Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

mh徒然草102: 別の立場でものを考えることの大切さ


今日は7月4日。数日前にバングラディッシュで日本人7人がイスラムを信奉する若者に殺害されました。テロリスト側にも言い分はあると思いますが、決して許される行為ではありません。

この考えは7月1日のmh徒然草(特番)で紹介させて頂きましたが、今日(4日)になってお風呂に入っている時に、ふと思ったのです。“言い分はあるのだろうが許されるものではない”という見解は極めてまっとうで大勢の人に受け入れられるかも知れないが、不十分ではなかろうかと。

冷静で、客観的で、正当に思われる主張が、冷淡なものに思えたんです。“加害者にも言い分はあった”と言って加害者の人間性を認めてはいるけれど“決して許されない”と切り捨てる。詰まる所、私は彼等の立場に立って考えるつもりは持っていませんよ、と宣言しているわけです。

似た話は他にも沢山あります。私の選挙区から参議院選に立候補している自民党の三原じゅん子氏は、核武装の検討の必要性を主張しています。他にも数名、核武装賛成の候補がいます。安倍首相ですら核武装の必要性を公式に主張したことはなく、非核三原則の堅持が公式な立場だと思うのですが、そんな自民党に公認された三原じゅん子氏が正々堂々と核武装の必要性を認めているのです。日本が核武装すべきだと主張する人は、北朝鮮や中国が核武装している以上、日本を守るためにも我らも核武装すべきだとの発想で、筋が通っているように響きますが、核を持つ相手に核で対抗する姿勢でよいのか、他に対抗策はないのか、という観点が完全に脱落しています。こんな短絡的な発想をした国ばかりになると、いつ核戦争が起きてもおかしくありませんが、核攻撃される前に相手の都市や核兵器を破壊すればいい、などと自分本位の理屈を持っているのに違いありません。

古い話ですが、秋葉原の歩行者天国にトラックで乗り入れ、人を牽(ひ)き、その後、車を降りて歩行者にナイフで襲い掛かり、結局7人を殺害した若者は、「死刑になりたかった」と語っていました。彼は非正規従業員で、仕事を解雇されたのを機に自暴自棄になり、自分で死ねないので人に殺してもらうことに決めて無関係の人を殺すことになったのですが、いくら不遇の生活だったからといえ、無関係な人を7人も殺めるなんて許せる行為ではない、と切り捨てる人が多かったと思います。

しかし、こんな風に、他人や他国の考えや主張を切り捨てていては問題は解決しない、とふと思ったんですね、今日、お風呂の中で。

バングラディッシュの事件について言えば、イスラム教徒たちに他宗教を否定しないよう働きかける努力を不断に行う対応が考えられます。中国や北朝鮮の核武装に対しては、世界中から核兵器を根絶する活動に真剣に取り組む対応が考えられます。秋葉原の無差別殺人事件に対しては、非正規従業員を正規従業員化する対策が考えられます。しかし、こういった観点で物事を考える姿勢は薄れ、相手を無視し、または否定して捻じ伏せる傾向が強まっている気がします。

強者は弱者を切り捨てようとしています。憐れみや同情を示すことがあっても、弱者の立場で考え、弱者のまま放置しておかないと態度で示すことはありません。弱者がいてこそ強者の特権が確保されるとの思いがあるからなのでしょうか。しかし、そんな社会は、弱者のみならず強者にとっても良い社会には思えません。必ずや、テロや戦争などの武力抗争が起きて、強者も弱者も取り返しのつかない損失を受けることになるのです。

弱者と言えども最低限の生活が保証され、意見を言える社会を目指すことこそが強者が採るべき道だと思います。しかし、そう思わない、自分にしか目がいかない強者が多くなりつつあるのが今の世界の傾向です。これは変えていかねばなりません。

Nancy Sinatra - Bang Bang
https://www.youtube.com/watch?v=N-AgYXz2n9Y
(完)
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