYoutube「Black Pharaohs」の番組プレゼンテイター:オーストラリア人デイビッド・アダムスが帆船「ファルーカ」でナイルを遡(さかのぼ)る時の船頭さんの顔と手の甲の色を見ると、エジプト人よりも強い褐色であることが判ります。つまり、彼らはBlack-Pharaohsの子孫であって、通常のエジプト人とは肌の色は異なるのです。
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しかし、ナイル(川)って、本当に南北に長い川なんですねぇ!ブログ「ナイルの不思議」(2月公開)でもご紹介したように、全長6、650kmで世界最長、かつ世界で最も直線的に南北方向に流れている川です!衛星写真を縦に貼ると判り辛いので横にさせて頂きましたが、左が北で地中海、右は南で水源近くにはビクトリア湖があります。その間を若干蛇行しながら南から北に流れ下る大河なのです。
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地中海に面した河口にはナイル・デルタが開けています。また、河口から約2千km上流のエジプト・アスワン市に造られたダムによって生まれたナセル湖の長さは約3百kmもあり、東京―名古屋の直線距離と同じです!!!この湖畔の、スーダンに近いエジプト領内には、世界遺産アブシンベル神殿があり、そこから40kmほど上流はスーダン領ナセル湖になります。

ナイルは、砂漠の中を東西に若干蛇行しながら更に上流の町、スーダンの首都ハルツームKhartoum、に延びていて、この町で、ビクトリア湖まで伸びる本流の白ナイルと、東の紅海側の山脈から流れ出た青ナイルが合流しています。
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実は私は全く知らなかったのですが、今から3千年程前、現在のスーダンにあった、黒人を王に頂く王国が、ナイル川下流一帯のみならず、シリア方面までも勢力を伸ばし、第25代エジプト王国を形成していたのです!

Wiki「エジプト第25王朝」
エジプト第25王朝(紀元前747年 - 紀元前656年)は、第3中間期の古代エジプト王朝。複数の王朝が並立していたエジプトに侵入してこれを統一したヌビア人達の王朝を指し、クシュ朝と呼ばれることもある。1世紀近くエジプトを支配したが、最後はアッシリアのエジプト侵入によってヌビアへと引き上げた。
(Wiki完)
mh注:
ヌビア:エジプト南部からスーダン北部のナイル流域一帯の地域名称
アッシリア:メソポタミア北部、及びそこに興った王国

そして、これも重要なことなのですが、ヌビア王はナイル下流の所謂(いわゆる)エジプト文化を取り入れてピラミッドをヌビア王国にも建設していました!!!
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以前、ブログ「世界の七不思議:ギザの大ピラミッド」で、Google Earthでナイルに沿って衛星写真を調査した結果から「ピラミッドはナイル河口から3百km以内のナイル西岸にしか分布していない」と皆さんに報告しましたが間違いでした。
今回判った事実によれば、河口から2千km以上も上流に、第25王朝がスーダンに造った2ヶ所のピラミッド群があり、いずれも川から数km離れた東岸に造られているという、おまけの皮肉も付いています!!!
浅はかな調査結果で皆様に間違った情報を流してしまったこと、改めてお詫び致します。

事実を伏せておくのはお釈迦様の教えに背(そむ)くというものでしょうから、ここは素直に反省した上で、もう少し詳しい、正確な情報を、Youtube「The Black Pharaohs - Nubian Pharaohs」(黒ファラオ;ヌビア人のファラオ)の映像も挙げてご紹介しましょう。
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Youtube番組のプレゼンテイターのデイビッド・アダムスはオーストラリア人写真家です。
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デイビッドがナセル湖のスーダン領域からナイルに沿って上流のハルツーム(番組では「Khartoumカートゥーン」と言っていましたので、私も洒落て以降「カートゥーン」と呼ばせて頂きます)までの旅をします。カメラはそれを追跡します。
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「MYSTERY of the AFRICAN PHARAOHsアフリカ人ファラオの不思議」

私(デイビッド)はこれからナイルを遡る旅に出る。
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カートゥーンまで約6百kmの旅だ。昔、人々は地中海の河口から4千km上流のカートゥーンまで帆船「ファルーカ」で往来していた。風さえ捕まえればナイルはファルーカで遡れるのだ!
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この川に沿って、約3千年前、黒人の王シュバカがナイル上流(現スーダン)から下流に攻め入り、エジプトを統治した。第25代エジプト王国の始まりだ。彼と彼の子孫は、カートゥーンから地中海の町アレキサンドリアまでの間に寺院やピラミッドを建てることになった。
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暫くの間、帆船ファルーカでナイルを遡ろう。ナイルはスーダンの水源だ。岸辺には緑の畑が広がっている所も多い。
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しかし川岸から少し内陸側に入れば直ぐに砂漠になる。

カラフルに塗り飾られた家が並ぶ町もある!
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この町も昔は黒ファラオによって統治されていた。
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パンを焼くにはコンロは不要だ!捏(こ)ねた小麦粉を鉄板に載せて庭に置けばよい。後は太陽が仕事をしてくれる。
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川の向うには砦(とりで)も見えていた。
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少しナイルを遡(さかのぼ)ると寺院があった。ツタンカーメンの祖祖父が4千年前に建てたものだ。
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レリーフは最近彫ったばかりのように真新しい。しかしナイル下流の遺跡と異なり、訪れていた旅行者は私だけだ。
いよいよ明日からクシュに入る。そこからは別のフェルーカに乗り換えてナイルを遡る予定だ。
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1896年、英国軍はこの川を上った。英国がスーダンを統治していた時、反乱鎮圧のため派遣されたのだ。戦(たたか)いの痕跡は今もナイルに残っている。
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クシュの町ドンガラに着いた。英国が最初に反乱軍を打ち破った町だ。
ここにもアガサクリスティ「ナイル殺人事件」の舞台のようなフェリーが打ち捨てられている。
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次の目的地カリーマへはバスで行く。2千8百年前、黒いファラオの軍勢2万5千は我々とは逆の方向に、ここを北に向けて徒歩と駱駝で進軍していった。自動車の時代に生まれたことに感謝したい。
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やっとカリーマに着いた。町でただひとつのホテルを紹介してもらい今日はそこに泊まる。
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昔は帝国の都だった。翌日、町の岩山に登った。天国とこの世が接する神聖な山とされていた。王家の権力を生み出す場所だった。
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岩山からは地平線まで見渡せる。近くにピラミッドもある。
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寺院もある。中には壁画が描かれている。
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しかし今、寺は放棄され、王も忘れ去られてしまった。
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翌日は汽車で移動だ。朝、カートゥーンまでのチケットを買った。安い!たったの10ドルだ。しかし私は途中のメロイMeroeで下車する予定だ。
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とても混んでいる。カリーマを出て暫くは緑の畑が広がっていた。
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しかし、直ぐに砂漠の中を走り始める。次の停車駅は?判らない!
車内はインドの電車のような雰囲気だ。
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英国統治時代の遺産のひとつが鉄道システムだ。今もスーダンでは立派な現役として活躍している。

メロイで降りるのだが、駅は無いしアナウンスも無い!勿論、汽車も減速しない。自分で決めて飛び降りるしか選択肢はない。
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陽炎(かげろう)の立つ地平線を目指して砂漠を歩く。そこにメロイのピラミッドがあるはずだ。
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しかし、こんな場所でも全く一人という訳ではない。思いがけない出会いがあった。
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ライダーは言う「カートゥーンから来た。北(ナイル下流)に行くところだ!」
世界一周を目指して1995年にドイツを出発した。いよいよ祖国に戻るところだが、あと半年かかるらしい。
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ライダーと別れて暫く歩いていくと、メロイのピラミッドが見えてきた。欧米人はめったに訪れない所だ。
タクシー代わりに駱駝を雇うことにした。
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エジプト考古学者に言わせると、2400年前の比較的新しいピラミッドだ。しかし、西洋人には19世紀の半ばまで知られることが無かった。
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黒ファラオによって建てられたものだが、専門家による発掘はあまり進んでいない。小さくて急峻なピラミッドだ。19人の王が埋葬されているという、53人の女王、奴隷、側近、馬や動物、金や宝石と一緒に。
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ここでもエジプトのピラミッドと同様に盗掘がはびこっていたようだ。

1836年頃、イタリア人の盗賊がピラミッドの頂上近くを爆破した時、爆音に気付いた現地人に捕えられ、死ぬまで牢で暮らす羽目になったらしい。
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メロイの遺跡はシーザーやアレキサンダー大王よりもずっと古い。その源は紀元前4千年だ!
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いよいよ最終目的地カートゥーン(Khartoumハルツーム)に向かう。線路を歩いていたら手漕(てこ)ぎトロッコが来たので乗せてもらうことにした。
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見てくれからは想像つかないほど速い!跳び乗らないとだめだ。
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カートゥーンではフェリーでナイルを暫く走ってみた。
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旅はそろそろ終点だ。
この地に英国軍が到着した時、この場所で反乱軍の大虐殺が行われた。
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48人の英国軍人が戦死したが反乱軍は2万5千人が殺された。槍では英国軍の武器に太刀打ちできない!

反乱軍を産み出した、イスラム修行僧で構成されるダービッシュ・アーミーは今も健在だ。毎年、集まってお祭りをし、団結を確認している。
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私はカートゥーンからまた帆船ファルーカに乗ってナイルを下ることにした。スーダンやエジプトの人々の喜びも悲しみも運んできた川だ。
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若き英国人招集兵ウィンストン・チャーチルの言葉を贈ろう。
「ナイルはこの地の命だ。そこを通らなければなにも始まらない、何も続かない、何も戻らない。」

しかし、こうも言われている「ナイルの水を飲めば、いつの日か戻ることができる。」
(完)
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