Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ピラミッドの不思議


今更ピラミッドの不思議などと言うのは、おこがましいのですが・・・
こちらにも事情がありまして・・・
で、改めてピラミッドのオサライとも言えるYoutubeフィルムをご紹介させて頂くことに致しました。

Wiki:ピラミッド(Pyramidアラビア語: هرم‎ハラム)
エジプト・中南米などに見られる四角錐状の巨石建造物の総称であり、また同様の形状の物体を指す。なかでも最も有名なものはエジプトにあるギザの大ピラミッドをはじめとする真正ピラミッド群で、その形からかつては金字塔(きんじとう)という訳語が使われていた。エジプトのピラミッドは世界でもっとも有名な遺跡の一つとされており、現代においても「金字塔」は、ピラミッドのように雄大かつ揺るぎもしない後世に永く残る立派な業績(偉大な作品や事業)などを表す代名詞となっている。

ピラミッドと言えば、何んと言っても、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドでしょう。世界七不思議の一つで、mhのブログ「世界の七不思議7:ギザの大ピラミッド」でもご紹介させて頂きました。
http://mysteriousquestions.blog.fc2.com/blog-entry-75.html

ピラミッドをWikiで調べると次の資料が見つかります。
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高いものから順に3つご紹介すると・・・
1位:柳京ホテル(リュギョンホテル)
平壌ピョンヤンのホテルで高さ330m。3枚羽根ロケット型。
2位:ザ・シャード(英語:The Shard)
ロンドンの超高層ビルで、先頭高さ310m。
3位:トランスアメリカ・ピラミッド(Transamerica Pyramid)
サンフランシスコの超高層ビルで、高さ260m。
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しかし・・・
これらをピラミッドと呼ぶには抵抗がありますねぇ。それは何故か?やっぱ、ピラミッドじゃあないからでしょう。
とすれば、ピラミッドとは何でしょうか?
それを解説するYoutubeフィルムをご紹介しましょう。
・・・・・・・・・・・・
それはどんなところにもあります。中央アメリカのジャングルの中にも、エジプトの砂漠の中にも、中国の人里離れた場所にも。みんな、驚くほどに似ています。何故でしょう?それはピラミッドの大きな謎です。その答えを見つけるために、世界の隅々まで行って調べてみましょう。私についてきて下さい。楽しいですよ。
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編集:ボブ・ブライアーBob Brier(エジプト考古学者)

質問です。私は今、どの国にいるのでしょうか?
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ヒントを与えましょう。最初のヒントですが、私は今、世界最大のピラミッドの中にいます。第二のヒントは、5Km以上のトンネルがあるピラミッドです。
もう直ぐ第三のヒントです。これ(mh階段)がそうです。これは古代に造られた巨大なピラミッドの内部の遺物です。
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さて、何処にいると思いますか?エジプト?違います。メキシコです。

ピラミッドは世界のどこにでも見つかります。これから、みなさんが信じないかも知れないピラミッドをご紹介するつもりです。
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エジプトにピラミッドがあることは誰でも知っています。しかし、実際には世界中にあるのです。中国からメキシコまで、イラクから中央アメリカまで、数百もあります。メキシコにはエジプトよりも沢山のピラミッドがあることを、あなたはきっと知らなかったでしょう。
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しかし、何故、世界中の古代文明はピラミッドを建てていたのでしょうか?その上、これらのピラミッドには妙なことがあります。どれも驚くほどに似ているのです。
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例えばメキシコの太陽のピラミッドとエジプトの大ピラミッドは、ほとんど同じ形の基礎を持っています。
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それだけが共通点という訳ではありません。2つとも太陽、月、星によって向きが定められているのです。

これはどうでしょう。インドネシアの水田から立ち上がっているピラミッドです。
(mhジャワ島中央部の都市ソロの近くにあります)
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その姿は、数千Km離れたメキシコのピラミッドと双子のように似ています!
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どうしてこのようなことが起きたのでしょうか?数万Kmも離れた場所で暮らす古代の人々は何故、こんなにも類似した形のピラミッドを建てたのでしょうか?
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その答えを見つけるには世界中のピラミッドを詳しく調べてみなければなりません。最初の調査地はエジプトです。

この大ピラミッドに何度登ったのか覚えていない位です。しかし、登るたびに感銘を受けます。
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昔、ここを訪れたヴィクトリア時代の観光客は誰もがこのピラミッドに登りました。しかし、現在は特別な許可を得ないと登れません。大勢の人が亡くなったからです。エジプトに行っても、登ろうと思わないでください。
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今見えるこの光景は、古代エジプト人が見たものではありません。ピラミッドが完成した直後は、登ることが不可能でした。頂上まで、滑らかな石灰岩で表面が覆われていていたのです。頂上には黄金に輝くキャップ・ストーンがありました。見事な光景だったでしょう。
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しかし、クフ王は我々に感銘を与えようとして、このピラミッドを造ったのではありません。ピラミッドは特別な目的を持っていました。別のピラミッドに行ってみましょう。

地上の形を見る限り、ピラミッドのようには見えません。
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しかし、その下にピラミッドの中心部があるのです。地下に造られた理由があるのです。ピラミッドは墓なのです。ソーソセタス王のミイラを守るために造られたのです。その場所に行ってみましょう。
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19世紀、この墓の発掘者は王の墓室を探していました。それを見つけた時、とうとう宝を探し当てた!と思ったことでしょう。しかし、次の瞬間、喜びは失望に変わりました。蓋(ふた)の石はずれて中が見える状態でした。彼よりも早く、盗賊がやってきていたのです。盗賊が梃(てこ)を使って蓋を開けた跡が残っています。
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ここに梃を当てて石櫃(せきひつ)の蓋をずらしたのです。盗賊が残していったたった一つの物をお見せしましょう。彼らの似顔絵です。
これはエルビスのように見えます。完璧なもみ上げです。古代エジプトでこのような絵を見たのは初めてです。
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盗賊はロックンローラーのように見えます。盗賊は価値のある全ての物を盗み出しました。しかし、ここにあったであろう物が何かを考えるため、別の墓をご紹介しましょう。
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私はアメリカ・ボストンの美術博物館Boston Museum of Fine Artsにいます。お見せしたいものは王の物ではありませんが、それととても近いものです。エジプト帝国の州の統治者の一人が所有していたものです。ここに彼がいます。名前はジュフリナークです。
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彼の前にいる小さな人物は召使いです。召使いが持っている容器には炭が入っています。その炭に神を敬う時のように香を振りかけています。今日の教会の儀式の一種のようです。統治者をよく見ると、首に何かが巻かれています。ネックレスです。彼が日常使っていたネックレスはというと、こちらにあります。
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盗賊たちがしばしば取らずに残していくものは、彼等にとって価値がないものです。例えば、ここにある木製の模型です。
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ジュフリナークは60もの模型を持っていました。王なら何を持っていたでしょうか?

私のお気に入りの物をお見せしましょう。これは召使いたちの行列の模型です。一番後ろの女性はジュフリナークの鏡を持っています。
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傷がつかないようケースに仕舞われています。その鏡に映っていた顔をお見せしましょう。これがジュフリナークです。少なくとも、彼の頭です。
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宝物を探していた盗賊は体は壊してしまいました。ご承知のようにミイラはとても脆(もろ)いのです。曲がらないので直ぐに壊れてしまいます。しかし、頭は残っています。脇には、まだ髪の毛が残っています。顔に巻かれたリネンの布には眉毛が描かれて残っています。しかし、一つ欠けているものがあります。脳です。このミイラは脳を除去した最初のミイラの一つです。脳が除去されているので保存状態がよいのです。

他の貴族の墓地のように、ジュフリナークの宝物は略奪されていました。しかし盗賊も時々、盗み忘れることがあります。1894年、考古学者モーガンは、古代の宝物を求め、カイロから30Km南のダッシューアで崩壊したピラミッドの地下を発掘していました。モーガンはダッシューアの2つの大きなピラミッドは既に盗掘されていることを知っていました。そこで彼は、小さな、よく知られていない方のピラミッドを発掘してみたのです。モーガンは既に盗掘されていた小さな墓室をいくつか発見しました。2千年前に石棺の蓋を開けようとして盗賊が使った木製の棒はその場所に残されていました。
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モーガンがこの場所に辿り着いた時、石棺の下の地面が荒されているのに気付きました。掘ってみたら宝物が見つかりました。彼は王の宝石の隠し場所を掘り当てたのです。

その当時、彼の発見はエジプトで行われた最も素晴らしいものでした。
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これはツタンカーメンの墓の発掘の30年前でした。モーガンの発見は、砂漠の中で宝物を運ぶ彼の姿と共に新聞を飾ることになりました。
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それまで誰も、こんなに見事なエジプトの宝物を見たことがなかったのです。王室の宝石、頭飾り、首飾り、腕飾りなどでした。
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さて、ここまで私は、みなさんにピラミッドの謎を解くための2つのヒントをお教えしました。ピラミッドは何故、似た外観を持っているのか?

第一に、エジプト人はファラオの墓としてピラミッドを造りました。
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第二には、今日、ピラミッドは登ることができますが、古代では不可能でした。表面は滑らかで足掛かりとなるものは無かったのです。これを忘れないでください。

私が既に言ったように、エジプトにピラミッドがあることは誰もが知っています。それではこれから、ピラミッドがあるとは思ってもいなかった場所にご案内しましょう。

これは1947年3月28日のニューヨークタイムズの見出しです。
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<米軍用機は、西安の南西の人里離れた山岳地の中で巨大な中国のピラミッドを見つけたと報告してきた。>

マリー・シーアン大佐colonelは愛用の軍用機で飛行中にピラミッドに気付きました。彼はその高さは3百mだと報告しています。エジプトの大ピラミッドの2倍の高さです。飛行機のパイロットは、ピラミッドは西安の60Km南西にあると言いました。

西安は素晴らしい都市です。中国の首都だった頃に町を守っていた城壁は今でも残っています。古い物と新しい物が見事に混在する都市です。
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ここはイスラム広場です。小さな店が並び、筆から中東アジアの料理まで何でも売られています。イスラム教徒がここにいるのは、古代のシルクロードの終着点だったからです。
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アラブ商人たちはこの町に棲み着きました。彼らの子孫は今でもイスラム教徒です。しかし、私がここに来たのはシシカバブを食べようと思ったからではありません。ピラミッドへ連れて行ってくれるパイロットを探すためです。

彼は、それが西安の南西にあると言いました。町からは随分離れた場所です。アメリカ人の大佐たちが見たピラミッドは大きいと言いますから、それは、兵馬俑もある秦の始皇帝のピラミッドではないのでしょうか?
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しかしそんなことがある訳はありません。秦の始皇帝陵は西安の北東で、パイロットが見たピラミッドは西安の西ですから。今なら、沢山のハイウェイが走っているので、簡単に行ってみることが出来ます。もし空港へ行く道を選んだら、間違いなく、その場所に行けるでしょう。

やってきました。向うに古代の墓が見えます。2千年ほど前のものです。
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しかし、我々が捜しているものはもっと大きなものです。あの方が捜しているものに近そうです。
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これが、パイロットが見つけた物かも知れません。漢王朝の墓です。現地の農夫たちは親族が亡くなると彼らの皇帝の墓の近くに埋葬しています。彼等にとって、それはなんの不思議でもありません。共産主義の中国は長い間、外部には閉ざされていたので、西洋人が中国人のピラミッドについて知っていないだけです。

本当に大きな墓です。飛行機からでも見えたはずです。
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この一帯にはピラミッドが連なっています。
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漢王朝のピラミッドは高さ凡そ60mです。エジプトの大ピラミッドの半分ほどの高さです。しかし、その造りはエジプトのものとは大きく異なっています。頂は平です。違いはそれだけではありません。このピラミッドは自然に出来た丘のように見えます。しかし、そうではありません。人工の丘です。全て、人が積み上げたものです。


中国のピラミッドはエジプトのものと異なり、石や泥煉瓦を使って造られてはいません。湿った土と藁(わら)を型の中に強く押し込んでから乾かして造られています。それで十分な耐力があるのです。実際の所、中国の万里の長城の多くは、この方法で造られました。
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石が手に入る場所は少なかったので、長城の多くは土で造られ、それが何千年も過ぎた今でも残って立っているのです。藁の層は今でも見ることが出来ます。空から見たというピラミッドは今も残っていて、エジプトのピラミッドとは全く異なっていたに違いありません。しかし、そのピラミッドは、エジプトのピラミッドと同じで支配者の墓でした。素晴らしい宝物が埋蔵されていることでしょう。当時、支配者は翡翠(ひすい)の鎧(よろい)を着て埋葬されていました。
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墓はアメリカ人大佐が言ったように3百mの高さはありません。上空から見たので勘違いしたのでしょう。しかし、私は3百mの高さの中国のピラミッドを皆さんにご紹介することが出来ます。これらは唐王朝の墓です。彼らは皇帝の墓の近くに埋葬されることを望んでいました。あの地平線の向うにある数百mの高さの巨大ピラミッドの近くに!!!?
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しかし、あなた方も気付いたと思いますが、あれは人工のものではありません。自然にピラミッドの形になったものです。
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新しい皇帝もピラミッドを建てたいと望んでいました。しかし同時に、彼らは費用の削減も希望していたのです。そこで彼らは山の側面から数百mのトンネルを掘って墓を造ったのです。皇帝は今でも、あの山のどこかで眠っています。入り口が何処にあるのかを知る人はいません。しかし、今でもその墓には見事な宝物が埋葬されていることでしょう。

皇帝の墓は今も見つかっていません。しかし、彼の愛妾ウェイの墓を見れば、皇帝の墓がどんなものかを知る手掛かりになるでしょう。
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大きさは皇帝のものと比べ物にならない程、小さいものです。しかし、綺麗に仕上げられています。中を見てみましょう。
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間の抜けたような顔のこの男は、農夫です。こちらの大きな鼻をした男は中国人ではありません。モンゴル人です。この馬を皇帝の愛妾ウェイのもとに贈り物として持って行くところです。
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この女性は侍女です。二重顎(あご)で、当時のファッションでした。太っているのが好まれていたのです。
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愛妾ウェイは皇帝にとって特別な女性でした。奥方の女王が死ぬと、愛妾ウェイが昇格して中国のファースト・レディになりました。これがウェイの棺です。家の形に造られました。屋根、扉、小さな窓もあります。
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愛妾ウェイは特別でした。従って、これはとても重要な墓です。生前と同じように出来るだけ皇帝に近い場所に墓を造ったはずです。

唐王朝の皇帝たちはピラミッドのような形をした山や丘に埋葬されました。中国であれ、エジプトであれ、メキシコであれ、どんな文化においても、ピラミッドの形が選ばれているのです。それは何故でしょう?注意して調べれば、その答えを見つけることが出来るでしょう。次の調査先はメキシコで、ピラミッド都市のテオティワカンです。
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これはテオティワカンの“死者の通り”です。通りに沿ってピラミッドが並んでいます。右にあるのは太陽のピラミッドで正面は月のピラミッドです。太陽のピラミッドはアメリカでも最も印象的なピラミッドでしょう。
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しかし、このピラミッドがこの地に建てられた理由を考古学者たちが発見したのはつい最近のことです。それを知るためには、ピラミッドの地下深くに入って行かなければなりません。

発掘者たちがこのトンネルを最初に見つけた時、入り口は瓦礫で完全に塞がっていました。
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彼らが中に進んでいくと、このような通路を22も見つけました。それらは全て塞がっていました。
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何を守るための通路なのか全くわかりませんでした。宝物は見つかりませんでした。盗賊が持って行ってしまったのです。しかし、発掘者たちは中央アメリカでも最も神聖な場所に到達したことに気付いたのです。だから、その上に太陽のピラミッドが建てられたのです。

何故、小さな洞穴が神聖なものだと考えられていたのか判りますか?洞窟はあの世への入口だったのです!
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つまり太陽のピラミッドは地下世界への入口を守っていたのです。それがこのピラミッドの秘密だったのです。地下に造られた井戸はしばしば、飲料水の唯一の源でした。つまり生命の源です。
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あなたが目にしているのは自然現象です。この世界で、毎日起きています。これらの場所が神聖だと考えても全く不思議ではありません。ここは神々の棲む場所です。
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私ですらも祈りを捧げたくなる場所です。
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(mh:セノーテと呼ばれる地下の池です。地表に明いた丸い穴から差し込む日光が水面で反射しています。)

太陽のピラミッドから遠くない場所に、もう一つ、謎のピラミッドがあります。
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ぞっとするものです。百人以上の生贄が、この“羽の生えた蛇のピラミッド”から見つかりました。一つの埋葬場所からは、考古学者は戦士の服装をし、両手を後ろで縛られた9人の若者の遺骨を発見しました。
生贄にされた人をご紹介しましょう。この骨は羽の生えた蛇のピラミッドで見つかったものです。歯をよく見て下さい。完璧です。
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人生の真っ盛りとも言える若者の骨です。人々が生贄に最適だと考えた人物だったのです。

これはネックレスです。別の犠牲者が身に付けていたものです。
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貝殻を削って造られています。しかし、その外観は人間の歯のようです。彼らは最高に着飾って埋葬されていたのです。これ以上の贅沢品はなかったでしょう。

何故、彼らは生贄にされたのでしょう?羽の生えた蛇のピラミッドがその答えを持っています。このピラミッドはケツァルコアトルQuetzalcoatlに捧げられたものでした。創造の神です。自らの血で人間を創った神です。
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テオティワカンのピラミッドは、王の遺体を守るために造られたエジプトや中国のものとは異なっています。メキシコのピラミッドは空に向かって伸びる階段を持っています。
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最上階の広場で祈祷師たちは儀式を行っていました。生贄は神への債務の支払いであり、生贄の血は貨幣として王国の繁栄のために使われたのです。

さて、大ピラミッドで提示した手掛かりをまだ覚えていますか?何故ピラミッドがどれもみんな似た形をしているのか?何故エジプトのピラミッドには階段が付いていないのか。メキシコのピラミッドは全て、階段を持っています。それでは、今から上に登ってみましょう。
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メキシコには沢山のピラミッドがあります。驚くべきはその数だけではありません。世界で最も大きなピラミッドがあるのです。
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私が今どこにいるか?と聞いた最初の質問を覚えていますか?何Kmも続くトンネルの中で質問しました。そこはメキシコのチョルーラです。世界最大のピラミッドです。底面面積は45エーカー(1エーカー≒4千平方メートル)もあります。エジプトの大ピラミッドの3倍です。スペイン人がメキシコを征服した時、彼らはピラミッドの上に大聖堂を建てました。ピラミッドだと気付いていなかったのです。
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さて、みなさんは世界で最大のピラミッドがどこにあるのかを知りました。関連質問ですが、最初に空まで届くような建物を造った国はどこでしょうか?ヒントを与えましょう。聖書に記されていたピラミッドの名前です。創世記を見るとその名前を見つけるでしょう。
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そう、“ バベルBabelの塔”です。

古代のバビロニア、現代のイラクです。塔は、今は存在していません。2千年程前にアレキサンダー大王が破壊してしまいました。しかし、16世紀の画家が残した絵があります。
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それを見る限り、ピラミッドのようには思えません。しかしピラミッドだったのです。大きな底面と小さな頂上を持っています。しかし、これは芸術家が想像して描いたものでしかありません。もし、実際のものがどのように造られていたのかを見たいのなら、いろいろ調べてみなければなりません。それでは調査の旅に出てみましょう。

これはバベルの塔が建てられた場所に残っている全てです。残されているのは泥を積み上げた丘と基礎だけです。
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しかし、少なくとも塔の大きさや底面の形は想像することが出来ます。更に詳しく知るため、160Kmほど南の古代都市ウルに行ってみましょう。古代都市の中心に、人々はピラミッドを造りました。
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彼らはこれをジグラットZigguratと呼んでいました。イラクで最も保存状態のいいジグラットです。バベルの塔の推定高さの半分しかありません。バベルの塔がどのくらい高かったのか、想像できるでしょう。それではウルのジグラットを参考にしてバベルの塔を再現してみましょう。古代の基礎と泥の台地から基礎の面積は7エーカーだと判ります。そして瓦礫から、塔が煉瓦で造られていたことを知っています。ウルのジグラットから、バベルの塔が階段状だったことが判ります。塔は7段で、90mの高さで聳えていたと思われます。
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最上階にはピラミッドの神聖な場所がありました。神に近いその場所には寺院が造られました。寺院の壁は青い釉薬で焼き固められたタイルで覆われていました。そしてケーキの砂糖飾りのように、青銅で造られた巨大な牛の角が寺院の四隅に付けられていました。
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巨大な塔には下から伸びた階段があり、青いレンガは厚く塗られた白い漆喰(しっくい)と競うようにして輝いていました。各段を囲むように造られた手すりの上部には青いタイルが張り付けられていました。遠くから見れば高くそびえる巨大な砦のように見えたでしょう。
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エジプトのピラミッドと比べても同等の大きさがあったのではないかと考えられています。とても素晴らしい建物だったと思うでしょう?でも神はそう思わなかったようです。聖書によれば神は塔を破壊してしまったのです。何故なら人神が棲む天国に人間が到達しようとしたからです。神は人間たちの言葉をめちゃくちゃにし、お互いに話が出来ないようにしてしまいました。だから今でもある人々が意味解らないことを言う時、彼らはバブリングbabblingしている(ぶつぶつ聞き取れないことを言う)と言うのです。

ジグラットが世界のピラミッドの中でも特徴的なのは間違いありません。聖書も考古学も、どんな目的で造られたのか、詳細を明確に出来ていないのです。しかし、南アメリカにはもっと大きな謎を持つピラミッドがあります。みなさんは普通なら海岸の近くでピラミッドを見るなんて考えもしてはいなかったでしょう。しかしペルーの北部の海岸は、あなた方が思っているような土地ではありません。
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海岸の直ぐ近くは世界でも最も乾燥した砂漠です。そして丘の向うにはカズマ谷Casma valleyがあります。そこでセチン・アルトSechin Altoを発見しました。ペルーの全てのピラミッドの祖父とも言える古いピラミッドです。そのピラミッドは大き過ぎて、遠くから見ると山のようです。
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しかしそれは人工のものです。空から見ないと、その本当の大きさは分からないでしょう。しかし、ペルー人が何故、こんなにも大きなものを造ったのでしょうか?
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その質問に答えるのは簡単ではありません。とても昔のピラミッドだったので、当時の人々は記録手段を発明していなかったのです。まるで陶器を作るかのようにして造られたのです。これがそのピラミッドです。数千年の間、アメリカでも最も大きな構造物でした。基礎の面積はフットボール場の15倍あります。エジプトの大ピラミッドよりもずっと大きく、このピラミッドについて詳しく知っている人はいません。
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見た所、岩を積み上げたようです。パンアメリカン大学の発掘隊は世界で最大の考古学的な謎を明らかにしようとしています。
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3千年前、ある文明はセチン・アルトSechin Altoを作ろうと決め、6千万個の石を動かしたのです。中には1トンを超える石もありました。でも、誰が作ったのか、何故造ったのかは分かっていないのです。トムとピエゾロスキーはセチン・アルトの謎を解こうと、10年近く、調査を続けています。私には彼らが考古学の本当の英雄のように思えました。彼らは最も困難な考古学的謎の一つに取り組んでいるのです。そして彼らは、宝石などの宝物は見つからないだろうことを知っています。セチン・アルトを作った人々は金属を持っていませんでした。従って、ピエロゾスキーが黄金を見つけることはないでしょう。彼らへの報奨は階段の跡を見つけることでしょうか。
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何トンもの石の下から発見しました。このピラミッドが建てられた理由のヒントを与えてくれます。

この部分はピラミッドの他の部分からは異なっているのですが判りますか?岩は使われていません。人々は6千万個の石を運んできてこのピラミッドを造りました。しかし、それだけではなかったのです。これが何か判りますか?天日煉瓦の円錐です。
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このピラミッドの内部は、このような円錐煉瓦から出来ているのです。よく見れば、線が見えます。3千5百年前、この円錐を作った人の指先の跡です。このピラミッドを造った人に関して我々が持っている証拠の全てです。

ピエロゾスキーたちにとっては、宝物といえるのは、些細な物ばかりです。誰か判らない人々が造った手工芸品の人形やお面など些細なものです。
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埋葬場所は見つかっていません。従って遺骨も見つかっていません。しかし、近くにある博物館にはとても特別なものがあります。

ここにミイラがあります。見つけ出して以降、全くそのままで保管されています。
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砂漠に埋葬され、バクテリアに侵される前に急速に水分が抜けてしまっていたのでもう劣化しないのです。彼女は恐らく30歳くらいでしょうが、歯はいいようですが、1本抜けています。抜け跡の穴は完璧な形で残っていますから、死後に抜けたのでしょう。他には・・・膝を見ると布が巻かれていた跡が残っています。
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つまり、埋葬された時、体には水分があったという証拠です。つま先を見ると、紐で足の指を結んでいます。
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埋葬の儀式が行われていたのです。しかし、このミイラが特別なのは、ペルーでしか見かけないことなのですが、手を見て下さい。極めて古代に行われていた刺青(いれずみ)が残されています。ここにも特別なものがあります。この女性はジャガーのような刺青をしています。
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こんな刺青を私は見たことがありません。このミイラは恐らくピラミッドを造った人々よりも2千年後のものです。儀式の痕跡や膝の布の跡からそうだと判るのです。従って、このミイラからはピラミッドを造った人々に関する情報は得られません。

つまり我々は何故、人々がピラミッドを造ったのか、まだ判っていないのです。この文明の名前すら知りません。しかし、彼らに何が起きていたのかを知るヒントはあります。ピラミッドから2Kmほど離れた場所にピラミッドを造った謎の人々たちの最後がどのようにして始まったかをしることが出来るものが残されています。

これが何か判らないでしょう。消化器官の全体です。これが食道esophagus、
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胃、腸intestine。不運な男がここで体内をさらけ出していたのです。体を半分に切り裂かれた人々もいます。それを喜んでいる様子はありません。
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四角で積み上げられたブロックがあります。アパートではありません。脊髄vertebrae、つまり人間の背骨spineです。ここにはいくつか頭があります。目玉が掘り取られています。目玉は空に向かって積み上げられています。これらの恐ろしい体の隣には恐ろしい兵士が描かれています。
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誰かが戦で大負けをしたのです。私の想像では、負けた彼らが幻のピラミッド建造者です。兵士たちの力には対抗できなかった人々は殺され、彼らの文明は終わったのです。

彼らが何故ピラミッドを建てたのかは解りません。しかし、ペルー人は、その後2千年の間、ピラミッドを建て続けていたことは分かっています。何百も建て、ペルー独特の奇妙な血の儀式のために使っていました。この儀式については後に説明しましょう。

これから、あなた方は行ったことがないだろう、ある場所に連れて行きましょう。恐らく、その場所について聞いたこともないのではないでしょうか。
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その場所は太平洋にあります。マン・マドールman-madolと呼ばれる場所です。ニューヨークから行くには、飛行機を5回乗り換え、24時間かかりました。でもまだ目的地に到達していません。太平洋に浮かぶポナペPonapeと呼ばれる島に到着しただけです。グアム島から東に1600Kmのところにあります。
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もうニューヨークのブロンクスにいないというのは奇妙な気分です。ここは私が訪れた中でも最もパラダイスに近い場所でしょう。ポナペ島はどの場所からも数百Km以上離れ、外界から守るかのような危険なサンゴ環礁で囲まれています。この辺りの海の様子を知らなければ、島に無事に到着することは出来ないでしょう。
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そこから海を良く知った人物が操縦する高速艇をチャーターして45分程、高速で海岸に沿って移動すると、目的地のマン・マドールに到着します。
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そこは浅瀬にあるのでアウトリガーカヌー(横に浮子が突き出た木彫りの船)に乗り換えます。するとやがて遺跡が目に飛び込んできます。
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これまで私が見たことがない古代の建築物です。壁はアメリカの丸太小屋のようですが、実は大きな溶岩石柱で造られているのです。
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そして外海に面した浅瀬には、海の力から島を守るように石で造られた巨大な波消しがあります。

1千年前、石の棒は、火を起こして岩を温めてから水を掛けて冷やす方法でポナペの山から切り出され、船で最終目的地まで運ばれてきたのです。これらの全ては、人口2万5千人の太平洋上の小さな孤島で行われました。しかし、石で造られた壁が最も驚くべきものだということではありません。この辺りの小さな島は全て人工の島なのです。この一帯が浅瀬だと言ったのを覚えていますか?マン・マドールの建造者たちは石の棒を筏(いかだ)で運んで島を造り上げたのです。
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“どのくらいの数の島があるのですか?”
“92です。全て人が造った島です。”

マン・マドールの人々は金属製の工具を使わないで、地上で最も素晴らしい記念碑を創造したのです。人工の島は数百ある浅い運河で隔てられています。ここは石器時代のベニスと言えるでしょう。
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何世紀もの間、島々は夫々(それぞれ)、宗教が異なる部族が暮らしています。私の友人になったトーマスは鰻(うなぎ)族です。何世代もの間、鰻は彼の家族にとって神聖なものでした。
“3匹いますね。捕まえられますか?”
“勿論です。”
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鰻とピラミッドって関係があるのか?と疑っているのではありませんか?全てのピラミッド建設プロジェクトでは、人々に動機付けするために宗教を必要としていたのです。古代イラクのジグラット、エジプトのピラミッド、中国の皇帝陵。これらは全て信仰が必要だったのです。

ここはマン・マドールで最も神聖な場所でした。かつてどれほど多くの鰻がこの水溜りにいたのか、誰も知らないでしょう。
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祈祷師たちは、海に繋がるトンネルを通って古代からあるこの水溜りにやって来る巨大鰻に亀の肉を捧げていました。

しかし、信仰は物語の半分でしかありません。偉大なピラミッドや墓を造るためには、他にも何か必要です。力強い支配者です。ここはマン・マドールのある権力者の墓です。
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彼の家系は対立していた部族を統一し、労働力として使って王宮や墓を造ったのです。これはあらゆる場所に共通する話です。エジプトのピラミッドでも、太平洋上のマン・マドールでも同じです。強力で冷酷な支配者が記念碑を建てたと考えて良いでしょう。

さて、何が大きな構造物を造らせたのかは解りました。しかし、偉大なピラミッドの謎はまだ判らないままです。世界中のピラミッドは何故、形が似ているのか?ここまで来ると、みなさんも何となく答えが見えて来たのではないでしょうか。
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ピラミッドはペルー、中国、エジプト、インドネシアなど世界中にあります。どうしてこれら全てのピラミッドの形が似ているのか?これには2つの理由があります。神と物理法則です。
ピラミッドを造った文化は、彼らの神が天国にいると信じていたのです。天に向かって昇っていく構造物を建てる以上に神に近づく良い方法があったと言うのでしょうか?神に近づくためにバベルの塔は造られました。
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神にちかづくため、高い構造物を造ったことは理解頂けるでしょう。しかし、その構造物は何故、ピラミッドだったのか?それには物理法則が関係しています。古代エジプト人、アステカ人、中国人も、我々全てが同じ物理法則で管理されています。ピラミッドは古代の摩天楼でした。しかし、鉄骨などの近代的な建築材料がない時代、人々は直線的に立ち上がる摩天楼を造ることは出来なかったのです。従って、古代世界において見事な構造物を造ろうと思ったら、広い面積を持つ基礎と、上に行くほど細くなる頂を持つしかありませんでした。つまりピラミッド形というわけです。石のブロックを使って高さ120mの柱を建てようとしても実現不可能です。柱が高くなればなるほど、基礎の石には上の石の重量が加わって壊れ、柱は倒れてしまいます。上手(うま)く造る秘訣(ひけつ)は上に載る石の重量をいくつかの石に分散させることです。そこで、石の一つ一つは、他のいくつかの石の上に載せられた形をとることになります。
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それこそが、ピラミッドで採用されている方法なのです。
つまり、もし高い建物を造って神の場所に到達したければ、物理法則が導き出す方法は一つで、ピラミッド形なのです。
古代世界では、世界中、どんな場所でも人々は同じ形のピラミッドを造りました。人々は同じ手法で同じ技術課題を乗り越える必要があったのです。ところで、大きなピラミッドが同じ大きさなのは何故でしょうか?それについてはある考え方があります。一人の支配者ならどのくらいの大きさの構造物が建てられる限界だったのかという問題だったのです。

しかし、まだピラミッドの謎を解き明かしてはいません。大きさと形だけが、古代世界におけるピラミッドの類似点ではありません。例えば、世界中の古代建築家はピラミッドを磁石の4方向に向けて造っています。
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中国人は、悪霊の影響は北からやって来ると考えていました。そこで、これを避けるようにピラミッドを造ったのです。メキシコの太陽のピラミッドは、北から15度東方向に傾くように配置されました。何故かというと、太陽は5月、雨季が始まる時期にピラミッドの上から昇るようにしたのです。エジプト人たちは別の考えに基づいてピラミッドの向きを決めていました。彼らは死後の永遠の命にこだわっていたのです。北極星は位置が変わりません。ファラオはこの星と共にいようと望んだのです。

マヤでは時間、日付、暦にこだわっていました。それで彼らはピラミッドを天の方角に向けることにしたのです。マヤのピラミッドは、世界中のどこにも見られない配慮がなされています。不思議な見世物を織り込んだのです。
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年に2回、見事な光景を見るため、世界中からの観光客がメキシコのチチェン・イツアに集まります。マヤ人は偉大な数学者でした。数字のゼロを発明しました。そしてこのピラミッドには数字で書かれた暗号が秘められています。ピラミッドの4つの面には夫々91段の石段があります。
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91x4は364です。頂上にある寺院を足すと1年365日の暦になるのです。石段の脇にあるテラスの段数を数えてみましょう。石段の両脇には9段あります。合計で18段です。マヤの暦における月数と同じです。つまり1年の日数と月数がピラミッドの中に盛り込まれているのです。ピラミッドは便利な暦だったと言う訳です。

しかし、これで見世物が終わった訳ではありません。ピラミッドの向きが注意深く決められているおかげで、年に二回、春分と秋分の日、とても不思議な現象が起きるのです。階段をうねり下る蛇が影の中に浮かび上がるのです。
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古代マヤが演出したマジックショーと言えるでしょう。

メキシコから地球半周したインドネシアのピラミッドを覚えていますか?
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形はメキシコのピラミッドと瓜二つです。どうしてこうなったのかという問の答えは簡単です。それを知るには、近くでよく見なければなりません。

メキシコのアステカ時代のピラミッドは人間の生贄を見せつけるために造られました。従って、幅の広い階段が造られていたのです。
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犠牲者が登っていく様子が観客から良く見えました。その後、最上段の寺院の前で、鼓動している犠牲者の心臓は切り出されたのです。ピラミッドは恐怖の見世物のために造られていたのです。

インドネシアのピラミッドは平和目的のものです。狭い階段は祈祷師だけが登るためのものでした。
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ここでは血なまぐさい行事は行われていませんでした。生贄用の祭壇もありません。優しい神のために造られた記念碑です。

それではいよいよ最後の問題です。アステカとインドネシアのピラミッドは、何故、世界中のピラミッドは似ているのか?という偉大なピラミッドの謎に対する答えを持っています。その答えは・・・ピラミッドは似てはいないのです!
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最初見た瞬間、双子のように見えます。しかし、これまで調べて来たことを注意深く配慮すれば違うことに気付くのです。ピラミッドについて調べれば調べる程、それらが似ていないことが判るのです。それぞれの文化は夫々の考えに従って異なる目的のためにピラミッドを建てました。エジプトのピラミッドは表面が滑らかです。その頂では儀式などは行われません。
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メキシコでは逆です。彼らはピラミッドに階段を付け、頂上では生贄を捧げていたのです。
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夫々、異なっているのです。

最も変わっているものをお見せしましょう。インドネシアはピラミッドがあるような場所には思えません。世界最大のイスラム国家です。イスラム教徒はピラミッドではなく、モスクでお祈りします。しかし、この場所の人々は近在の他の社会とは隔離されています。
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彼らはヒンドゥ教徒です。イスラム教に改宗した歴史は持っていません。私がお見せしたいのはヒンドゥ教徒の彼らの祖先が建てたピラミッドです。
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この上の方にはとても不思議な場所があります。ここはヒンドゥ教寺院です。もしピラミッドを見たいのなら、素晴らしい門を抜けて更に山の上に登って行かなければなりません。
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ヒンドゥ社会の人々は今もこの場所でお祈りを捧げています。
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で、ピラミッドはどこにあるかというと、全ての門と全ての寺院を通過した最後の場所にあるのです。
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インドネシアの人里離れた山の上でも、神々の住む場所に近づきたいと望む人々はピラピッドを建てたのです。

さて、これで偉大なピラミッドの謎解きは終わりました。世界中のピラミッドは夫々、大きく異なっているのです。しかし、一つだけ共通するものがあります。どのピラミッドも空高くそびえようとしています。
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エジプトのピラミッドはファラオの墓でした。しかし、その頂は天頂を指しています。古代メキシコでも人々は神々が生贄を見ることが出来るようにピラミッドを建てました。バビロン人がバベルの塔を建てた時、彼らは天上に届くようにと建てたのです。どれもみんな同じです。不可能なことを可能にしようとしていたのです。空まで届く建物を造ろうとしていたのです。

古代を越えるまで、長い時間が必要でした。4千年の間、エジプトの大ピラミッドは地球上で最も高い構造物でした。
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私は今、階段を上っています。今の高さは120m。やっと135mに到達しました。大ピラミッドと同じ高さです。19世紀になって初めて、古代を越える大きな構造物が造られたのです。それがこの美しい塔です。4千年と鉄骨を使って、アイフルEiffelがこの塔を建てました。エッフェル塔La tour Eiffelです。目的は兎に角、高い所に到達するためでした。
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The World In Ancient Black Kemet ?? (Part 1)
https://www.youtube.com/watch?v=qF1GpKkLIy8&t=1038s

ネットによれば日本にもピラミッドがあると主張する人がいます。奈良の三輪山がそうだという記事もありましたが、大和三山(天香久山、畝傍山、耳成山)の間違いでしょう。
(大和三山の一つ:畝傍山)
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で、日本中に沢山あるという人もいるんですねぇ。
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http://ikuno.lolipop.jp/piramido/nihon/nihon/index.html

しかし・・・
日本のピラミッドと言われる所は、人が造り上げたという証拠がありませんから、どうなんでしょう。ピラミッドじゃあないと思いますが・・・。

人は何故、ピラミッドを建てたのか???

mhの意見では、建てようと発議した人に訊かないと建てた理由は解らないというのが正解ではないかと思います。ピラミッドを建てたからといって、人々の暮しが良くなるわけはなく、結局は一人の王や祈祷師など、権力者のためだった訳で、その人が何故、建てたいと思ったのかは、その人だけが知っているのです!

でも、一つだけ普遍的な理由を挙げるとすれば、太陽に対する畏敬の念でしょう。人間は生きるも死ぬも、太陽と共にあると言えます。太陽があればこそ、食物は育ち、人間の命は育まれました。太陽が消滅すれば、人間は生きてはいけません。だから太陽は人間にとって最も大切で、太陽が良く見える場所を造ろうという思いがピラミッドの発端だとmhは思います。

人間が生きていくために必要なものというのなら、大地だって、水だって、空気だって、植物だって、動物だって、同じように重要なはずなのに、何故、太陽なのか?

お釈迦様じゃあありませんが、太陽でなければいけない理由があるんですねぇ。

それは何か????

太陽はいつもそこにあるわけではありません。夜になると、いなくなっちゃうんですね。だから、太陽は、いつもそこにある大地や水や空気なんかより、ずっと身に染みて、ありがたみがあるのです。
(完)
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