Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

mh徒然草117: 病院に行ってきました。


病床数500の大きな病院の口腔外科で、12月8日、親不知を抜歯するために入院する予定ですが、1ヶ月前の11月初め、担当医から突然電話があり“骨肉腫の確認のため、サンプルを採りたい。いつ来院できますか?”って言うんです。えぇ?骨肉腫?何で、今頃そんなこと調べなきゃあいけないの!いつ、どうして、その気配があるって判ったの!
でも電話で、抜歯の前にやっておきたい、っていうので、余り細かく聞かずに、とにかく、指定の時間に伺いましょ、ってことにしました。
で、今、11月7日午後5:30ですが、手術を終え、ショッピングも済ませて家に戻り、このブログの作成を始めた所です。

女房も、一体全体、何が起きているのか判らないから、一緒に行って医者と話しをしたい、っていうので、二人で、説明を聞きました。

医者は、“類似のケースで、骨肉腫が見つかったことがあり、その場合は抜歯治療の方法を変えないといけないので、事前に、骨肉腫の有無を確認することになった。確率は1万人に1人くらいだが、念のためにやっておく方がよい”と勧めます。6月に抜歯を済ませておけば、こんな話は無かったんですが、メキシコ旅行帰りで、下痢が激しく、手術日程を変更してもらったんです。本来なら7月にでもやっておけばよかったんですが、どういうわけか、医者の方の日程が採れないんで、結局12月に延びた訳ですが、6月なら不要だった骨肉腫検査を強いられたmhは、不満たらたらです。今日だって、30分で済んだとはいえ、親不知のある場所を恐らく2cmほど切り開き、あごの骨に付着している肉を骨ごと削り取り、7,8針縫われたんです。まだ、麻酔が効いていて、若干、口に痺(しび)れが残っているんです。数日、痛みを伴うだろうってことで、薬を飲むことになっているんですが・・・

で、病院ですが、やっぱ、年寄りが多いんですねぇ、患者のことですが。で、私も若い歯科医に、何でそんな検査が必要なのか、パスできないのか、ってなことを言ったんですが、一緒にいる女房殿が、きちんと見てもらうべきよ、と言い、その一言で、手術してもらう腹を決めたんです。手術が終わり、暫く、部屋の外で待っていると、私と同じような老人夫婦が診療室に入りました。私の手術をした若い歯科医が、患者の老人(男です)に、“見ちゃった以上、治療しないで放っておくのはお奨めできません。”てなことを言っているのが聞こえました。患者は、痛い思いをしたくないし、これまで問題なかったんだから、と私と同じような事を愚痴って駄々をこねていました。で、その駄々が長々と続くんですね。おかげで私は随分と待たされました。私も少し、駄々をこねたんですが、もっと年を取れば、もっと長々と駄々をこねるようになるんだろうな、つまり子供のようになるんだろうな、などといろいろな思いにふけながら、自分の呼ばれる番を待っていました。

病院に行くと、高齢化が進んでいることを実感します。年寄りばかりです。車いすに乗った80過ぎと思われる痴呆症のような女性を、夫と思われる男性が、面倒を見ていました。老人が老人を介護する老々介護の時代が始まったんですねぇ。1ヶ月ほど前にTVで見た、北欧の老人は、年金だけで暮らしているのに、mhの団地の部屋と同じくらいの広さの老人ホームの部屋に一人で暮らし、食事や洗濯は全て若い人たちが対応しているんです。日本は北欧と比べたら、老人福祉は格段に遅れていることを実感しました。いずれ我が家でも、女房殿や私のいずれかが、寝たきりになる時がくるか、または恐らく私が先に逝き、女房殿は一人になる訳ですが、自宅で一人で暮らしていたら、孤独死を迎える確率は高いでしょう。よって、元気なうちに老人ホームに入るつもりでいるのですが、ホームの空きは少なく、環境がいいホームなら結構な費用がかかるようで、年を取って寂しい一人暮らしをしなくてすむよう、若い時からお金を貯めておかねばならないっていうのは、どうなんでしょうかねぇ。いろいろ楽しみたい年齢の時から、年を取って一人暮らしになる時のために、楽しみを我慢して暮らす生活を強いられるのは、どう考えても、間違っていると思います。いっそのこと、北欧に逃亡しようかとも思いました。

もう、麻酔が切れかけ、少し痛みが増してきました。今晩は、痛み止めを飲んでからベッドに入るつもりですが、痛み止めは既に1回飲み終えているので、今日はあと1回しか飲めないから、暫く我慢しなければなりません。辛い夜になりそうですが、昨日、東京のあるフェスティバルで工業大学の木造のジャングルジムのようなオブジェクトが白熱電球の熱で発火し、5歳の男の子が焼け死にました。父親が救いに飛び込んだようですが、子供の救出は叶いませんでした。焼けどを負った父親の命は別条はないようですが、心に受けた傷は一生、完治せずに残るのだろうなぁと思うと、私の今の痛みなど、屁のようなものです。人間って、いろいろな痛みを感じながら生きていくものなんだなぁと思います。その痛みを和らげてくれるのは、身近な人です。幸せな老後を迎えるためには、家族や友達など、兎に角、大勢の仲間を持つことが一番だな、って思いました。
チクチクと痛みが増しつつあります。今回はこれで終わりましょう。

追記:11月8日
朝8:45、徒歩30分の病院に行ってきました。術後の確認だけで、1分で終了し、14日には抜糸することになりました。病院に出かける前ですが、NHK―TVの7時のニュースにひき続いて紹介された特集番組で、痴呆症の妻を11年ほど世話をし、その妻が逝ってから、妻との生活を本にしたところ、これが映画化されたということで、映画の概略が紹介されていました。妻は死期が近づいた時、夫に“ありがとう”って言ったって言うんですね。見たら、きっと感動すると思いますが、しかし、老々介護を強いている政府は間違っているって思いました。誰もが、いつかは、年を取り、夫婦で、または一人で、暮らすことになり、それを政府が放置し、援助しないというシステムは間違っています。誰でもみんな、老人ホームに入って、お金の心配も身の回りの世話の心配もしなくて暮らせる体制を整備すべきです。元気で、一人で暮らしたいという人は、個人の希望で、老人ホームに入る時期を遅らせればいいわけで、元気なうちは老々介護か一人暮らしをしていなさい、というスタンスの老人福祉では、誰も安心できません。介護に疲れ、無理心中する老夫婦のニュースも時々、TVで目にします。福祉が貧困な証拠です。こういう状態を知ると、若者も老後の心配をしながら、若い時代を過ごすことになり、のびのびした人生を満喫することは出来ないでしょう。老人の一人暮らしや、老々介護を解消する施策こそが、老人だけではなく若者も心やすらかな人生を過ごす必要条件だと思います。それが出来ていないまま、経済発展だ、国土防衛だ、などと言っている日本は遅れている国家だとしか思えません。

John Denver- Sunshine On My Shoulders (with lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=o3ZOP-uAt2s

(完)

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