Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

リビアの不思議

カダフィー大佐。
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第二次世界大戦後、戦勝国に支持されてリビア国王に収まったイスラム教団のリーダーを、1969年、クーデターで追放し、リビア・アラブ共和国を打ち建てて、若干27歳で事実上の元首になりました。その後、42年間、長期独裁政権を維持していましたが、2011年、内戦で殺害されました。

内戦のきっかけは、殺害される1年前の2010年、隣国チュニジアで起きた出来事です。
Wiki:ジャスミン革命
「一青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモがチュニジア全土に拡大し、軍部の離反によりアリー大統領がサウジアラビアに亡命し、23年間続いた政権が崩壊した事件。ジャスミンがチュニジアを代表する花であることから、このような名前がネットを中心に命名された。」
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「この民主化運動はチュニジアにとどまらず、エジプトなど他のアラブ諸国へも広がり、各国で長期独裁政権に対する国民の不満と結びつき、数々の政変や政治改革を引き起こした。この一連の動きはアラブの春と呼ばれた。」

アラブの春にはYoutubeやFacebookなどのソーシャル・メディアが大きな役割を果たしました。ジャスミン革命が中国に波及することを恐れた中国共産党は、ネットの規制や監視を強化。最近、日本でもマスコミやジャーナリズムへの圧力が高まっていますが、情報規制や言論調整は独裁者の常套手段ですから、いやな兆候です。

カダフィー大佐の殺害後に行われた選挙で世俗派が大勝し、リビアの国政を担当しますが、これに不満のイスラム勢力が暴動を起こし、Wikiによれば「2015年現在、リビア国内はトリポリ(mh:チュニジアに近い港町)を拠点とするイスラム勢力系の新国民議会と、トブルク(mh:エジプトに近い港町)を拠点とする世俗派のリビア国民代議院による二つの政府・議会が存在し、それぞれから元首、首相を選出している。国際社会からはトブルク政府が正当性を認められているのに対し、トリポリ政府はトルコやカタールの支援を受けていると指摘されている」ようです。

リビアの国土面積は176万平方Kmで日本(38万平方Km)の4.6倍、人口は633万人(2016年)で 日本の20分の1です。
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時計回りにエジプト、スーダン、チャド、ニジェール、アルジェリア、チュニジアと国境を接し、北は地中海に面していますが“砂漠の国”と言って差し支えないでしょう。

水問題は深刻です。国土の5%に年間100mmの降水量があるようですが、Google Earthでスキャンしても、川らしい川は1つしか見つかりませんでした。地中海から16Km砂漠に入った所に造られたダムで蓄えられ、太い水道管でトリポリなどに運ばれているのではないかと思います。
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雨季だけ流れる川“ワジwadi”は点在していますが、国民の多くは化石水fossil waterに頼っているようです。およそ4万年前に地中に閉じ込められた地下水で、砂漠でオアシスを造り出しています。
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化石水は、飲料水だけでなく、灌漑にも使われます。Google Earthで調べると、化石水を使って砂漠で野菜栽培をしている所は沢山見つかります。
次の衛星写真では、左側に砂漠の中のリビアの村が、その周辺に人工の円形農場が見えています。
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円形農場は“センターピボット”で、上の写真の大きいものは直径800mです。

Wiki:センターピボット (Center pivot irrigation中心支点回転型灌漑)
「アメリカ合衆国のグレートプレーンズや、サウジアラビア・エジプトなど乾燥地域において行われている灌漑農法。乾燥地域でも大規模に作物を栽培できるよう、地下水をくみ上げ、肥料を混入した後、自走式の散水管に圧送し、平均は半径400m、大きいものは半径1kmにもおよぶ円形農場に水をまく。散水器の周回数は気候や土壌、作物により異なるが、おおよそ一日1~12回程度で、移動速度の速い周辺部の散水量を多くして、散水の不均一を防いでいる。」
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しかし・・・
化石水は補充されることがありませんから、いつか尽きてしまいます。化石水が尽きて住民が去ったのではないかと思われる村の跡がGoogle Earthでも沢山見受けられます。飲み水に不自由するリビアでの生活は厳しく、その上、二つの政府がある異常な国家体制ですから、今も多くの人々が砂漠の国リビアを見限り、危険を承知で地中海を渡って欧州に逃げようとしています。無事に海を渡っても、そこに待ち受けているのは厳しい現実ですが、リビアに留まるよりもましだと考えているのです。

こんな砂漠の国リビアですから、現在の概念で言うところの国家や文明などは生まれませんでした、つい最近、砂漠に眠る石油で潤うようになるまでは。

実は、1万年程も前から、リビアの砂漠で暮らす人々もいるにはいたのです。ギリシャ人から“訳の分からない言葉を喋る人”という意味の“ベルベル人”と呼ばれることになる人々の祖先です。彼等は砂漠に点在するオアシスを基点に、リビアからモロッコの一帯で暮らしていました。
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紀元前3千年、東にはエジプト帝国が生まれ、紀元前8百年には西に都市国家カルタゴ(現チェニス)が出現しています。しかし、リビアは、単なる通過点で、定住する場所ではありませんでした。例えば現在の首都トリポリは、中東のレバノンを基点に地中海を船で移動して貿易していたフェニキア人が、紀元前7世紀に入植して建設が始まった海運中継都市です。それ以前には大きな町はなかったでしょう。小さな町は、後述するように、内陸に出来ていたようではありますが。

歴史的に見て、リビアを領土として最初に統治したのは、共和制ローマのようです。ローマの植民都市レプティス・マグナLeptis Magnaがトリポリの東130Kmの海辺に造られ、西暦200年頃に最盛期を迎えました。しかし、ローマ帝国が衰退すると、イスラム帝国(サラセン帝国)に組み込まれ、以降、オスマン帝国属領時代、イタリア植民地時代(1911 - 1934)、連合軍による占領下のリビア(1943 - 1951)、を経て、やっと原住民の統治者によるリビア王国が出来たと思ったら、カダフィー大佐による革命で王国は潰れ、カダフィーが殺害されると、二つの政府が並立する状況になったというわけです。
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このような歴史をもつリビアを、これまでブログで何度か登場したオーストラリア人写真家David Adamsが訪れるYoutube 「The Ancient Chariots of Libyaリビアの古代騎馬戦車」という50分のフィルムを見つけたので、ご紹介しようと思い、関連情報を集めているうち、フィルムの全編鑑賞が不可能になってしまいました!

そこで、今回は、2度ほどフィルムを見たmhの拙(つたな)い記憶と、DavidAdamsFilmの宣伝フィルムTrailer、ネット情報を駆使して、リビアの様子や“チャリオットChariot騎馬戦車”に関する情報をご紹介させて頂きます。
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実は、Davidが出演するフィルムはチャリオットをテーマに編集することで物語性を創造しようとしているのです。
次の映像では砂漠の映像が、別の砂漠を走るチャリオットの映像にかぶっています。
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チャリオットといえばローマ帝国の代表的な馬車ですが、そんなものが地中海沿岸から1千Kmも入った砂漠の中を走っていたなんてことがあるのでしょうか???

次の西暦117年のローマ帝国の版図によれば、帝国は地中海を取り囲んではいますが、アフリカの、特にリビア辺りでは、勢力範囲は海岸線から精々100Kmしかありません。その向うは砂漠で、領土化する価値など無かったのです。
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上の版図のリビア部を拡大すると・・・
リビア沿岸のトリポリタニアTripolitaniaに、Lepcis Magna、現在はレプティス・マグナLeptis Magnaと呼ばれる都市がありました。
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レプティス・マグナから50Kmほど内陸はローマ帝国の力が及んでいない場所(灰色の部分)ですが・・・そこに“ガラマンテ(ス)Garamantes”とあります。
ガラマンテというのはリビア南部のサハラを中心に暮らしていた民族の名称で、Wikiによれば紀元前5世紀から紀元後8世紀にかけて栄え“ベルベル王国Berber Kingdomというか都市国家なるもの”を形成し、地下トンネルなどを使った灌漑を足掛かりに独特な文明を築いていたとあります。

Youtubeではレプティス・マグナ、トリポリ、ガダメス、ガブロン、ガラマ(ガラマンテスの中心地でした)、アカクス山地を4WDで辿ります。
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旅はローマ帝国の軍勢がやってきたはずの海から始まります。海岸に近い場所に造られた都市レプティス・マグナはアフリカ大陸に残る最大のローマ遺跡で世界遺産です。
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ローマに次いで大きなコロシアム。
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その傍にはチャリオット競争が行われていたコース跡が残っています。
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で~フィルム公開は2009年7月ですから、ガダフィー大佐は健在です。
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リビア人が今も競馬が好きなのは、祖先がチャリオット競技を好いていたことに関係がある、と暗示するショットです。

次の訪問地トリポリの港。近くに旧市街Old Cityが残っています。港の造りはなんとなくカルタゴCarthageに似ています。
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Old Cityの、ローマ皇帝の名が付いたマルクス・アウレリウス門(西暦163年)
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トリポリから次の訪問地ガダメスまでの凡そ5百Kmはアスファルト舗装道路が続いていました。Googleで調べた限り、リビアの道路網は粗く、大きな町や村は舗装道路で結ばれていますが、小さな村は砂漠に孤立しています。そんな村の住民は4WDを持っているはずはありませんから、駱駝で1日かけて町に出かけては、物々交換する生活を送っているのではないかと想像します。

ガダメスは人口7千人の“大都市”で、そこに残る旧市街は世界遺産です。
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1970年代、政府は旧市街の外側に住宅地を作ったのですが、夏の間、住民たちは避暑に優れている旧市街に戻って暮らしているとのこと。

旧市街の、白い漆喰で造られた住居の屋根はお互いに往来可能に繋がっていて女たちの世界になっているようで、男子禁制が伝統だとフィルムで解説していましたが、理由については説明がありませんでした。
何故そんな伝統が生まれたのでしょう???
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mhが想像するには、男尊女卑からだと思います。ここは砂漠の国で、とても暑いんですね。男は、屋根の下の通路や住空間で涼しく快適に過ごします。女は、男の目にふれぬ、直射日光が当たる屋上に追いやられたのではないかと。
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ガダメスから次の訪問地ガラマを直接つなぐ舗装道路はないようで、フィルム取材班は砂漠の中の道なき道を走ります。
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ガラマの町に残るガラマンテスの遺跡
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近くには鰐(ワニ)の岩絵が!古代、この辺りに湖か川があった証拠でしょう。
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今はリビアでは見られないキリンの岩絵もあります。
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少し離れた別の村には、入り口に大砲が残る砦があります。イタリア植民地時代(1911 - 1934)の税関砦とのこと!
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こんな奥地の砂漠に、何を搾取しようとしてイタリアから出向いてきたのか。人間の欲は測ることが出来ません。

取材班の最終目的地アカクスAkakus山地。30年以上も雨は降っていない一帯です。
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ここに残る岩絵Cave Paintingsは世界遺産登録されました。観光客の落書きが増えていて、岩絵の保護を加速するのが選定理由の一つです。

多くの岩絵は、岩山の裾の、日光や雨や砂嵐を避けた岩肌に描かれています。
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駱駝やキリン。
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チャリオットも!これこそDavid Adamsと取材班が狙っていた絵です。勿論、リビアに来る前から、この絵があることを承知していたでしょう。
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ネットで調べるとチャリオットの絵はいくつか見つかります。
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いずれのチャリオットも、車輪が2つ描かれていますが、一つの車輪だけで走行しているような妙な構図です!一体どうなってるのか?
絵が間違いか、稚拙なのか?と思ったのですが・・・判りました!実は4輪のチャリオットで、荷物が無い時はチャリオットを立てて馬や牛に繋いで2輪として使っていたのではなかろうかと。4輪よりも2輪の方が走行性能はよさそうですからね。我ながら、好い思い付きです!必然性には若干の疑問は残りますが。

ところで、このチャリオット・・・一体、何処から伝わって来たのでしょう?

ローマ帝国が地中海沿岸を統治していた今から凡そ2千年前、そこを訪れたガラマンテの旅人が、これは便利だ、と物々交換して砂漠の故郷に持ち帰った可能性があります。しかし証拠はありません。アカクスの岩絵にはギリシャ文字も残されていますから、ギリシャ人かローマ人がチャリオットでガラマンテの町までやって来て技術を伝えた可能性も否定できません。

しかしです!!!Wiki:Garamantesによれば、古代ギリシャの歴史家ヘロドトス(紀元前5世紀)が「このあたりで4頭建ての馬のチャリオットがあり、エチオピア方面での奴隷狩りにも使われていた」と書き残しているとのこと!ということは、アカクス山地に暮らすガラマンテスは、ローマ帝国がアフリカに来るより数百年も前からチャリオットを使っていたということです!

となるとチャリオットの原型はどこから来たのか???

そこで、改めて冷静に考えてみれば「なんだ、そうか、エジプト帝国からきたんだな」と気付きます。

紀元前13世紀、エジプトのラムセス二世もチャリオットに乗って戦をしていました!
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エジプト文明は世界四大文明と呼ばれるにふさわしいと、改めて思い知りました。

(完)
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