Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

オルメカ(Olmec)文明の不思議

3千年前、どうしてこのような巨大なモニュメントを造ることが出来たのか?
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オルメカと呼ばれる人々はどんな人たちだったのか?
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中央アメリカのジャングルの中に考古学者たちを数十年以上も悩まし続けている文明がある。コロッサスColossusのストーン・ヘッドだ!
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コロッサスとは「巨大な像(スタチュー)」を意味する、ブログ「世界の7不思議:ロドス島のコロッサス(昨年9月22日公開)」から生まれた言葉だ。
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一枚岩のこのヘッドは10トンある。誰が造ったのか?どんな方法で?

メキシコと言えば、アステカ文明が生まれたところだ。
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5百年前、20万平方Km(注)の国土を統治し、巨大な都市や寺院、ピラミッドなどを造った。
(注:日本国土面積は38万平方Kmです。)
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寺院では数千人の生贄(いけにえ)が神に捧げられていた。
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しかしコロンブス以降、大西洋を渡ってきたスパニッシュ・コンキスタドール(征服者)に破壊されてしまう。
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マヤ文明もアステカ同様、メキシコで発達した。
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石を使うところはアステカ文明と似ている。
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25万平方Kmの王国に2千万人が暮らしていた。
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寺院の壁に残されたレリーフや壁画は彼等の神や王の盛衰を今に伝えている。
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しかしアステカやマヤよりもずっと昔・・・キリストの誕生より1千2百年も前・・・エジプトではツタンカーメンの時代・・・
メキシコ南部のジャングルで文明が生まれた。オルメカ文明だ!
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アステカやマヤと比べれば極わずかな数のオルメカ人たちが、ジャングルで覆われたこの地でメソ・アメリカ(中央アメリカ)で初めて文明を創造したのだ。
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彼等の実態は秘密のベールに包まれている。彼らが創造したもののほとんど全てがジャングルに飲み込まれ、覆い隠されてしまっているのだ。
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誰も文明があったことに気付かなかった、最初の大きなヘッド(頭)が見つかるまで!コロッサス(巨人)のヘッドだ。
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いままで17個が見つかっている。メキシコ人類学博物館には6つ展示されている。最も沢山のコロッサス・ヘッドを見ることが出来る場所だ。

勿論、当時は金属製の道具はない。どんな方法で石の巨像を造ったのだろう?
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「石に対しては石だった!硬い石で大きな岩を叩いて砕き、磨いて造ったのだ。」
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オルメカ人とはどんな種族だったのだろう?巨大な顔は何を意味しているのだろう?
最大のヘッドは高さ3.3mで重さ20トンもある。どのヘッドも独特なヘルメットを被(かぶ)っている。
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表情も個性的で同じものは無い!
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厳しい顔、穏やかな顔、力強い顔・・・
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もっと詳しく知るため、オルメカ人が造った最初の都市サン・ロレンゾに行ってみよう。
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湿地とジャングルの中にある。考古学者が調査するのには最悪の所だ。
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土器や石以外で造られた物は見つかっていない。木材や布で出来たものは土と化して残らなかった。

「ここがサン・ロレンゾだ!」
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オルメカは他にもいくつかの集落を造っている。しかし、ここが一番ふるい。この丘から全てが始まった!
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文明の跡を探すことは困難だ、マヤ文明などと異なり全てはジャングルの土の中に深く埋まっている!

3千2百年前、川が流れ、沼があり、深いジャングルが一帯を覆っていた。
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開拓が進んだ現代ですら、ここが中央アメリカの文明発祥地だったとは思えない。

20年以上発掘を続けているサイファーズ博士に訊いてみた。
「見えているところは大体70平方kmの広さよ。5千5百人がこの地に住んでいたの。」
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60年も発掘が続いているが、全体の1%程度が終わっただけだという。

一枚岩から彫った10個のコロッサスがこの地で見つかった。最初の発見は1800年代だ。
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大きな人間の頭はみんなを驚かせた。
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土の中に埋まっていた!
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この種の古代遺跡は考古学者も見たことが無かった!
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人々にとってはミステリーだった!
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それぞれが異なる表情をしていることも議論を呼んだ。どんな曰(いわ)くがあるのだろう?
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メキシコ人の祖先の顔のようには見えない!
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アフリカからの移民が彫ったのか?アトランティスの生き残りではないのか?
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1940年頃、原住民が造ったものだということが考古学者によってやっと確認された。この文明が以降の中央アメリカの文明を生み出していったのだ。
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ここはコロッサスNo8が発見された場所だ。
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博物館の入り口に展示されている。
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顔は東を向いていた。まるで意図的に隠すように地中に埋められ、小さな山になっていた。他のヘッドと比べて風化が少なく、肌がきれいな理由はわかっていない。

巨大なヘッドを造り出したオルメカ人の生活について判明していることは少ない。考古学者カールはそれを解き明かそうと調査している。彼によれば、オルメカを特徴づける一つの重要な物が近くに残っていると言う。その場所に連れていってくれた。
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タールで一杯の湖だ!
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「どんな用途で使われていたのか?」
「明確な証拠はないが、塗料とか、接着剤とか、が考えられる。」

土器に入れて加熱し、不純物を除いて乾燥し、固形化した。そうすれば保存や持ち運びに都合がよい。
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乾燥したタールを交易していたことは何千Kmも離れた所でタールの石が見つかることから明らかだ。
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調査はサン・ロレンゾの一帯70平方Kmで今も行われている。地中から土壌サンプルを掘り出し、その中に何か残っていないかを調べる、気が遠くなるような作業だ。石以外のものは腐ってしまい残っていないのだ。
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いろいろな場所で土壌サンプルを採り、その位置と深さのデータも記録に残す。
時には拡張棒を継ぎ足して19mの深さまで掘ることもある。
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アステカ人が生活していた地面まで18mもあるとしたら、調査はなんと大変なことだろう。しかも、探すのは金や宝石ではなく石だ!

コロッサス(巨人)の石はサン・ロレンゾから60Km離れたトォウーストラ山地から運ばれたことが判っている。火山が多い所だ。
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多くは火山から吹き出た溶岩だ。比較的柔らかい。しかし、オルメカ人はいろいろな種類の岩でコロッサス・ヘッドを造っている。中には固い石もある。
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現地でリチャード博士が説明してくれた。
「長方形にきちんと切断された岩だ。」
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「ここに出っ張りがある。移動するためにロープをかけた所だと思う。」
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「面は綺麗だ。人が目的を持って加工したものだ。」
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「今は2つの大きな岩になっている。」
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「しかし、最初は一体の大きな岩だった。祭壇に使うつもりの岩だった。」
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「しかし、何故、火山の岩を使ったのだろう?」
「私の考えだが、溶岩は地中から出て来たものだ。地下に住んでいる神の力を持っていると考えたのではなかろうか?石工はここで岩の外形を整えてからサン・ロレンゾに運んで最終仕上げをした。」

40トンもある石を60Km離れた場所にどんな方法で運んだのだろうか?しかも途中には沼や川やジャングルがある!
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オルメカの人口は少なく、その上、いくつもの町に分かれて暮らしていたようだ。川で魚を獲ったり、小規模に農業をしたりして暮らしを支えていたと考えられている。それが紀元前1200年、リーダーが現れて集団としての機能を持ち始め、コロッサスが造られるようになったのだ。
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それにしても60Kmも離れた首都にどんな方法で巨石を運んだのか?これが最大のミステリーだ!
今なら簡単だ。電話一本で済む!クレーン車を呼べばよい。この石は14トンだが、持ち上げて運ぶのにも汗を流す必要がない。
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しかし、3千年以上もの昔、オルメカの人はこの2倍もの重さの岩を運んでいる、ジャングルの中を!!!
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当時なら人手以外の方法は考えられない!ロープや梃子(てこ)を使うしかないだろう。1個0.5トンくらいの小さな石で試してみよう。
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びくともしない!エジプトのピラミッドを造る時と同じように大勢を集めるしかない。
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Mh:以下暫くの間、Youtubeフィルムでは石を運ぼうと大勢がすったもんだする様子が続きますが大幅に省略します。運搬作業はなかなかの大仕事のようです! 映像の石は0.5トン。オルメカ人が運んだのは平均でも7,8トンですからこの14倍以上です。大きい物は40トンもあったようですから千人以上は必要だろう、とフィルムでは言っていました。

下の映像のように、木橇(きぞり)を使うと、少し楽になるようです。当時、車輪は発明されていなかったので、最善の方法は丸太をコロ代わりに使う事だろうとのこと。本当ですかねぇ?
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何とかして移動したとしても湿地や川に出合ったらどうしたのだろう?

町の人口は少なかったが、サン・ロレンゾでは沢山の土壌を他の場所から運んで農耕地を造ったという。
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リーダーの権力が強かったのだ。土を盛ってテラスが造られた。
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80万平方メートルの、中央アメリカでは類を見ない広大な耕作地だった。
その時のリーダーは誰だったのか?コロッサス・ヘッドがミステリーを解く鍵かも知れない。
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幾つかのヘッドには耳のある辺りに妙なマークがある。玉座や祭壇の側面に彫られたものと似ている!
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そうか!祭壇を再利用して造られたコッサスか!
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それで顔も平らになる傾向があるのだ!
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多分、その考えに間違いないだろう!
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岩を運ぶのは大変な作業だ。恐らく、リーダーが死ぬと、祭壇や玉座として使われていた岩がコロッサス・ヘッドにリサイクルされたのだ。

それが事実かどうか判然としない部分もないではないが、明確なこともある。リーダーは人々を統率していた。大勢の人間に岩を運ぶよう指示できたはずだ。
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大勢の人を使って岩を運んだ。多分、木の橇(そり)を使っただろう。川まで運ぶと筏(いかだ)かボートを使ったはずだ。その時、ボートなどに水が入り込まないよう、シール材としてタールが使われた可能性がある。
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この船は石器時代のボートと形は異なるだろうが運搬方法の検討には問題ないだろう。
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これで石を運べるのか?それとも沈んでカイマン(注)の餌食(えじき)となるのか?
(注:Caiman中南米に生息するワニ)
この辺りには川が多かった。川を使えば陸地を運ぶより効率は好いはずだ。考古学者は海も使ったのではないかと考えている。
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多くの学者が様々な運び方について提案している。今回は我々が考えた方法で試してみよう。
まずは我らがボートが使えるか、チェックだ。問題なさそうだ!
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同じサイズのボートを3つ繋(つな)いで筏を作る。
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その上に石をみんなで担いで移す。これが一番大変な作業だ!
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やっとボートに載せ終えた。
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我々が運んだ岩は0.5トンでボートは3隻だ。40トンなら80倍だから240隻ものボートが必要になる!!!
オルメカ人は長さ15mのボートを使っていたというから14隻で済む。としたら、この方法も少しは現実味が増すというものだ。

ボートを寄せ集めた大きな筏の先には誘導ボートも付いていたと思われる。
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3千年前、オルメカはコロッサスの岩を火山から降ろし、川や海を使ってサン・ロレンゾに運んだ。彼等の支配者はきっとコロッサスの顔をしていたのだろう。
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彼らは中央アメリカで最初の文明を創り上げた。それがマヤやその後のアステカ文明などの源となったのだ。
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(補足)
オルメカ文明で造られ、発見されたものはコロッサス・ヘッドだけではありません。
Wikiで紹介されていた発掘品を2点、ご紹介しましょう。

Fish Vessel, 12th–9th century BCE.魚の容器;紀元前12~9世紀
Height: 6.5 inches (16.5 cm). 高さ16.5cm
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Olmec jadeite mask 1000–600 BCE
オルメカ硬玉のお面;紀元前1000~600年
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Wikiには次の記述も見つかりました!
「オルメカの文化は、出土するさまざまな石像に現れている。人間とジャガーを融合させた神像は、彼らにジャガーを信仰する風習があったことを物語っている。祭祀場では儀式としての球技が行われ、その際には人間が生贄として捧げられた。また、絵文字や数字を用い、ゼロの概念を持つなど、数学や暦が発達していた。」

BBC英国放送協会監修のYoutubeフィルムも見ました。始めから終わりまで、どんな方法で巨岩を運んだのか、をある考古学者のアイデアに基づいて現地で試みた様子を記録したものです。
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筏(いかだ)に石を移す作業をしているところですが、ここまで運ぶ方法も、筏に載せる方法も、面白味のない非効率的な方法で、なんとか筏に載せ「川に乗り出そう!」としたら筏が川底に座礁していて、結局、水に浮かぶ場面は撮影できずじまいでした!

ピラミッドの石を運び上げる作業もそうですが、木製の橇(そり)やらコロやら、ロープ、梃子(てこ)などだけで運び上げるのは難事業で、宇宙人や神様などの超自然力を借りたのではなかろうか?なんて異説が出てくるのも判らないではありませんが、そんなことがあったはずはないでしょうから、やっぱり、大勢で引っ張って運んだのでしょうか?

イースター島のモアイ像もそうだし、世界の七不思議の神殿に使われた大きな大理石もそうですが、昔の人たちが巨石を運んだ方法が図などで記録され残っていたという話は聞いたことがありません!エジプトならヒエログリフという文字があったのですから、もしも空からやってきた宇宙人が手伝ってくれたのなら、それらしい記録が残っているはずで、そんな驚くような方法でなかったとしたら、やっぱり、誰もが考えるように、斜面をロープで引きずりながら巨石を持ち上げた、といった平凡な方法だったから、記録に残されるべき内容がなく、従って記録も見つからない、と考えるべきなのでしょう。

なお、エジプトのヒエログリフにはヘリコプターや宇宙船に似た不可解な絵があります。
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「やっぱり宇宙人が来たのだ!」と唱える人の根拠になっているようですが、その人も話を面白くするのが目的で、宇宙人説を真面目に信じてはいないでしょう。
(完)
Island Kings Of The Stone Age (SECRET ANCIENT HISTORY DOCUMENTARY)
https://www.youtube.com/watch?v=tNqe5470a9U
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