Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ゼグマZeugmaの不思議

先週のブログではアナトリア(トルコ半島)に残る遺跡「ネムルト山Nemrut Dagi」をご紹介しました。今週もアナトリアに残る古代都市ゼグマZeugmaを、Youtubeドキュメンタリー「The Secret Treasures of Zeugmaゼグマの秘宝」に従ってご紹介しましょう。

Wikiによれば「ゼグマZeugma」はコンマゲネ王国の都市の一つで最盛期には8万人が暮らす当時の大都市だったようです。名前はギリシャ語で「船の橋」を意味しているとのこと。

町は、ネムルトからメソポタミアに沿って約200Km(直線距離で南西130Km)下流の、シリア国境に近い河岸にありました。 
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しかし、2000年6月に完成したビレッチャック・ダムBirecik Damで生まれた湖(貯水池)によって、遺跡の多くはユーフラテスの水面下に隠れてしまったのです。
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ダムに水を溜め始める8週間前、ユーフラテス西岸(次の写真の左側)の小さな村ベルキシュBelkisに考古学者チームが集まりました。彼等は、村に寝泊まりし、遺跡調査・救済活動を開始しました。
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今回ご紹介するフィルムは彼等の活動記録です。

ゼグマの大半が水没して16年が経過していますが、今も一部の遺跡が残され、公開されています。グレコローマン式の石柱が立つ部屋の床にはモザイク画が残されています。
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この遺跡は「ダナエとディオニソスの家」と呼ばれているようです。2人ともギリシャ神話の神で、この遺跡で見つかったタイル画か胸像にその名が残されていたのでしょう。

マケドニア帝国からローマ帝国に移り行く時代を生き抜いた2千年前の町ゼグマZeugmaとはどんな町だったのか?何故、人も棲まぬ遺跡になってしまったのか?
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2000年夏、トルコの片田舎が新聞の一面を飾ることになった。
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ユーフラテス岸辺の忘れ去られていた古代都市で、考古学者たちは素晴らしいローマ芸術を発見した。しかし、まだ見つからずに地中に眠っている多くの古代芸術は新しく造られるダムにより水没する運命にあった。
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このフィルムは、水位が上ってしまう前に出来る限りの遺跡を救い出そうと格闘する考古学者達の、時間との闘いの記録だ。
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東トルコのベルキシュ村の夜明け。
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これまで4年以上、フランスとトルコの考古学者チームは、遺跡を調査し、救済するために、忘れ去られた古代都市を何度も訪れていた。しかし今回は最後のチャンスだ。数か月で遺跡は水没する。
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その日までに、素晴らしい、世界も驚く芸術を出来るだけ多く見つけて、救い出さねばならない。
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彼等のいる場所から下方の谷のどこかに、かつて偉大なギリシャやローマ帝国の宝物と言われた都市が埋められ、眠っている。ゼグマZeugmaだ。ユーフラテスを渡る重要な地点に造られた町のひとつだった。東西を結ぶルート上の重要な商業都市だった。
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ゼグマは紀元前300年にギリシャ人によって建設され、急速に成長して町になった。その後、ローマ帝国の管理に入ると、更に繁栄を遂げた。駐在する6千人の軍隊は、交易ルートの要衝でシルクロードの一部でもあるユーフラテスに架かる‟船の橋ゼグマ”を防衛していた。
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ゼグマの富は筆舌に尽くせないほどで、ユーフラテスの小ローマとも言われていた。数世紀もの間に、見事なモザイク画のいくつかは、盗み採られてはいたが、すばらしい一品はまだ数多く残されているはずだった。
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ゼグマはこれまで真面目に発掘調査されたことがない都市だった。ダムの建設が進む今となっては時期が遅すぎるかも知れない。もうすぐ地表から消えてしまうのだ。
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これがビレッチャック・ダムだ。世界でも野心的なプロジェクトの一つだろう。
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この20年間、トルコ政府はユーフラテス川で一連のダムの建設を進めていた。目的は、発電と、イギリス・ウェールズと同じ面積(mh:2万平方Km)の地域の灌漑だ。このダムの完成は間近い。
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完成すると谷全体が大きな貯水池になり、村は水面下に沈んで3万人以上が住家を追われることになる。
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古代都市ゼグマの隠されたままの家々や宝物も、考古学者が救い出さねばユーフラテスの水の底に沈んでしまう。発掘を待っている遺跡を全て掘り出すには1年以上必要だが、残された期間は6週間しかない。

この頭を削り取られたような高台には寺院の基礎が残されている。その脇の草地は競技場だった。
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間違いなく、町は華麗だった。辺りにはヴィラ(villa高級住宅)やマンション(大邸宅)があったはずだ。

2千年前、この丘は、今日なら値を付けることができない手工芸品や、像や、念入りに造られたモザイク画などで飾られたヴィラ、公共施設などで覆われていたはずだ。
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問題は、これらのヴィラやマンションがどこに隠されているかだ。6週間のうちに、少なくとも1つ、ヴィラ(villa高級住宅)を発掘したい!
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第一日。川の両岸で探索を進めるため、フランスとトルコの考古学者チームは2つのグループに分かれて作業することになった。6週間で全ての遺跡の大まかな地図を作り、何が出来るか、何をすべきか、どこから取り組むか、を決めねばならない。水に埋まる前に宝物が見つかる保証は何もない。
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ゼグマは2つの町から出来ていた。丘の上には豊かな人々が暮らすグレコローマン式の町セルキアSeleuciaが、そしてユーフラテスEuphratesが流れる低地には古代のギリシャ都市アパメアApameaがあった。最初にアパメアが水に沈んでしまう。
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アパメア探索チームはボートでユーフラテスを渡って対岸のアパメアに向かった。渡河ポイントは昔、橋が架けられていたはずの場所だ。
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調べなければならない面積は120エーカー(7百m四方)もある。
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これまで誰も発掘したことがない。まず、都市の概要を調べなければならない。そのためには、今はほとんど壊されたか埋まっている、町を囲む城壁を特定する必要がある。全長数Kmのはずだ。

城壁の一部が所々で露出している。かつての城塞都市の面影を伝える証拠だ。
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数日間で城壁の全容を調べねばならない。断片はジグソーパズルのように一帯にちらばっているが、数千mは地面の下だ。
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これを掘りだせれば理想的だが、水没までに残された短い時間では不可能だ。調査効率を上げるためにはここで暮らしている人々の助けが必要だった。彼等の多くは何世代もここで暮らしている。壁が残っている場所について多くの情報を持っているはずだ。
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ここは井戸だった。考古学者は知らなかった場所だ。強固な城壁の一部がそのまま残されていた。
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壁の厚みは3.5mある。

調査結果が1枚の大きな紙の上に記録されていくにつれ、城壁の全貌が現れ始めた。町の防衛のため、当時の優れた発想が取り入れられている!
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町の外郭が判ると、次の課題は城壁の内側に何が在ったかを知ることだ。これらの木々の下には街路、市場、住居、寺院などが埋まっているはずだ。
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それを確かめるために掘り起こしていたら、一生、作業しても終わらないだろう。

しかし、発掘以外にも手はある。考古学者チームは油田や鉱床を探す2人の専門技術者に支援を求めていた。彼等には測定機器という武器があった。

この機器は磁場の変化に影響を与えるあらゆるものを検知することができる。
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通常なら磁場は一様だ。しかし、磁性のある岩や金属などがある所では乱れがある。この乱れを棒の先の2つのセンサーでモニターする。
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毎年、ユーフラテスは洪水を起し、大量の細かな土壌を運んできた。廃墟の町は3m以上も堆積した土壌の下にある。そこに大きな岩があれば、都市の構造物の一部である可能性が高い。

正確なデーターを得るため、測定者は一定の速さで直線に沿って歩いていく。こうして調査サイト全てのデーターを収集するのに2日を要した。その価値はあるはずだ。
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磁場データーがコンピューターに取り込まれ、土壌の下の詳細が現れ出した。黒い部分は石の壁や石が敷き詰められた街路、家などを表している。
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発掘したら何年もかかるはずの調査が数日で完了した。夜、考古学者たちは調査データーをテーブルに広げて分析した。すると地面の下にある都市の様子が手品のように少しずつ現れ始めた。
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これが発掘をせずに調べ上げた都市の全貌だ。
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ビレッチャック・ダムの工事はほとんど終わった。考古学者たちに残された時間は無くなってきた。
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ローマ側のサイトを調査するチームは、広いサイトの中でも有望なスポットに調査を集中していた。残された期間は4週間だ。ゼグマに埋められている秘宝の兆候はまだ現れていない。丘の町の全容を地図化する余裕はなかった。岩が多く、磁場の変動から地中の遺跡を探す手法が採れないのだ。
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そこで、過去の調査結果からヴィラが在るかも知れない2ヶ所を選び、そこに賭けることにした。

ここは第一のサイトだ。壁の様子は期待できそうだ。
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しかし、これだけでは普通の家か、高級なヴィラか判断できない。数日間、発掘を続けているが、判断できる材料は見つかっていなかった。周辺全体を発掘していく通常の方法では時間が足りない!

そこで特定の場所だけ深く掘り進め、建物の基礎を確認してみることにした。すると、古代と繋がるものが現れた。2千年前の排水管だ。
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考古学者は家の全貌を検討してみることにした。

ここが玄関だっただろう。入ると居間が、その隅には恐らく木製の階段で繋がる別の部屋が高い部分に造られている。
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ここはヴィラではなく、普通の家のようだ。ヴィラを思わせるものも見つかっていない。

しかし排水管に沿って調べていくと、竪穴が見つかった。
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その底では、信じられない程に見事な出来栄えのトンネルが延々と続いていた。恐らく2千年の間、だれも調査したことがないトンネルだ。
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町があったはずの一帯の地下深くで、どこまでも続いている!構造も堅固だ。町全体の下水道システムに間違いない!紀元前300年頃、町の建設に先立って造られたはずだ。
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トンネルの途中には新たな歴史を示す構造物があった。モルタルで造られたアーチだ。これはローマ帝国の統治時代のものだろう。
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トンネルの幅が広い一帯は大勢の住民が暮らす所だったはずだ。詳しく調べれば町全体の様子が判るかも知れないが、時間がかかり過ぎる。考古学者たちは下水道の調査を打ち切り、地表の発掘作業に集中することにした。

ここは第二サイトだ。現れた石柱の断片などから、重要な建物だった可能性は高い。
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発掘が進むにつれローマ式の豪邸の様相が見えてきた。ゼグマの優雅な建物に違いない。捜し求めていた工芸品やモザイク画が見つかるかも知れない。手分けして広い範囲で発掘を進めていった。

しかし、手作業での発掘では間に合いそうにない。そこで考古学ではめったに使わない技術に訴えることにした。
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手作業なら1週間の仕事を1日でこなしてくれる。手工芸品が簡単に破壊されてしまうリスクはあるが、そんなことは言っていられない。残された時間は僅かしかないのだ。

発見した遺物は全てスケッチし、発見時の状態や位置が判るよう図面に記録された。
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柱の一部が見つかった場所が正確に残されていれば、かつてのヴィラの様子を再現するのに役に立つ。注意深く調べれば、ローマの統治が終わる頃、何がゼグマに起きたのかを知ることができるはずだ。

歴史書物によれば、西暦250年頃、ゼグマは、東の敵ペルシャの攻撃を受け、駐屯していたローマ軍小隊は敗走している。町は包囲され、焼かれ、破壊された。その次の100年でローマ全軍はユーフラテス流域を放棄して引き揚げてしまう。
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これを機にゼグマも荒廃していくことになった。この歴史の痕跡はゼグマにも残されていた。2千年前に起きた出来事の証拠だ。家の遺跡に焼け焦げた場所が残されている。石は赤茶け、木は黒焦げている。
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そして恐らく廃墟になった後で起きた地震による地崩れでヴィラは埋まってしまったのだ。見つかった灰やコインから西暦250年頃、破壊されたヴィラだと思われる。
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4週間の発掘で、考古学者たちが発見した手工芸品だ。
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全てローマ帝国時代の裕福な家庭のものだ。2千年間、土の中で眠っていたのだ。
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残された仕事、それは貴重なモザイク画の発見だ。

発掘終了まで2週間になった。調査チームは、この家で何が起きていたのかを教えてくれる証拠をもっと見つけようとしていた。ここは間違いなく金持ちの家だ。モザイク画が在る可能性は高い。その救済作業を考えると、数日内に発見する必要がある。
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突然、珍しいものが現れて来た!壁に付着していた土砂を取り除くと、出て来たのは明るい色で描かれた壁画だ。
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泥が壁画を守っていた!こんなことは例外だった。この壁画は2千年間、光を当てられたことは無いのだ。しかし、早く保護処置をしないと高温多湿の空気に触れて急速に劣化してしまう。
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考古学者たちに残された期間はたった5日になった。そろそろ時間切れだ。残されていた土砂の最後の層を取り除いていると、建物の隅で、捜し求めていたものがやっと見つかった。モザイク画の床だ。しかし、何も書かれていない。単なる床の様でみんな落胆したが、直ぐにギリシャ語が現れた!
古代神話の登場人物の名前だ。イカルスIcarus, ダエダルスDaedalus!
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3日後、63平方mのカラフルなモザイク画の床の全てが現れていた。
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期限まで残り2日になった時、このモザイク画は完璧に姿を見せてくれたのだ。
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付近のヴィラにも素晴らしいモザイク画が沢山残っているのは間違いない。
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この発見で世界中から遺跡保存の声が上がった。考古学者たちは発掘作業の延長許可をトルコ政府に要請した。もう少しモザイク画を見つける時間が必要だ。
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発掘隊は、ローマ式モザイク芸術の国際的専門家ジョン・ピエール・ダモを急遽呼び寄せることにした。到着したジョンがモザイク画を見た結果、ギリシャ神話が表現されていることが確認された。クレタ島の女王パーシパエーがミーノータウロスを産んだ。有名なラビリンスを造った男だ。その物語が描かれている。
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「間違いない。明確だ。突出した出来栄えだ。これまでに見た中で最高の傑作だ。」

モザイク画を水没から救い出すには床からはがし別の場所に移さねばならない。沢山の小さなタイルがばらけてしまわないよう接着剤で床全体を覆い、固まったところで床をいくつかに切り分ける。
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その後、床を剥がしてトラックに載せ、地元の博物館で保存するのだ。
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この床の救済に目途が立つと、考古学者はまだ残っているかも知れないモザイク画を探す作業に取り掛かった。

ダム建設工事は完了し、丘の麓の村人たちには家から離れるよう指示が出されていた。離れる前、住民は自宅を壊しながらドア、窓、煉瓦、梁、柱など、移転先で再利用できるものを取り外していた。
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新居の建築は政府が行うことになっている。3万人は今、この地を離れ始めた。

ユーフラテスの水はダムで集められ、水位は日ごとに上昇し、3ヶ月後には広大な貯水池が出来上がるのだ。
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1ヶ月もすればベルキシュ村は無くなる。その2週間後には、新たに見つかったヴィラも水没してしまう。モザイクの梱包作業は始まったばかりだ。水が発掘場所まで上昇してくる前に、フランスとトルコの考古学チームは14の部屋と新たなモザイクを見つけていた。
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そのどれもが傑作品masterpieceだった。どの部屋にも異なるモザイク画が残されていた。
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これらの値も付けられないモザイクは一つのヴィラから見つかったものだ。
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他のヴィラにも同じようなモザイク画が残されているに違いない。
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水に沈んだら、二度と見つけ出されることはないだろう。しかし、今回発掘されたヴィラから、ゼグマでの生活の様子は推察できる。
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中央広間には泉があり、壁や柱には装飾が施されていた。
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素晴らしいモザイク画の床のダイニングルーム。
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ヴィラは豪華な生活空間だったのだ。

もし時間があれば、もっと素晴らしい発見ができるはずだとの思いも残るが、考古学者たちがゼグマを去らねばならない時はついにやって来た。丘の上での発掘は一ヵ所で続けられることになったが、それでゼグマの発掘は完了する。
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2000年6月。水位は1ヶ月以上、上がり続けている。
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発掘サイトだったヴィラにも既に水が到達しているはずだ。
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古代都市は今、消えていこうとしている、永遠に。
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The Secret Treasures of Zeugma
https://www.youtube.com/watch?v=xNhdmqW-dgI
(完)
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