Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

絵が生まれた日の不思議


a3401.png
絵が生まれた日:The day pictures were born.

皆さんは、一体全体いつ絵が生まれたと思いますか?

そんな取り留めも無い問に答えなんてあるわけないよ、って思われた方は、mh同様、思い込みが激しい方です。絵が生まれた日、つまり人類が初めて絵を描いた日、があったことには一点の疑いもありません!それがいつか?っていうとですねぇ、世界に残されている古い絵の全てについて、それがいつ描かれたものかを調べ上げないと明言できない、というのが理屈というものでしょう!

古代の絵は、およそ洞窟などに残されていて、これまでの調査結果によればヨーロッパの洞窟画はおよそ1万5千年以上も前のもので、最も古いものは3万5千年程前のようです。ようですというのは、絵が描かれた時期を特定するのが困難だからです。生物ならば放射性炭素年代測定法が適用できますが、絵具や洞窟の石の年代測定には使えません。仮に絵の近くに動物や人間の骨などがあったとして、その年代が炭素測定法で特定できたとしても、骨と洞窟画のどちらがどのくらい古いのか、それとも同じ時期のものなのか、を特定する証拠が無いのが普通ですから、洞窟画が描かれた時期を確定するのは難しいのです。

取り敢えず、絵がいつ生まれたのか?という質問の答えは、現時点では3万5千年前だとしておきましょう。それが、Youtubeで紹介されていた“絵が生まれた日”です。

で~、その日、人類史上、初めて描かれた絵とはどんなものなのか?

どうも動物の絵のようですね、洞窟画の重要な特徴でもあります。
Wiki:アルタミラ洞窟壁画
a3402.png
「先史prehistoricヨーロッパ時代の区分で主にマドレーヌ期(約18,000年 - 10,000年前)と呼ばれる旧石器時代末期に描かれた野牛、イノシシ、馬、トナカイなどの動物を中心とする壁画である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。」

で~何故、絵が描かれることになったのか?

そんなこと、描いた人に訊いてみなけりゃあ判りません!って開き直りたいところでしょう。3万年も前に初めて絵を描くことになった理由なんて判る訳などありません!

しかし、お釈迦様が仰るように因果応報、絵を初めて描くことになったのには、当然、理由ってのがあるんです!で~、その理由、つまり、何故、我々の祖先は、ある日、突然、絵を描くことになったのか、を消去法と仮説と人間の習性を組み合わせて明らかにした人がいるっていうんですから驚きです!!!

何故、人類は、絵を描き始めたのか?
このミステリーを解くYoutube「Prehistoric Europeans. People Who Invented Art先史時代のヨーロッパ人;芸術を発明した人々」をご紹介しましょう。それを見て、みなさんは、どんな感想を持たれるのでしょうか?

その前に、フィルムに登場するプレゼンテイターをご紹介しておきましょう。
Nigel Jonathan Spivey (born 16 October 1958)ニゲル・ジョナサン・スパイヴェイ
a3403.png

古代芸術や考古学を専門とするイギリス人の研究家で58歳。ケンブリッジ大学で上級講師として活躍中です。
・・・・・・・・・

私が馬の絵を描いていると悟るまでにどのくらいの時間がかかりました?1秒?もっと短時間?
a3404.png
我々はほぼ瞬時に、何を考えることもなく、それが馬を表す2次元的な映像だと理解することが出来ます。
a3405.png
私は芸術家のような技量を持ち合わせていませんが、そんな私でも、鉛筆の線を組合せて絵を描くことができ、私があなたに見せたいと思っているものを提示することが出来ます。馬だけではなく、およそ世の中のあらゆるものを絵として描くことが出来ます。それを見たあなたは、何が描かれているのかを想像できるでしょう。
a3406.png
我々は、人類の歴史の中のある“瞬間”、絵の能力を初めて手にしたはずです。我々が絵を創造し、それが何を意味するのかを理解した“瞬間”です。

としたら、その時、何が起きたのでしょうか?どのようにして我々人類はイメージを創造する能力を初めて手に入れたのでしょうか?その答えを探し出すためには、時間を遡って調べなければなりません。

2千年遡ると、どうだったでしょう?これは古典絵画における馬のイメージです。
a3407.png
紀元前1百年、ローマの家の壁に飾られていました。この絵を描いた芸術家が2次元的表現方法について、何の問題も持っていないことは明白です。

更に数千年遡って紀元前1千2百年を見てみましょう。この小さな欠片は古代エジプトのものです。描いた人物は身の回りのものを表現する方法を完璧に知っています。
a3408.png
もっともっと昔に遡ってみましょう。私は今、北スペインのアルタミラを訪れています。19世紀の終わり頃、ここアルタミラで発見されたものは、イメージが創造された時期がいつなのかに関する認識を過激に変化させたのです。この歴史的発見をしたのは9歳の少女マリアでした。
a3409.png
地方のスペイン貴族で、素人考古学者でもあるマルセリーノ・デ・サウトゥオラ侯爵の娘でした。アルタミラに興味をそそられていたデ・サウトゥオラ侯爵は、1879年秋、マリアと共に洞窟探検をしていました。
a3410.png
侯爵「この洞窟は私が探検する2年前まで全く知られていなかった。私は全くの素人だけれど、自身で調べてみようと訪れたのだ。」

貴族の研究者として、デ・サウトゥオラは先史時代の出来事について新たな発見をしたいと強く望んでいました。しかし当時の考古学者たちは、古代人は野蛮な動物で、サルより若干ましとはいえ、洞窟は彼等にとって雨風を凌ぐためのものでしかなく、そこで何かを創造するなどということはありえない、と考えていたのです。
侯爵「私は調査を通じて、この山中に暮らしていた古代人がどこから来たのか、どんな習慣を持っていたのか知りたいと望んでいた。」
デ・サウトゥオラは洞窟の床を掘り返して先史を語るもの、例えば骨や道具、を見つけたいと考えていました。しかし、アルタミラを有名にする発見をしたのはマリアだったのです。
「パパ、来てみて!牛よ!」
a3411.png
侯爵「私は驚きに打ちのめされた!私が目にしたのは想像を絶するもので、口では言い表せないものだった。」
a3412.png
若いマリアによって先史の絵画ギャラリーが初めて発見されて以降、世界中で、同じような洞窟ギャラリーの発見が続くことになりましたが、アルタミラの絵は、今でも最も美しい洞窟絵画のひとつだと考えられています。
アルタミラ洞窟の天井は数十匹のオーロックス(古代の牡牛)の絵で埋められています。
a3413.png
オーロックスはずいぶん前に消滅している牛の種です。絵の中では、牡牛は立っていたり、寝ていたり、駆けていたりしているように見えます。
a3414.png
この洞窟画を見たデ・サウトゥオラ侯爵は、先史人が描いたのに違いないと直感しました。しかし、他の人々は彼のようには考えなかったのです。デ・サウトゥオラが彼の発見を世界に公表すると、考古学者たちは直ちにその真偽を問題視しました。“イメージは、あまりに見事過ぎる。先史の野蛮人が描いたとはとても思えない。”
a3415.png
専門家たちは、これらの絵は偽物で、デ・サウトゥオラ侯爵はその被害者か、もしくは加害者だろうと主張しました。
デ・サウトゥオラは自分の名誉のために戦いました「絶滅した動物が描かれているのだから古代のものに違いない。」
しかし、考古学者たちはみな懐疑的でした。数年後、デ・サウトゥオラはアルタミラから遠くないこの実家で失意の中で亡くなるのです。
a3416.png
信頼や尊敬を受けることなく、不誠実だと告発され、心を砕かれてしまったことが彼の命を縮めることになったと彼の支援者たちは信じています。

しかし、デ・サウトゥオラ侯爵の見解が認められる時は巡ってくるのです。アルタミラ絵画の発見以降の数十年の間に、多くの洞窟画の発見が相次いで行われたのです。
a3417.png
フランスやスペインで見つかった洞窟画から、これらが先史時代のものであることが証明されました。ラスコーと呼ばれる洞窟ではさらに画期的な発見がありました。息を飲むような美しい絵で埋まったギャラリーとも言える洞窟画です。
a3418.png
多くの洞窟画が脚光を浴び始めると、先史時代の芸術家が現代の芸術家に匹敵する技量と確信を持っていたことが明らかになってきました。
a3419.png
洞窟画を眼にしたパブロ・ピカソは言っています「我々は何も学んでこなかった。」
a3420.png
専門家たちはこれらの絵画の年代分析を始めました。すると別の驚きがあったのです。イメージを創造し始めたのは、人類の歴史のかなり後期だったのです。どういうことかというと、もし現生人類の歴史をこの階段で表すなら、ホモサピエンスが出現したのは15万年前で、今、私が立っている所です。
a3421.png
その後10万年以上もの間、彼等はイメージを創造することはなく、イメージが初めて現れたのはここ、つまり今から3万5千年前なのです。この時点で、何かが変り始めたのです!
a3422.png
考古学者たちは、それを“創造的爆発”と呼びました。人々が初めて絵を描き始めた瞬間です。その時、何が起きたのでしょうか?何故、人類は突然、身の回りの世界のイメージを描き始めようと決めたのでしょうか?

専門家たちはその答えを求めて調査を始めました。そしてまず思いついたのは、至極当然と思われる説明でした。今日、我々が絵を描く主な理由のひとつは、世の中に存在しているものを表現する物を創り出すためです。専門家たちは、数千年前の先史時代の人々も“身の周りに在るものを表すために絵を描いた”と考えたのです。しかし、洞窟画が見つかり出すにつれて、この解釈は間違っていることが明確になってきました。

今日、芸術家たちは、生活している中で見つかる色々な物を絵に表しています。
a3423.png
しかし、先史人は、ほぼ一つのイメージだけを絵にしているのです。先史時代の芸術家は動物に凝り固まっていたのです!
どんな動物でもいいというわけではなく、ある特別の動物でした。例えば馬
a3424.png
バイソン(牛)
a3425.png
そしてトナカイです!
a3426.png
しかし、何故!これらの動物の何が我々の祖先の気を引いたと言うのでしょう。

オンリー・ボゥイはフランス人の説教師です。しかし彼は20世紀において、屈指の洞窟画の専門家として長い間、知られていた人物でした。
a3427.png
彼は信じていました、岩絵は狩猟の様子を描いたものだと。その考え自体は驚くべきことではないと言えるでしょう。先史時代の芸術家が狩猟の成功を高めようと考えて動物の絵を描いた、という考え方は筋が通っています。特定の動物だけが描かれることになった理由の説明にもなります。ボゥイは人々の疑問を解決したかに思われました。
a3428.png
しかし、さらに最近になって、洞窟の周りで狩猟され食されたと考えられる動物の骨を調査した考古学者たちは、妙なことに気付きました。“人々が狩猟の成功率を上げようとして洞窟画を描き始めたとしたら、狩猟され食された動物の絵が描かれているべきだ。しかし、絵の動物はそれと異なる!”
a3429.png
例えばアルタミラの場合、先史時代の芸術家は牡牛Oxenの絵を描いています。しかし、残されていた骨は鹿のものでした!ほかの場所では、古代の山羊を食べていました。絵の動物と食糧になった動物の間には関係がなかったのです!
a3430.png
つまりボゥイの狩猟動物説もまた“何故、人は初めて絵を描くことになったか”という問題を解決することに失敗したのです。

元々、これらの理論にはもっと大きな問題がありました。理論が正しいとすれば、絵は、人々が見やすい場所に描かれている必要があります。しかし、実際には、古代の芸術家が、洞窟の奥深く、狭い空間に押し込まれながら描いた絵が多いのです!例えば、ここは、フランスのパシュメールPech Merleですが、近づくことすら困難な場所に絵が描かれています!
a3431.png
芸術家はどんな姿勢でこの絵を描いたのか?一体、他の誰が、ここに来て絵を称賛してくれたというのか?とても想像することは出来ません。
a3432.png
この絵の場合、近づくのが難しいというだけではなく、絵を見ても、芸術家が描こうとしたものが何かを理解することすら出来ません!というのは他の洞窟画の多くと同じように、絵は何物をも表していないのです。点と線、または抽象的な形や模様で出来ているのです。
a3433.png
先史時代の芸術家が暮らしていた自然界の何物も、この絵に似てはいないでしょう。そして、不思議なことに、多くの場合、これらの模様はもっと判りやすいイメージの近くで無作為に繰り返され、または散りばめるように配置されて描かれているのです!
パシュメール洞窟では古代芸術家は見事な2頭の馬を描きました。それを見ると、馬はいくつもの点模様で覆われています。この模様と狩猟との間にどんな関係があると言えるのでしょうか?考えてみても何も思いつきません。
a3434.png
考古学者たちは、点模様や抽象的なパターンが描かれた絵は、他の洞窟画と同じように考えても理解することはできないと気付きました。狩猟のためにこれらのイメージを描いたという理論を根拠にしていたら決して問題を解くことは出来ないのです。つまり、身の回りで目にできる物を描いたと言う理論も狩猟する動物を描いたという理論も、重要な点で不十分なのです。
a3435.png
洞窟画の不思議を解き明かすためには“何故、人々はイメージを洞窟に描いたのか”ではなく、“どのようにして我々はイメージを創造するという驚くべき能力を初めて得ることになったのか”から始めるべきだったのです。

何かの絵を描くためには、まず、絵とは何かを知る必要があります。しかし、絵を見たことが無ければ、どうしたら絵について知ることが出来ると言えるのでしょうか。
a3436.png
この点が問題の要(かなめ)であることはボゥイだけは気付いていました。彼は19世紀のトルコ人に関する興味深い物語を話しています。その男は絵を見せられました。馬の絵でした。しかし、彼は全く絵の意味を理解することが出来なかったのです。生まれてこの方、一度も絵を見たことが無かったので、何を見ているのかについて思いが及ばなかったのです。このトルコ人は敬虔なイスラム教徒でした。厳格なイスラムでは生物のイメージを禁止しています。つまり、彼は人間が動物の2次元的イメージを創造することが出来ると信じることを拒絶していたのです。彼は言いました「これが馬だとは思えない。何故なら、後ろに回って見ることが出来ないんだから。」
a3437.png

世の中に存在する何かを生き生きと描いた絵を見ても、それが何かを理解することが出来ないという彼の感覚は、我々にはとても信じられません。

これが、一度も絵を見たことが無い人々に見える状態なのかも知れません。何の意味もない線と色とマーキングの組合せです。
a3438.png
絵を見たことが無く、絵とは何かを理解していないとしたら、そのような絵を創造してみようとする思い付きはどのようにして生まれてくるのでしょうか。
a3439.png
古代の我々の祖先はどのようにして、線、点、色の組合せが何かを表すことができるということを理解するようになったのでしょう。数千年以上も以前に、どんな切っ掛けがあったというのでしょう。それは人類の創造性に関する重大な不可思議の一つと言えるでしょう。専門家たちは長い間、この不可思議を解決しようと試みてきましたが、上手くいきませんでした。

しかし、数年前、革命的な考えが出現したのです。それは正にこの不可思議を解き明かすかもしれない発想です。その発想が生まれたのはヨーロッパではなく、数千Km離れた場所、南アフリカでした。ドラケンズバーグDrakensbergの岩の高地の裂け目の中に、ヨーロッパの洞窟画のような岩絵が隠れていました。
a3440.png
そこでも大きな動物が特徴的に描かれていました。
a3441.png
一見すると狩猟の様子を表しています。ヨーロッパで見つかった絵と異なり、これらの絵は何千年も前のものではありません。
a3442.png
2,3百年前に描かれたものです、大抵は記憶に従って。絵を描いた人々はサン族と呼ばれるブッシュマンです。
a3443.png
これらの絵は長年、ほとんど無視されてきました。しかし、一人の男がこの絵に魅せられたのです。デイビッド・ルイス・ウィリアムズDavid Lewis-Williamsです。
a3444.png
ルイス「ドラケンズバーグの岩絵を見た時、最初は日常生活の様子を描いたものだろうと思いました。何故ならサン(ブッシュマン)は狩猟族ですから。例えばこの絵では、イーランド(注)がいて、狩り人がイーランドのしっぽを掴んでいるように見えます。」
a3445.png
(mhイーランドeland:巻角の大型カモシカantelope)
「イーランドがブッシュマンに捕まえられたところと言えるでしょうか。狩人の勇敢さを示す絵のように思われます。しかし、絵の詳細をもう少し調べてみると、その考えは違うのではなかろうかと考えさせる点に気付きます。例えば、この人の足は“ひずめhoof”であって“足foot”ではありません。」
a3446.png
ニゲル「これは誰も気付かなかったでしょうねぇ。」
ルイス「更に、人は足を交差し、イーランドも後ろ足を交差しているんです。」

ルイス「更には、この人はカモシカの頭を持っています。そして体からは毛が立っているんです。」
a3447.png
「イーランドの体からも毛が立っています。」
a3448.png
「これらのことから、この絵は日常生活の様子を表したものだとは思えません。これらの奇妙な点に気付いた時、この絵が意味している不可思議を解く切っ掛けを得たのではないかと感じました。」

しかし、調査を始めると彼は直ぐに問題に直面しました。というのは、これが現代のサン族です!
a3449.png
彼等は、とても山の中とは言えない、ドラケンズバーグから数千Kmも離れたナミビアのカラハリ草原で暮らしているのです。実は、彼等の祖先たちは迫害を受け、数世紀前から南アフリカのドラケンズバーグDrakensbergから追い出され始めていたのです。サン族は狩猟を続けてはいますが、絵は描かなくなりました。新たな場所カラハリには彼らが絵を描ける岩山が無かったからです。おかげで、古代の伝統は失われてしまうことになりました。サン族の芸術家は絵の秘密を抱えたまま消滅してしまったのです。岩山に描かれた奇妙な絵の不思議を解く鍵は永遠に失われたかのようでした。
a3450.png
ルイス「絵を描いた人々が消滅してしまった以上、絵の不思議を解き明かすことは不可能に思われました。」
しかし、その時、ドラケンズバーグDrakensbergから遠く離れた場所でルイス・ウィリアムズは最初のヒントを見つけたのです。それはヨーロッパにおける先史時代の洞窟絵に繋がる追跡の始まりでもありました。

山の岩肌に絵を描いた記憶を持つブッシュマンは今ではもういなくなりましたが、19世紀、僅かに残っていた何人かのサン族の人々が話した内容の記録が保管されていたのです。ケープタウンに保管されている古文書archiveの中に残っていました。
a3451.png
19世紀の終わり、ドイツ人移民のヴィルハム・ブレイクが、ドラケンズバーグDrakensberg付近で生き残っているサン族のブッシュマンを見つけ出しました。ブレイクはかすかに残る過去への入口を見つけ出したと感じ、ブッシュマンから聞き取りを始めたのです。ここに残る1万2千書にも渡る膨大な古文書にブッシュマンたちの証言が記録されています。ブレイクは、今はもう消滅した文化に関する興味をそそる情報の欠片を我々に残してくれたのです。
a3452.png
ルイスは、これらの書類の中に、ドラケンズバーグに描かれていたイメージの本来の意味につながる、ブッシュマンが聖書のように信じている何かが埋もれているとの予感を持ちました。そして、実際、そこにはあるものが埋もれていたのです。
a3453.png
ルイス「書類を読んでいると、彼等の信仰は精神的な世界で旅をする感覚によって組み上げられていることが明確になりました。サン族は、生きている間でも魂は体を離れ、精神的な世界を訪れることができると信じていたようです。それはトランス状態、言わば意識の変換状態にある時に起こるのです。」
a3454.png
サン族のこの伝統は今でも続いていました。自分の目で確かめたいと考え、私はナミビアのチュンクエィの近くの村を訪れました。
a3455.png
そこで私は集落の治療士healerで祈祷師shamanでもある人物に紹介されました。彼は精神世界を旅する人だと言われているのです。
ルイス「どのようにしてトランスになるのですか?」
a3456.png
祈祷師「誰かから、助けてほしいと頼まれたら、私は別の世界にでかけて行く。戻ったら、それが役立ったかどうかを確認するんだ。」
a3457.png
mh:全くの余談ですが・・・このシャーマン!見たことがあります!2015年3月23日「骸骨の砂漠の不思議」に登場していました!

その夕、集落でトランス・ダンスの集いが開かれました。シャーマンは私がその集まりに参加してダンスを見ることを許可してくれました。ダンスは、人々の力強いリズミカルな手拍子や掛け声とともに始まりました。儀式を指揮するのはシャーマン自身です。
a3458.png
ダンスが盛り上がってくるにつれ、劇的な何かが彼に起きる兆候が現れ始めました。彼はリズムの中に埋没し、周りの出来事から切り離れて自分自身を失いつつあるように見え出しました。
a3459.png
彼は意識を失くして地面に倒れ込みました。トランス状態になると意識を失うのです。その時、“死んで精神世界に入っている”と言います。そして向うの世界から、人々の悩みや病気を治すことが出来ると言うのです。
a3460.png

ルイス・ウィリアムはサン族の社会でトランスが果たす決定的な役割を発見しました。しかし、そのことが、祖先によって描かれた、死の世界に憑(と)りつかれたようなあの岩絵の不可思議を解き明かすのに、どのように役立つと言うのでしょう。

ルイス「私はブレイクの書類を読んで意識の変換状態に関する記述を見つけました。もう一方では不思議な岩絵を見つけていました。重要なのはこれら2つの事象を結合し、サン族がどんな思いで岩絵を描いたのかを解き明かすことでした。それは難しいパズルのようなもので、長い間、私は闇の中に置かれていました。」
しかし、答えは突然、現れたのです。それは文字通り目の前にあって彼を見つめていたのです。
ルイス「当時、私はヴィルハム・ブレイクが作った岩絵のコピーを持っていました。家の暖炉の上の壁に飾って、いつも眺めては思索していました。すると、一つの絵が私を闇から解き放つことになったのです。」
a3461.png
それは山の中でルイスが私に解説してくれた岩絵のコピーでした。
ルイス「ある日、この絵を見ていたら、突然、何が起きているのか閃いたんです。」
a3462.png
「描かれているイーランドは死んでいるのではないのだろうか?後足を交差し、何かにつまずいて頭が下がっていているようで、体からは毛が立ちあがっています。恐らく、毒矢に打たれて死んでいく様子だろうと思いました。更にはイーランドのしっぽを握る男は、足を交差し、見事な色のひずめの先端で立っています。彼もイーランドと同じ様に死んでいるのは間違いありません!つまり、この絵は、日常生活ではなく、トランス状態における精神的な体験を表しているものだと気付いたのです。」
a3463.png
これがサン族の絵の背後にある本当の意味だったのです。イーランドはアフリカで最大のカモシカantelopeです。その気高さと力強さはサン族の創造力を魅了し、不思議な効能がイーランドに授けられていたのでしょう。絵は彼等がトランス状態の中で見たことだったのです!サン族が描いた岩絵は狩猟の様子ではなく、動物との幻覚的な出会いを再現していたのです。
a3464.png
この新しい野心的な考えはルイス・ウィリアムの心を捕え始めました。何故なら彼はサン族の絵にとても類似した他の絵があることに気付いていたからです。その絵は何千年も以前に描かれた、ヨーロッパの岩絵でした。
ルイス「私は何年もの間、フランスやスペインの洞窟画に興味を持っていました。それらが私に訴えるものの一つは、ヨーロッパの岩絵と南アフリカの岩絵の類似性だったのです。」
サン族がイーランドに憑(と)りつかれていたように、先史時代の芸術家も2,3の重要な動物を限定して描いていました。
a3465.png
そして南アフリカのイメージにもあるように、ヨーロッパの絵にも人間の体に動物の特徴を取り入れて新しい生物を創造したように思えるものがあります。
a3466.png
しかし、それよりもなお、サン族とヨーロッパの絵画には、ある一つの説明不可能な共通的特徴があり、それがルイスを魅了していたのです。ここにサン・ブッシュマンの絵の写しがあります。恐らく2百年前に描かれた岩絵のコピーです。
a3467.png
イーランドと、その周りにサン族が描かれています。しかし、他にも重要な物が描かれています。この絵を描いた芸術家は、点を、像全体に撒(ま)き散らすように描いています!

そういえば・・・フランスのパシュメール洞窟に描かれた2匹の馬の絵にも・・・点パターンが撒き散らされています!
a3468.png
たった2百年前のアフリカの岩絵で、サン族は数万年前のヨーロッパの洞窟の絵と同じ抽象的なパターンを創造していました。しかし何故!場所も時代も全く異なる中で生きていた人々が、このような驚くべき類似性のある幾何学的パターンを描いたのはどうしてなのでしょうか。ルイスは悩み始めました。ひょっとすると、答えは芸術ではなく、その芸術を創り上げる人間の脳に関係しているのではないか?

ルイス「南アフリカの岩絵から、芸術がトランス体験、無意識状態から生まれてきたことを知りました。 従って、意識の変換状態を研究室レベルで調査している専門家に、意識の変換時に脳の中で何が起きるか訊いてみればいいと単純に考えたのです。調べてみたら、意識の変換状態に入ると、人はまずジグザグに折れ曲がった線を見ることが判りました。明るくて、点滅している折れ線です。」
a3469.png
「更には多くの点の塊、格子パターンです。全ての感覚が神経線で頭脳に繋がっていることからこのような結果になるようです。」

誰であれ、どの地方の生まれであれ、我々の頭脳は同じように機能するようです。
a3470.png
肉体的にみると、我々の頭脳は人類が最初に現れた時から大きな変化はしていません。そのことは、もし我々の頭脳が刺激を受けると、例えばトランス状態に入り込んだとすると、古代の祖先と同じ反応をすることを暗示しています。これは岩絵や洞窟画に現れている不思議なパターンを考える上でとても興味深い見方だと言えるでしょう。しかし、事実なのでしょうか?

それを確認してみようと考え、私はロンドンの心理学研究所を訪れました。
a3471.png
そこでは私の頭の中にトランス状態と同じ現象を起こそうと試してくれることになっています。
ニゲル「で~この箱の中身は何ですか?」
ドミニク「あなたの頭脳の中の視覚部を特別な方法で刺激するための器具です。」
a3472.png
ドミニク・フィッチェ博士はいろいろなタイプの視覚性無秩序症の患者を治療しています。患者は眼そのものには欠陥を持ってはいません。問題は映像を取り扱う脳にあるのです。被験者の状態を調べるため、彼は一風変わった装置を開発しました。
ドミニク「とても単純な装置です。ゴーグルのようなもので、コンピューターで点滅する高強度の光発行ダイオードLEDが配置されています。どのLEDをどのタイミングで何秒発光させるかはコンピューターで制御します。このゴーグルを装着して下さい。目は閉じていてください。」
a3473.png
LEDが点滅すると、患者は、目の前に妙なパターンが現れるように感じるというのです。

ドミニク「何が見えますか?」
ニゲル「見えるのは・・・様々な色が飛び出してくるような・・・背景には魚網のような・・・黒くて細い線が繋がっていて・・・蜂の巣のパターンのような・・・」
a3474.png
ドミニク「今度は片側の目だけを刺激してみましょう。」
ニゲル「電子チェス盤みたいな・・・白黒の・・・」

ニゲル「これは私には全く初めての体験です。目を閉じているのに何故、何かが見えたのでしょう?」
ドミニク「頭脳には見たものの中にあるかも知れない、グリッドパターンというか格子のようなものを認識する視覚部があります。恐らく光がこれらの視覚部をいらつかせて幻覚を引き起こしているのだと思います。この試験では大抵の被験者が同じタイプの体験をしています。逆説的には、視覚システムへの情報が少ない時も、全く同じ現象を感じると言えるでしょう。」
ニゲル「そう言われてみれば、洞窟の暗闇の中では、光源は全くないのですが、今と同じような現象を見たような気もします!」

これが奇妙なパターンの説明になるのではないでしょうか。洞窟の奥深く、完全な暗闇の中で、先史時代の芸術家は感覚の剥離を体験し、それが抽象的な形やパターンの幻覚を引き起こしたのです。そして幻覚の中で見たものを岩に描いたのです!

しかし、ルイス・ウィリアムは抽象的なパターンは手始めでしかないことを知っていました。
a3475.png
トランス状態に長くいる程、幻覚が感情的に重要な役割を果たすようになり、その結果、サン族や我々の先史時代の祖先たちの創造力を捕える力を持ったのは動物だったのです!
a3476.png
ルイス「我々は幻覚を見ます。サン族の場合、それはイーランドでした。ヨーロッパの先史人には牛(バイソン)だったのです。」
a3477.png
「または馬を見たのかも知れません。そこでは文明が大きな役割を果たしていたのでしょう。」
これらのイメージは幻覚として与えられ、後になって二次元的な表現としてそれを思い出し、岩壁に描いたのです。
a3478.png
ルイス「人々は、ある日、突然、絵を描くことを発明したのではありません。頭脳が生み出すイメージに慣れていたので、それを岩肌に投影したのが絵になったのです。そのイメージをしっかり記す、永遠に岩肌に残しておく。それが彼等の望みでした。単に洞窟の外で見た馬という実体を描いていた訳ではありません。彼等はヴィジョン(映像)を記録していたのです。」

ルイス・ウィリアムは、それまで絵というものを見たことも無い何千年も前の人々が、2次元のイメージをどのように創造したのかという不可思議に対する答えをとうとう見つけたのです。それらは自然の実体をコピーしたものではなく、彼等の頭の中で創られたビジョンを表現したものだったのです。
a3479.png
とうとう、我々は初めて、長年専門家たちを不思議がらせていたパズルを解く理論を手にしました。それは洞窟芸術を調査して組み上げられた理論ですが、同時に、これらの絵を描いた人々の頭の中で起きたことに対する科学的な理解方法でもあったのです。
a3480.png
それは、洞窟に描かれた、イメージとは呼べない絵を説明する根拠にもなり得ます。しかし、過去の絵から出発して、現代の生活に大きな影響を与えている映像や絵まで、どのように続いてきたのかを説明してはくれません。何故なら、凡そ1万2千年前、ある奇妙な事が起きていたのです。人々は洞窟で絵を描くことを止めてしまったのです!
a3481.png
考古学者も一体なにが起きたのか把握できてはいませんが、兎に角、ヨーロッパ中で、数千年の間、イメージの創造はほとんど行われなくなっていたのです。どのようにイメージを創造するのかを発見し、それを何世代も伝えてきた先史の人々は、イメージへの関心を失ってしまったのでしょうか。それとも、イメージは人類の存在の重要な部分ではなくなってしまったのでしょうか。イメージは単なるたしなみでしかなかったと言うのでしょうか。

イメージは人々の心の中の孔の底に落ちて消失してしまいました。としたら、イメージを喪失した過去のある点から・・・
a3482.png
イメージで溢れている現在のこの時点まで・・・
a3483.png
我々はどのようにして辿り着いたのでしょう。絵の力はどのようにして、イメージなしでは考えられない世界に暮らす我々の創造力を再び掴むことになったのでしょう。

最近になって、その答えが見つかりました。私は今、トルコ南部に来ています。ここはギョベクリ・テペと呼ばれる大きな丘の麓です。丘の上には数千年以上前に、イメージについて起きたあることを示すものがあります。
a3484.png
1960年代、研究者たちは初めてギョベクリ・テペを訪れました。そこで見つけたのは火打石で作られた石器の破片が絨毯のように散乱している丘でした。彼等は、考古学的には重要なものではないと考えました。そして、およそ10年程前、ドイツ人考古学者たちがここで発掘を始めたところ、見つかったものは彼等を驚かせました。何故なら足元の地中から多くの巨石の構造物が、T字形の巨石で作られた円形構造物が出て来たのです。
a3485.png
現場の面積は広大でした。そこに、石で造られた少なくとも20の円形構造物が、数百の石柱とともに埋められていたのです。英国でストーン・ヘンジが造られたのは4千5百年程前ですが、ここはその3倍、つまり1万2千年前のものでした。人々が洞窟で絵を描くことを止めた頃のものです。
a3486.png
ギョベクリ・テペが、ある種の宗教的なセンターで、この丘に構造物を造った人々が集まる宗教的な力を持っていた所だったことは間違いありません。しかし、我々が創造力を創り出すことになった理由を説明する上で、そのことがどのように役立つというのでしょう。
a3487.png
それを確認する最適な時は夜です。というのは、我々の物語に重要なものは柱の上にあるからです。単なる巨石の柱ではなく、装飾が施されているのです。
a3488.png
柱はイノシシ
a3489.png
ライオン
a3490.png
鷺、狐など、野生の動物の彫像で覆われているのです。

1万2千年前、ヨーロッパの洞窟画が放棄された正にその時代、ここトルコの丘で、イメージは人々の創造力を掴んでいたのです。イメージは単なる一時的なたしなみではありませんでした。どのようにしてイメージを創造するかを知った人類は、心の中で、それを放棄することは無かったのです。この場所は、ひょっとすると、もっと大きな秘密を隠しているかも知れません。というのは、ここに残されているイメージは死後の世界のものなどではなく、我々が生きている世界のものだからです。
a3491.png
丘の反対側で考古学者は石切場として使われた所を発見しました。ここがギョベクリ・テペを支配的なものにしている巨石が切り出された石灰岩の岩床です。未完成の柱が残っています。理由は判らないが途中で放棄されたのです。
a3492.png
この空間は石柱が切り出されてしまった跡でしょう。金属器ではなく単純な工具だけで、石柱が切り出され、その上にイメージが彫り込まれたというのは驚くべきことです。また、注目すべきは、その大きさで、石柱は長さ6m、凡そ50トンもあります。500人が集まらなければ、ここから丘の上に移動することは出来なかったでしょう。

丘そのものも人工のものでした。
a3493.png
これらに費やされた莫大な努力に関する重要な点は、ギョベクリ・テペという社会が持つ影響力でしょう。1万2千年前、ここで働き、祈りを捧げるために数百人の人々が長い旅をしたのです。そして勿論、彼等は食べねば生きていけません。

当時、世界中の人々は、動物を狩猟し、野生の植物を採集して食糧として暮らしていました。
a3494.png
狩猟と採集は人々の集団が小さい時は上手く機能します。しかし、今日、我々はもっと多くの人々を養うため、穀物を育て、家畜を飼育する農業を採用しています。農業は近代社会の礎なのです。
a3495.png
考古学者は何が人々に狩猟や採集を諦めさせ、農業を始めさせることになったのか不思議がっています。農業革命が人類の歴史における重要な変化であることは明らかでしょう。ギョベクリ・テペが学者たちの関心を集める理由にもなっているのは、実は、農業が発祥したのはこの辺りだからです。そして、ほぼ同時に構造物の建設が行われているのです。ギョベクリ・テペを建設し、そこで祈りを捧げる多くの人々の食を確保する必要から農業が始まったというのでしょうか。としたらそれを裏付ける証拠が必要です。

最近になって、科学者は近代の耕作用小麦がどこから来たのかを発見しました。農場の食糧用小麦の遺伝子分析から始め、野生の小麦についても調べて遺伝子構造を比較した処、我々が食する耕作用小麦の祖先は、ギョベクリ・テペから30Km離れたあの山で成長している小麦だと判ったのです。
a3496.png
恐らく、野生の小麦はあの山からこの地に運ばれ、栽培され、構造物を造る人々に食されることになったのではないでしょうか。
ここに重要な結果が導き出されることになりました。イメージは人々の心の中でとても影響力を持つようになり、人々の歴史に大きな変革を起こすことになったのです。

我々の近代社会は、絵によって支配されています。古代の祖先は、自分たちが生み出したイメージがどこまで社会に影響を与え変革を引き起こすのか、想像すらしていなかったでしょう。
a3497.png
もし数千年前に祖先が啓示を受けなかったなら、今の社会はないでしょう。線、形、色で描かれた“啓示”が今、世界を掌握しているのです。

以上が「Prehistoric Europeans. People Who Invented Art」の内容です。
https://www.youtube.com/watch?v=LvhDb4phhzY

で~、皆さんは、どんな感想を持たれましたか?狐につままれたようだって?

人類が絵を描いたのは幻覚をイメージに残すためだったという見解は、新鮮味があり興味深いと思いました。しかし、どこかおかしくありません?

フィルムの仮説では、普通の人ならとても入り込んでいかないはずの、洞窟の奥深くの暗闇の、狭い空間の天上や側面に、抽象的で幾何学的なパターンが描かれているのは、幻覚がなせる業だと言います。
<ペシュメルルPech Merle洞窟壁画>
a3498.png
それなりの説得力はありますが、バイソンや馬やカモシカの見事な姿も、それらを一度も見たことが無い人が幻覚の中で見て、その姿を思い出しながら描いたっていうのは、いくらなんでも不自然が過ぎます。洞窟画の馬の姿は、mhが描く絵なんかよりもずっとリアルでダイナミックです。馬を一度も見たことが無い人が、こんな見事に、実物と同じ姿の馬の絵を幻想で思い浮かべるなんてこと、あるわけがありません!やっぱ、馬を見た人が描いたと考えるべきだと思います。
<ラスコーLascaux洞窟壁画>
a3499.png
mhはこう思います。
馬やカモシカやバイソンは、時々、古代人の目の前に現れ、草をはみ、草原を駆け抜けて過ぎ去りました。古代人はそれを見て感動したのです。何故って、馬やカモシカやバイソンは人間なんかよりもずっと早く、長く走ることが出来るし、力強く跳躍することも出来たからです。これらの動物は古代人の憧れになり、信仰対象になりました。その結果、洞窟画に描かれることになったのです。つまり洞窟は古代人の神殿とも言える所だったというわけです。
御参考:赤線で示された大断崖がドラケンズバーグDrakensberg
a3499a.png
(完)

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する