Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

mh徒然草113: 死刑制度は廃止すべき?

産経新聞 10月7日
「殺したがるばかどもと戦って」 
――瀬戸内寂聴さん発言に犯罪被害者ら反発――
「日本弁護士連合会が6日、福井市内で開催した死刑制度に関するシンポジウムに、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)がビデオメッセージを寄せ、死刑制度を批判したうえで「殺したがるばかどもと戦ってください」と発言した。会場には全国犯罪被害者の会のメンバーや支援する弁護士らもおり、「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と反発した。
日弁連は7日に同市内で開く人権擁護大会で「平成32年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を提出する。この日のシンポジウムでは、国内外の研究者らが死刑の存廃をめぐる国際的潮流について報告。瀬戸内さんのビデオメッセージはプログラムの冒頭と終盤の2回にわたって流された。」

国際的な潮流に合わせて、日本弁護士会としては死刑廃止を総意としたいようですが、被害者の心情をないがしろにするものだ、と廃止に反対する弁護士もいるようです。瀬戸内寂聴氏は何があろうとも人が人を殺してはならないとの立場のようで、それを強烈に主張したわけです。

そして翌10月8日のネット記事です。
見出:日弁連、「死刑廃止」を宣言。賛成は7割弱、反対意見も
反対の意見として「被害者遺族が犯人を殺してもいいのか。死刑の廃止はむしろ秩序を乱す」という発言もあったとありました。

世界の潮流は死刑廃止なのか?ネットで調べたら、Amnesty Internationalの死刑廃止に賛同する記事がありました。
2012年時点で141ヶ国が死刑制度を採用していない、2010年の結果によれば、10万人当たりの殺人被害者数の少ない順にオーストリア、ノルウェー、スペイン、これに日本が4位で続いている、とQ&Aに書かれています。
死刑を認めている日本は世界でも殺人が少ないのですが、日本より安全な上位3ヶ国は、いずれも死刑制度廃止国です。

被害者の家族の心情は理解できるが、加害者が死刑になれば、被害者の家族の心が休まるというものではないはずだ。
死刑制度は政府により悪用され、時には誤審により冤罪を産む。
人はいかなる理由があろうとも人を殺してはならない。
死刑を廃止したからといって必ずしも殺人は増えない。

これが死刑廃止を提案する根拠だと言います。

で~突然ですがmhの考えをご披露すると・・・
やり方は工夫するとして、死刑は廃止した方がいいと思います。

もしも自分の家族が殺されたとしたら、そんな流暢なことを言ってはいられないはずだ、と考えられる向きの方もいらっしゃるかもしれません。確かに、そうかもしれません。それは正しいかも知れません。
しかし、犯人が死刑になったことを知ったら、自分が新たな殺人を犯した気分になって後悔するのではないかと思います。ほぼ間違いなく、そう思うと思います。

例えが悪いのですが、日本帝国に戦争を仕掛けられ、殺されたアメリカ人、韓国人、中国人、東南アジア人は、戦争が終わって、日本人を、少なくとも日本軍兵士を、全て殺す正当な権利はあったのでしょうか?そうだとすれば、その正義は実施されるべきだったのでしょうか?

中国では麻薬密売人ばかりでなく、反政府運動者も国家騒乱罪で死刑になりえます。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)は、態度が不遜だとの理由から側近を死刑にしています。フィリピンのドゥテルテ大統領は、麻薬売人を死刑にしています。いずれも、その国の法規に照らし合わせれば合法でしょう。しかし、やり過ぎです。中国からは政府による拘束を逃れるため、タイなどに亡命する人権活動家やその支援者は多いようです。金正恩もドゥテルテもまともな人だとは思えません。

ところが、ドゥテルテ大統領の9月の純満足度(満足度から不満度を引いた数値)は64%との記事がありました。麻薬を扱うのは悪人で、悪人は死刑でよい、というドゥテルテ大統領の考えは異常だと思いますが、フィリピン国民の多くはこれを支持しています。第二次世界大戦前のドイツ国民や大東亜戦争突入前の日本国民も、同じような考えだったのでしょう。人間とは、そういう異常な心境になりえる生物だと思います。

昭和15年、大東亜戦争の直前の日本で、中国との戦争は直ちにやめるべきだ、アメリカへの攻撃は控えるべきだと考えていた日本人は恐らく30%以下で、半数以上は満州や中国、東南アジアへの日本帝国軍の進出を勇ましく、頼もしく感じ、アメリカは許さない!と憤っていたと想像します。

しかし、もし昭和15年、現在の日本国憲法があり、第9条で戦争の放棄がうたわれていたら、大東亜戦争は起きなかったのではないでしょうか。中国への武力進出もあり得なかったはずです。

戦争と殺人は異なると思われるかも知れません。しかし、戦争は国家による、理不尽な大量虐殺だと言い換えることができます。そして死刑は、国家による、被害者家族による、行き過ぎた殺人ではないのだろうかと思うのです。

もしアムネスティAmnestyの記事にご関心がおありでしたらは次のURLで。
https://www.amnesty.or.jp/human-rights/topic/death_penalty/reason.html

で、今回の歌ですが・・・
Tom Jones- green, green grass of home
「思い出のグリーン・グラス」
死刑囚が故郷の緑を思いながら歌う曲です!歌詞とmhの訳を挙げておきます。
The old home town looks the same as I step down from the train.
古い生まれ故郷は変わらないように見える、電車から降りた時。
And there to meet me is my mama and papa.
そしてそこで私に会うのは母さんと父さんだ。
Down the road I look and there runs Mary, hair of gold and lips like cherries.
道の向うを私が見ると、そこをマリーが走ってくる、金髪でサクランボのような唇の。
It’s good to touch the green, green grass of home.
故郷の緑の草に触れるのはいいものだ。
Yes, they’ll all come to meet me, arms reaching, smiling sweetly.
そう、みんなが会いに来てくれる。手を差し出しながら、優しく笑いながら。
It’s good to touch the green, green grass of home.
故郷の緑の草に触れるのはいいものだ。

The old house is still standing, tho’ the paint is cracked and dry.
古い家はまだ建っている、ペンキは割れ剥がれ、乾いているけれど。
And there’s that old oak tree that I used to play on.
そして、あの古い柏の樹がある。その上で私は遊んだものだ。
Down the lane I walk with my sweet Mary, hair of gold and lips like cherries.
小道を歩く、私の大好きなマリーと一緒に、金髪でサクランボのような唇の。
It’s good to touch the green, green grass of home.
故郷の緑の草に触れるのはいいものだ。

Then I awake and look around me, at the four grey walls that surround me.
すると私は目が覚め、私の周りを見回す、私を囲んでいる4つの灰色の壁を。
And I realize, yes, I was only dreaming.
そして私は気付く、そうか、私は夢を見ていただけだ。
For there’s a guard and there’s a sad old padre. Arm in arm, we’ll walk at daybreak.
監視人がいる、悲し気な老人の神父がいる。手を組んで私たちは夜明けに歩くだろう。
Again I touch the green, green grass of home.
また、私は故郷の緑の草に触れるのだ。

Yes, they’ll all come to see me in the shade of that old oak tree as they lay me neath the green, green grass of home.
そう、みんな来て、私に会ってくれる、あの古い柏の木の陰で、その時みんなは私を故郷の緑の草の下に横たえるのだ。
https://www.youtube.com/watch?v=kPCe3bQHUdg
(完)

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