Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

パラオの失われた種族

パラオ(パラオ共和国)は東京から南に3千Km、フィリピン諸島から東に9百Kmの太平洋に浮かぶミクロネシアの島国の一つで、珊瑚礁の国、南国のパラダイス、という代名詞がぴったりです。
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人口は2万1千人で、凡そ250ある島のうちの大きな島に集中して暮らしているようですが、ほとんどの人はコロールという町の近くに住んでいるようです。
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16世紀、まだ国の体系を整えていない太平洋の島々にヨーロッパ人がやってきました。パラオは、1885年にスペイン植民地になり、搾取やヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘のおかげで島民数は90%減少したとのこと!!!

その後、スペインからドイツに身売りされましたが、1914年に始まった第一次世界大戦でパラオに派遣された我が(!)日本帝国海軍が敵国ドイツ軍を降伏させると、日本の統治下に入りました。
昭和18年(1943年)、パラオの中心コロール一帯に住む人は33,960人でしたが、日本人25,026人、朝鮮人(朝鮮半島出身日本人)2,460人、パラオ人先住民6,474人、他にスペイン人・ドイツ人宣教師18人、とのことですから、4人に3人が日本人で、日本は完全にパラオを乗っ取ってしまいました。欧米や我が国の身勝手な植民地政策が終わってまだ百年経っていませんから、ウイグル人やチベット人の国に漢人を送り込んで名実共に完全統治しようとしている中国共産党は「ヨーロッパや日本の植民地政策を継承しているだけで、他国から非難されるのは筋違いだ」と考えるのも無理からぬところがあります、勿論、悪いことなのは間違いありませんけれど。

日本の委任統治領時代のコロール
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太平洋戦争で日本が敗れるとアメリカが統治し、1994年、晴れて独立してパラオ共和国が生まれ、今に至っています。

今のコロールの拡大衛星写真です。
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町の大通りですが、意外に閑散としていますねぇ。
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世界遺産ロック・アイランドはコロールの南西10Kmにあります。
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Google Earthで見るとロック・アイランドにはコテージのようなものは見当りませんから、コロールに宿泊し、ボートで島々の散策にでかけ、場合に寄れば島の近くでスキューバ・ダイビングを楽しむというのがパラオの典型的な観光コースではないでしょうか。

インドネシア・ジャカルタに2年半ほど駐在していた時、高速ボートで2時間、ジャカルタの北数十キロのプラウ・スリブー(千の島の意)と呼ばれる島々の一つに行き、2泊したことがあります。島の周囲はせいぜい1km程度でしょう、15分もあれば浜辺を伝って一周できました。珊瑚礁に囲まれ、コテージがいくつか並ぶホテル、プール、珊瑚礁に突き出した桟橋、その袂(たもと)に建てられた大きなレストラン、が人工建造物の全てで、テレビは無く、日本から遊びにやってきた女房殿と、海で泳いだり、スケッチしたり、昼寝したり、近くの島にボートで行ってみたり、という、優雅というか、のっぺりとも言える時間を過ごしました。

しかし、南国の楽園、サンゴ礁の島、というのは、浜辺に寝そべって本を読んだり、夜は、場合に寄れば、フラダンスや火や槍を使ったダンスを見ながらの夕食を楽しんだり、星空観賞するだけですから、四六時中スマートフォンに触っていないと落ち着かない人にはお勧めできません。そのような現代人にはパラダイスではなく退屈至極な監獄だと言えるでしょう。

コロールがある島の北隣の、同国最大のバベルダオブ島には、首都機能をもつ場所、ンゲルルムッド(パラオ語: Ngerulmud)があります。
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そこには草原の中にぽつんと国会のような建物が造られています。
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しかしGoogle Earthで見る限り、住居のような建物は近くに見当りません。ひょっとすると国会も年1回程度しか開かれず、閑古鳥が鳴いているのではないかと邪推したくなる雰囲気です。

さて、いつものように長い前置きになってしまいましたが、いよいよYoutubeフィルム「Lost Tribe of Palauパラオの失われた種族」の始まりです。
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太平洋の小さな島に、これまで見たことも無いような人々が暮らしていた。
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体が小さく、顔つきが奇妙で、これまで見たことが無い種族だ。
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彼等は誰なのか?
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どんな方法やルートで絶海の島にやってきたのか?
そして、なぜ、急にいなくなってしまったのか?
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科学者たちと一緒に彼等の衝撃的な歴史を調べてみよう。
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2006年6月、アメリカ人の人類考古学者(paleoanthropologist)リー・バーガーは長期連休で太平洋に浮かぶパラオ諸島を訪れていた。
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最後の日、何か新しい発見はないかと、カヌーで小さな島の間を移動してみた。
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リーは興味あるいくつかの発見実績を持つ考古学者の一人だ。
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何かないか、と眼を皿のようにしていた。
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すると、現地人ガイドが幅100mくらいの小さな島の洞窟に案内してくれた。
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洞窟は木々で覆われ、蔦(つた)が小さな滝のように垂れ下がっていた。
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天井には雨水でできた小さな鍾乳石が張り付いている。
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ガイドは洞窟の奥にリーを連れていった。骨がある!リーは直ぐ気づいた「人骨だ!」
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ハンターが迷い込んで出られなくなり死んだのか?
それとも第二次世界大戦の兵士か?
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しかし彼は頭蓋骨が普通とかなり異なることに気付いた。厚いのだ!それに、広い鼻と小さな目・・・異常に平坦な顔の特徴だ!
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こんな人種は現在どこにも生き残っていない!
最も奇妙なのは頭蓋骨のサイズだ。現在の大人の平均より25%も小さい!
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数万年以上も昔の人類の特徴だ。これまで気付かれていない人種が生活していたのか?
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それとも突然変異(mutation)で生まれた人類か?

もっと詳しく調べたかったが、他の専門家たちと相談することが先決だ、と考えてアメリカに戻ることにした。しかし、早く戻ってこないと誰かに骨を持ち去られてしまう心配がある。この発見はとても重大な出来事かもしれないのだ。
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人類の進化は想像することも難しい多くの変化に富んでいる。
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2003年、インドネシア・フローレスで古代人が見つかった。
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ホベッツと呼ばれる人種だ。パラオの骨はその子孫かも知れない。
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ホベッツはピグミーのように小さいが、我々の祖先ホモエレクトウスの子孫であることは間違いない。1万3千年前まで生きていたと考えられている。
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このホベッツがパラオに流れて住み着き、繁栄したのだろうか?パラオは近くの大きな島から800Kmも離れている孤島の島国だ。人類が移り住んだのは最近で、ぜいぜい3~4千年前ではないか、と考えられていた。
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5つの大きな島を250もの岩でできた小さな島が囲んでいる。2万1千人が主要な島を中心に住んでいて、小さな岩の島の多くは無人島だ。
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もしホベッツだとしたら、どんな手段でパラオにやって来たのだろう?もしそうでないとしたら、なぜ、こんなに小さな人類の骨が残っていたのだろう?
見つかった骨が答えを教えてくれるかも知れない。
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6週間後、リーは、人間の進化に詳しい専門家などと共に再びパラオを訪れた。詳しく調査するためだ。
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8日間の調査の初日、リーは心配になっていた。骨は、盗まれたりせずに、残されているのだろうか?
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見つけた骨が人類の新種のものだとしても、科学的に証明されなければ価値は無い。
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ここで少し本題を離れますが、このフィルムに出てきた漁船の舷側や船尾に書かれている船名を見ると日本語の漢字や中国語の漢字が見受けられます。日本漢字の船は沈みかけていたので戦争前のものでしょうが、中国漢字の船(上の写真の3艘)は塗装状態も良いようですから現役の、中国からやってきた漁船団ではないかと思われます。としたらパラオの港に中国漁船が頻繁に来ているってことでしょうから、どうなんでしょうかねぇ?日本の漁港に韓国や中国の漁船が屯(たむろ)しているって話は訊いたことがありませんから、パラオは漁業権を中国に切り売りしているってことがあるんでしょうか?それとも、中国が、一方的に勝手に宿泊港として使ってるってことか?何の情報もないので考えても無駄なことでしょうが、気になります。

閑話休題!
調査チームはいよいよボートで問題の島に出かけることにした。島の周りは浅くて、満ち潮でなければボートは近づけない。
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今を逃すと半日以上待たねばならない。
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前回来た時の足跡を辿(たど)って洞窟に入っていった。
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骨は前に見た通りの場所に残っていた!いよいよ本格的な調査の開始だ!

昔は洞窟を覆っていた岩の天井は大半が崩落していて、広場のような場所が出来ていた。
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奥に行き止まりのトンネルがある(上の図の右上に細く入り込んだ部分)。その一番奥が、リーが初めて骨を見た所だ。

調査を始めて直ぐ、研究者チームは新たな発見をした。骨が広い範囲で見つかる!
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特徴的な骨を見つけた場所には黄色の小さな旗を立てていく。この様子だと8日の調査では調べきれそうにない!ここは大勢を埋葬した墓場か?それとも大量虐殺の場か?
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頭の額の幅は現代人より広く、眉の部分は突き出ている。古い人類の特徴だ。
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骨は全体的に小さくて子供みたいだ。本当に大人の人類なのか?新種なのか?それを知るためには、骨の年代を知る必要があるだろう。骨のサンプルをアメリカ・フロリダの研究所に送りカーボン・デイティング(放射性炭素年代測定)してみよう。いつ頃、もしかすればどんな理由で死んだのかが判る。

調査結果を記録し、後日の検討が容易に行えるよう、洞窟の形状をレーザー格子で3次元計測することにした。
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そしてこれをCG化し、バーチャル・ケーブ(仮想洞窟)を造る。
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第二の頭蓋骨が見つかった!鍾乳石で固まった床の中に潜り込んでいる。大人の頭蓋骨に子供の頭蓋骨が重なっているようだ!母と子供のものだろうか?
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この洞窟では子供から大人の骨まで見つかる。大きなファミリーが住んでいたのかもしれない。
見つかったどの骨からも、過去に例が無い程小さな人類だと確認できた。大人の身長でも120cmしかない。今なら概略5歳の子供と同じ身長だ!
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3百万年前の人類は背が低かった。3.5フィート(107cm)だ。
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この小さい人類が1万年前まで生きていたということは考え辛い。としたらどこかに問題があるのかも知れない。

人類の祖先で直立歩行したホモサピエンスはアフリカで生まれ、6万年前に移動を開始した。まずは中近東へ、更に西ヨーロッパへ、アジアを経由してオーストラリアへ。しかしパラオは移動ルートから孤立している。うまく説明できる仮説がない。
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多くの考古学者達は3,4千年前、記念碑的な航海の後にインドネシアの東の島からパラオに移り住んだのだろう、と考えていた。
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もしそうだとすると、考えていたよりも早い時期にパラオに移動していたことになる。
しかし大海を移動するボートが無く、保存できる食料も少ない昔、1週間以上をかけて海を移動してきたとは考え辛い。

研究者たちはまた重要な発見をした、歯だ!
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食生活と健康状態を教えてくれる。DNAも調べれば、どこから来た人類かもわかるかも知れない。しかし妙だ。頭蓋骨は小さいのに、歯は現代の大人並だ!
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ここで暮らしていた人類の外観が徐々に判ってきた!しかし、もっと正確に知るにはもっと多くのデーターが必要だ。
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メイン・アイランドの国立博物館に戻り、発見した骨の整理を開始した。
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調べていくうち、骨は古代の人類のものと似ていることが判った。いつ頃のものか知ることが重要だ。骨は年代測定のためアメリカに送られた。

同時に、これまでの人類とは異なるようだとも判ってきた。ホベッツとも異なる!
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小さくまとまった体、広がった鼻、細い目、を持っている、

しかし、骨にへばりついていた石灰石を取り除いてみると、意外に近代の人種と同じ特徴があることも判った。結局、たいした発見ではなかったのだろうか?
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しかし、骨が新しいということは、別の新たな発見をもたらす可能性もある。

調査3日目、これらの骨は古代人のものではない、と確信するに至った。近代に生きていた、未知の小型の人種だ。環境に合わせて体の特徴も変化していったに違いない、それも、恐らく我々科学者がこれまで考えていた以上の速さで!人類に想像以上の多様性があった証拠になる。
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カーボン・デイティングの結果を見ずに断言するのは早計だが、もしこれらの人々が3千年前に繁栄し西暦500年、つまり今から1千5百年前まで生き残っていたとしたら驚きだ!元々小さな人種が島にやってきたのか?それとも食糧事情の悪い島で暮らしているうちに小さな体になっていったのか?

魚や残飯(ざんぱん)のようなものしか食べることがでず、脂肪やタンパク質など、他の重要な栄養源が不足すれば体が小さくなる可能性もある。カロリーが不足すると体が小さくなっていく傾向があることは確認されている事実だ。

骨が小さいのは子供のものだからではないのか、という疑念もあったが、そうではなかったことが確認できた。顎(あご)の骨を調べたら親知らずWisdom Toothが無かったのだ。
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大人の骨で間違いない!他の頭蓋骨もX線で調べてみたが親不知は見つからない。やはり、小さな体の人類だったことは間違いない。

しかし小さな頭蓋骨と大きな歯の関係はどんな理論で説明つくのか?

人間が変化する時、歯の変化速度は体の変化速度より遅い!従って、大きな歯と体をもつ人類が、ある時期は体だけ小さくなっていることが考えられる。しかし、歯の変化が全く追い付かない速度で体は縮んでいくものなのだろうか?3,4千年前にこの地に来た人々が急速に変化した結果なのだろうか?
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3,4千年前、パラオの祖先達がこの地に移住してきた。当時、食料事情はきっと厳しかっただろう。
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従って、たった数百年で急速に体が小さくなったのかも知れない。としたらこれまでの科学常識を見直さねばならないが、その、考えられないようなことがパラオで起きたのかも知れない!

洞窟の調査は4日を残すだけになった。骨は壁に沿って並べられていたように見つかっている。洞窟自体が大きな墓場だったのかもしれない。
(下の写真はCGです。)
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しかし、その考えに問題があることは間違いない。墓場なら子供や老人の骨が多くて若者や壮年の骨は極めて少ないと考えて好い。また、伝染病や戦争などの異常な理由で大勢が死に絶えたなら、いろいろな年代の人骨があるだろう。この洞窟の骨の様子はまさにそうだ!つまり自然死した人々ばかりではないということだ。

どんな惨事が起きたというのだろうか?戦か?島の食糧が切れたのか?それとも侵略者が来たのか?オーストラリアやフィリピンから体が大きくて腕力も強い部外者がやってきて体の小さな人々を殺戮(さつりく)してしまい、その殺戮者が今のパラオの人々の祖先の可能性だってある。
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しかし洞窟で暮らす人々には侵入者よりも恐ろしいものがありそうだ、母なる地球だ!

例えば津波!大きな波が洞窟の人々を一飲みにしてしまったのではなかろうか?
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とすれば洞窟の奥に逃げ込んだ人々はみんな溺れ死んだことだろう。この考えは後日、検証すれば真偽を明確にできるかも知れない。

調査の最終日がきた。
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しかし、子供の顎(あご)が大人の骸骨に重なっている骨は岩にこびり付いていて取り出せずにいた。
完璧な頭蓋骨で今後の検討に重要なものだ。グラインダーで石灰石を切り、やっと岩から取り外した。
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チームは沢山の化石の宝を持ち出すことが出来た。戻ったらじっくり調査するのだ。DNAやカーボン・デイティングをすれば多くのことが判ってくるはずだ。
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リーはアメリカに帰る前に別の場所も少し調べてみることにした。
パラオには沢山の島や洞窟がある。多くの重要な情報が見つかる可能性がある。
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これまでの調査でいろいろ判ってきたが、まだ氷山の一角しか見ていないかも知れない。

見込みがありそうな洞窟がある、という情報が入ったので調べてみることにした。それは本島の反対側の海岸から6.5Km離れた島だ。
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別の島にも小さな人種が移動していた可能性はあるのか?
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もしここでも小さな人種の骨が見つかれば、新しい理論が出てくるかもしれない。
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前の洞窟と似ている。しかし、ここでは天井は壊れていない。完全な穴の洞窟だ。中は冷えていて骨は無いようだ。

いや、あった!化石化した骨で一杯だ!!!別の島でみつけた骨と同じだ。
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本島の反対側にも住んでいたのだ!!!そして、ここでも骨は洞窟の隅の壁際に集まっている!
完璧な頭蓋骨も見つかった。岩に挟まっている!
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これらの骨のDNAとカーボン・デイティングの結果が判れば新たな理論が確立できるだろう。
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リーはアメリカに戻った。そろそろ最初の洞窟の骨の結果が出る。

結果は予測とかなり一致していた。骨は全て3000年前から1500年前までのものだった!
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ということはこれらの人々は想像を超える速さで環境に合わせて体が小さくなったと考えて好いだろう。

また年寄りや子供の比率が少ないことも確認された。ということは、大惨事で突然、全ての人々が死んだ可能性もある。津波か???
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しかし大きな本島を挟むように浮かんだ2つの島の人類が津波で同時に消滅したというのも考え辛い。結局、何が洞窟の人々を殺すことになったのかはミステリーのまま残されることになった。

しかし人間の弾力性が証明されたのではなだろうか?人は短期間で環境に適応して変化する能力があるのだ。多くの人はそんなに早い変化はあり得ないと言うが、今回の発見は新理論を裏付ける証拠になるはずだ。
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伝統的な考えによれば人間は環境を変えて来た。しかし、パラオではその逆が起きたことが証明された。環境が人間を変えてしまったのだ!
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以上でフィルムは終わりですが、ここで残念なお知らせがあります!!!

念のため、と考えて古人類学者LeeのWikiを調べたら次の記事が見つかりました!
「パラオの人骨化石」
“2006年、休暇中に彼と同僚がミクロネシアのパラオで「小さな体の人間」を発見したと発表した。しかし、彼らが見つけたのはピグモイド(Pygmoid別名ホベッツ)か、偏狭な小人症(原因が断定できない小人症)で小さくなった人々ではないかとの異論が出ている。この研究に参加していなかった考古学者ジョン・ホークスはピグモイドで間違いない、とも主張している。”

つまり、インドネシア辺りに暮らしていたピグモイドが1500年前までパラオでも暮らしていた、というだけのこと、という可能性も高いってことのようです。

mhなりに考えてみると、さらに別の疑問や仮説が見つかりました。
まずは事実を整理してみましょう。
1) 骨が見つかった洞窟は岩で出来た小さな島にある。
2) その島は本島とも言える大きな島から数Km離れている。
3) 骨は洞窟の奥の隅に沢山見つかる。
4) 骨は大人から子供まで均等にあるようだ。(まるで津波かなにかで、老いも若きも一時期に死んでしまったかのようだ。)
5) 骨の年代は今から3000年~1500年前のものがほとんどだ。
6) 大人の骨といえども身長1.2mくらいしかない。

まず4)と5)は矛盾しています。もし津波か流行り病で全員が死んだのなら、死んだ時期が1500年も違うということはありえません!みんな1千年前に死んだ人の骨だった、とかなるはずです。

死んだ時期に1500年もの幅があるとしたら、津波などのイベントで死んだのではなく、1500年の長い間、脈々と生き、老化や病で死んだ人たちの骨に違いありません。つまり、洞窟はどこにでもある普通の墓場だったのではないかと考えます。

この点について、古人類学者リーは「墓場なら子供や老人の骨が多くて若者や壮年の骨は極めて少ないと考えて好い。」と言っていますが、今回見つかった骨の年齢分布についてデータが公開されていません。一体、何人の骨を調べて年齢分布の傾向を判断したのか???更に、墓場なら、どの墓場も若者や壮年の骨が少ない、なんて統計は聞いたことも見たこともありませんから、リーの偏った思い込みではないか、と考えます。

インドネシア・フローレスで見つかったホベッツという古代人は1万3千年前まで生きていたという事実が紹介されていました。
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改めてGoogle Earthで確認すると、フローレスからパプアニューギニアは簡単な船旅を繋いで島伝いに行けそうです。
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パプアニューギニアからは太平洋を流れる海流に乗ればパラオに行き着きそうではありませんか!
(ミクロネシア近辺の海流図:7月頃)
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古代人ホベッツは1万3千年までフローレスで生存していたのですから、それ以前に既にフローレスにやってきていたわけで、古い昔から海を移動する手段、つまり船とか筏(いかだ)、や移動用の食料などについての知識や技術を持っていたと考えてよいでしょうから、ホベッツがパラオに移動したという考えは無理が無いと思います。ホベッツは小さい人種だったとのことですから、パラオで見つかった骨とも一致します。

しかし、パラオに移り住んだホベッツが、本島のような大きな島ではなく、今回、遺骨が見つかった小さな島にしか住んでいなかった、と考えるのは無理筋だと思います。

つまり1500年もの間、小さな、岩で出来た島だけで暮らしていたというのは不自然です。骨が見つかった洞窟の島はどうみても畑で耕作できるような島ではありません。ってことは、海の幸だけで暮らしていたっていうことになりますが、南太平洋で主食だったはずのタロイモも食べず、魚介類だけで1500年も生き延びた人類などはいないはずだ!というのがmhの言い分です。

言い換えると、洞窟で見つかった人の骨は、そこで1500年もの間、綿々と遺伝子を繋ぎながら暮らしていた人の骨ではない!ってことです。

mhは次のように断言します。
「ホベッツはインドネシアからパプアニューギニアへ、そして海流に乗ってパラオにも移り住んだ。彼らは海の民で、船や筏で大洋を移動する技術に長けていたのだ。」
「パラオに移ったホベッツは、漁業ばかりではなく農業もできる大きな島で生活を始めた。しかし、果物、タロイモ、魚しか栄養源はなく、豚や牛や鶏肉を食べるチャンスが少なかったので歯はそれなりに大きかったが体格のほうはさっぱりだった。」
「島の生活は海の状況に左右されることが多かった。魚や、海草など、海の幸を抜いた生活は考えられない状況だった。船で漁に出ていると台風にあって恐ろしい目も味わった。従って、海に対する尊敬や畏怖のようなものが芽生えていった。」
「親や子供が死んだら、恵みの海の直ぐ近くで、穏やかな死後の生活を過ごさせてあげたい!そう考えて、死者を船に乗せ、近くの洞窟に埋葬する習慣が生まれた。その結果、洞窟がある、比較的近くの無人島が埋葬場所に選ばれた。」
「こうした海への畏敬の念は時と共に軽んじられ、今から1500年ほど前に、遺体を島に運んで供養する行為は打ち切られてしまったのだ。」

以上のmhの説はフィルムで紹介された事実と矛盾がありません。もし、大きな島の、昔なら部落があって、近くに畑も作れただろう所から古い人骨が見つかれば、信憑性は担保されることになります。近々、そんなニュースが入ってくるかもしれませんが、ミクロネシア・メラネシア・ポリネシアの島民は竹や椰子で造った住居に住んでいましたから、古代遺跡や住居跡を残すことがありません。更には、つい最近まで、タロイモ、漁業、バナナ・椰子を食料とし、人が死んでもいちいち埋葬などせずに海に流す水葬が行われていたと考えるほうが合理的ですから、大きな島では人骨はほとんど見つからないのではないか?と推察します。

さてさて、最後はとうとう、いつものように、mhの繰言(くりごと)がダラダラ続くことになり、読者の皆様には申し訳ない結末になってしまいました。
次回は、かなりましなブログになることを保証します。既に完成していて、「これは大作だ!」と自負できる作品です、例に漏れず、とても長~いのが玉に瑕(きず)ですが・・・お楽しみに。
(完)
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