Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

クレオパトラの秘密

クレオパトラ(クレオパトラ7世フィロパトルCleopatra VII Philopator, 紀元前69年 - 紀元前30年8月12日)といえば楊貴妃や小野小町と並ぶ絶世の美女で、ローマの指導者シーザーやアントニヌスの恋人で、エジプトの女王だったと言う事くらいしか知らないのではありませんか?美人といってもどんな顔立ちだったのか、ほとんどの方はご存知ないと思います。ハリウッド映画「クレオパトラ」のエリザベス・テーラーと似た女性だったのか?
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クレオパトラは美人だという噂は意外に最近のもののようです。「人間は考える葦である」の名言を残したフランスの哲学者ブレーズ・パスカル(1623年- 1662年)が「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら(短かったら、が正しい訳のようですが)歴史が変わっていた」と評して以降に言われ始めました。
しかし、エジプトやローマに残る古い記述では、美人の美の字も見つかっていないようで、美人じゃあなかったんじゃあないの?と思われているようです。

一体、どんな顔をしていたのか?

BBCがこれを追跡したYoutubeフィルム「Cleopatra; portrait of a killerクレオパトラ:殺人者の素顔」が見つかりました。
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是非みなさんにもご紹介しようと、2,3回見直し(英語なので繰り返して解説を聞かないと意味が正確に判らないのです!)、さて、ネットで裏付けをとってから・・・とWiki「クレオパトラ」を調べてみたら、なんと、フィルムで紹介された内容の大半は既にWikiに書かれているではありませんか!

これではブログで紹介するのはまずかろう、ということで、別のフィルム「クレオパトラ:最後のファラオCleopatra: The Last Pharaoh」を見てみたら少し面白い情報も見つかりましたので、こちらをメインに、その他、雑多な情報を織り交ぜながらクレオパトラについてご紹介しましょう。

そうはいってもBBCのフィルムも捨てがたいので、まず、そのエッセンスを簡単にご紹介します。

彼女はプトレマイオス朝のファラオ(王)の娘で、父の死後、妹アルシノエと女王の座を争いました。結局、ローマ帝国の支援を受けたクレオパトラが勝利し、アルシノエはエフェソスの町に幽閉さるのですが、クレオパトラの差し金で暗殺されてしまいます。この出来事は記録され、後年、いろいろな場面で語りつがれているようで間違いない事実でしょう。つまり彼女は冷徹な殺人者でした。
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エフェソスについては9月1日、世界の七不思議「アルテミス神殿」でご紹介しました。トルコのエーゲ海に面した海岸から数Kmの遺跡で、今は大勢の観光客が訪れるスポットです。
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(上:エフェソスのamphitheater円形劇場)

2002年、一人の女性考古学者がエフェソスのメイン通り「英雄通り」の直ぐ脇に墓を見つけ、中から骨を採取しました。
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それはスリムで女性のものだと判明します。しかし頭蓋骨はありませんでした!!!
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写真からもわかるように、墓の入り口の蓋のようなものが8角形だったことから、周辺の破片も全て調べてCGで墓の全容を再現すると、エジプト・アレクサンドリアにあった世界の七不思議のひとつ、フェロスの灯台に似ている!と気付きました。そんな墓に埋葬された若い女性となればクレオパトラの妹アルシノエしか考えられない!となったのですが、肝心の頭蓋骨が・・・

調べると1920年、ドイツ人考古学者たちが頭蓋骨だけ持ち出していた、というのです!実物はもう紛失し、どこにあるのか判りませんが、写真や寸法などのデータが残っていました。これをコンピュータ・グラフィックで再現すると・・・
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結果は次のフィルムで紹介するクレオパトラのプロフィールと対比してご紹介します!

それでは「クレオパトラ:最後のファラオ」の始まりです。
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エジプト・コブラ。古代世界の最も危険な生物で、恐怖と尊敬、死と生命の象徴だ。しかし別の噂もあった。この毒蛇がエジプト最後のファラオ、クレオパトラを殺したかもしれない、というのだ。
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伝説によれば彼女は毒蛇に自らを噛ませて自殺したという。としたら、その蛇とはコブラに違いない!ひと噛みで5人を殺せる毒を出す。噛まれると1時間で死に至るという。

クレオパトラについて我々は多くのことを知っている、歴史家の記録によって、時にはハリウッドの映画で!歴史家プルートックの記述は有名だ。聡明で残酷な女王だと記している。事実はどうだろう?まずはアレキサンドリアを訪れてみた。
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2千年前、ここはエジプトの首都だった。アレキサンドリア図書館に向かう。世界で最も有名で一番大きい図書館だったが、蔵書の多くは数百年前の火災で燃えてしまった。
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しかし、残った古代のコレクションが展示されている。アラブ人が書いた彼女に関する記録もある。
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「ローマ人は彼女を好きではなかった。むしろ恐れ敬っていた。」しかも「彼女はコケティッシュ・セダクタレス(面白い誘惑女)だった」と言う。ローマを征服し、世界を統治することを夢見ていたと言うのだ。

別の本によれば、彼女は有能な指導者でかつ偉大な科学者だったらしい。9世紀に書かれた本では哲学者で薬品にも詳しい化学者ともある。
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ところで、彼女は本当に美しい女だったのだろうか?案内してくれた考古学者はグレコローマン博物館にいけば彼女に会えるという。
(mh:グレコローマンgreco-romanとはギリシャ・ローマ風の意)
彼は言う「かなり確信があるのだが、これがクレオパトラだ!」
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ではここで、BBCフィルムで紹介されたクレオパトラの妹アルシノエのCGプロフィールをご紹介します。エフェソスの墓で見つかった頭蓋骨から再現されました。思慮深そうな感じが上の石像と似ています!姉妹ですからね。
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しかし、石像のクレオパトラはハリウッド映画のように美人ではない!
「どうしてこの石像がクレオパトラだと断言できるのか?」
「彼女の容姿については、昔からいろいろな記述があってはっきりしない。しかし確実な証拠がある。彼女が統治していた時のコインだ!一般には非公開で大切に保管されているのだが、特別にお見せしよう!」

「なるほど、コインに刻まれた顔は石像の女性とよく似ている!美人ではないが聡明なようだ。」
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クレオパトラは2つのプロフィールを持っているようだ。
魅力的で野心家でシーザーとアントニヌスの心を捉えた女、というローマの記述と、華やかなリーダで、哲学者で、化学者でもある、というアラブの記述だ。

彼女をもっとよく知るためには彼女が統治した王国について調べなければいけないだろう。エジプト考古学の最高委員ザヒ博士に訊いてみよう。
ザヒ博士「また会えたね、ジョッシュ!クレオパトラで最も重要なことは「彼女はエジプト人ではない」ということだ。ギリシャ人だ!」
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「紀元前332年、アレキサンダー大王によって大都市アレキサンドリアが建設された。彼の死後、ギリシャの指揮官が後を継ぎ、300年間、エジプトを統治した。プトレマイオス王朝だ。彼女はその血を引いている!この部屋にあるものは彼らが残したものだ。ギリシャ人の統治者が最初にしたことはギリシャの神々をエジプトの神々に置き換えたことだ。寺院もギリシャ風ではなくエジプト風にアレンジした。エジプト人になり切ることで王国の安泰を図ったのだ。」
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「このプトレマイオス朝のファラオの像を見ると判る。体型や装飾はエジプト風だ。でも顔はギリシャ人だよ。」
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死後の様子も確認しておこう。サカラに墓がある。貧富に関わらず、多くの人が埋葬されている。子供の墓が多いようだ。伝染病がエジプト全体を襲ったと考古学者は考えている。
(mh:伝染病ではなく飢饉で子供が犠牲になった、との見方があることは12月15日ブログ「エジプト第一中間期」でご紹介しました。)
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2005年、ここで大きな発見があった。2300年前の木の棺(ひつぎ)が見つかったのだ。
「これはエジプトで見つかったもっとも美しいミイラだ!顔のマスクを見るとプトレマイオス初期のものだと判る。ギリシャ的な装飾だが、それをエジプト化した様子が見て取れる。エジプトを統治する方便だった。しかも、死後の世界観もエジプト古来のものを受け入れていたのだ!」
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(mh:この棺は、このフィルム撮影のためにザヒ博士が特別に現場に運ばせたのでしょう。エジプト考古学界で彼は最高権力者のようで思いのままのようですから!そろそろお歳でしょうから、身を引くのではないかと思いますが・・・)

エドゥフEdfuに行ってみよう。彼女の祖先が紀元前2世紀に造った寺院がある。別のエジプト学者に案内してもらう。
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宗教はエジプトの統治者にとって重要な要素だった。この寺院はファルコン(隼:はやぶさ)の頭を持つ神フォレスに捧げられたものだ。王は神だった、だからエジプトを統治する権利がある。
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壁に重要な記録がある。祈祷師が残したものだが、考古学者だったら絶対見逃さない。
ここだ。紀元前205-168年のファラオのヒエログリフ記事がある。王の表記に驢馬(ろば:ドンキー)を使っている!見下しているのだ。王に一泡吹かせようと考えていた輩(やから)がいたことを示している。
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ここでは王が正しく表記されている。しかし、ここでは一部の王の記録は削り取られている。
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これらの事実はクレオパトラが抑圧された状況にいたことを示している。どんな手法でこの逆境を克服していったのだろうか。

次はクレオパトラが作ったと言うデンダラDendaraの寺院に行ってみよう。伝統的な帆船ファルーカでナイルを下る。
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彼女が女王になったのは18歳の時だ。当時、ローマは知り得る限りの広範な地域に侵攻し、西ヨーロッパから小アジア(トルコ)まで2百万平方マイルの領土を統治していた。統率していたのは52歳のジュリアス・シーザーだ。世界で最大の権力者だった。
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クレオパトラは彼の庇護(ひご)を得て権力の座を守ろうと考えた。そして、それを実行したのだ。
紀元前42年の彼と彼女の出会いはドラマティックで有名だ。シーザーはエジプトに侵攻していた。その彼の部屋に絨毯で巻かれて彼女は登場する。
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彼女は一晩で権力と男を得た。その結果、セゼリアンという子を授かった。シーザーの最初でただ一人の息子だ。
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21歳の娘が権力者の寝室に忍び込んで・・・それは本当のことなのか?

本当のことかどうかは判らない。確実なことは、彼女は魅力と交渉力で、世界で最も権力ある男から彼女の王位を保証してもらった、ということだ。しかし、どうしてそんな策略を若い女性が思いついたのか・・・
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そのヒントは次の目的地で得られるという。デンダラの寺院で。彼女の父親が建てた寺だ。建物の地下にある特別な場所に案内してくれた。
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この左の男がクレオパトラの父親プトレマイオス12世だ。その父が亡くなる年、若いクレオパトラも父と共に1年間、エジプトを統治していた!この場所にも来たはずだ。
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彼女は、徐々にエジプトに溶け込んでいった。エジプト語を話せる唯一の女王だったこと、エジプトの神々を信仰していたこと、も受け入れられた理由だろう。人付き合いも巧みだった。
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しかし、紀元前44年、シーザーが刺殺されると状況は一変する。後ろ盾と恋人を失くした彼女は、一人で権力の座を守らねばならなくなったのだ。
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これはクレオパトラが建てた寺院だ。外壁には彼女と、将来のエジプト王となるべき息子セゼリアンの像が彫られている。彼女は息子の後ろに立っている。
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彼女はシーザーとの間に出来た息子がローマとエジプトを統治することを夢見ていた。驚くべき野心を持つ女だったのだ。
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そんな彼女が、なぜ自殺で一生を終えることになったのか?その理由を探してアレキサンドリアに戻ってみた。カイロから電車で2時間の町だ。

シーザーの死後、帝国の西側を守護していた指揮官オクタビアンと東側を守護していた指揮官アントニヌスは権力の座を争っていた。クレオパトラとの間にできた息子について、シーザーは何の遺言も残していなかった。クレオパトラはローマ連盟から一先(ひとま)ず脱退したが、ローマの支援がなければ王国が続かないことを悟っていた。

記録によればこうだ。
シーザーの庇護を失った25歳のクレオパトラはアントニヌスに賭けることにした。彼女は彼とのドラマティックな出会いを設定し、そのあとで恋に落ちた。
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しかし事実はもっと現実的だった。彼女はローマの支援を得ようと考えていた。もう一方のアントニヌスには別の目的があった。若くハンサムな彼は帝国でも人気は高かったが、権力を確実にするには戦に勝ち続けねばならず、そのための資金を必要としていた。クレオパトラは地中海の富を管理していたので好都合だったのだ。

アレキサンドリアは、紀元前332年、アレキサンダー大王が統治するようになって発展を遂げた都市だ。その後、クレオパトラもここを都とした。彼女の王宮はさぞ素晴らしかったはずだが、その痕跡は簡単には見つからない。2千年前のニューヨークとも言える大都市は5百万の人が住むモダンな町に変貌している。
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しかし近代都市の地下で、数十年、古代の調査をしている男がいる。考古学者のジョニー博士だ。
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ここは地下の水保存施設だという。水はナイルから運河で引いてくる。施設は都市中に広がっていて50万人の飲料水を賄えるほどだという。当時のローマの人口と同じだ!クレオパトラは単なるセダクタレス(誘惑女;当時のローマ人の批評です)ではなく、ローマを震え上がらせる力を持っていたのだ。
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しかし、彼女が住んでいた王宮はどこにあるのか?
ジョニー博士は知っていた。「ここだ、水の底にある。」アレキサンドリア湾の浜辺に近い海の中だ。
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西暦365年の大きな地震で彼女も住んでいた王宮は海に沈んだ。潜ってみれば見つかるかも知れない。
普段はフェロス灯台遺跡の海底調査をしているというダイバーがクレオパトラの王宮調査に協力してくれることになった。一帯は保護地区で勝手にダイビングすることは出来ない。
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長い年月で海底の遺跡は劣化が激しいだろうが、素晴らしい発見もあるかもしれない。

海の中は透明度が低く見通しは悪い。これは白い石の道のようだ。クレオパトラの王宮へ続く歩道かもしれない。一帯にはライムストーン(石灰石)とグラネット(花崗岩)が沢山ある!
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侵食が進み、海草も付着していて、これらの石が王宮のものだとは断言できないが、この円柱はそうだろう!それに好く見かける形の石もある。頭はツルツルだが体の形は間違いない、スフィンクスだ!
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スフィンクスはピラミッド、墓、そして神殿の守り神だったから、王宮のゲートを守っていたものかも知れない。

パレスの具体的なイメージを掴むのに十分な発見はなかったが、気分としては歴史の中を泳いているようだった。が、そろそろ話を戻そう。

ローマにとってクレオパトラとその子が治める国は脅威だった。そこで紀元前32年、ローマは宣戦を布告する。そして、シーザーが後継者に指名していたオクタビアンの軍と、アントニヌスとクレオパトラの連合軍の戦いが始まる。翌年、ギリシャ・アクティウム沖の海戦でクレオパトラ側は敗退し、クレオパトラとアントニヌスはアレキサンドリアに逃げた。しかし、そこでアントニヌスは自殺してしまう。
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アントニヌス像が残っている。少し壊れているが確かに若くてハンサムだったようだ。
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クレオパトラについての記録は少ない。しかし、地下に造られたマウソレウム(mausoleum霊廟)で一生を終えただろうと言われている。多分、このような場所だ。

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頼りとしていたアントニヌスを失い、絶望した彼女は蛇にかませて彼の後を追った。
「しかし本当に蛇の毒で死んだのか?」
蛇は神聖な動物で死を託すのには適当だ、可能性は高い。
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野心的な女だった。エジプトを世界の中心にするために何物をも喜んで犠牲にした。しかしその野心は実現することは無かった。

クレオパトラはエジプト最後のファラオだった。誰にも知られることなく、密かに死んでいった。39歳だった。しかし、彼女は永遠の命を得ることになった!ギザのピラミッドや王家の墓の中にではなく、何千年も続くであろう伝説の中に!
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Digging For The Truth - Season 2, Episode 6 - Cleopatra: The Last Pharaoh
https://www.youtube.com/watch?v=uvRONbag1PM
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