Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

mh徒然草111:今なぜ、ベーシック・インカムか?


Wiki:ベーシック・インカム(basic income)
最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想。
(中略)
一方で、この考え方・思想に対しては古代ローマにおけるパンとサーカス(注)の連想から「国民精神の堕落」など倫理的な側面から批判されることがある。所得給付の額次第では給付総額は膨大なものになり、国庫収入と給付のアンバランスが論じられたり、税の不公平や企業の国際競争力の観点が論じられることもある。

注:パンとサーカス(羅: panem et circenses)
詩人ユウェナリス(西暦60年 - 130年)が古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。パンと見世物ともいう。愚民政策(注)の例えとしてしばしば用いられる名言であり警句である。

注:愚民政策(ぐみんせいさく)
人民の関心を政治に向けさせないことを目的として、意図的に人民を愚民化させるという政策。一般的には人民が好み、熱中し続けるような娯楽を提供し続けるという方策がとられている。

つまり、ベーシック・インカムとは、全ての国民に、無条件で、最低限の生活が可能なお金を毎月支給する制度です。ここ1,2年、経済学者などが盛んに取り上げるテーマの一つのようです。

で~昨日の8月26日付けネット記事に次のニュースがありました。

見出:月6万円強の最低所得保障、フィンランドが試験導入へ
AFP時事 8月26日(金)
フィンランド政府は25日、全国民に毎月一定額を支給する「ベーシック・インカム(最低所得保障)」制度を試験的に導入する方針を明らかにした。労働年齢の国民から無作為に選んだ2000人を対象に、月額560ユーロ(約6万4000円)を給付する計画だという。政府によると給付額は、昨年5月に就任したユハ・シピラ首相の公約に従って決定した。実業家出身のシピラ首相は、ベーシック・インカムの導入が雇用促進や社会福祉制度の簡素化につながるかどうかを検証したい考えだ。ベーシック・インカムをめぐってはスイスで6月、成人国民全てに毎月2500スイスフラン(約26万円)、未成年に同625スイスフラン(約6万5000円)を支給する制度の導入可否が国民投票にかけられたが、反対多数で否決されている。

そういえばスイスの国民投票のニュース、聞いた気もします。確認したら、投票は行われ、77%が導入反対で23%が賛成ということで廃案になりました。BBCニュースによれば、賛成者は、スイスの全ての仕事の50%は報酬がゼロで、これを是正したいと主張しているとか。報酬ゼロの仕事とは、介護、家事、異なる社会(何のことか不明ですが)での仕事などだと言います。スイスにも少ないとは言え生活困難な貧困者がいて、この対策も導入理由にされているようです。

ネット上では日本の経済評論家や経済学者のコメントが見つかりますが、ベーシック・インカムに否定的な意見がほとんどです。判りやすい一つの否定理由は、「一律にお金を渡すのだから国民年金や社会保障制度などの業務は廃止されるか、極端に簡素化出来るが、年金や社会保障事業に関与している人は失職するから反対するだろう」というもの。つまり、いろいろな利害関係があって、国民の総意とはなりえないだろう、というものです。仮に年金担当者が失業しても、雇用中でも貰っていたベーシック・インカムは失業しても貰い続けられるわけですから、餓死することはありません。中には、仕事をやめて、国の手当てで、のんびりダラダラ暮らしたい、という怠(なま)け者も出てくることでしょう。

日本の評論家や学者の意見をmh流に大胆に纏めると“理想的なシステムだとも言えるが、社会は混乱し、貧乏人はもっと貧乏になるだろう”という結論です。

私もこの結論は正しいと思います。しかし、不思議なのは、何故、荒唐無稽とも思えるベーシック・インカムという発想が、今、世界で話題になって真面目に検討され出しているのかということです。

スイスでは有権者の5%(10%?)が賛同したので条例に従い国民投票が実施されたということのようで、政治家がベーシック・インカムの導入を自発的に提案したためではありません。しかし、フィンランドでは、新首相の独断かも知れませんが、試験運用を始めることにしたんですねぇ。大胆というか、無謀というか、勇気ある決断というか、どういうかは別にして、正直、驚きました。

仮に、一部の経済学者が言うように、ベーシック・インカムが理想的なシステムだとしても、日本が世界に先駆けて導入する国になるとは到底考えられません。やっぱ、思想や言論が自由で教育水準が高い国か、逆に、思想言論が統制されていて教育水準が低い国でなければ、実施してみようなんていう発想は生まれないと思います。スイス、フィンランドは前者の、自由で教育水準が高い国に属し、その上、裕福で資金的な余裕もあるから話題になっているのでしょう。

ベーシック・インカムとは異なりますが、サウジアラビアやブルネイ王国では、類似の社会保障が実施されています。電気や水などのインフラ、教育費、医療費ばかりではなく、住居までも国が無償支給しています。有り余る石油資源から生まれる富を独占して国のトップに居座り続けている王家は、国民の不満が爆発しないよう、盛りだくさんの社会保障を用意して体制の維持に努めているのです。これこそ「パンとサーカス」と言えるでしょう。

しかし、何で今、“ベーシック・インカム”などという、mhに言わせると馬鹿げた発想が世界で話題になっているのでしょうか?

mhの見解を手短かに纏めれば次の通りです。
「貧富の差は拡大し、貧困者がさらに貧困になってテロを起こし、難民になって社会秩序を乱し始めている。しかし、政治家や経済学者は、貧困を撲滅する現実的な手法を見いだせていない。貧困者の解消には、貧困者を抹殺するか、“パンとサーカス”しか対策がない。」

政治家や経済学者は貧困者とは対極の人々です。彼らには貧困者の思いは判りません。そんな彼らが考え出す貧困者対策はうまく回転せず、手詰まりになってきた挙句(あげく)がベーシック・インカムという経済策を生むことになったのでしょう。

しかし・・・
貧困者がなくなると、元貧困者と、対極する政治家や裕福な人々との格差が消滅していくわけで、それは政治家や裕福な人々が本心から望む世界ではないでしょう。やっぱ、格差があり、自分がその中で有利な位置を占めることこそが政治家や裕福な人々の願望です。勿論、そう考えていない政治家や裕福な人も多いでしょうが、全てを捨てて人生を楽しむといった、お釈迦様のような生き方は、我々凡人には難しいのも事実です。となれば、以前もブログで述べたように、自分は、自分の家族は、貧困にならない対策をするっていうのが、人情というものです。しかし、使えるお金が僅かでも、心が豊かでありさえすれば貧困を超越できると思います。ご検討下さい。

Chicago - Hard to Say I'm Sorry
https://www.youtube.com/watch?v=60yigBeBCK4
(完)
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