Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ジェデフレーの失われたピラミッドの不思議-1

カイロの西のギザの丘には3つのピラミッドが並んでいます。私も2015年10月に訪れさせていただきました。
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駱駝に乗る私の後ろに隠れて、ほとんど見えていないのが世界の七不思議の一つのクフのピラミッドで、半分ほど見えているのが息子カフレイのピラミッド、その右が孫のメンカウラーのピラミッドです。つまりクフ家というかクフ王朝(エジプト第四王朝)の3代のピラミッドが3つ並んでいるのです。

で、カフレイとメンカウラーのピラミッドの間には、写真では見えていませんがスフィンクスがあります。建てたのはカフレイだと言われていましたが、最近では、クフの息子のジェデフレーだとの説で確定しています。

クフの息子のカフレイは、同じくクフの息子のジェデフレーの次のファラオでなんですね。クフを継いだファラオはジェデフレーなんです。スフィンクスを建てたのもジェデフレーです。しかし、彼のピラミッドはギザではなく、ギザから北7.5Kmのアブ・ラワシュAbu Rawashにあるんですねぇ!
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この辺りについてはブログ「スフィンクスの不思議」でご紹介させて頂きましたので、もし時間がおありでしたら次のURLをご確認下さい。
http://mysteriousquestions.blog.fc2.com/blog-entry-183.html

今回のブログでは、ジェデフレーに焦点を当てたフィルム「The Lost Pyramid of Djedefreジェデフレーの失われたピラミッド」を使い、彼のピラミッドを巡る不思議をご紹介しましょう。1時間30分と長いフィルムなので、2回に分けさせて頂きます。悪しからず。
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ギザの3大ピラミッド。いずれも今から4千5百年程前に建てられた比類のないピラミッドだ。
そこから8Km離れたこの場所で考古学者たちが調査を始めた。
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彼らはここが失われた第4の伝説のピラミッドの場所だと信じている。しかも、かつて他のどのピラミッドよりも高く、より壮大だったというのだ!
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ザヒ・ハワス博士「これは恐らく全てのピラミッドの中でも最も興味深いピラミッドだ。」
物語によれば切り殺され、ファラオの家系から抹殺された卑劣なファラオが建てたという。彼が犯した罪は口に出すのもはばかられるもので、彼の兄弟が彼の魂も含めて壊してしまったという。
歴史学者テッサ・ダンロップ「暗殺、近親相姦、誇大妄想狂、家系内の反目・・・」
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今、専門家チームが、真実を解き明かし、古代エジプトが建設した中でも恐らく最も突出した建物を再構築しようとしている。21世紀の科学を使い、彼らは失われたピラミッドを復活するために4千5百年前に遡ろうというのだ。
The Lost Pyramid
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エジプト。古代世界の最も偉大な不思議が生まれた土地。ギザの丘に立っているのは同じ家系の父、息子、孫の3人のファラオのクフ、カフレイ、メンカウレによって建てられた3つのピラミッドだ。
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彼らはエジプトの第4王朝で、他の王朝よりも偉大な王朝だ。

ザヒ・ハワス「歴史の中で最も強力な家系の時代が150年続いた。古代エジプトの栄光の時だ。私の考えでは、黄金時代だ。」
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紀元前25世紀、エジプトは地球上で最も進んだ文明で、ピラミッドはファラオの権力の究極的な象徴だった。それは墓で、記念碑で、不滅の命を得るためのものだ。ピラミッドの建設は、正確さと完成された技術を顕示していて、今日の我々でも、どのようにして建てたのか理解するのに苦労している。
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テッサ・ダンロップ「クフのピラミッドだけでも1個2トンもある2百30万個もの石のブロックが使われているの。それこそが、この4千5百年もの間、ピラミッドを人間が成し得た偉大な成果の一つにしているのよ。」
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毎年、これらの3つのピラミッドは9百万人以上の訪問者をエジプトに惹きつけている。
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しかし、8Km離れたアブ・ラワシュAbu Rawashと呼ばれる、第4のピラミッドの跡ではないかと思われる場所で、今、発掘が進んでいる。
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ザヒ・ハワス「ここを訪れる人はほとんどいない。誰も知らない場所だとしてきた。人々はいつでもクフのピラミッドだけを見る。」
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考古学者たちは、今では、この地に建っている構造物は、偉大なピラミッドと同じ時代に造られたと考えている。それは恐らく、全てのピラミッドよりも高くて壮大で、エジプト黄金時代で最高の輝きを持っていた。
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メンフィス大学ピーター博士「我々がピラミッドについて考える時は、いつでも第4王朝を思い浮かべる。なぜなら、最高のピラミッドで最も大きくて最も頑丈で、時間という試練の後、今も以前の姿を残しているのは第4王朝のピラミッドだからだ。」

アブ・ラワシュに残っているのは残骸だけだ。
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その直ぐ脇にはエジプト軍の機密保持地帯がある。許可を与えられた極めて限られた人の一人が考古学者マイケル・ヴァッロッギアだ。彼は1995年、この遺跡の存在について研究を始め、以来、その秘密を解き明かすために人生を捧げている。

マイケル・ヴァッロッギア教授「我々は古代の歴史からきている多くの情報を持っている訳ではない。多分新しい理論、新しい考えが必要だと思う。第一段階としては、当然のことだが、一帯の発掘作業が必要だ。」
秘密と安全保障というベールに覆われ、この微妙な発掘作業は10年以上をかけて少しずつ進んでいる。
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そして今、エジプト考古最高評議会事務総長Egypt Supreme Council of Antiquitiesザヒ・ハワス博士が専門家チームに調査のための立ち入り許可を与えた。彼らは発見したもの全てを歴史上で共有する。
ザヒ・ハワス「アブ・ラワシュは誰もの目から遠ざかっていた。何故なら、周辺に軍事地域にあったからだ。私以外には、誰も訪問することは出来なかった。」
残されている証拠を調査するチームは世界中から集まったエジプト学者や考古学者たちで構成されている。
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ブリストル大学アイダン博士「感激していることは、我々は特別の地質学者も含め、ほとんどの人々には知られていない記念碑を持っていることだ。まさに謎だ。訪れたことがある人も精々10人程度しかない。」
カイロ大学サリマ・イクラム教授「ほとんどの人には入ることが許可されていなかったの。これから私たちが中に入って調べられるっていうのは素晴らしいことだわ。特権でもあり名誉なことよ。」
ピーター博士「私はアブ・ラワシュを是非自分の目で見たいと思う。そのことがどんなにすごいことかは十分知っている。どんな状態なのか、どのくらい発掘が終わっているのか。」
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この調査チームはここに造られたものが何かを決定したいと望んでいる。それはピラミッドなのか?それとも別の、例えば寺院のようなものなのか?建設が始まって直ぐに放棄されたのか、それとも建物は完成したけれど破壊されただけなのか?

何故、誰がこのような不愛想なinhospitable場所に建てることを選んだのか、彼らは知りたいと望んでいた。
カイロのフランス国立研究所バシル・ドブレヴ博士「ボロジター(?)教授は賞賛すべき仕事をした。ここはエジプトで発掘をするのに最も困難な場所のひとつだ。風が強くて、寒くて、厳しい環境だ。」
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これらの問題はあるものの、アブ・ラワシュの位置には一つの大きい取柄(とりえ)があった。
ロンドン大学フェクリ博士「既に空に向かって立っている丘hillにあるんだよ。高台plateauの代わりに、丘の上に建てれば高いピラミッドになるんだよ。」
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もしここが伝説の失われたピラミッドの場所ならば、伝統によれば、ほとんど知られていないファラオのジェデフレーによって造られたはずだ。彼の統治について描かれた僅かな説明書きによれば、権力を得るために殺人を犯し、そのおかげで殺害された、乱暴で専制的な指導者だ。彼が生きていたのはエジプトの歴史の中でも暗く激動の時代だった。
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テッサ・ダンロップ「初期の歴史学者たちは、この物語の中に全てのことを盛り込もうとしたの。彼は殺人で、近親相姦者で、記念碑的な誇大妄想狂で、強大な、先例のない墓を造ったと言ったの。でも、それはまさに陰謀という悪酔いさせるカクテルだったのよ。」
「私は、ジェデフレーの失われたピラミッドの調査が、それを目の当たりにして調べることによって、どれだけエジプトについて知らなかったものを明らかにしてくれるかという魅力的な例だと思う。」
ここに造られたであろうピラミッドの最初の手掛かりは、この場所がジェデフレーと明確な関係があるという事実だ。彫刻されたファラオの多くのイメージが発見されている。そしてピラミッドは彼の家系の名刺のようなものだった。

彼の祖父は偉大な伝統を始めた。発掘場所から32Km南のダシューアDahshurには2つの特徴のある構造物が建っている。
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それらは記念碑的な建設計画が始まった時点を示している。屈曲ピラミッドと赤いピラミッドがジェデフレーの祖父スネフルの命令で造られた。
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建設では、他のどのファラオよりも多くの切り出し石を使っている。紀元前2589年頃に完成した時、これらのピラミッドは地上で最も高い構造物だった。
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その後、スネフルの息子で後継者のクフが、これを凌ごうとした。彼はいつの時代でも最大のピラミッドを造ったのだ。

スネフルのピラミッド建設は孫のジェデフレーが生まれた時には、進行していた。ジェデフレーは彼の人生で重要な部分を占めることになった3人の兄弟と共に育てられた。彼の最年長の兄ケイワブ、弟のカフレイ、妹ヘダフェリーだ。
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テッサ・ダンロップ「我々は人々がどんなに早く成長すべきかを忘れているわ。もし父がファラオなら、子供は生まれると直ぐにファラオの仕事を手伝わねばならないのよ。子供の時、もしあなたが息子で、特に重要な女王の息子なら、生まれたその日から父が死んだら統治の仕事に就任するということを知っているの。従って、訓練は小さい時から始まっているのよ。」

父クフのことを、ジェデフレーは恐ろしい父だと思っていた。エジプトの民話によれば、クフは人には愛されない専制君主で、自分の遺産に憑りつかれていた。一つの典型的な物語では、彼が自分のピラミッドを造るための石を獲得する冷酷な方法を述べている。
ザヒ・ハワス「我々はクフについては多くを知っている。何故なら、当時の人々が言っていたいろいろなことが記録され残っているからだ。娘の一人は娼婦で、父のピラミッドを造るために全ての愛人に建築物の石を壊して提供するように頼んでいる。」
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彼の子孫たちには、父クフが、子供たちも政治家のように、統治者のように、同時に建設者のように振る舞わせようとしているように思えただろう。
自分の墓を造りながら、クフは最大のピラミッドを造った。そして彼を継ぐファラオたちは彼を真似た。
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ジェデフレーはクフの王朝で、そのピラミッドが見つかっていない、たった一人の男だ。
テッサ・ダンロップ「ジェデフレーは自分のためのピラミッドを造ったかも知れない。彼は第4王朝の中間期における爆弾のような男だったの。祖父のスネフルは偉大なそれまでに最大のピラミッド建設者で、父はいつの世でも巨大なピラミッドの建設者よ。ジェデフレーは恐らく、王座に着いた最初の日から、自分自身の復活のための寺院、実質的には彼自身のピラミッドを造り始めたはずなのよ。」
考古学者たちは、この場所、ここに建設した人々に関する物語を明らかにするため、4千5百年という時間を遡らなければならない。彼らはこの地に建っていた構造物を建設者の目を通して見たいと望んでいる。彼らは、それがどのような方法で造られ、それがどんな宝物を抱えているのか知りたいと望んでいる。
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土地を精細に法医学的に検査し、見つけ出した手掛かりとなる古代の記録を通してのみ、彼らは失われたピラミッドを再構築することを期待できるのだ。

これは古代エジプトの偉大な功績である寓話(ぐうわ)の第4のピラミッドの遺跡かも知れない。
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エジプト学者の何人かはアブ・ラワシュのピラミッドは偉大なピラミッドの建設者クフの息子のものだと考えている。この突出した家系の物語は、今、書き換えられようとしている。
ザヒ・ハワス「私は、今日まで、いつでも、クフの家系について誰も正確に理解してなかっただろうと考えている。」
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考古学者のチームはこの地で10年以上も発掘を続けている。もし彼らが見つけたものが正しいのなら、我々がエジプトの黄金時代について知っていることを変えてしまうかも知れない。
テッサ・ダンロップ「これは失われたピラミッドなのか?そしてもしそうなら、何故、今、切株ていどのものしか残されていないのか?」

もしこれが、かつてはピラミッドだったとしたら、それがどのように見えたのか、明確な姿を構築することが出来るはずだ。何故なら、当時の全てのピラミッドは一連の手順書に従って造られているように思われるからだ。

最初の手掛かりはサッカラSaqqaraで見つかる。ここがエジプトで最も古くから知られているピラミッドの場所だ。
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以降に建てられた全てのピラミッドはここのピラミッドに従っている。造られた当時は極めて斬新なものだった。
テッサ・ダンロップ「これは階段ピラミッドstep pyramidで、私の好きなピラミッドなの。最初の石のピラミッドで、オリジナルの原型と言ってもいいわ。これから動き出して、エジプトで1百ものピラミッドが立ち上がることになったの。驚くべきことは時間差ね。このピラミッドが造られた時とジェデフレーとの間にはたった50年しかないの。」

階段ピラミッド以前には、ファラオはマスタバと呼ばれる単純な長方形の部屋の中に置かれていた。マスタバでは、埋葬場の上の地表に寺院が造られていた。
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階段ピラミッドは、基礎の箱のような形状を積み上げたものだ。
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テッサ・ダンロップ「これを見ているとどうして古代エジプト人が階段ピラミッドに移行したのかがわかるような気がするの。このピラミッドの形が発達してファラオの標準の埋葬地になっていったのよ。このピラミッドを見ればわかるけど、最初はマスタバとして始まったの。でもここにあるのは革新的で、マスタバを6つも積み重ねて天国まで届かせるかのように階段状にしたのよ。」

アブ・ラワシュで我々の考古学者チームが、何が造られたのかを捜し求めている一方で、その最大の手掛かりを持っているのは階段ピラミッドの下のトンネルだ。今までのところでは、5.6Km以上のトンネルが見つかっている。
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いくつかはファラオの王妃や子供たちの墓室に繋がっている。その他のトンネルは墓泥棒によって切り崩されている。
ザヒ・ハワス「今でもなお多くの埋もれた墓があり、それらは発掘されていない。」
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これらのトンネルの存在は、ピラミッドが何を意味するかについて我々に重要な何かを語りかけている。実際、トンネルは墓というより王宮の通路のようになっているのだ。ここは、あの世でのファラオの家なのだ。

ザヒ・ハワス「彼はピラミッドを王宮として設計したのだ。しかし、最も重要なのは、墓室が王宮の寝室のようになっていることだ。」
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墓室はピラミッドの頂点の真下にある。部分的に壊れてはいるが、今でも墓室の天井は王の石棺が置かれている床から30m以上の高さがある。
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ザヒ・ハワス「我々は今、これまでに造られた中で最も興味深い墓室の中にいる。5千年前、第三王朝の最初の王ジョセフがこの石棺の中に埋葬されていた。これがピラミッドの下で、そして同時にピラミッドの中で、どのように造られているかは見れば好く判る。アブ・ラワシュやギザやサッカラの後の全ての王朝は、トンネルや通路や大きな墓室という方法を全て踏襲している。この大きな墓室を見れば、アブ・ラワシュでも同じで、この長い部屋が短く切り取られ、ピラミッドの下に造られている。つまりそれは同じ考えで造られているんだ。」

アブ・ラワシュは、この特徴に似た空間を持っている。
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その上を覆うものは何もないが、20mの深さの溝があることはよく似ている。
サリマ「この溝は墓室に下る通路よ。花崗岩graniteで囲まれた通路なの」
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建設の間、部屋は広いトンネルで繋がっていた。作業が終わると、このトンネルは狭く造り変えられる。完成したピラミッドの中では、墓室への通路は出来るだけ小さくして残されるのだ。
サリマ「現実の通路は、石棺を搬入できる範囲で狭くなっていて、今みえているものよりずっと狭いのよ。驚くべき撤去と追加の技術と言えるわ。」
(mh;建設中は通路の幅が広い方が便利です。建設がほぼ完了した時点では通路の上には大量の石が積み上げられているので、通路の幅が広いと、通路の天井の石が上に乗っている石の重みで破損する危険があるので、通路は石棺が通過できる範囲で、小さく作り変えられるのです。)

一連の目印が石の側壁に見えている。それらは部屋が閉じられてから、周辺の発掘が行われていたことを示している。
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サリマ「この下には盗掘の穴があるわ。多分、この上に繋がっていて、白い石の切り傷部には通路があったのよ。」
エジプトの埋葬地に宝が多いことは、伝説にもなっている。黄金は墓泥棒にとっていつも約束されていた。
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サリマ「彼らは墓室に入ることを望んでいたのよ。何故なら彼らはそこが宝物で満ちていると考えたから、それがほしかったのよ。それで、ここまで穴をほってきたのね。」
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手作業でこのようなトンネルを掘るのには何週間もかかる。その上、墓泥棒は地図や計画書などはもっていないので盲目的に作業をする。現場で感で場所を選び、掘り始める。考古学者たちは、ここでもそれが行われていた明確な証拠を見つけた。
サリマ「ここで墓泥棒は間違いをしたわ。どんどん下に行き続けたので1,2週間の仕事がむだになっているわ。だから、誰かがとても怒っていたはずだわ。だって、墓室を完全に見失っていたんだから。」
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しかし、墓泥棒が掘り間違えて作業者の通路用トンネルに出てしまったという事実は、ここにあったのが墓室だったという証拠でもある。もしそうだとすれば、警備態勢を持っていたということになる。ギザの大ピラミッドの中を見ると、アブ・ラワシュの宝ものがどのように守られていたのかを知ることができる。

第一の防衛手段は簡単で、入り口を塞(ふさ)いで見えなくすることだ。ピラミッドの4面は同じ外観だ。従って1つしかない小さな入口を探すには一つで2トン以上もある何百もの石を取り除いてみなければならない。
ザヒ・ハワス「19世紀まで、この主要な入口は知られていなかった。墓泥棒は見つけることはできなかった。ファラオの夢は墓室が極めて安全な場所で、誰も内部に入ってこないということを知ることだ。」
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しかし、墓泥棒が王の富を盗もうとする意思は簡単には止められなかっただろう。アブ・ラワシュにもあるように、魔法の防衛のための警告が描かれているにもかかわらず、進入を試みた傷が残る石がある。
墓の建設者(王)は、更に頑固な防衛策を頼りとしていた。墓室に続く通路を登って来るどんな侵入者も、通路がすごく硬い花崗岩の石板で塞がれていることに気付くのだ。
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ザヒ・ハワス「この花崗岩の石版はこの石に当たるまで上から落ちてくる。石板は、3枚もあるんだ。そして王の墓室を永遠に封印する。」

しかし、現実には、この防衛手段も役立たなかった。ザヒ・ハワス「実際には、全てのピラミッドが封印されたままじゃあなかったんだよ。」

そしてギザの大ピラミッドのように、アブ・ラワシュにも間違いなく防衛のために置かれた大きな花崗岩の石板がある。これらも、辺り一面を掘る覚悟を決めた墓泥棒たちに対しては気休め以上のものではないようだ。
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サリマ「彼らは、もっと柔らかい石灰岩limestoneで造ったようね。だから通路に沿って掘り進んだけど花崗岩で邪魔されることはなく、そしてここで、今度は下に向けて掘りだしたら花崗岩に当たったのよ。で、その花崗岩を避けてその下に堀り進んでいったのよ。」
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手掛かりの全ては、ここがジェデフレーの墓室で、かなり昔、既に入り込まれていることを示している。何があったのか分からないが、結局、何も残ってはいない。
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サリマ「これはジェデフレォィが沢山の副葬品と共に、ここに埋葬されていたというかなり確実な証拠よ。そうでなければ、墓泥棒たちが荒す理由なんかないもの」

沢山の証拠はこの遺跡がピラミッドであったという理論を支持している。
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ここが忘れられていたファラオのジェデフレーの墓室だろうという十分な理由もある。しかし、まだ判っていないことは多い。そんなにも巨大なピラミッドをこうまで崩壊させるという全ての努力と労力を想像することは難しい。もしそれが復讐のためになされたのなら、彼は徹底的に嫌われていなければならない。彼は、口には出せないような罪を犯していなければならない。何が起きたのかを探し出すことだけが、失われたピラミッドの謎を解くことができる。

アブ・ラワシュ。カイロや偉大なピラミッドのギザから8Kmの隔絶した丘の上。
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そこは謎の場所だ。考古学者たちはここが本当に自分の家系によって歴史から消し去られたと考えられている背信のファラオによって造られたエジプトで最も高い場所かどうかを明らかにしようとしている。
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この遺跡について我々が知っていることの多くは、アブ・ラワシュで行われた最初の発掘から来ている。20世紀初頭にフランス人のエジプト学者エミル・シャセナーンによって作業は行われた。シャセナーンは、エジプト第4王朝の王で、偉大なピラミッドの建設者のクフの息子であるファラオのジェデフレーに最初に着目した近代の学者だ。

ザヒ・ハワス「ここは、我々にとって、4千5百年前に何が起きたのかを想像するのにとても重要だ。この王は謎だ。我々は彼に付いては何も知っていない。シャセナーンの発掘で、ジェデフレーという名前が初めて分かったんだ。」

古代の記録にはジェデフレーのことは、8年間、統治していたということを除けば、ほとんど残されていない。しかし、発掘を続けていくと、シャセナーンはそのファラオの破壊された像をいくつも発見した。彼は、徐々にエジプト黄金時代の秘密に関する手掛かりを得ているのではないかと思うようになった。
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ザヒ・ハワス「彼が見つけたのは、破壊された像だ。完全に壊されている。彼の3人の息子の像もだ。ジェデフレーの像は完全に破壊されているのだ。」
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古代エジプトの伝統によれば、王室の像は生き物だ。
メンフィス大学ピーター博士「死者の魂は、その像の中に棲んでいる。だから像を破壊するというのは、文字通り、彼のあの世での存在を破壊するということだ。地上だけではなく、あの世においても、永遠に人類とか人間でなくなるようにすることが出来るのだ。」
ということは、像を破損することは、像が示している人物を辱めるということだ。魂への攻撃なのだ。

ピーター博士「像は単なる装飾や記念のためのものではない。王の信仰を補助するものだ。だから信仰の像を破壊すれば、もう機能しなくなる。つまり誰も像の魂を感じなくなるんだ。像の人物はあの世でも死んでしまうということだ。究極の死を意味する。」
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考古学者たちは破壊された像は、何等かの凶悪な犯罪に対する罰に違いないと確信するようになった。誰かがジェデフレーを非難し、永遠の忘却に追いやろうとしていたのだ。
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サリマ「古代エジプトにおいて、誰にとっても、特に王にとって、最も恐ろしい事は、名前を傷つけられることだったの。もし名前を失くせば、自分自身を失くすのよ。完全に殺されることなのよ。例え遺体にどんなことが起きようとも、名前が魂の生存を保証しているの。」
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シャセナーンは第四王朝の歴史を詳しく調べ始め、事実に符合する答えを作り上げた。
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彼の見解によれば、偉大な王クフの後継者は最年長の息子のケイワーだが、彼は突然、記録の中から消え去っている。シャセナーンは、突然死と、その汚い手法を考えてみた。この死によって最も利益を得た者は誰か?王位継承リストの第2位にいたジェデフレーだ!
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ダンロップ「19世紀後半から20世紀初期の歴史家たちは、予測したのよ。“きっと、そうに違いない!ファラオを継ごうと考えたんだ!”って。その考え方は歴史的にも許容される方法ではないって。」
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条件証拠の一つがシャセナーンの理論に信憑性を加えることになった。彼の兄弟の死後、ジェデフレーは直ちに未亡人の王女で彼の妹だった女と結婚するのだ。
バシル・ドブレヴ「ジェデフレーは後継者を殺害し、権力を奪い、ギザから離れたという犯罪物語が生まれて来た。」

更に理論は続く。ジェデフレーがアブ・ラワシュで建築を始めると、今度は彼自身が異母兄弟に殺害される。この異母兄弟がギザの父のピラミッドの隣に自分のピラミッドを建て、秩序を回復する。
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彼はジェデフレーの名前やイメージや魂を破壊するという恐ろしい復讐を加える。
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これら一連の物語はシャセナーンの推論から生まれた。
「彼はこれらの壊れた像を発見し、“ジェデフレーは兄ケイワブを暗殺した後に王になったんだな”と言った。でも多分、弟カフレイによるクーデターで彼自身も権力から降ろされた。つまり彼は、隠れた存在にさせられ、一種の悪役になったんだ。」

自分の疑問に対する自分の考えを得たシャセナーンは、この物語についての関心を失くし、別の、もっと魅力的な発掘サイトに移って行ってしまった。以降の1百年間、アブ・ラワシュの遺跡は閉ざされ、放棄されていた。現在の考古学者たちの仕事は物語から事実を整理することだ。
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ザヒ・ハワス「アブ・ラワシュとジェデフレーについては、大勢の人が、いろいろな理論を持っている。しかし、最も重要な事は、この謎が今、明らかになり始めているということだ。」

しかし、いくつかの疑問にはまだ答えが出ていない。その中には、父が選んだギザの丘から8Km離れたこの場所に自分のピラミッドを建てるというジェデフレーの選択がある。シャセナーンやほかの歴史学者たちは、ジェデフレーが彼の家系から離れたためだと考えたが、今日のエジプト学者たちは別の説明を探し始めている。
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「新しい王が就任する時はいつでも、彼がしなければならない大きな決断は、自分の墓をどんな形にするか、どこに造るかだ。」

古代エジプトのファラオにとって、ピラミッドは自分が死んだ後の単なる墓ではなく、生存中では権力の誇示をするものだった。
「もし大きな都市を訪れたら、神である王の影響力と権力を示す象徴に必ず出会うのよ。そこは誰にとっても印象的な場所で、広さは数Kmもあるのよ。」
とすればジェデフレーの挑戦は自分の偉大さを石で示すことだ。彼が造るものは以前のファラオたちが造り上げたものと同等に壮大でなければならない。
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ブリストル大学アイダン博士「建築事業は、ファラオ間の競争みたいなものだったんだ。何かを新しくて、前のものより大きくしてという具合にね。大きさだけではなく、その質や場所も重要だったんだ。」
何人かの専門家たちは、ジェデフレーは単純な現実的な理由から丘を選んだのではないかと考えている。
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「彼が王位についたのは、多分20歳から25歳の時で、30歳には神に召されるかも知れなかったが、幸運なら35歳とか45歳までは生きたいと考えていただろう。彼は恐らく、大きなピラミッドを造るには年を取り過ぎていたのだ。」
アブ・ラワシュの構造物は手軽な手法shortcutだった。ピラミッドが建つ土地はギザの丘より既に120m以上高い。彼は石のブロックを1個置く前から既に優位advantageだったのだ。
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メンバーの一人はこの理論に反対している。建設場所を高い所に選んだのは、完全に異なる種類の建物のためだと主張している。
「我々がいる場所はエジプトの遺跡の場所で最も高いところだ。そこからは太陽に手が届くのだ。だから彼は、太陽にまで到達できるように、太陽を崇拝しようと考え、この地にこのような大きな基礎を造ったのだ。ジェデフレーは自分自身を“ラーの息子だ”と称したエジプトで最初の王だ。だから、彼はこの記念碑を太陽の神殿として造ったと私は思う。」
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ピラミッドと似て、エジプトの太陽神殿は巨大な記念碑的な建物だ。アブ・ラワシュの構造物は、ジェデフレーの統治以降、1世紀の間、エジプトに広まることになった太陽神殿の中で、最初の、巨大な神殿の残骸だという可能性もある。

その他の専門家たちは、これがピラミッドの墓だという考えを裏付ける確固たる証拠を見つけようと作業を進めていた。それを見つけたなら、彼らはエジプトの最も偉大な“失われた不思議”の一つの創造に着手できる。
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The Lost Pyramid of Djedefre
https://www.youtube.com/watch?v=qdkcnNCzbbM
(第一部完)

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