Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

アトランティスはエーゲ海に?

紀元前8世紀、ギリシャで『イーリアス』と『オデュッセイア』という2つの有名な叙事詩が生まれました。吟遊詩人ホメロスが書いたとされています。この叙事詩には「アトランティス」と「トロイ戦争」のことが書かれていました。

アトランティスと呼ばれる都市は、地震とその後の津波で、1日にして地上から姿を消したとのこと。また、トロイ戦争では、攻めるギリシャと守るトロイにギリシャの神々が二分して加担し、結局、木馬の秘策でギリシャ側が勝利して王女ヘレネを取り戻したということ、が記されています。
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(アトランティスのCG図とトロイ遺跡の木馬)

いずれも神話とも言えるもので、特にトロイ戦争に登場するヒロインの王女ヘレネは、元々からあった神話の中の人がトロイの神話に再登場しているようなものですが、皆さんもご承知のように、トロイ戦争と呼ばれるべき戦(いくさ)は現実に行われたようです。どうも、ギリシャ神話は、現実の出来事や現存した人と、架空の出来事や想像上の神々を織り交ぜて作られているようで、神話だから全く嘘というわけでもなく、だからといって、必ずしも現実ではない、という掴(つか)み処(どころ)のない歴史物語です。

我が日本でも、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れたという話が日本書紀に記されています。天照大神が隠れている間は世の中が真っ暗だった、と言われる、太陽のように光り輝いて世の中を照らしていた御人が実在していたとはとても信じられません。彼女一人で日本中を明るくするには光を遮る邪魔者がないよう、空の上にでも住んでいないといけないし、日本以外の国には光は及ばないわけですから、世界的観点から考えると、絵空事だとしか思えません。しかし、天岩戸と呼ばれる場所の存在は、真偽は別としても、京都、滋賀、奈良、三重、兵庫、岡山、宮崎など、山ほど候補地がありますから、ひょっとすると、これらのどこかに、天照大神と呼び換えても好いような身分の、ひょっとすると華やかで明るい(!)女性が何らかの理由で閉じ込められていたか隠れていた、といった事実はあったのかもしれません!!??

なお「トロイTroy」は英語で、イリオスĪliosがそのギリシャ語です。Wikiで「トロイ」を検索すると「イリオス」(トロイ)に転送されます!知っていました?

前置きが長くなってしまいました!それではYoutube「Ancient Aegean: Legacy of Atlantis古代エーゲ海:アトランティスの遺産」をご紹介しましょう。
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地中海の東、シエナの人々はどうしようもない程、恐怖と驚愕に満ち、とても抗しきれない大惨事の予感から、家を捨て逃げ出す準備をしていた。大惨事が収まって戻った時に使えるよう食料は甕(かめ)に入れて蓋をし、黄金など重要なものは持ち出すことにして、海辺のボートに向かって急いだ。
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人々は地面が揺れ動いているのを感じていた。以前のように、暫く身を守ってさえいれば、地震は終わり、また戻ってこれるはずだ。

しかし今回彼らを襲ったのは地震ではなかった、火山爆発だ!紀元前1628年、大噴火によって島は崩壊してしまった。人々が暮らしていた痕跡は全て灰で埋もれてしまうことになった。
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だが、記憶は残された。彼らの足跡は誰かが見つけてくれるのを待っている。

「エーゲ海:アトランティスの遺産/失われた文明」
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古生物学者チャールズは言う「エジプト人はその出来事に気付いていた!」
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「エーゲ海のある島で噴火が起きて直径8マイル(13Km)深さ1マイル(1.6Km)の窪みができ、そこに吸い込まれる海水が全てを飲み込んでしまった!」

この出来事が伝説を生んだ。「ユートピアともいえる島が突然消滅した。その名はアトランティス!」

事件についてギリシャの哲学者プラトンは、エジプト人法律家ソーロンから聞いた話として紹介している。
ソーロンは祈祷師が持っていたアトランティスの記録を見たというのだ。「これはフィクションではなく事実だ!」
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偉大な、崇高な力を持つ文明があった。
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人々は見識があり互いを尊敬していた。素晴らしい都市を建て、生産的な暮らしをしていた。

しかし、突然、悲劇が襲い、崩壊した、と伝説では言われている。
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地震と津波が襲い、一夜にして全てが海の底に沈んだ。

しかし、この話に出てくる、素晴らしい都市アトランティスは本当にあったのだろうか?そんなにも完成された文明が、突然、完全に消滅することなどあるのだろうか?

この話が語られて以降、アトランティスは人々の想像を掻き立て続けた。そこにはコンピュータや原子力すらあったという説まで出て来た。中米グアテマラのジャングル、チベットの山中、そして勿論アトランティック・オーシャン(大西洋)でもアトランティスが見つかっている!!!

しかし、多くの真面目な探査は、エジプト、ギリシャ、トルコに囲まれたエーゲ海の、かつてシエラTheraと呼ばれ、今はサントリーニと呼ばれる島で行われている。火山性の岸壁が海に突き出た島だ。
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しかしシエラ(サントリーニ)は本当に失われた島アトランティスなのだろうか?もう一方のトロイの話は吟遊詩人ホメロス(ホーマー)が語り始めたものだが、彼は現実の人や場所や出来事を述べたのだろうか?

これらの答えを見つけるには、神々や英雄が活躍していた時代に遡らねばならない。妻の恋人に殺された英雄、クレタ島の地下室ラビリンスで暮らしていた牛人間、・・・
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そしてトロイの王女ヘレンを巡る10年に渡る戦(いくさ)も。

まずはトロイ戦争を調べてみよう。美しいヘレンを取り戻すための戦いは神々をも2分してギリシャとトロイの間で行われた。
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戦いの決着は武器ではなく、トリックだった。退却すると見せかけ、ギリシャ軍は大きな木馬を残していった。トロイ兵は門を開いてその贈り物を城内に運び込んだ。しかし木馬にはギリシャ兵が潜(ひそ)んでいて都市トロイは崩壊してしまう。
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伝説は残っていたが、19世紀になっても何の証拠も見つかっていなかった。これは単なる神話だ、とみんな思っていた。

しかし、ホメロスが残した神話を信じていた男がいた。ハインリッヒ・シュリーマンだ。彼は「イーリアス」を片手にトロイの町を探し始めた。
ある人は言う、彼は虚言癖がある。他の人は言う、的確な分析力をもつ考古学者だと。しかし、彼には、少なくともアメリカのゴールドラッシュで蓄えた富があった。それを資金に、トルコの許可を得て探索を続けた。
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かれは記録に基づいて2つの川を探していた。一つは湯気が立つ暖かい水の、もう一つは地獄の様に冷たい水の川だ。この川を見つけるために靴を脱いで水の中を歩きまわった。1870年4月9日、発掘場所を特定して作業を開始した。そこで彼は何層にも重なった古代の遺跡を発見する。コインも見つけた。
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彼はこれまで、失敗するたびにホメロスの「イーリアス」を読み直して確認していた。
「馬を引き入れた、その夜、町は焼き払われ壊滅した。」彼は火事の跡を探すことにした。
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彼は日記に書いている。「ある日、私は、灰や、火で焼かれた石が重なっている場所をみつけた。パレスに続く大通りに違いない!」
こうして彼は、ついにホメロスが記述した町を掘り当てたのだ。
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しかし、彼は、ここがトロイであることの裏づけとして、ヘレンが居たという証拠を見つけたいと考えていた。

彼は、自分にとってヘレンとも言える若いギリシャ女性と一緒に調査していた。シュリーマンを愛し、尊敬し、妻になった女性だ。(mh:彼は前妻とは離婚しています。性格の不一致でしょう、気難しい男だったようですから。)
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ある日、彼の眼は壁に光るものを見つけた!人夫を全員引上げさせ、一人で調べてみた。(mh:この辺りにもシュリーマンの性格が現れています!)
「宝を発見した!」と後日、発表している。銅の容器や金のネックレスを見つけたのだ。
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その夜、宝を自分の小屋に運び込んだシュリーマンは金の飾り物を妻の身に着けてみた。
「ヘレンが着けていたものに違いない!」
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シュリーマンは4千年前の都市を掘り当て、宝物も見つけた。伝説は現実になったのだ。
トロイは実在した。とするとアトランティスも実在しているのではなかろうか?
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ホメロスに出てくるマイシーニの砦。ギリシャ軍の総指揮官アガメムノンがトロイ戦争から凱旋した所だ。
アガメムノンが乗った船が入港する、というので山に狼煙(のろし)が灯された。10年も留守にしていた。妻もきっと喜んで迎えてくれるはずだ。
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しかし、歓迎晩餐会の後、風呂に入っていた彼は、妻の恋人に殺されてしまう。トロイへ出発する前、勝利を祈願して娘を生贄として神に捧げたことが彼女の怒りを買っていたのだ。
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シュリーマンがアガメムノンの砦だと信じたマイセナス(Mycenasミケーネ)の丘。
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砦の入口には彼が一緒に記念写真を撮ったライオンの像が飾られている。
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金の飾り物を纏(まと)った19体の高貴な人物の遺体も見つけた。
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しかし、彼は、ここがアガメムノンの砦だと示す、もっと確実な証拠、つまりアガメムノンの遺体を見つけたいと考えていた。そしてとうとう、素晴らしい金のマスクを見つけたのだ、その下には遺体があった!
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このマスクが似合う人物は一人、アガメムノンだ!
「私は彼の顔をじっと見つめた。」

現在の科学では、骸骨から、およそどんな顔をしていたのか再現することが出来る。
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マイセナス(Mycenasミケーネ)の丘で最近見つかった頭蓋骨を英国マンチェスター大学で再生した結果、マイシニアンの顔立ちが見えてきた。男は5ft8,9in(175cm)くらいで頑丈な歯と骨格を持ち、重い鎧(よろい)をつけて戦うことに向いていたようだ。ホメロスの記述にもぴったり合う。
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シュリーマンは剣も見つけている。牛の40対の牙(角?bull’s tusk?)で造られたヘルメットも見つかった。これもホメロスの記述と合致する。紀元前14~11世紀のものでシーザーよりも1千年古い。
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最近になって判ったことだが、シュリーマンが見つけた金のマスクはアガメムノンの時代より更に古かった。従って、その下にあった遺体も彼のものではない。しかし、ここがマイシニアンの砦だったことは間違いないだろう。
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これまで神話は記述でしか知ることが出来なかった。しかし、シュリーマンによって、神話とされていたものが現実に起きていたことが判ったのだ。

最も恐ろしいのはミノアの半牛半人(牛の頭を持つ人)の伝説だ。マイナス王の宮殿に住んでいた。
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この神話の名残とも言える祭りがレズバス島で千年以上続いている。町中が最も優れた牛を称える。生贄となる栄誉を与えられた牛だ。
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牛は昔、男の力の象徴だった。
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この牛の喉(のど)を欠き切る栄誉を得られる男は1人だ。
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ミノアのマイノス王にも捧げものが贈られていた。子供だ。王宮の地下深くあるラビリンス(迷路)に連れ込まれた彼等は二度と戻ることはなかった。そこに住む「牛の頭を持つ人間:モンスター」に捧げられていたのだ。
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この恐ろしい行為は勇敢な若者フィーシアスによって終焉(しゅうえん)することになる。彼は、王宮の地下にある暗黒のラビリンス(迷路)に、短剣と道しるべとなる魔法の毛糸を持って一人で忍び込んだ。
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彼の目的は生きて帰ることではない。モンスターを退治してマイナス王の悪政を断ち切ることだ。
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見事にモンスターを退治したフィーシアスは毛糸を手繰(たぐ)ってラビリンスを脱出する。
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この伝説はずっとベールに隠されてきたが、ある偶然から明らかになった。

シュリーマンの後を追いながらアトランティスを探す旅は、とうとうアテネに行き着く。1883年、この町を訪れた若き英国人エバンスはアンティーク・ショップに立ち寄った。
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そこで彼はワックスと粘土で造られた妙なシール・ストーンを見た。楔形文字のような模様がある!
「もっといろいろなシール・ストーンはないの?」
「だったらクレタ島に行ってみれば?」
マイナス王の伝説がある、エーゲ海で一番大きな島だ。山が多く、神秘的で、エバンスに偉大な発見をもたらす島になる。
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人々はキリストの時代と同じような昔からの暮らしを送っていた。老女にシール・ストーンを探している、と言うと、島ではミルク・ストーンと呼ばれていて、それを売ったら母親の母乳が枯れてしまうから売れない!という。
「ほしければクノッサスの丘で探すといい。土の下には王宮が眠っているっていう噂の所だよ。」
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エバンスはクノッサスの丘に登って掘ってみた。するとシールストーンよりも素晴らしい物を次々と発見した!
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玉座(下の左側の写真の中央)も見つけた。マイナス王が座っていたかも知れない。
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王宮は紀元前1900年頃のものだった。エジプトの建国やストーンヘンジが造られた時代と同じ頃だ。

沢山のフラスコ壁画も見つけた。ミノアの人々の様子や暮らしぶりが判る。
エバンスは当時のように復元することにした。「4千年前を甦らせるのだ!」
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発掘や復元の仕事が終わると、牛が支配している書斎で記録をまとめるのがエバンスの日課だった。
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「女が着ている服は袖(そで)が膨(ふく)らんで、カラフルで、とてもモダンだ。」
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「髪形も洗練されている。男も着飾っている。」
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「音楽を嗜(たしな)む文化もあった。」
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「口紅も差している。何千年も前の様子だとは思えない!」
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石の階段をのぼった上のステージでは子供と牛のフラスコ画が見つかった。
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牛の代わりに子供達を生贄にしていたことと関係があるのか?
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1400もの部屋をもつ大きな建物群だったことが判っている。付近一帯を支配する力もあった。砦のような造りはないので平和な町だったはずだ。
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人々は進歩的で十分な教養を身に着けていた。ミノア文明の特徴は豊かな色彩に現れている。
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プラトンがアトランティスについて述べたように、クレタ島の文明も平和的で繊細で進歩的なものだった。
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ここがユートピアのアトランティスだろうか?いくつもそれらしい証拠が見つかった。その上、ミノアでは牛が崇拝されていた。黄金のカップには牛がロープで縛られて引き倒されようとしている図が描かれている。ミノア固有の文化だが、プラトンの記載とも一致する。
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しかし・・・ミノアはアトランティスと異なり、1日で消滅してはいない!

クレタ島のクノッサスからそう遠くない場所にリゾート・アイランドとなっているサントリーニ島が在る。溶岩台地の上には住居が建てられている。
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かつてシエラ(THERA)と呼ばれていた島だ。紀元前1628年に起きた大きな爆発で破壊されている。
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爆発があった時期、クレタ島ではミノア文明は絶頂期にあった。この文明はシエラにまで波及していたのだろうか?そして、ここで文明は1日にして破壊したのだろうか?


「これまでの調査によれば、この爆発は世界でも類を見ない大規模な物だった。8マイルの大きさで、多分1マイルの深さの穴ができたはずだ。地中海の全ての波が穴の中に落ち込むようだっただろう。ナイヤガラの滝から水が落ちるように!」
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「クイーンエリザベス号だって小さな枝のようにこの穴に落ちていったはずだ。そして噴火は津波を引き起こした。」
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「13マイル(20km)離れた島に押し寄せた津波は800ft(240m!)の高さだった!エンパイアステートビルディングの半分の高さだ。この時に火口から立ち上ったぶ厚い雲は地球を覆った。エジプト人の記録では“数日の間、空は雲で覆われた。太陽も月のようにしか見えなかった”とある。」
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中国の歴史書(mh史記か??完成は紀元前91年だから15百年の後だが・・・)にも正確な年代が記録されている。
「ジェイ王の29年目、灰は寺の屋根を覆い、霜も降り、畑の穀物は枯れてしまった。」
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噴火の雲は北アメリカにも到達し、夏でも冬のような気候になった。カリフォルニアではセコイア(糸杉)の同じ年の年輪にその跡が残された。
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グリーンランドの氷河からは、その年の氷の層から噴火の証拠である硫黄を含む灰が見つかっている。
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シエラの噴火は途方も無く大きかったので、エジプト人は記録に残し、それがプラトンに伝えられたのだ。

しかし、シエラの灰で覆われた場所ではもっと興味深い発見があった。1967年、灰の下から住居跡が見つかったのだ。
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町の通りも見つかった。大きな甕(かめ)も!中には食糧が残っていたが、宝石や金は無かった。
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更には、見事なフレスコの絵も見つかった。3千年も前のものだ。
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ツバメが描かれている。ツバメは二度とシエラに戻ることは無かった。
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エジプトやシリアで見つかる壁画には戦いの絵が多い。しかしここでは女性や子供が楽しく遊ぶ絵が多い。
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アンテロープ(カモシカ)がダンスしているものもある。サルの絵もある。アフリカとの接触があった証拠だ。
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クレタ島のミノア文明のように、エレガントな服と豊かな膨らみをもつ髪型だ。
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これを見ると、原始的な社会だったとはとても思えない。
このポニーテールの美しい娘はアトランティスの人だろうか?
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子供が寝ていたベッド。
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全てが、シエラが繁栄の島だったことを示している。プラトンの記述によると「アトランティスでは大勢の人々が暮らしていた。船も多かった。町の通りには遠くから来た商人たちも大勢いて一日中賑わっていた」とのことだが、シエラでもエジプトとの交易があった。ほかにも類似点がある。
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「温水の風呂に入っていた」とのことだが、シエラにも噴水があった。家にはシャワーやバスタブも置かれていた。
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水洗トイレもあった。ここまではプラトンの記述と一致する。
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しかしプラトンは「アトランティスはアトランティック・オーシャンに在った大きな島だ」と信じていた!
プラトンに話をしたエジプト人が、島のサイズを誇張したのではないだろうか。

プラトンの記述に従うと、アトランティスがエーゲ海にあったとすれば、シリアやトルコも含むような大きな島だったことになる。そんな島は昔も今もこの辺りにはない。だが、エーゲ海一帯が共同経済体として機能していたのだから、シエラが中心にある大きな島国諸国だと見ることもできるはずだ。
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クレタ島のクノッサスはシエラの爆発後も50年程は繁栄を続けていた。しかし爆発で戦艦は壊滅していた。そこにマイソニアンが攻め入ってきたのだ。彼等は簡単に勝利を得ることができたはずだ。
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クノッサスの悲劇はそれで終わりではなかった。大噴火の後も大きな地震が続いていた。恐れた人々は生贄を捧げ続けた。クレタ島の丘の遺跡で見つかった頭蓋骨を再生したのがこの像だ。祈祷師とその助手のものだ。
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そして台の上には縛られた少年の骨も見つかっている!度重なる地震を収めるために生贄となった少年は手足を縛られて生贄台に載せられていた、丁度牛のように。
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それはあたかも近代的な文明の終末とも言える儀式だった。
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少年の命は報われることはなかった。丁度、その時、また大きな地震が襲ったのだ!
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この地震は大きく、宮殿や寺院だけではなく、町の全ての建物や人を飲み込んでしまった。エーゲ海でおきた全ての出来事はプラトンの記述に一致する。
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ユートピアの伝説はいつも呪われた恐怖の一面を合わせ持っている。しかし、もしかすれば、我々は伝説だったアトランティスをエーゲ海で見つけたのかも知れない。
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以上でYoutube:Ancient Aegeanの紹介は終わりです。
https://www.youtube.com/watch?v=038y_tdNRoQ
<mhのつぶやき>
エーゲ海のサントリーニ島やクレタ島で見つかったミノア文明がアトランティスだとする説は、プラトンの記述の不都合な部分を「誇張で間違い」と勝手に解釈している節があり、私としては、アトランティスはスペインにあったとする説を支持したいと思います。これについては既に昨年の5月13日公開ブログ「アトランティス」でご紹介しましたが、興味がありましたら次のYoutubeフィルムでご確認下さい。
The lost city of ATLANTIS - Full Documentary
https://www.youtube.com/watch?v=V2XP04g-S70
カンボジア旅行から戻りました。アルバムでご紹介しましょう。
http://www.digibook.net/d/1b45a5ffa0980a79eec20e03286dc40d/




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コメント


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デジブック、拝見しました。
mhさんも、いろいろと手を伸ばしていますね。

考えてみたら、私は、最近デジブック作っていません。
会員として年間契約しているのに、勿体ないですね。
お花のデジブックは、CD加工して友人達にプレゼントしました。

あの手この手で、PC楽しんでいます。

そうそう、アンコールワットにもモナリザがいるんですね!?




monalisa | URL | 2015-03-02(Mon)11:01 [編集]


Re: タイトルなし

モナリザさんは、どこにでもいるようですねぇ。貴女も名を騙(かた)って煙に巻いていますが、アンコールのモナリザさんも、誰がどんな権威と権限で騙ったのか、不明です。

デジブックについては当方は契約していないので無料で、ご承知の通り、30日限定でファイルが残っているだけです。登録できる写真数は1ファイル50枚が上限ですが問題ありません。必要なら上下巻など分割できるでしょうし。

mystery hunter | URL | 2015-03-02(Mon)13:38 [編集]