Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

チベット死者の書の不思議


「人はどこから来て、どこに行くのか?」と書き始めたところで、今日(6月28日)が火曜日で、近くのスーパーの玉子特売日だと思い出しました。早速、ショッピングバッグを肩に、開店10分後に入店して、玉子と、これまた特売のレタスをゲットしてきたところです。1個99円のレタスが山積みされた場所にはおばさんとおばあさんが群がっていて、次々にレタスを掴んでは少し開き気味の外葉を取り去って近くに置かれた段ボール箱に投げ入れています。芯だけ買うのかと思いきや、段ボールに溜まった外葉も一緒に買い物籠に入れてレジに向かいました。結局、1個のレタスの代金で、1個の芯レタスと、沢山の外葉をゲットするんですねぇ。浅ましいとしか言いようがありません。mhの家では、少し固くて虫が食っている外葉だってきれいに洗って御馳走にさせて頂いていますから、人様が購入するレタスの外葉を勝手に取り去ってしまう行為は、言語道断で、許しがたく、気の短いmhにはとても受け入れがたい事態です。だからと言っていちいち文句を言っても聞いて頂ける雰囲気ではありませんから、mhとして出来る抵抗は、彼女らの頭越しに手を延ばし、外葉を取られる前のレタスをサッとゲットすることしかありません。

人様が買うレタスの外葉までもぎ取って、自分のレタスを膨らます人は、僅かな年金でその日暮らしを強いられ、「自分はどこから来て、どこに行くのか」なんて能天気なことを考えている暇などないのだろうと思いますが、中には内緒で沢山の箪笥貯金を持っていて、余命も少ないのに、まだお金を貯めたいっていう欲張りもいるかも知れません。食費にまわす費用に事欠いている人だとしたら同情に値しますが、もしガリガリの金銭亡者だとしたら許せません!

話がとんでもない方向にそれてしまったので、一旦、元に戻しましょう。
「人はどこから来て、どこに行くのか?」

どこから来たのかについては、客観的な説明ができそうです。つまり、人は「無」からきたんですね、ビッグバンが人の始点です。137(138?)億年前、「無」の中で“大きな爆発ビッグバンBig Bang”が起き、宇宙が生まれました。爆発で生まれた宇宙は、当初、急速に膨張し、その後は、一定の速度で膨張を続けているようです。Wikiで見つけた、宇宙の大きさの変化の概念図をご紹介しておきましょう。
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大爆発が起きたのは上の図において、左側で明るく光っている時点です。13.7十億年を経過した今も宇宙は拡大を続けています。宇宙の未来は不透明で、ある時期、拡大は止まり収束して無に帰し、再びビッグバンを繰り返すという考えもあるようですが、どうなるんでしょうねぇ。

で~人が生まれる種は、このビッグバンだと断言してもよいかと思います。ビッグバンから生まれた物質が地球を、生物を、人間を産み出したのです。よって、人間はビッグバンから始まったという見方だって間違いではないでしょう。

しかし・・・生み出された人間は、お釈迦様も仰ったように、必ず滅する、つまり死ぬ運命にあります。短い人生ですが、有意義に過ごしたいものです。

で~誰も逃れることができない運命の死ですが・・・死ねばそれで全くの無に帰すのか?それとも別の世界にいく(他界する)のか?それとも生まれ変わる(輪廻)のか?

我々の関心は、我々はどこから来たかよりも、死ぬとどうなるのかに向きがちで、長い間、多くの人間が考え、悩んできました。そして、くつかの見解が提示されています。

Wiki“死生観(しせいかん)”によれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教においては、人は死んでも永遠に墓のなかで眠るのではなく、(世界の)最後の日に呼び戻されて“最後の審判”を受け、永遠の生命を与えられる者と地獄へ墜ちる者とに分けるという「復活」思想があります。生前、善い行いをしていれば、死後の遠い将来である、世界の終わりの日、神によって救われるっていうんですね。

で~我が日本の死生観はどうかっていうと、『日本書紀』に根の国、古事記には黄泉国という表記で表される地下の世界があって、イザナギ(伊邪那岐命、伊耶那岐命)とイザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美)にまつわる話がよく知られている、といいます。黄泉国に先だった妻イザナミに会いたくてイザナギが訪れると、そこに腐敗したイザナミを見て、慌てふためいたイザナギはこの世に逃げ戻るって話のようです。
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我が国の仏教には、死ぬと地獄か極楽浄土に行くっていう向きの話もあるようですが、それを明確に記した経典は恐らくないはずです。お釈迦様は、死後の世界について一言も仰らなかったようですし、輪廻転生という生まれ変わり思想はお釈迦様が生まれたインドでヒンドゥ教を中心に根付いた概念であって、お釈迦様の直接の教えではありません。

しかし・・・お釈迦様を崇拝するチベット密教には、死後の世界を解説する経典があるんですねぇ、“死者の書The Book of the Dead”と呼ばれています。エジプトでも3千年程前に生まれた死者の書がありますので、区別するために“チベットの死者の書Tibetan Book of the Dead”と呼ばれます。
(以降は“チベット死者の書”とさせて頂きます。

今回はこれを紹介するYoutube「Secret Tibetan Book of the Deadチベット死者の書の秘密」です。
・・・・・・・・・
それは世界で最も神聖な書の一つだ。ダライ・ラマにとって重要な経典の一つでもある。臨死患者が医学的に死んでいる状態で体験する現象の解説書でもある。8世紀に書かれたチベットの死者の書は死者を導くガイド本だ。我々が死後の世界で出くわすことになる旅の地図だ。
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作家マイケル・ダンハン「私はチベット死者の書は“手引き書how-to book”だと言えると思う。」
それが西洋文明の人々の想像力をどのようにして捉えることになったのだろう。
作家ブライアン「その本を手にした人は誰でも何かを学んだはずだ。ある種の普遍的な知恵がそこにある。」
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死者の書は、生きると言う事について何を語っているのだろう。
僧侶「生きている我々が自由を得るための手段でもある。」
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これらの内容が我々を魅了する。もし古代のチベットの文化が正しければ、チベット死者の書は死後の世界への鍵であり、人類の最も古い質問に対する答えだ。
「過去を解く;チベット死者の書」
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死・・・人類の最大の不可思議だ。シェクスピアは「いったら誰も戻ってこない見知らぬ国」と呼んだ。あらゆる文明で、死は探求されたが、その最終性finalityに人々は当惑し、誰もその不可思議を解き明かすものは現れなかった。
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しかし、世界の片隅ともいえる僻地に暮らす人々は、死後に何が起きるのかを自分たちは明確に知っていると信じている。
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答えは1千2百年前の不思議な経典“チベット死者の書”の中に記されているという。
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僧侶「チベット死者の書は旅行ガイドブックのように理解可能だ。生命の究極の意味と死後の世界の体験を見出すことが出来る。」
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作家マイケル「チベットの死者の書は最初の手引書、つまりマニュアルだと思う。死者があの世を旅するための助言が記された案内書だ。」

何世紀もの間、この本は禁断の王国として知られる隔絶された地域の中で秘密のベールに包まれていた。
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20世紀初頭、一人のアメリカ人が精神的な探求の旅に出た。名はウォルター・エヴァンズ・ウェンツWalter Evans Wentzという。彼は、古代の知恵を求めてオックスフォード大学で民俗学を学んだ。たった一人で、ヨーロッパ、アラビア、インドを抜けて旅をし、最後にチベットとヒマラヤの境まで来た。
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そして、そこの小さな王国で、死後の世界の不可思議を知っていると主張する本を最初に読んだ西洋人になった。
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作家アラン・ウォーレス「深淵な精神的な経典だった。同時に体験的な挑戦を強いているものでもあった。科学的な方法とは異なっていた。哲学的な解説書だった。」
エヴァンズ・ウェンツは3年かけてその経典の翻訳を手伝い、1927年、英語版として出版した。
今日、この驚くべき内容の本は何か国かの言語に翻訳され、大きな書店ならどこででも手に入れることができる。その内容を支持する人々はハリウッドの俳優からダライ・ラマまで、広範だ。
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8世紀に書かれたチベット死者の書は、誰もが死後の世界で苦悩し体験する、チベット人が“バードーBardo”と呼ぶ苦悩に関する正確な解説書だ。
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僧侶「彼らがこの世を去ると、生まれ変わるのだが、それまで彼らが死と生の間で生活を送ることになるどこかの場所、それを我々チベット人はバードーと呼ぶ。チベット仏教では、この世は重要だが次の世ほど重要ではないという点を重視している。」
(mh:かならず生まれ変わる前提で、次の世をもっと良くするために今の世があるとの発想です。)

興味深いことにチベット死者の書に記された物語は、手術台で医学的には死んでいると宣言された人々が体験する、いわゆる臨死体験の近代的な解説と整合しているように思われる。
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作家マイケル「私はそれらの類似性に背筋がぞくっとした気分だ。臨死体験した誰もが、ぼんやりとした明かり、白っぽい明かりについて語っている。チベット死者の書でも白い明かりの存在が明確に記されている。」
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死者の書は、その明かりについて正確に明確に記している。
“気高く生まれ来たりし者よ。死と呼ばれるものが今やってきた。純粋の現実の明確な光の輝きを体験せよ。”
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作家マイケル「それはとても魅惑的だ。臨死について興味深いことは、彼らがその光の方向に行きたがり、医師が彼らの意識を取り戻させると、彼らは光から離れてしまい気落ちしたような感じを持つと言う事だ。」

近代西洋の都市にいようが、人里離れたチベットの村にいようが、全ての人類にとって共通のひとつのこと、それは死の不可思議だ。
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チベットの田舎の小さな村に死は訪れた。それは昨日だったのかもしれないし、何世紀以上も前だったのかも知れない。チベットでは死の儀式は少なくとも6百年以上も同じまま残っている。
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若い男が村で死んだ。家族は彼が逝ったことを嘆き悲しみながらも葬儀の準備を始めている。母親は地方の仏教徒、ラマ僧侶、を呼び寄せるために人を送った。
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僧侶はやってくると、チベット死者の書を読むために死体の脇に座った。僧侶たちの言葉は恐ろしい死後の世界で死者を導くためのものだ。
“気高く生まれ来たりし者よ。この世を離れるのはお前だけではない。死は誰にでも訪れるのだ。”
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その体験は恐ろしいものだろう。
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僧侶「バードーBardoでは、死者は様々な明かり、様々な映像を見、更には多くの困惑、恐怖をも体験する。」
その時、チベット死者の書だけが魂を新しい世界に安全に導くことが出来る。

本が持つ力を理解するには、まずその発祥について知っておかねばならない。チベット人は仏教体系を実践している。アジアにおける偉大な宗教のひとつだ。
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インドの聖人で信仰者たちから仏陀または覚醒者として知られる男の教えによって、キリスト誕生の5百年前に始まった。
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作家アラン「仏教は2千5百年の伝統を持つ古い教えで、長い時間をかけて様々な文化の中で拡散し、同化してきた。1千5百年前のアフガニスタンから北朝鮮やシベリア、東南アジアやスリランカ、中国そして勿論チベットまで正に多様な文化の中に溶け込んでいった。しかし、その多様性や広範な教えにも拘わらず、仏教の伝統の中にはいくつかの核になるものがある。“これが仏教101(注)だ!”と言えるものだ。」
(mh:101は入門書の意です)
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仏教の基本的な信仰は単純で、しかし深淵な真実だ。人生は苦悩sufferingに満ちている。仏教徒によれば苦悩は欲望と無知によって引き起こされる。しかし、苦悩は瞑想、学習、慈悲によって取り除くことが出来る。
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僧侶「私が思うには、それは宗教というよりも哲学だ。しかし我々は2つのことに重きを置いている。ひとつは慈悲で一つは知恵だ。この2つを獲得出来れば覚醒したと言えるだろう。」

あらゆる形態の仏教の中心を形成する概念に輪廻がある。死後にまた生まれ変わるという発想だ。
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その考えに基づいて、カルマという概念が生まれた。この世における善行と悪行によって次の世界が左右されるという考えだ。
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メッツナー教授「チベット仏教徒は悪いと思う事をすると、この世で罰せられないかも知れないが、カルマによって必ず裁かれることを知っている。だから悪いことをしてはならないと考える。」
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仏教の最終目標は永遠に続くカルマの回転から解脱し、苦悩から解放されることだ。チベット死者の書は“手軽な解放shortcut of liberation”を確約している。
作家ブライアン「我々には死者の意識をより良い世界に導く技術があると言っているのだ。」
1920年代に英語に翻訳されて出版されるまで何世紀もの間、チベットの死者の書はヒマラヤという山岳地帯の広大な自然の中で完璧に守られてきた。
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作家ブライアン「1927年以降、他の6カ国くらいの言語に翻訳されて印刷出版されるようになって、西洋の発想が取り入れられだした。」

本は1964年に更に有名になった。サイケデリックな指導者ティモシー・リアリーTimothy Learyがチベット死者の書を再翻訳し、LSDのトリップを説明する理想的な解説書であると主張したのだ。
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チベット死者の書はビートルズの歌やハリウッド映画やポップ文化のスローガンやファッション・デザインの中に浸透していった。
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しかし、それら全ての裏側には古代文化の単純で力強い不可思議があったのだ。
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作家アラン「死後に何が起きるかを知ることは、現実的に可能かもしれない。そこには偉大で不思議な知恵というだけではなく、意識というものの特性の実証的な内面が在るのだろう。 死のかなたにおいても、死者の意識は続いているのかもしれないのだ。」
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世界の片隅で生まれた、この古代の経典は、人類の最も古い質問に対する答えを持っているのだろうか?
僧侶が死者のために読経を始めると、死者の魂は恐るべき旅を始める。墓場の向うの世界で彼を導くものは一つ、チベット死者の書だ。

死はどの家にも訪れる。しかしチベットでは死と葬儀は世界のどの葬儀の伝統とも異なる。それは死者の脇で僧侶が読経することから始まる。僧侶が読み上げるのはチベット死者の書だ。それはバードーと呼ばれる死後の世界のいくつかの段階を通じて魂を導く。
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“気高く生まれ来たりし者よ。今が死の瞬間だ。注意して聴け。3つのバードーを経験するだろう、それを覚えて置け。恐れるではない。”

作家アラン「魂は家とか仕事場など、死者が良く知っている場所に舞い戻ってくると言われている。魂は死者が愛していた人々の周りを浮遊し回っている。」 
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作家マイケル「家族がしなければいけない最も大切なことは“何も心配する必要がないから、バードーであなたがしなければならない事に注力するように”と静かに魂を宥(なだ)めることだ。」 

死から数日後、死体は専門家によりチベットの葬儀方法に従って埋葬準備される。
作家ロバート・ターナー「チベットの伝統的な葬儀方法では、家族の要請を受けたラギャラーと言われる特別な身分の人が死体を処分する。」
伝統によれば死体は胎児の姿勢をさせられる。その時、背骨は折られ、手足はまとめて縛り上げられる。こうして、死体が半分ほどの大きさまで縮め上げられたら、布でしっかり巻いて小さな担架に固定できる状態にする。
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チベットの伝統的な葬儀は鳥葬sky burialとして知られている。布包みは人里離れた場所に運ばれて置き去りにされ、死体はハゲタカの食糧に提供される。
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作家マイケル「西洋人の発想ではぞっとするおぞましい方法だが、一方ではとても現実的な考えだと言える。チベット人は、死んでしまえば、もう肉体には価値がないと信じている。となれば、この世を去るに当たり、自分の肉体を他の生き物に与えるほうが良いという発想だ。」これが肉体の最後だ。しかし魂の終わりではない。
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その後の7週間の間、僧侶はチベット死者の書に書かれた経を読み続け、死後の世界、つまりバードー、の中で彷徨い続けている魂を導くのだ。

“気高く生まれ来たりし者よ。この世にへばりついているなかれ。落ち着きなく彷徨い続けるなかれ。恐れるなかれ。”
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チベット仏教の形式は他の偉大なアジアの宗教形式とは異なっている。
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メッツナー教授「チベットの死者の書はチベット人仏教徒のヨギyogiや瞑想者達の何世紀にも渡る体験に基づいている。地球に生まれた教えの中でも精神的に高度なものだと言える。」
チベット仏教が他と異なるもののひとつに、砂の曼荼羅がある。
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宇宙を、色の付いた砂で幾何学的に表現したものだ。それを創り上げる作業は瞑想の一つの形態だ。知恵を別の形で表現したもので構成されている。この美しい芸術作品を一つ仕上げるのに何人かの僧侶で数週間もかかることがある。
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僧侶「物理的な構造は僧侶たちの覚醒の度合いを表している。もし正しく、完璧な動機を持ち続けて描くことが出来れば、その曼荼羅に生命の力を与えることが出来る。」
砂の曼荼羅は生命の象徴だ。この複雑な芸術作品は、完成すると直ちに破壊されてしまうのだ。それは短い生命そのものと確実な死という意味深長な象徴なのだ。
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チベット人の信仰の中心にある死と輪廻はチベット死者の書の中に秘められている。
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しかし、本が造られることになった経緯は、記されている死後の世界の解説と同様、奇妙で当惑させられる。それはチベットからインドに旅をした、不思議な力を持つ不思議な人物とともに始まる。
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彼の本当の名前さえ知られていないが、何世紀もの間、パドマサンバヴァとして知られていた。「蓮華に生じた者」という意味だ。
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作家マイケル「パドマサンバヴァはパキスタンの北西端地方で今のスワ・バリーか、今のアフガニスタンで生まれた。彼はインドを訪れ、彼が持つ魔力でスーパースターになった。」
西暦750年、ヨーロッパではバイキングたちが英国の海岸に侵攻し、大陸ではチャーレマグネ(Charlemagneカール大帝)が戦好きの部族を束ねて王国を造り上げていた時、アジアでは仏陀は既に12百年も前に死んでいた。彼の教えはアフガニスタンから日本まで広がっていた。そしてヒマラヤの人里離れた高原にパドマサンバヴァが仏教の教えを携(たずさ)えて現れた。彼の最初の任務はチベットで悪行を働いていた悪魔たちを不可思議な力によって打ち負かすことだった。
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作家ブライアン「彼は悪魔たちを打ち負かしただけではなく、力を持って悪魔たちを仏教徒に改宗させた。以来、これらの土着の魂というか悪魔たちはチベット宗教の中で、仏教の守護者としてのある役割を担うことになったのだ。」
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悪魔たちを鎮め、改心させたことに加えて、パドマサンバヴァは奇蹟を施した。病人を回復させ、未来を予言し、彼に従う者たちに空を飛ぶ方法を教えることすらも行ったという。
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しかし、パドマサンバヴァの最も偉大な挑戦は死を打ち破ることだった。西暦800年頃、このインドの聖人パドマサンバヴァは死と再生の過程に関する特別な指導書を書き上げた。彼はそれをバードートードゥと読んだ。
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あの世で聞くことになる解放の書だ。それは存在するどんな仏教経典と似ても似つかないものだ。

作家ロバート「死や再生についての知識を持ったインド人でさえ、死に対する、良く知られた本を持っていない。それを持っているのはチベット人だけだ。」

本が持つメッセージは力強く、そこに書かれた指導内容はとても重要なものだったので、パドマサンバヴァは“危険すぎる”と考えた。
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作家ロバート「チベット人は、まだこの教えを受け入れられる体制にないと彼は考えた。彼らは別のものとして誤解してしまうに違いないと。何かのカルトの目的で、降霊術士などによって過って使われてしまうかも知れないと。」

作家ブライアン「伝承によれば、パドマサンバヴァは、彼の教えをどこかに隠してしまうことにした。将来、その場所が判るような予言を残して。伝承によれば彼は人里離れた奇妙な場所の、石を積み上げた中に経典を隠した。」
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パドマサンバヴァは西暦800年頃に死んだ。彼が成し遂げたことは素晴らしいものだった。チベット全体を軍隊の帝国から地上でも最も精神的な社会に変えたのだ。
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しかし、彼の最も偉大な仕事は消えてしまった。残されたのは秘密の予言だけだ。そして、その予言は600年後に実現する。
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チベットの村で若い男が死んだ。死者は49日の間、チベット死者の書の読経だけに導かれて死後の世界を彷徨うと言われている。チベット死者の書には3段階のバードーが解説されている。第一のステージである死の瞬間、明るく輝く白い光に出合い・・・
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死者は第二のステージ、平穏な神々の段階、に入る。
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“気高く生まれ来たりし者よ。お前が、女の配偶者ローチャナ神と性結合しているバジラサトラ神になる前に、知恵の白い光がお前の上で明るく、はっきりと輝くだろう。”
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穏やかな神々の一人一人が魂を楽園、神々の喜びの中心、に導いてくれる。しかしこの神々は罠にもなり得る。
メッツナー教授「もしあまりに誘惑され過ぎてしまうと、それに溺れてしまう。」
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“気高く生まれ来たりし者よ。神々の柔らかい光に誘惑されるでない。それは解脱には障害なのだ。”
バードーの最終目標は覚醒の達成で、神々の悦楽を追求することではない。もし魂が平穏な神々が仕掛けた試験に失敗すると、激怒の神々に出会うように強いられてしまう。
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仏教僧の読経だけが彷徨える魂を乱暴な神々のバードーで正しい方向に導くことが出来る。最も手が込んだバードーの写実は、あの世を3次元で小型化して表現した曼荼羅だ。
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この見事な彫り物はチベット死者の書をリアルに表したものだ。
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目的は、死者の書と同様、生きている人が次の世のために準備するのを手伝うことだ。
作家アラン「もし教えを熟知し、生前にバードーについて学ぶことが出来たら、バードーの世界に潜り込み、どんなところかを予め実体験することが出来る。“恐ろしいところじゃあないな”と。」

あの世についての、この手が込んだチベット芸術は8世紀に初めて生まれることになった。
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そしてインドの聖人パドマサンバヴァによって書き写されて神聖な経典になると、彼は、不釣り合いな人々の目から隠すため、予言で600年後に見つかるまで、経典をある場所に隠してしまうのだ。
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作家ブライアン「14世紀の初め、この経典が見つかったことが確認されている。パドマサンバヴァが8世紀に隠してしまった彼の教えは、タートゥームと呼ばれる宝物探求者によって見つけ出された。見つけたのはカーマ・リンパと言う名のタートゥームだ。彼は経典が隠されている場所を示す地図を見つけ出したと言われている。
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作家ブライアン「興味深いことは、地図は預言で指定されたこの男以外の誰も読むことが出来ない文字を使った暗号で描かれていたということだ。」

1350年頃、カーマ・リンパは地図に従ってヒマラヤのギャンパダー山地にやって来た。
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そこで彼は長い間、隠されていたあの世への手引書を掘り出した。死者の書の発見はチベット仏教に重大な影響を持つことになった。
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その後の数世紀の間、本は伝統的なチベットの葬儀における死と再生の究極的な不可思議への鍵となる標準的な経典になった。
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しかし、チベットとその精神的な遺産は20世紀になるまで、他の世から隔離されたままだった。死者の書の物語の西洋への旅は、東洋の知恵を探求しようとしていたアメリカ人の学者が1919年にヒマラヤの麓に踏み込んだことから始まる。
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作家アラン「ウォルター・エヴァンズ・ウェンツWalter Evans Wentzはとても風変わりな、興味深い、そして洞察力のある人物だった。彼はとにかく理解者で、チベット仏教に強く魅惑された。」

1878年にニュー・ジャージで生まれたエヴァンズ・ウェンツはオックスフォード大学でカルト神話を学んでいて、第一次大戦直後に彼がアジアにやってきた時には、既に名の知れた作家だった。しかしチベット国境に到達した最初の西洋人として、彼は深い精神的な文化に驚愕することになった。
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仏教の瞑想について勉強していた時、あるチベット人から妙な書類を見せられた。そこにはチベット仏教で最も偉大な精神的不可思議が書かれていると教えられた。死後の世界の不可思議だ。

ウェンツは直ぐに現地の瞑想指導者を見つけ出し、彼の翻訳を手伝ってもらうことにした。そして彼は深淵なる精神的教義を発見したことを確信し、それを外部の世界に伝えることが自分の役目だと感じた。
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“この経典は悟りを得るための至高の手法を表している。この本は知恵を求める人々のために書かれたものと言ってもいいだろう;ウォルター・エヴァンズ・ウェンツ”
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1927年にエヴァンズ・ウェンツがチベット死者の書を発行した時、精神的な探求者の数十人くらいは関心を持ってくれるのではなかろうかと考えていた。しかし彼は間違っていた。
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作家ブライアン「1927年の状況を我々が調べた限りでは、本は大ヒットした。カルトや異国情緒に溢れた宗教的な発想が盛り込まれたベストセラーだった。」
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翻訳本のおかげでエヴァンズ・ウェンツはその後、チベットに関する最も影響力のある作家になった。
作家ロバート「エヴァンズ・ウェンツは真摯な学者で精神的な探求者だった。彼の仕事は価値があり、彼の言葉は現代の我々には古風の趣も感じられるが、作品自体は長い間、古びれてしまうことは無かった。」

1965年に亡くなるのだが、その1年前、彼の本はティモシー・リアリーTimothy Learyと言う名の型破りの学者によって改修されることになった。
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リアリーはチベット死者の書はドラッグ世代の人々にとって完璧な聖書だと主張した。

チベットでは、人が死ぬと、49日間、死後の世界を旅すると言われている。各々の段階、つまりバードーBardoは試練で、その試練によって彼の次の命が地上のものか、天国でのものか、それとも恐ろしい地獄のものか決定される。そして最も驚くべきバードーは悪魔としてしられる激怒の神との出会いだ。
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“気高く生まれ来たりし者よ。ここは恐ろしい激怒の神々のバードーだ。58もの火焔地獄で怒り狂い、生き血を飲む神々の世界だ。彼等はお前のところにやって来る!”
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メッツナー教授「チベット仏教では、これらの悪魔は目が飛び出した恐ろしい形相の顔をしている。それを生前から目にしているので、死後の世界で出会うと“これがあの悪魔か!”と直ぐに気付いて恐怖におののくのだ。」
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彷徨っている魂は恐怖と困惑に襲われ、我を失ってしまうことになる。これらの幻覚的な体験は、チベット死者の書に記されている極めて突拍子もない輪廻を際立たせる役目を果たしている。

これに新たな強調、新たなタイトルが加えられたのがアメリカの翻訳本だった。
「サイケデリックな体験Psychedelic Experience」
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この本はハーバードの教授ティモシー・リアリーによって1964年に書かれた。彼の協力者で弟子だったのはラルフ・メッツナーRalph Metzner(mh:今回もコメンテイターとして登場しているメッツナー教授です)だ。ラルフはハーバード大学の心理学科を卒業した学生で、ティモシーと一緒にサイケデリック・ドラッグに関する研究をしていた。

研究者達はドラッグ体験とチベットの死体験との間に強い類似性を見つけている。
メッツナー教授「ドラッグによる中間的・遷移的な期間に起きる現象は死と再生の期間の現象と同じだと言われている。」
レアリーとメッツナー、それにリチャード・アルパートRichard Alpertが加わって、チベット死者の書をサイケデリック・ドラッグ愛好者の手引書に書き直したのだ。
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メッツナー教授「我々がしたことは仏教徒に固有な教えや経典に使われた図像類を赤裸々な形にしてから引用することだった。彼らのメッセージの中核は“常に意識を確保し、驚嘆すべき映像を見ても驚嘆し過ぎず、興味を引く、美しい映像に魅惑されるようにする。しかし、これらすべてはあなたの心の中で組み立てられたものだと言う事を忘れてはならない”というものだ。」

死者の書の言葉は近代化されアメリカ化されたが、メッセージは残っていたのだ。
“友よ。よく聞け。この幻覚はあなたにどんな害をも及ぼすことはない。リラックスせよ。サイケデリックな体験を享受せよ。”
サイケデリック・イクスペリエンスは、従来の文化と対局する分野でベストセラーになり、ロック音楽や、アングラ(アンダーグラウンド)映画、実験的な劇場が刺激を受けて隆盛した。
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メッツナー教授「今でも我々は、サイケデリック・イクスペリエンスが恐らく本物の体験だと考える人々から感謝の手紙を受け取っている。」

しかし、体験的な類似性がどんなものであろうが、死とサイケデリック・イクスペリエンスは明確に異なっている。バードーで彷徨っている魂にとっては、これらの映像は正真正銘の、かつ恐怖に満ちた体験かも知れないのだ。バードーは最も強力な神との出会いで終わることになる。チベット人はその神をヤーマと呼んでいる。彼が“死”だ。
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僧侶「あなたがあの世に行くと、ヤーマに出会う。ヤーマは激怒の神に似ている。バードーのどこかであなたを待っている。」

死の神ヤーマは、死者の行為を試験する。生前に行った善行の数を白い石で、悪行の数を黒い石を使って数えて裁くのだ。
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善行が多い魂には、神々の世界に通じるかもしれない肯定的な再生が、悪行が多い魂には動物への再生か地獄での永遠の拷問が待っている。
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しかし、チベット死者の書はカルマという無慈悲な裁定から逃れる方法を準備している。魂は遠くから流れてくる僧侶の読経の声を聴き、死の神の前から逃げ出すことが出来るのだ。

“気高く生まれ来たりし者よ。死の神を恐れるでない。彼は全て幻覚でしかないのだ。我の声を聞け、そして前に進め。”
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チベット死者の書を読み上げる僧侶の助けを受け、魂は第三のバードーに入ることが出来る。
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そこで彼は自分の再生を自分自身で選ぶのだ。そこには将来の自分の両親となりえる男女が大勢いて、正に彼を創造する性交合をしている。
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チベット死者の書は、死者をよりよい生活に導く手助けをする。しかし、どんな再生になるのかは、その人のカルマの善悪による。聖人のような人ならよりよい世界での再生が可能だ。特に悪質な人は動物、悪魔、最悪の場合は餓鬼(飢えた化け物)として再生する。
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作家マイケル「イメージで言うと、どうしようもない程の飢餓で苛まれるのだ。しかし首のサイズは鉛筆程度しかない。だから何かを飲み込もうとしてもそれができなくて、いつでも飢えていなければならないのだ。いつまでも前世での暮らしに未練を持ち続け、決して満足することは無い。それが苦悩と呼ばれている。」
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善い人生を生きた人は、神に生まれ変わることすらできる。しかし、それよりも良いかもしれないチャンスもある。人間として再生することだ。
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作家マイケル「バードーで苦悩すると、人間の生活に戻りたくなるものなのだ。苦悩を学習する機会を持ち、誰もが苦悩を持っていると理解したからだ。苦悩を体験し理解するのはとてもよい機会だと思うのだ。」
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僧侶「もし苦悩を持っているなら、そのことで何かを学ぶことができる。例えば、間違いをすれば何かを学ぶ。苦悩から何かを学び、それに対して何らかの行動をとることができるのだ。」

チベットの輪廻に対する概念と近代物理学の類似点がある解説者によって説明されている。
作家アラン「仏教は死後の意識の持続という理論を持っている。それはエネルギー保存則という科学的な理論と共通している。あらゆる種類のものがエネルギーに変換することができ、エネルギーに変換できないものはないと言える。同様に全てのものは意識に変換することが出来る。2つは宇宙の核的なものと言える。宇宙を破壊することは出来ないようにエネルギーや意識を破壊することは出来ない。」
彷徨える魂が人間として再生する準備ができると、その魂はチベット死者の書の中で最もエロチックな場面を体験する。

“気高く生まれ来たりし者よ。今、目にしているのは男と女が性交合している場面だ。彼らの気分を強く瞑想せよ。”
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メッツナー教授「すると魂は交尾している愛人たちの映像を見始める。それは魂が新しい世界に入って行くことを意味する。そしたら強く瞑想し、気に入った家族を選ぶことに注力しなければならないのだ。」
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それが最終試験だ。魂が未来を予見し、自分が生きていくことになる次の世界を選ぶ瞬間だ。

“種と卵が結合するその瞬間、魂は至福を体験するだろう。生まれ来たりし高貴な者よ。産道に入れ。頭を持ち上げて歩け、そして人間に繋がる明るい道に進んでいけ。”
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輝く光につながっている暗く長いトンネルを抜けると旅は終わる。トンネルは子宮で、出口の明るみは新たに生まれた赤子が目を開けてみる最初の光だ。
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それはバードーの一つの段階の終わりで、命と呼ばれるバードーの始まりだ。

僧侶「仏教の教えが伝えんとするところは、あなたの生誕は準備されているということだ。」

チベット人にとって、死は避けられないものだが、それで終わりではない。
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メッツナー教授「死と再生は典型的な過程だ。一義的なイメージの核をなすもので、全ての人々に共有されているものだ。それゆえにチベット死者の書が作られることになった。非存在を意味しているのではない。それとは全く逆で、解脱の機会、意識の拡大を与えてくれるものだ。」 

作家マイケル「私はラルフ・ウォルツナーは棚の本にホコリをかぶせ、それを見ざるを得なくさせる傾向があると思う。死者の書の価値は、好ましからざる死を受け入れることで人生をさらに良いものにすることだ。」

作家ロバート「死者の書はあなたの人生はあなたが死んだ後も続くということを知らせようとしている。それがどんなものかは、あなたがどのように生きるかによっている。だから正しく生きよ、努力せよと伝えているのだ。それが死者の書のメッセージだ。」

世界中の宗教的な信仰や予言において、人の限りある命を調べようとする決意は知恵の獲得への第一歩だ。それは西洋の大都市の大通りにおいても、人里離れたヒマラヤの王国にある険しい山中においても同じだ。
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チベット死者の書は千年以上も前のもので、世界の片隅から生まれたものだが、未来を見つめ、死の不可思議について悩んでいる全ての人類の壮大な質問への答えを述べたものと言えるだろう。
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Secret Tibetan Book of the Dead
http://documentaryaddict.com/films/secret-tibetan-book-of-the-dead

映画鑑賞後の感想ですが・・・
魂が消滅しないのは近代物理学におけるエネルギー保存則と同じ真理だっていう理屈には驚かされました。あなたも驚いたんじゃあありません?で、納得しましたか?納得した方は幸せな方だと思います。mhはっていうと、もやもやとしていて、まだ狐につままれている感じです。
世の中には不可思議な理論があって、例えばマーフィーの法則っていうのが一時期、話題になりました「失敗する可能性のあるものは必ず失敗する」ってやつです。
英語表記だと次の通り。
"If it can happen, it will happen."
"Anything that can go wrong will go wrong."
"Everything that can possibly go wrong will go wrong."

これらの論理には一部の真理と多くの虚偽、誇張、仮設、が含まれていて・・・てなネガティブな発想のmhにはチベット死者の書は手に余ります。

ブログ冒頭でご紹介したように、死後に再び生まれ変わるという輪廻とか再生という概念は多くの宗教で取り入れられていますが、我が尊敬するお釈迦様の教えには含まれていません。お釈迦様の弟子がお釈迦様の教えを広めようと、当時のインドで広く信じられていた輪廻の思想を取り込んでいろいろな話を創造したので、チベット仏教にも死者の書が現れることになりました。

そういえば、mhが子供のころ、町のお寺の壁には火焔地獄の絵が架かっていたような気がします。日本の仏教は中国から伝えられたものなので、地獄が在るとの教えが日本仏教にもあるとすれば、中国にあった概念だということになりますが、地獄や天国の存在についてもお釈迦様は何も仰っていなかったようですから、お釈迦様はとても冷静に真実だけを見て物事を判断しようとされた立派な方だと思います。

近々、エジプト死者の書を調べてみて、死者の書が生まれることになった因果応報を垣間見て、死後の世界がどのように不思議なものかを再調査してみようかな、なんて考えています。
(完)

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