Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

モナ・リサの秘密

Secrets of the Dead
死者たちの秘密(2014年3月TV-on air)
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彼女は世界で最も有名な芸術作品だ。名前は“陰謀”と同義だろう。
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彼女は5世紀もの間、秘密を保ち続けて来た。その顔はまさに笑い出そうとしているかのようだ。哲学的な絵で、絵画で何が出来るのかを示している。
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しかし、モナ・リサMona Lisaは、いつも有名人だったわけではない。彼女は奪われるまで脚光を浴びなかった。2年以上も、消失し、隠されていた。
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彼女がいない間に、第二のモナ・リサが現れた。その彼女はもっと若く、もっと躍動的だった。
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しかし、彼女は完成していなかった!
レオナルド・ダ・ヴィンチLeonardo da Vinciは世界で最も有名な肖像画を2度、描いたのだろうか?
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証拠によれば、彼は人生の中で、10年以上の期間を空けて、モナ・リサの仕事を2回した可能性がある。最近発見されたアーカイブ(archive保存版)と最新の科学を駆使し、彼女の不可解な微笑enigmatic smileの裏に隠された秘密を解き明かそうとする努力が実を結び・・・遂に、モナ・リサの秘密が・・・
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The Mona Lisa Mystery
モナ・リサの秘密
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1911年8月・・・パリ・ルーブル博物館で、小さな肖像画のモナ・リサはルネッサンス・ギャラリーの壁に掛けられ展示されていた。
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彼女の名声は低かったが、今、話題になろうとしていた。

博物館が閉館し、扉に鍵がかけられると、便利屋のヴィンセンゾ・ペルージアVincenzo Peruggiaは隠れていた所から這い出して、その肖像画を額から剥ぎ取った。ペルージアはギャラリーの配置を熟知していた。ルーブルの改修のため、最近、雇われたばかりだった。彼は注意深く高価な木製のパネルを布で包んだ。
(mh:ルーブルのモナ・リサは木の板に描かれています。)
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翌日、モナ・リサを脇に抱えた彼は白昼堂々、歩き去った。名作が無くなったことに気付いたのはその次の日だ。彼女は突然、マスコミの話題になった。
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盗難に遭うまで、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたこの肖像画は、主に芸術専門家の間で知られているだけだった。しかし、一晩にして、巷でも語られるようになった。スキャンダルが彼女をスーパー・スターにしたのだ。警察は多くの容疑者を尋問したが、便利屋のペルージアを疑うことはなかった。
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モナ・リザは完全に消失してしまった。彼女が再び現れるかどうか、誰も分からなかった。

彼女が居なくなった頃、一人の画商が、掘り出し物を求めてイングランドを旅していた。
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彼の話によると、サマーセット州の邸宅を訪問した時、ある人物が興味をそそる話を持ち掛けて来たという。記録に残されているのは、ヒュー・ブレーカーHugh Blakerという画商の名だけだ。
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親戚の者が、イタリア旅行をした際、一つの不思議な絵を持ち帰ってきたという。ブレーカーの目にはとても素晴らしい肖像画だと映った。
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見た瞬間、モナ・リサだと気付くのだが、どこか違っている。有名な肖像画の女性より若々しい。しかし同じ女性のようだ。彼女は、お馴染みの完璧さで描かれている。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたのだろうか?

1913年、モナ・リサは再び新聞の見出しを飾った。彼女がルーブルに戻ったのだ。
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盗人はその絵を2年以上も隠し続けていたが、フローレンスFlorence(Firenzeフィレンツェ)で売ろうとして逮捕されたのだ。
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イングランドでは、画商ヒュー・ブレーカーは持ちかけられた肖像画を買ったという。それは“アイルズワースのモナ・リサIsleworth Mona Lisa.”と呼ばれることになる。彼は、この不思議な入手品について、もっと知りたいと思っていた。モナ・リサは2つあるのではないのだろか?
(mh:IsleworthアイルズワースはGreater London大ロンドンの中の小さな町です。)
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アレッサンドロ・ベゾッシAlessandro Vezzosi
レオナルド・ダ・ヴィンチ理想博物館責任者Director, Museo Ideale Leonardo Da Vinci
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「現時点で持ち合わせている知識によれば、2つの見方が考えられる。伝統的な見方によれば、ルーブルにある肖像画が唯一のものだ。もう一つの見方によれば、全く異なる絵が2つある。」

第二のモナ・リサの噂は、世間に出始めたばかりで“新たに発見された別のバージョンの絵”と考えられていた。画商だったブレーカーなら、これらの見方を理解していただろう。彼は語り草となっている第二のモナ・リザの誇らしげな所有者であり得るのだろうか?

モナ・リサの不思議は15・16世紀の芸術爆発、つまりルネッサンス、の時期にイタリアで始まった。
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レオナルドは隆盛を迎えた年齢で、芸術家で、発明家で、技術者で、ルネッサンスにおける中心的な男だった。彼の全ての行動は飽くなき科学的好奇心から生まれたものだった。
ニコルCharles Nicholl: Author作家
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「レオナルドは自分を体験・実験の信奉者と評していた。生涯を通じ、執拗で強情な体験主義者だった。好奇心を持ち、探求し、調査し、体験することは彼の信条で信念だった。芸術や技術に関し、比類のない新規性を求めて挑戦していた。」
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マーチンMartin: Art Historian芸術歴史家
「彼は絵画を通じてあるがままの姿を完全に映し出そうと望んでいた。彼は絵画の中に、全てが描かれることを望んでいた。動きも、命も、物体も、解剖学も、地質学も、植物学も、つまりある意味で、今日の映画が映し出すこと以上のものを絵画の中で描こうと望んでいた。彼は誰も、彼さえも満足することができない基準を絵画に課していたのだ。」
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1503年、この達人は驚くほど単純な仕事を請け負った。イタリアの豊かな都市国家の一つ、フローレンスの貴人の要請に応じたものだが、必ずしもレオナルドにとって単純ではなかったようだ。
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ニコルNicholl
「レオナルドとフローレンスの関係は、ある種の煩(わずら)わしいものでしかなかった。フローレンスは、彼が関係を望んでいたかも知れない町だったが、しかし彼の非合法性とか気まぐれ的な理由から、彼を排除しているように感じさせる町だった。そんな理由から、彼はそこで技術や技能を磨くことにしていたのだが、居心地の悪い場所だった。」
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「レオナルドが力を入れていた“発明”は、なかなか金を生み出してくれなかった。それで、実績のある絵筆で収入を得ていた。彼のパトロンは普通、王女や、地位の高い聖職者や、大衆に知られた人々だった。」

しかし、今回、たいして有名でもない絹商人の女房の肖像画を描くよう要請されていた。
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この奇妙な請負仕事が行われることになった理由についての手掛かりは、フローレンスにある世界でも有名な芸術品を所蔵している書房「ウフィツィ画廊Uffizi Gallery」で見ることが出来る。
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そこにはイタリアのルネッサンスにおける独創性に富んだ、ある芸術作品の初版が保管されている。「画家・彫刻家・建築家列伝Lives of the Most Excellent Italian Painters, Sculptors, and Architects 」で、ジョルジョ・ヴァザーリGiorgio Vasari によるものだ。

1550年に発刊されたこの書物は、ルネッサンス芸術に関する卓越した情報源と考えられている。ヴァザーリはその書物をレオナルドの死後に書いたが、彼についても十分な記録と証言を残している。
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VITA DI LIONARDO DA VINCIレオナルド・ダ・ヴィンチの生涯
PITTORE ET SCVLTORE画家で彫刻家

ヴァザーリは絹商人フランチェスコ・デル・ギオコンドFrancesco del Giocondo についても記録に残している。ギオコンドの息子によるとレオナルドは母親の肖像画を描いたという。

母親の名前は・・・リサ。モナ・リサだ。Monaは婦人を意味するイタリア語だ。

ヴァザーリは肖像画についても詳細に記している。「まつ毛は最大の繊細さで、眉はこれ以上ない程に自然に、描かれている。」
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「口は、絵具で描かれたものではなく、本物の肉で出来ているように見える。」
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彼の表現では、まつ毛は重要な特徴として書かれていて、この絵の際立った特徴になっている。
ヴァザーリはルーブルで防弾ガラスに覆われて架けられている絵を言っているのだろうか?
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その絵には、ルネッサンスの画家を称賛することになった、まつ毛や、唇や、眉の跡方すらない!もし、ルーブルでモナ・リサを見たなら、我々はまつ毛など初めからなかったと思うだろう。
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ということは・・・ヴァザーリはルーブルの絵画を知っていなかったのではないのか?異なる2つの作品があったのではないのか?という疑いが生まれてくる。もしヴァザーリがルーブルの絵について述べていたなら、まつ毛や眉毛はどこにあるというのか?

近代の写真技術は塗料の下に隠された歴史の層を一つずつ、むき出して見せてくれる。フランス人技師パスカル・コッテPascal Cotteは最新鋭カメラを使い、失われた眉の不思議を解こうとしている。高解像度センサーは光の様々な波長の連続を記録することが出来る。
Pascal Cotte
「私はたった3つの波長フィルターと可視光だけで、眉を見つけた。」
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「赤外領域を使う必要はなかった。というのは、眉はとても薄く、絵のかなり表面に近い部分にあったからだ。何故、眉が失われることになったかについての明確な科学的答えはない。」
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「誰かがモナ・リサの表面のワニスvarnishをクリーニングしていて、ワニスの中に描かれていた眉を除去してしまったのではないかと推察できるだけだ。」

ほとんど残っていないということなら、ヴァザーリの説明を裏付けることはできそうにない。彼は異なるバージョンのモナ・リザを見たのかも知れない。

「多くの伝説的絵画は修理と復元という、いかがわしい歴史の中で変形させられている。私自身も多くの博物館で何百もの作品を研究してきたが、多くの見学者はオリジナルとは異なった表面を見ていることを理解していない。
つまり、多くの材料が絵に塗り重ねられ、多くの材料が絵から取り除かれるという、何回か行われる修復とクリーニング作業の結果、オリジナルは変化しているのだ。」
修復専門家アーンスト・ルックスErnst Luxは多くの名作を消滅から救ってきた。彼は昔の修復技術がどれほど芸術にダメージを与えて来たか知っている。
ルックスErnst Lux:Art Restorer美術修復家
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「当時、どんなクリーニングが行われていたのかを知っておかねばならない。テレビン油、アルコール、アンモニアを混ぜた一般的な混合液が使われていた。ラベンダー油や玉ねぎが加えられることもあった。これらの物質に共通するのは、全て、非常に攻撃的だということだ。」
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「従って、ルーブルの絵はヴァザーリが記述したモナ・リサで、繊細なまつ毛や眉は何世紀もの間に行われた修復作業で消し去られてしまった可能性もある。」

しかし、ヴァザーリの説明は肖像画の別の特質についても強調している。それはルーブルのモナ・リサからはかけ離れた指摘だ。彼が見た絵はまだ完成していなかったというのだ!
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とすれば、ヴァザーリはアイルズワースのモナ・リサ、つまりヒュー・ブレーカーがイングランドで買ったものについて記しているのではないだろうか?

現在、アイルズワースのモナ・リサはスイスの秘密の場所にある厳重にロックされた金庫の中にある。
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発見されて以降、その肖像画は多くの所有者の手を渡り歩き、2008年、国際的な投資家のグループによって購入されている。そのグループの詳細や購入価格は機密事項だ。

ヴァザーリの記述にあるもう一つの特徴は「背景が未完成だ」ということだ。アイルズワースでは、人物像の後ろの風景はほとんど完璧に失われている。
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例え未完成でも、レオナルドの作品の可能性がある。彼の様に名声を得た画家なら未完成で終わることは普通なのかもしれないのだ。
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ニコルNicholl
「レオナルドは自分が住む世界に常に多様な心情と興味を持っていたので、新しい発想、研究、絵画についても、手を付けては直ぐに切り離し、放棄し、絵画も未完成のまま放置することも多い男になっていたのではなかろうか。」

1503年、レオナルドは大きな仕事、フローレンスで最も名誉となる依頼を受けることになった。同じ年にモナ・リサの仕事も始めている。
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レオナルドはパラッゾ・ヴェッチオPalazzo Vecchioの壁絵を競って描く画家の一人に選ばれた。
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アンギアリAnghiariの戦いは都市国家フローレンスの歴史の中でも重要な出来事だ。
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壁画を描くため、彼はまだ試みたことが無い技術を準備した。

しかし、彼の独創性は裏目に出た。温度が高いワックスの絵具はいくら時間がたっても乾かず、壁を伝って垂れだした。フローレンスが準備した最も野心的な仕事に、レオナルドは失敗したのだ。
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仕事半ばで放棄し、未完成のフレスコ画を残したまま彼は去っていった。絵は、今ではどこにも残っていない。彼が契約した仕事を放棄したのはこれが初めてではない。彼のいくつかの有名な作品も未完成で残されている。
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「私は、レオナルドは絵画というものは完成させられるべきものだとは決して考えないタイプの画家だったと思う。」
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「彼はいつだって、更なる可能性を付け加えることを考えるタイプだった。いつも、もっと改善したいと考えるタイプだった。だから決して一つの結果に落ち着いていなかった。」

レオナルドが途中で絹商人の妻リサを描くことへの感心を失った可能性もある。

肖像画を比較すると、二人の女性はあきらかに同人物だが、未完成の絵の中の女性は少し若くみえる。これは彼女がいつ描かれたかの手掛かりになり得るだろうか?
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最近になり、時期に関する証拠がドイツのハイデルベルク大学で現れた。
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大学図書館の図書管理者が16世紀の本の中に、余白に書かれた手書きメモを偶然見つけたのだ。
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この本の古い所有者はアゴスチーノ・ヴェスプッチAgostino Vespucciで、彼はレオナルドを個人的に知っていた。彼がレオナルドの作業スタジオを訪れ、レオナルドの絵を見て、メモを本の余白に記したと考えられる。

彼は“レオナルドは主な部分を完成させると、しばしば残りの部分を未完成のまま放置していた”と記している。その例としてリサ・デル・ジオコンドの肖像画を挙げている。その日は1503年の10月だ。
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1503年10月、肖像画は完成していなかった!!!

その時、リサ・デル・ジオコンドは24歳の若さだった。リサの夫はレオナルドを雇い、彼女の絵を描かせていたのだ。彼女は二人目の子供を宿していた。
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彼女はレオナルドの最も魅惑的で欺瞞に満ちた女神になるのだが、その時点では彼女が彼と一緒に過ごす時間は少なかったと考えられる。
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マーチンMartin
「芸術家はスケッチをするものだ。つまり何か似たものを記録に残す。スケッチとはそういうものだ。絵を描く時、そこには座ったモデルはいない。椅子に座ったモデルsitterが居て、画家もそこに座っていて、長い時間をかけて画家が肖像画を描くということはほとんどない。」

レオナルドにとって、モナ・リサの肖像画を描く仕事は彼の広範囲に渡る通常の仕事つまり誇り高い政治的な肖像画や地味な宗教的場面などを描く仕事から一旦、気分を変えることでしかなかった。
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「彼女はフローレンスに住むブルジョアbourgeois女性で“親密intimate”な肖像画だ。偉大な、公共的な肖像画ではない。夫人が笑いながらあなたを見ている、とても親密な肖像画だ。我々が見るのは今にも笑いだそうとしている顔だ。つまりリサ・デル・ジオコンドが次の瞬間には笑っている未来を含んでいる。しかし、まだ彼女は笑っていない。」

「リサ自身は若い女で変化の最盛期にいる。何故なら彼女は既に母親で、ふくよかで、美しく、肉体的で人間的な変化を遂げつつあるからだ。若い母親で、若い奥方だからだ。」
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レオナルドが描いた肖像画なら、富豪とは言え、かなりの費用が必要だったはずだ。しかし、この仕事に関する費用の記録は存在していない。その理由に関する疑問はギウセッペ・パランティのような歴史学者を不思議がらせている。

ギゼッペGiuseppe Pallanti;Economic Historian経済歴史家
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「私は“アルキヴィオ・デグル・イノクンチ”を含め、フローレンスのアーカイブ資料を広範に調査してみた。しかし、フランチェスコ・デル・ギオコンドとレオナルドの間の契約に関する証拠書類を見つけることは無かった。」
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フローレンスの税金制度によれば市民は全ての収入と支出に関する詳細な記録を提出するよう求められていた。

「金銭処理と資産についての記録は細心の注意を払って保存されていた。それは歴史家には重要な情報源になる。全ての芸術歴史家が探し続けていた書類とは、その肖像画にお金が支払われたという書類だ。しかし、不幸にも、フランチェスコ・デル・ギオコンドがレオナルドに何がしかを支払ったと暗示する証拠は、ひと欠けらも見つかっていない。」
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1503年から1506年の間、レオナルドはフローレンスで暮らしていたが、ジオコンドが絵画に金銭を使ったという記録はない。多分、ジオコンドは完成した肖像画を受け取っていないのだ!

「何故、レオナルドは絵を渡さなかったのだろう?これを論理的に説明できるものは何もない。レオナルドは絵を渡して代金を受け取ることに関心があり、ジオコンドは、当時、最も有名な画家が描いた絵を所有することに関心があったはずだ。レオナルドが絵を描き、それを自分のために所有する合理的な理由はない。」

肖像画は完成していなかった。だからレオナルドは料金を回収しなかったと言う事かも知れない。そうだとしたら、彼はその絵をどうしたのだろう?もし自分自身のために残したとすれば、絵は長い間、例えば彼の残りの人生の間、ずっと彼と共にあったはずだ。
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レオナルドはフランシス1世の招待に応じて晩年をフランスで過ごした。
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ロワール渓谷の小さな城で1517年まで生き、その地の礼拝堂に埋葬された。
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彼の死の2年前、ある重要な招待客が思わせぶりな手掛かりを残すことになる。招待客の名はカーディナル・ルイギ・ドゥアラゴナ。彼は個人秘書アントニオ・デ・ベアティスを伴って訪れた。

秘書デ・ベアティスは細かく記した日記の中で枢機卿の訪問に関しても記している。
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老いたレオナルドは枢機卿に作品のいくつかを見せた。バプティスト聖ジョン、聖アンと共にいるマリアとキリスト、そして・・・デ・ベアティスが述べている、生涯をかけて仕上げられた、フローレンスのある女性の肖像画!
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この日記が400年程後の1905年に発行されると、レオナルドの最も有名な作品に関する憶測の嵐を巻き起こした。

日記によれば、モナ・リサはギウリアノ・デ・メティチGiuliano de’ Mediciに依頼されたものだという!レオナルドがリサの夫、絹商人フランチェスコ・デル・ギオコンドに雇われていたという記録と矛盾する!
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「ヴァザーリとデ・ベアティスによる二つの書類は書かれた年と文脈という点で異なる。これらからは明確な答えが出てこない。しかし、ジオコンドとメディチの二人が一つの絵を注文した客にはなり得ないのは明白だ。この事実から異なる肖像画があるとの考えは真実味を帯びてくる。」

もし二つの記録が正しければ、二つの肖像画が在ったことになる、ギウリアノ・デ・メティチのために描かれた完成した名作と、リサの夫に委託された未完成版だ。

2つのモナ・リサの物語は直ぐに芸術関連の世界で広まった、勿論、画商ヒュー・ブレーカーのような人達にも。ブレーカーは数年後に彼のアイルズワースのモナ・リザを見つけたと主張している。真実は、彼はそれを発見していなかったのではなかろうか?自分で、または才能ある贋作画家に依頼して、未完成の肖像画を生み出したのではないのだろうか?
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「レオナルドは彼の時代、もっとも模写された芸術家だった。それは16世紀の間も続いた傾向だ。」
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「人々は変形版やコピーを描き続けたので、どこにでも見られるようになった。」
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「人々はレオナルドのものだという絵を好んだのだ。」
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何百ものモナ・リサが、色々な時代、様々な出来栄えで世界中を駆け巡っていた。アイルズワースのモナ・リサはその一つという可能性もある。

贋作とすれば、その天才は明らかにルーブルの版から作ったはずだ。誰も、それを試みとして描かれた模写だとは疑わなかった。その絵は改めて描かれたモナ・リサだと思われていた。それが、ルネッサンスの書家ヴァザーリが記したように、未完成だった絵だ。

アイルズワースの彼女が発見された時期も怪しい。アイルズワースのモナ・リサはオリジナルがルーブルから盗まれた直後に現れた。彼女が居なくなっていた時期に、贋作者が現金化しようとしたのではないのだろうか。とすると、アイルズワースのモナ・リサは単なる偽物ではなかろうか?

Lux
「私が絵を調べる時は主面をまず見て、直ぐ裏返し、裏面を見ることにしている。何故なら裏面には絵に関する多くの歴史的な情報が見て取れるからだ。」
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「何世紀にも渡って積もり重なったホコリ、署名、収集家が記した番号などがある。時にはシールやスタンプなんかもある。つまり一般的に、表面より裏面の方が絵の歴史をそのまま変わらずに伝えてくれるのだ。」

アイルワースの裏面はこれまで精査されていない。20世紀の初め、新たなキャンバスの上に接着されていたのだ。
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アーンスト・ルックスには、これだけ取ってみても疑わしい。

Lux
「もし贋作を作ろうとしたら、このように裏地を張り替えることは沢山の作業の手間を省いてくれる。裏側を古めかしく見せるための、ホコリや署名などを古めかしく施す作業は不要だ。多くの場合、絵の表面を真似るより、裏面をそれらしく見せることの方が難しいのだ。」
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恐らく、ある卓越した贋作者が、考えられること全てを考えたのだ。しかし、彼でも、世に新たに生まれてくる技術にまで思いは至らなかったはずだ。
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チューリッヒのスイス連邦技術大学では、古物の認証でC14年代測定法を使っている。キャンバスは植物繊維を織って作られているので、絵画はこの測定には完璧な素材となる。調査で難しいのは必要な植物のみを採取することだ。キャンバスが別の層に接着され、覆われていると、楽な作業ではない。

ハンスHans:Physicist物理学者
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「サンプルはオリジナルのキャンバスだけから採取する必要がある。そうすれば正しい年代が判る。別のキャンバスの接着剤が混じると、間違った結果になる。」
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未完成であることとは別に、アイルズワースのモナ・リサの背景にはオリジナルと異なる特徴がある。アイルズワースでは、彼女は2本の柱で挟まれているのだ。
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ルーブルのモナ・リサでは柱の基礎部がわずかに見えているだけだ。
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何故、偽造者は柱を付け足したのか?

芸術歴史家たちは長い間、ルーブルのモナ・リザは両側から各々10cm切り取られたのではないかと想像している。これが事実なら、柱は昔なら見えていたことになる。

この考えは輝かしい証人、ルネッサンスの画家ラファエルによって支持されているように思われる。1504年頃、若き天才は、フローレンスに行った際にレオナルドのスタジオを訪ねたと言われている。
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恐らくこの訪問時、彼はレオナルドの作品の一つを極めて示唆的なスケッチに残している。
Martin
「ペンとインクで、とても見事に描かれた女性の絵で、脇に柱があるバルコニーに腰かけている。明らかにモナ・リサのラファエル版と言えるものだ。」
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彼のスケッチが表現していないのは、原画が完成していたかどうかだった。
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「そこには間違いなく注目に値する基本的な構成があった。人物、姿勢、2本の柱などだ。これらはフローレンスでは知られていた。ラファエルも1507年以前に知っていただろう。1508年、彼はフローレンスを離れた。」

どちらの絵を、どちらの柱をラファエルは見たのだろう?この不思議は2004年まで続くことになる。この年、ルーブルの修復作業者たちはモナ・リサを枠から取り外し、絵の隅が切り取られていないことを発見した。その肖像画には柱は無かったのだ!この啓示が意味する処によれば、見える柱とともに描かれたモナ・リサは恐らく贋作だということだ。

とすると、ラファエルの絵はどうなる?
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彼のスケッチとアイルズワースのモナ・リサは、柱の点でひときわ似ている!このことは、レオナルドのスタジオでラファエルが見たのはアイルズワースのモナ・リサだと示しているのではなかろうか?その絵が有名なモナ・リサよりも早い時期に描かれた版ということになるのだが。それとも、それは後の時代の贋作で、ある時期に柱が切り取られたという、新たに創られ話題になっていた神話に基づいて描かれたものなのだろうか?

彼女がいつ描かれたのかが確定できれば、予想するよりも、より確定的だ。しかし、彼女の正確な年齢はチューリヒの専門家からも逃げおうしている。
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「一般には、15世紀の終わりから17世紀の中頃までという時間幅は特定が難しい。この時期、C14(原子量14の放射性炭素)の大気中の含有量が大きく変化していて、正確な年代の確定が困難なのだ。」

分析により、アイルズワースのモナ・リサは恐らく1500年から1650年の間に造られたと判明している。レオナルドの生存中に造られた可能性があるということだ。
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「この結果は15世紀末期から16世紀初期の間のものだと指摘されたキャンバスの特質に合致する。」

キャンバスは時代的には問題ない。しかしレオナルドの手によって描かれたものなのだろうか?

Nicholl
「彼の下には階層構造があった。助手、生徒、年少者garzoneと呼ばれる小間使いだ。各々は分業していた。」
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「レオナルドの助手たちは時には熟練した芸術家でもあった。レオナルドは構想を立て、絵画の主要部を提示する、しかし背景や煩わしい細部は喜んで弟子達に絵筆を渡していたはずだ。」
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マウリMauri:Art Diagnostician芸術診断家
「勿論、全体のスタイル、構想、対象の創造性、は主筆レオナルドの重要な仕事だったと考えて良い。しかし、絵を描く作業そのものを主筆だけが行ったと考えるのは幻想だ。」

ルネッサンスにおける芸術品の創造は分業に頼っていた。レオナルドのスタジオのように繁盛していると需要には追い付かなかったかもしれない。分業はレオナルドが創造的な仕事に係る時間を生み出していたのだ。
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Nicholl
「モナ・リサについては証人もいる、証拠もある。従来とは異なる技術や塗料やワニスや釉薬をその都度レオナルドは実験していた。勿論、画家というものは自分だけの塗料調合法を持っていた。」
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「店に行って塗料が入った瓶や缶を買いそろえるなんて馬鹿なことはなかった。自分で自分だけの塗料を調合し、特別な顔料を使い、特別な母料を使い、油とワニスの特別な調合法や特別な油を使った。」
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現在、この芸術的錬金術alchemyは画家の署名ともなり得る。それを調べるためには、研究者は顔料の顕微鏡用サンプルを採取する。
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アイルズワースのモナ・リサから採取する塗料は、作者が詐欺師だと明かすことになるのだろうか?

試験サンプルはレジンで固められて顕微鏡で調べられ、塗料の構造、顔料の調合法や積み重ね方などが明らかになる。注目すべきは塗料調合法がレオナルドの時代に使われた調合と一致しているかどうかだ。彼の死後に発明されたどんな顔料も、その肖像画は贋作だと示すことになる。
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検査の結果、アイルワースの絵には新しい物質はなにも使われていないことが判った。

顔料を調べたら、全て問題はなかった。炭素年代測定法もOK、ワニスもOK, 額もOK。つまり技術的には全てOKなのだ。
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だとしても、肖像画自体は主筆によって描かれたものなのだろうか。もしレオナルドではないとすれば彼の身近な人物の誰かが描いたのではないだろうか?

彼の生徒の一人、サライSalaiと綽名(あだな)で呼ばれた男、は生徒以上の存在だった。
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Nicholl
「サライは、最近見つかった証拠、更には我々の最近の予測によれば、レオナルドの愛人だった!レオナルドの秘密の人物、友人、右腕、そしてベッド・メイトだ。ヴァザーリはこの事実をかなり婉曲に言っているが、レオナルドがサライを愛していたことは極めて明らかだ。」

レオナルドの若き愛人、才能ある芸術家、が彼の主人の絵モナ・リサのコピーを始めたのかもしれない。
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Nicholl
「つまり、2つ、または2つ以上のいくつかのモナ・リサ版がある、ということは、レオナルド自身が、一つ目を1503年、そのずっと後に2つ目以降の、完全に別な絵を描いたということではない。私の意見では、別のモナ・リサ、つまりルーブルに座っているものではないもの、はスタジオで描かれた製品だ。」

もしサライがレオナルドのスタジオでモナ・リサを模写したとすれば、彼だけが模写したということはない、とう可能性がある。
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マドリードのプラド博物館で別のコピーが見つかった。
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その絵では、頭、肩、指が修正されていた。ルーブル版でも見つかった修正と特徴が似ている。誰かが同じ時期にオリジナルに合わせてコピーも修正したのだ。
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「スタジオでコピーを描いたり、別版を描いたりすることは極めて一般的だった。過去の偉大な芸術家を見れば、彼らのほとんどがスタジオを持ち、小型版の絵を持っていたことに気付く。マドンナ(Madonna聖マリア)などは、いくつか作られただろうし、生徒達もそれを手伝っただろう。この点ではレオナルドも違わなかったはずだ。このようにして、小型版、レオナルド製絵画、が造られていたのは明らかだ。」
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「レオナルド自身も3種類の絵を持つべきだと言っている。最高の出来のもの、例えばモナ・リサのようなもの、それに中間の出来のもの、例えば“ヤーンワインダーのマドンナMadonna of the Yarnwinder”といったスタジオでレオナルドが造り出した小型版のマドンナ、そして三つめには、悪い出来ではないが、基本的にはスタジオ製品だ。つまりレオナルドが絵画を何段階かにして持っていたと考える十分な証拠はある。」
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しかし、この証拠は、アイルワースはレオナルドのスタジオで描かれたと強調するに十分だろうか?キャンバスの年代は正しい。顔料はレオナルドの時代に使われた典型的な物だ。しかし、一つの大きな違いがアイルワースを疑いの中に呼び戻す。

レオナルドの絵として知られる「聖アンと共にいる処女と子供The Virgin and Child with Saint Anne」
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「聖ジョン洗礼者Saint John the Baptist」
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「岩の処女The Virgin of the Rocks」
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これらはアイルズワースと異なり、全て木の板に描かれている。何故、彼はキャンバス版の絵を木の上に描がくのだろう?

バチカン図書館はコーデックス・ウルビナスCodex Urbinasと呼ばれるレオナルドが描いた価値のあるコレクションを所蔵している。
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その中の「絵画に関する論文」で、彼はキャンバスを使った作品作り技術に関して一章をまるまる当てて解説している。
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彼は明らかにキャンバス絵画を調べていたし、自分でも試していたのだ。アイルズワースのモナ・リサはこの実験の一つなのだろうか?
絵のX線検査が手掛かりを提供している。
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Lux
「レオナルドや同期の画家たちの絵のX線写真は、みんなぼやけている。これは下地で使われる鉛白(えんぱく白色顔料)によるものだ。鉛白がX線を遮断しているのだ。」
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「アイルズワースのモナ・リサのX線像のイメージはクリアーだ。」
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「これは下地に多くの鉛白が使われてはいないということを示している。」

レオナルドや同期の絵描きなら下地に多かれ少なかれ鉛白を使うのが通常だった。しかし、必ずしもいつも、と言う事ではなかったのかも知れない。彼の「論文」で、彼はキャンバスを造る手法を細かく説明しているが、鉛白については一言も言及していない。
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鉛白を使わないことは妙なことだが、絶えず新しい技術を求める男なら妙だとは言えないのかも知れない。

「科学的な調査がレオナルドの技術について明らかにしてくれたことは、それがとても多様だということだ。彼はあたかも、絵を描くたびに新しい技術に取り組んでいたかのように思われる。」
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「木の上に絵を描くとき、鉛白の下地は色彩を明るく、豊かにする。レオナルドがモナ・リサで実現した3次元的効果を生み出す基本だ。」
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しかし、色の調合や塗り付けについての彼の熟練は、それ自体が芸術のレベルにあった。

彼の絵を見れば油釉薬や極めて薄い色の層をコントロールし、各々の色が混乱を生じないように上塗りしていく能力に気付く。もし乾燥し切っていない顔料の上に乾燥しつつある顔料を塗れば、手に負えない問題を起こすのが普通だからだ。
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レオナルドの技術は完璧な準備によるものだ。彼のスタジオでは全ての顔料は彼の基準に正確に従っていなければならなかった。どんな色でも手抜きは許されなかった。
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レオナルドを鮮明に特徴付ける色付けは、彼の作品に隠れた手掛かりを残していて、その芸術的な署名を辿れば絵の著者に辿り着くことが出来るかもしれない。

一人の男がそれを見つけた、と確信している。サン・ディエゴのカリフォルニア大学の調査物理学者ジョン・アスムスは、2つのモナ・リサを調べたことがある世界でも数少ない人物の一人だ。彼は色彩や明度の統計的特質を対比すれば、天才の手による製品を特定できると信じている。
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アスムスJohn Asmus: Research Physicist調査物理学者
「贋作者や模写者がコピーする時、その模倣者の技術は絵に現れるが、普通の観察者は「これらの絵は同じだ」というかも知れない。しかし統計学や統計的に処理された数値で眺めれば必ず違いを見つけられる。そこで、我々は2つのモナ・リサを数値化し、画素の統計値を比較してみた。強度、標準偏差、分散などだ。この方法で目利き達もこれら2つの絵画を見て科学的に検証しているはずなのだ。」
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画素から画素に走査した結果を分析し、アスムスAsmusは光と色の流れから個性的な絵筆の動きに到るまで比較した。結果は彼さえ驚くものだった。
アスムスAsmus
「2つのモナ・リサにおけるヒストグラムが事実上、同じだと判明した!」
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「もし私の目の前で2つを入れ替えたとしても、どちらがどちらか区別できないだろう。統計的な結果を見るなら、2つのモナ・リサは同一の画家によって描かれた、と99%の信頼性をもって言える。」

この結果が正しいのなら、何故、レオナルド・ダ・ヴィンチは同じ対象を2度、描いたのだろう?その答えはローマで見つかるかも知れない。晩年、レオナルドはローマで彼の技術を完成させていたのだ。
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Nicholl
「ローマの“ベルベデーレBelvedere”で彼が何を実験していたのか、我々は完璧に知っている訳ではない。しかし、彼がある記述に残しているように、それは“太陽光を捕える”アイデアだったようだ。その作業を続けていたため、ローマで彼のかなり疑わしい評判が生まれることになる。彼は手品師か祈祷師の類(たぐい)の何かをしているのではないか?」
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多くの専門家たちはレオナルドの光、色、陰の素晴らしい表現が、彼の最後の作品“聖ジョン洗礼者”で完成の極地に達したと信じている。その絵は法王レオ10世から委託されたもののようだ。レオナルドの連れ添い、サライ、は聖人のモデルを務めたと考えられている。
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今日、その絵はルーブルで、二つの同時代の作品「聖アンと共にいる処女と子供」「モナ・リサ」の直ぐ脇に展示されている。
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これら3つの絵で、彼はスフマート技術(注)を使い、人間の目が映し出す微妙な変化を色と光で描いている。
(注:スフマート:深み、ボリュームや形状の認識を造り出すため、色彩の透明な層を上塗りする絵画の技法)
Nicholl
「ローマにおけるレオナルドは、極めて薄い釉薬とワニスについて実験していた。そこでは絵具の表面を何度も何度も薄く塗り、キラキラ輝く、蜃気楼のような特質を造り出していた。」
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「そしてレオナルドは、特にローマにおいて、ローマでの最後の時期に、こうした微妙な油とワニスの作り方について錬金術師のような仕事ぶりをしていた。実際の所、彼と同時期にローマにいたメディチ家出身の教皇レオ10世はレオナルドを懐疑的に見ていたようで、彼が絵描き仕事に取り掛かる時に化学用の壺や皿を使ってワニスなどを作っていることに不満を言っている。勿論、レオナルドにしてみれば「私は絵具の準備をしているだけで、これは仕事にかかるために基本的なことですから」ということだろうが。」
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モナ・リサも芸術的極地に到りつつある彼の後期に描かれたのだろうか?
Martin
「モナ・リサは彼が極地に在る時のもので、そこでは全てが効果を発揮している。つまり、不鮮明性veil、透明性、不透明な顔料、全てが機能している。彼はこれら全てを思い通り駆使していた、恐らく1503年以降は。それは全ての実験的作業の後の完璧な熟練の結果だった。」
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「晩年には、彼が釉薬技術を使って描いていたことは明白だ。彼が聖ジョン洗礼者を同じ時期に同じ技術で描いていたことも判っている。従って、彼が聖ジョン洗礼者を仕上げていた時にモナ・リサも完成させていたという仮説が成り立つ。」

ルーブルのモナ・リサは30もの極めて微(かす)かな塗料の膜から出来ている。沢山の膜を持っているので、裸眼では個々の刷毛の動きをもはや見ることは出来ない。レオナルドは、ずっと昔に放棄していた古い作品で彼の新しい技術を試してみたかったと考えられないだろうか。彼は、オリジナル品はキャンバス絵での失敗作品だと見ていたかも知れない。

今なら彼は最も華やかな年齢の魅惑的なフローレンスの女を甦らせることが出来た、手にしたばかりの芸術的な進歩を使って。
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2つの肖像画の類似性は、単に明白だと言うレベルを通り過ぎたものだ。アイルズワースの絵のサイズは少し大きいが、外枠も広くなっているので、縮尺を合わせれば、人物は全く同じ大きさで同じ比率で描かれている。
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2つの絵の最大の違いは、外観などではなく、状態だ。ルーブルのものと表情が似ているのに対し、アイルズワースのモナ・リサでは時代の移り変わりがほとんど感じられない。
Lux
「とても稀な事だと思うが、この絵は、見る限りでは、ほとんど完璧な状態だ。小さな剥げ落ちや僅かな補修もないわけではないが、絵の表面に傷ついた箇所はどこにもない。」
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「私が修復作業者として仕事をした全ての絵には、少なくとも私が知る限り、どれも完全なオリジナルとは異なって、時間の経過による瑕(きず)がついている。従って、アイルズワースの絵は500年前のものではあり得ない、という印象を私は持っている。」

アイルズワースのモナ・リサが500年もの間、完全な状態の下に保管されていたなどと言う事はとても考えられない。ましてや、世間から全く未知だったのに、ルーブルのモナ・リサが消え失せた丁度その時期に画商が偶然に出くわしたなどということは!
Lux
「従って、この絵をレオナルドのものだろうとするには多くの説明が必要になる。簡単な説明で済ますと、この絵はレオナルドが描いたものではない、と私は思っている。」

他の人たちの中には、もしレオナルドがどちらか一つを描いたのなら、両方とも描いたはずだ、という人もいる。
それは2つの絵は、同じ画家が同じ手で同じ技術を使わなければ描けるものではないという理由からだ。
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ある人はモナ・リサの秘密は既に解かれたと信じている。別の人にとっては、明言するにはまだ証拠は不足している。最も高度な科学と言えども、それが贋作であれ秀作であれ、天才を出し抜くのは容易ではない。モナ・リサは決して彼女の秘密を漏らすことはないかも知れない。
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「今日、どんな試験やどんな科学者をもってしても、レオナルドでさえ、絵を描いた画家が誰なのか特定することは出来ないのだ。」
・・・・・・
PBS Secrets of the Dead | The Mona Lisa Mystery
https://www.youtube.com/watch?v=u131VTSzWJ8
今回のブログは英語字幕付きの次のURLを翻訳しました。
https://www.youtube.com/watch?v=i11NiyjV8Tc

WikiでみつけたラファエルRaphaelのスケッチをご紹介しておきましょう。確かに柱が両側にありますね、はっきり描かれています!
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ルーブルのモナ・リサはオリジナルのままで、両側が切り取られたことはないという“事実”と、柱が明確に描かれていないということから考えれば、ラファエルがスケッチの参考にした絵は“ルーブルの絵ではない”と考えるべきでしょう。よって“柱があるモナ・リサがオリジナルだ”と考えることさえ出来ます。

それにしても、モナ・リサの模写は沢山あるのに、何故、アイルズワースのモナ・リサが注目を集めることになったのか?

フィルムでは遠回しに言っていますが、アイルズワースはレオナルドが描いたと考えてもよい条件を持っていたからに他なりません。外観はオリジナル同様の出来栄えで、X線、炭素年代測定、絵具組成などの科学的分析でもレオナルドが描いたとしても不思議はないとの結果が出ています。

しかし、だからと言って、アイルズワースがレオナルドの手になるものとは断言できません。確証が見つかっていません。Wikiにもありますが、レオナルドが好んだ、ルーブルのモナ・リサのような“板絵”ではなく、キャンバス(布)に描かれていることや、その他の出来栄えから、レオナルドが描いたものではない、と主張する学者も多いのです。

それにも拘らず、国際的な投機家グループはアイルズワースを購入しました。投機家ですから、買う前に、お金もかけて分析したはずです。ネットで調べると、アイルズワースのモナ・リサは2015年1月12日シンガポールのthe Arts Houseで展示されているんですね、初めての公開だと記事にあります。更には、スイスの非営利団体モナ・リサ財団Swiss non-profit The Mona Lisa Foundationが35年もかけてあらゆる分析をした結果、アイルズワースはレオナルドの手になる絵だとの結論に達しているんです。
この情報は次のURLでご覧になれます。
http://www.forbes.com/sites/clairevoon/2015/01/12/alleged-early-mona-lisa-on-display-for-the-first-time/#e2c185b29d17
投機家グループが何のためにこの絵を購入し、何のためにスイスの金庫に収めていたのか?それは勿論、投資、つまり殖財、金儲けのためです。絵を見て楽しむために買ったなら、自宅か美術館に展示し、金庫なんかにしまってなどおきません。

で、投機家たちは何故、この絵を投資対象としたのか?何故、株や債券ではなかったのか?理由は明白です。この絵に、株や債券が持っていない価値、つまり、金塊や、ダイヤモンドや、骨董品のような価値を見出していたからです。

mhは常々、資産は円ではなく、ドルなど外貨にしておくよう提案していますし、mhの僅かな資産も、半分近くが外貨になっていますが、投機家たちは資産を通貨で持つのではなく、絵を選んだんですね。

金儲けの専門家たちは、資産を守る、増やすために、通貨以外のものに変えておくことを重要な選択肢と考え、かつ実践しているってことです!

しかし、私は思うんですが、お金儲けばかりを考えて暮らすのは不幸です。暮らしに困っているなら、少しでも楽に暮らせるよう、お金儲けを考える必要がありますが、ギャンブルや投機で儲けようととするのではなく、やっぱ、汗水たらして働いて稼ぐのが筋だと思います。そうして必要以上のお金を稼いだら、必要分だけ残し、余りを自分が本当にしたいことや、困っている人のために使う、ってのが人としての道だと思います。

モナ・リサについて言えば、ルーブルもアイルズワースも、本当にレオナルド自身がレオナルドだけが手掛けた絵かどうか。mhは、いずれの絵もレオナルド以外の手が加えられて描かれたものだろうと思います。

しかし・・・誰が描いたかなんか、問題じゃあないと思いますね。大切なのは見て感動できるかどうかです。

mhはっていうと、ルーブルのモナ・リサを見るより、モロッコやメキシコを見たいと思っていて、6月にはいずれかを訪れるつもりです。そこでいろいろな人に出会い、彼らが暮らす土地で、彼らの生活ぶり、彼等の祖先の残した遺跡、を見たり体験したりしたいと思っています。

(モナ・リサの不思議:完)
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