Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

オークニーの寺院の不思議

今回はイギリスのオークニー諸島Orkney Islandsで2002年頃に発見されたNess of Brodgarネス・オブ・ブロッガーと呼ばれる寺院遺跡を巡る物語です。本格的な発掘の開始は2003年でした。
なおness(ネス)は岬のことでNess of Brodgarは「ブロッガー岬」となります。

オークニー諸島は北海に浮かぶ英国の島で北緯58度に位置しています。
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緯度でいけば樺太の最北端より北ですが、北上してきたメキシコ湾流Gulf Streamがノルウェイ海流Norwagianと呼ばれて島の近くを流れるので、樺太最北端よりも温暖だと思いますが、北海道なんかよりは寒いでしょう。
世界の主な海流(赤は暖流、青は寒流)
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イギリスを訪れる日本人旅行客は大勢いますが、スコットランドまで足を延ばして例えばエジンバラを訪れる人は少ないでしょうし、ましてやメイン・ランドを離れオークニー諸島に行く日本人は稀(まれ)だと思います。きっとTVの撮影クルーくらいではないでしょうか。イギリスに永年駐在している日本人もめったに行かない場所だと思いますよ、交通の便が悪いでしょうから。

このオークニー諸島で一番大きいメインランド島には新石器時代(今から1万年前から4千年前くらいの期間で石器や土器が使われていた時代)の遺跡群があり、次の4つは1999年に世界歴史遺産になりました。
1. Maeshoweメイズ・ハウ:古墳です。
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正面の入口を入ると石室があります。
石室の天井の写真がGoogle-Earthに見つかりました。金色に輝くのは撮影照明の照り返しで、金箔が貼られているわけではありません。
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2. Stones of Stenness ストーンズ・オブ・ステネス:ストーン・サークルだったのでしょう。
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3. Ring of Brodgarリング・オブ・ブロッガー :ストーン・サークルです。
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4. Skara Brae スカラ・ブレイ:住居跡のようです。
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居住空間を繋(つな)ぐ狭い通路も、恐らく石、または木の天井で覆われていたのではないかと推察します、冬は寒くて外は歩けない程だったでしょうからね。
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GoogleEarthオークニー諸島の衛星写真
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世界遺産に指定済みの4つの遺跡と、今回のブログの主題Ness of Brodgarブロッガー岬の配置図です。
スカラ・ブレイは海岸線に造られた住居遺跡ですが、その他の遺跡は島の内部の湖の近くに固まっています。
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今回のブログのテーマ「オークニーの寺院:Ness of Brodgarネス・オブ・ブロッガー」はブロッガー岬にあり、2つのストーン・サークル(ストーンズ・オブ・ステネスとリング・オブ・ブロッガー)の間に伸びた岬にあります。発見は2002年頃でこの辺りでは最新の発見です。
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オークニー諸島の遺跡群が造られたのは新石器時代末期で今から5千年ほど前です。
日本における新石器時代の遺跡といえば青森県の三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)でしょう。
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三内丸山遺跡からは石器や土器が見つかりました。住居の痕跡も見つかったはずですが、当時、日本の建築物は木造だったので、柱の基礎や僅かな敷石しか残っていなかったと思います。Wikiでは縄文時代(今から16千年~3千年前(紀元前10世紀))中期の遺跡となっていますが、別の資料には「今から約5500年~4000年前の縄文時代の集落跡」とありましたから、今回ご紹介するオークニー諸島の遺跡の方が5百年ほど古い勘定になります。

ストーン・サークルは欧州、主に英国、に沢山残る遺跡です。いくつかご紹介しましょう。
Merry Maidens Stone Circle(England)
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Boscawen Un Stone Circle(England)
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そして勿論、ストーン・ヘンジはストーン・サークルの代表格です。詳しくはブログ「ストーンヘンジの不思議」(2014年4月3日公開)をご覧下さい。

ネス・オブ・ブロッガーをGoogleで検索したら「ness of brodgar trustネス・オブ・ブロッガー基金」の活動HPが見つかりました。これによれば、毎年、夏の7、8月だけ発掘が行われていて、ネットなどで申し込めば誰でも参加できるようです。発掘は2003年以降、今も続いていて、主にボランティアが作業しているのです!流石に文化の先進国イギリスらしい活動スタイルです。で、今年の発掘は7月6日(月)から8月28日(金)までとのこと。
発掘していない時期のサイトの様子は・・・
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タイヤで埋め尽くされています!雨や雪で現場が荒れてしまわぬよう保護しているのでしょう。

2012年に撮影された、ボランティア希望者向けサイト紹介フィルムがありました。映像時間は12分。音楽と映像だけですが十分、遺跡を堪能できます。まずはご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=YtijUd8aU2k https://www.youtube.com/watch?v=YtijUd8aU2k

さて、ボランティア向けフィルムを見終えたところで、いよいよYoutube「Prehistoric Europe - Britain's 5,000 years old temple in Orkney前史ヨーロッパ:英国オークニーにある年齢5千年の古い寺院」の始まりです。
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5千年以上も昔の新石器時代、英国メイン・ランドの北、オークニー諸島に一つの町が栄えていた。
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住民は見事なモニュメント(記念碑)を造り上げていた。
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ストーンズ・オブ・ステネス。現存する世界最古のストーン・サークルだ。
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そしてそこから北に丁度1マイル(1.6km)にもストーン・サークルを造っていた。世界最大のストーン・サークルの一つ、リング・オブ・ブロッガーだ。
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直径は100m以上ある。
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「今も残っている石は21個だが当時は60個が立っていた。」
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周囲には溝が掘られている。
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溝を掘るだけでも100人で半年かかっただろう。
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ここから10km北西の海岸には遺跡スカラ・ブレイがある。5千年前の新石器時代の農耕者たちの住居群だ。
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今立っている所は住居の中だ。中央に囲炉裏がある。私の右後の長方形の場所にはベッドがあったと思われている。
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ほかにも遺跡がある。メイズ・ハウだ。ここには死んでから使うベッドがあった。
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羨道墳(せんどうふんPassage grave)という形式の古墳で、中央の玄室に向かって、天井がない、または天井が低くて狭い通路(羨道(せんどう、えんどう))がつくられている墓だ。
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内部の石組は生きた人々が暮らしていたスカラ・ブレイと同じ構造だが、壁に造られたベッドは深い、深~い眠りに就く人が使ったものだ。
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しかし、今、発掘が進んでいる遺跡は、これらの遺跡よりも興味深い!2つの湖に挟(はさ)まれたブロッガー岬にある。
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5千年前の石垣や石の建物の跡が見つかっている。
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発掘は始まったばかりで、沢山の遺跡はまだ地中に眠っている。
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2008年から、考古学者は表面の土壌を注意深く剥がし、発掘を本格化した。
作業を指導するのはニックだ。
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「先史時代の、地中海よりも北に残る遺跡の中ではとても興味深いものだ。ひょっとするとストーン・ヘンジより重要な価値があるのでは、と期待している!」

ネス・オブ・ブロッガーに対抗できる英国の記念碑はストーン・ヘンジだけだろう。
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ここオークニーからは600マイル(約1千Km)南にある。
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長い間、ストーン・ヘンジは新石器時代における文明の中心的な存在だった。

しかしオークニー諸島での今回の発見は全てを覆すかも知れない。
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ネス・オブ・ブロッガーの近くには他の遺跡もある。
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墓があったメイズ・ハウから延びる道はストーンズ・オブ・ステネスとリング・オブ・ブロッガーを繋(つな)いでいて、2つのストーン・サークルの間にネス・オブ・ブロッガーがあるのだ!
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そしてネス・オブ・ブロッガーには未発掘の多くの遺跡が眠っていることが判っている!
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農業を営んでいた人々が、こんなに大規模な建築物を造る仕事を始めたのはなぜだろう?
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建物は何のために使われたというのだろう?

石の壁が見つかっている。
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見つかったのはほんの一部で、実はもっとずっと大きい!
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石やレンガは磁性体を含んでいる。地面に隠れていても検知できる。場所が判れば地図が出来上がる。幅12ft(3.6m)で総重量1万トンの採掘岩で造られた壁が建物群を守るように取り囲んでいた!
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「多分、周辺を壁で囲まれた寺院の集合体Complex of Templesではないかと思う!」

石壁の高さは3mもあった。外から中を覗き見ることは出来なかった。
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多分、この辺りでは中心的な寺院群だったはずだ。しかし、いつ頃造られたのだろうか?イギリスに残る他の宗教的な遺跡とどんな関係を持っているのだろう?

発掘サイトで見つかったチャコール(炭)のカーボン・デイティングで紀元前3千年と判明した。住民の村スカラ・ブレイ、死者の墓メイズ・ハウ、近くの2つのストーン・サークル、が造られた時代だ!
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ストーン・ヘンジは英国で最も有名なストーン・サークルだが、使われている石の総重量はネス・オブ・ブロッガーの石壁の3分の1に過ぎない。
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しかも造られたのは5百年遅い。
ストーン・ヘンジを訪れ、遺跡に詳しいマイクに訊いてみた。「ストーン・ヘンジはネス・オブ・ブロッガーやその近くのストーン・サークルと関係あるのだろうか?」
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「答えるのは難しい質問だ。この近くで見つかっている土器類は北でも見つかるが、英国全体でも見つかっている。多くの人は、文明は南から北に伝わったと考えている。しかし、北から伝わったものもあるはずで、どちらからどちらに伝わったのかを決めつけるのは不可能だ。」
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しかし、オークニーの寺院遺跡の調査が進めば、宗教や信仰の発展の歴史はもっと明確になるかもしれない。

ネス・オブ・ブロッガー(寺院遺跡)を挟むようにストーン・サークルが造られている。サークル内の広いオープン・スペース構造は儀式の舞台のようだ。
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2つのストーン・サークルの間に造られた、石垣に囲まれた寺院遺跡は何のためのもので、どのように使われていたのだろうか?
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サイトに立って見ているだけでは全体が把握し辛い。50ft(15m)上空に昇ってみよう。
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下には全く異なる風景が広がっていた。
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14の建物跡があることが判っているが、うち3つは特徴的だ。
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構造物1番には入り口が3か所ある。
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それに囲炉裏(いろり)が3つある。2つは建物の中央に、1つは入口に造られている。
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これらの囲炉裏は儀式用で、入り口のものは建物に入る人の身を清めるためのものだろう。

構造物8番。
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細長い建物だ。入り口は一つしかない。構造物1番と同じように囲炉裏が3つある。
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石の板(スラブ)で仕切られた「床の間(alcove)」のような区画が設けられている。近くの墓メイズ・ハウの構造に似ている。
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考古学者コリン(マンチェスター大学)は言う。「寺院だろう。神聖な場所に入る時は普通、入り口は一つだ。」
(mh:神聖な場所では入り口が1つ、という指摘は鋭いですねぇ!確かに日本でも神社の神殿は入口は一つで、表から裏に通り抜け出来る構造のものはないでしょう。しかし、落ち着いて考えてみれば、団地の我が家も玄関は1つだし、古い住居跡、例えば古墳群の家、も入り口は一つがほとんどですから、入り口の数だけで寺院かどうかは決めきれません。しかし参考になるレトリック(修辞法)ですねぇ、まず結論を端的に言い、続けて理由を言うって方法は!)

そして構造物12番
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ここも入り口は一つだがとても狭い!入場者を制約していたのだろうか?しかし、一旦入ってしまうと、そこには空間が広がっている。
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これら3つの構造物を見ると、神聖な場所として設けられたと考えて間違いないだろう。
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新石器時代、この地には固い石を使って組み上げられた構造物群があったのだ。
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現在の都市文化は新石器時代に産まれたと言えるだろう。エジンバラのスコットランド国立博物館を訪れてみた。
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石器時代に使われていた道具が保存されている。
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これらは武器として使われたのだろう。木の棒の先に取り付け、斧(おの)のように振って敵や動物を殴るために使われたものだろう。しかし、王笏(おうしゃくscepter:権威を示す杖のような飾り道具)だったかも知れない。つまり儀式で使われていた道具の可能性もある。

この棍棒のヘッドのような石が構造物8番で4つ見つかった。その他の場所からは今のところ見つかっていない。
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石は全て壊れていた。

「これらのことからネス・オブ・ブロッガーはどんな場所だったと考えますか?」
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「私(女性の研究者)が思うには、死者とこの世の間を取り持ちながら権力を発揮した人々が寺院として使っていた所だわ。」

5千年前、オークニー諸島は技術、生活、宗教の中心地だった。
今は最果ての地としか思えないが、当時は不思議な魅力に満ちていたのだ。
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寺院群はエジプトのピラミッドより、ストーン・ヘンジよりも古い!

構造物8には他と異なる特徴があった。
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顔料といえば顔に模様を描くための絵具だが、ここでは石に模様を描くために使われていた。
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新石器時代の建物で、顔料で絵が描かれている遺跡はここだけだ。小さな土器も見つかった。顔料を溶くためのものだったのかもしれない。
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顔料の材料は恐らく海岸でも見つかる鉄分を含んだ石だ。その石で岩を擦(こす)ると岩の表面が茶色になる。
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他にも鉱物を含んだ石がある。砕いて粉にすれば、異なる色の顔料も作ることが出来る。

ここで見つかった芸術は絵画だけではなかった。粘土の人形もある。
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ブロッガー・ボーイというニックネームが付けられた。
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とても小さいが、英国で見つかった新石器時代の人形はこれ一つだけだ!貴重な品物だ。

この寺院は特殊な場所に造られている。片側は淡水湖、反対側は海に繋がっている塩水湖だ。
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南にマエズ・ホウとストーンズ・オブ・ステネスが、北にはリング・オブ・ブロッガーが、そしてその間に、この寺院群があるのだ。

考古学者はこの配置に大きな関心を持っている。この寺院遺跡に匹敵する英国の遺跡はストーン・ヘンジだが、孤立した遺跡ではなく、近くにある別の遺跡ダーリントン・ウォールズと関係があるのだ。考古学者は「儀式的な地理配置」と呼んでいる。
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ストーン・ヘンジとダーリントン・ウォールズは川で結ばれた、前者が死者の、後者は生者の場所だと考えられている。

(mh:ダーリントン・ウォールズという町にはウッド・ヘンジWoodhengeがあります。ストーン・ヘンジStonehengeからの距離は3Kmです。)
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ウッド・ヘンジの写真です。直径40mの円の中に杭が立っています。
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その北のダーリントン・ウォールズは直径600mとも言われています。風化が進んで輪郭はぼやけてきました。
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「儀式的な地理配置」を最初に提唱した考古学者マイクに訊いてみた。
「ストーン・ヘンジには60もの遺体が埋葬されていた。しかしダーリントン・ウォールズには遺体はない。そこは生者の住む場所で、あったのは沢山の住居跡だ。」
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彼の「死者の町と生者の町」という発想はオークニーの遺跡にも当てはまる。
寺院遺跡ネス・オブ・ブロッガーの南にストーンズ・オブ・ステネスがある。
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そこから北に移動していく。
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すると寺院群ネス・オブ・ブロッガーが見えてくる。
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更に北に移動していく。
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リング・オブ・ブロッガーが見え始めた。死者の土地だ!
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寺院群ネス・オブ・ブロッガーは生者と死者の境界ではないだろうか?
南のストーンズ・オブ・ステネスから歩いて岬に向かうとネス・オブ・ブロッガーだ。巨大な壁に囲まれた敷地内に入っていく。
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そこには寺院群がある!最後の儀式の場所で祖先の霊が宿る所だ。
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異なる建物は異なる儀式をしていたのだろう。
火が燃える囲炉裏の入り口を入って身を清める。
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そして中で神や祖先と交信する。
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これらの場所は紀元前3千年に造られた。
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そして1千年の間続いていた。
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しかし、その後、構造物1番、8番、12番は破壊されてしまう。信仰の形態が変化したからだと考えられている。そして、新たに構造物10番が造られた。
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25m四方の大きな建物だ。建物の壁の厚さは5mもある!
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2つの大きな石が立っていた。
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恐らく数Kmはなれた所からも建物の屋根が見えただろう。
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構造物10番は寺院群で最後に造られた大きな建物だが狭い入口が一つあるだけで、人が団体で出入りするような所ではなかった。
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この建物の近くで6百もの動物の骨が見つかった。
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骨に残された切り傷から食糧に使われた動物のものだと判った。1匹の牛は2百人の食糧になる。6百匹となるとすごい量の食糧だ!骨は重なって発見された。恐らく、何かの大きな出来事があり、そのために一度に大量の動物が処分されたのだ!

考えてほしい。6百匹の家畜が一度に処分され1万人が食した。それは通常の儀式などではなかったはずだ!寺院群の最後の日を記念するパーティだったのではないだろうか。その時をもって、昔から大切に守られてきた宗教が終焉(しゅうえん)したのに違いない!

そして全ての寺院は解体されてしまった。それは古い時代が終わり、新しい時代の始まりを意味する出来事だった。宗教が変わったのかも知れないし、政治や統治者が変わったのかも知れない。石器時代から青銅器時代へ変化する時代に、ここに造られた古い寺院群の解体が行われたのだ。

例えばこの斧。以前なら石だったものが青銅になった。
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石が金属に代わると、二度と石器に戻ることは無かった。新しい社会、新しい経済、新しい宗教に変化していった。その時、オークニー諸島は取り残されてしまったのかも知れない。

その後1千年以上に渡り、オークニー諸島で新たな構造物が造られることは無かった。
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1千年以上も続いた寺院群を解体することになったのは大きな変わり目だった。
新石器時代といえば、これまではストーン・サークル遺跡が代表的なものだった。しかしネス・オブ・ブロッガーの寺院群は当時の信仰の形態について新たな側面を見せてくれた。
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この地には生者と死者を結び付けていた宗教があり、農業で生活の糧を得て、祖先を敬いながら生きる人々がいた。魅力溢れる生活が新石器時代に生まれていたのだ。
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以上でYoutubeフィルムの紹介は終わりました。

しかし、不思議な質問は残っています。
「5千年も前に、樺太よりも北の北緯59度のオークニー諸島なんぞに、何故、寺院群を造る能力を持つ人々が棲みついたんでしょうか?」
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更に北のフェロー諸島には1600年前にスカンジナビア半島の住民が、更に北のアイスランドになると、13百年前にケルト人が住んだ形跡がカーボン・デイティングで確認されているとのことですから、オークニーに5千年も前から人が棲みついていたことは奇異に思われます。メキシコ湾流の成れの果ての暖流が近くまで遡ってきていたとはいえ、きっと寒くてたまらなかったと思うんです。なぜ、もっと南の、もっと暖かい土地で暮らさなかったんでしょう?

このブログを作成している今は4月28日です。3日前の25日、ネパールで大地震があり、4千人が亡くなりました。ネパールの首都カトマンズーに人が棲みついたのは1900年ほど前のようです。ヒマラヤ山脈の南に広がる山地の中にすっぽりとできた、標高1300mの盆地で、周りは山ばかり。地震で壊れた住居の多くは山の斜面に造られた、粗末なものが多いようでした。

カトマンズーにしてもオークニー諸島にしても、凡そ暮らすには不自由な場所に人が棲み着くことになったについては、お釈迦様が仰ったように原因があるんですねぇ。因果応報、何事にも原因があって結果があるんです。

で、その原因とは何か?恐らく、外敵から逃れるためだったのでしょう。
ネパールの場合、今から3万年前の旧石器時代に人が住んでいた証拠となる木製の道具が見つかってカーボン・デイティングで年代確認されたって言ってます(wiki)が、その人だって、寒くて、呼吸するのも困難で、食物も魚も採取し辛いカトマンズーなどを好んで選んでやってきたなんてことは、とても考えられません。

仲間はずれにされたか、隣の部落の乱暴者たちに追い立てられ、親しい人たちで助け合いながら這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で逃げ出し、敵が攻め込む気すら起きない不毛の地を選んで棲みついたのに間違いありません!ま、全て想像ですが。

オークニー諸島では寺院閉鎖の打ち上げパーティで沢山の牛肉が振舞われたようですが、牛はどうしてやって来たのか?やっぱ、人間が連れて行ったんでしょう。牛の場合は他の牛から追い立てられ、海を渡って隣の島に移住するってことは考えられませんからね。沖縄なんかでは引き潮になると牛が歩いて隣の島まで行けるってこともあるようですが。

牛を連れて逃げた人たちが行ける行ける島、となると、古代なら筏(いかだ)くらいの船でも渡れる近くの島でしょう。英国本土のグレート・ブリテン島から9km、島を伝えば最大でも5Kmのオークニー諸島なら、5千年前でも牛を引き連れて集団で落ち延びることは可能です。

落ち延びた先で積年の恨みを晴らすために生まれたのが北海を中心とした海賊でした!西暦790年頃、スカンジナビアからイギリスに海賊がやってくるようになりましたが、彼等の祖先は実は、イギリスを追われてオークニー諸島に逃げ延び、その後、航海術を体得してから大挙してスカンジナビア半島に移住し、千年をかけて力を蓄えてから復讐に及んだ、ということが考えられます、全くの空想ですが。

さてさて、いつまでも馬鹿な話を続けていると皆さんからいいかげんにしろ!ってお叱りを受けそうですから、この辺りでお開きとします。次回の不思議をお楽しみに。
(完)

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