Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

聖遺物の不思議


実は・・・
このブログは「聖槍(せいそう)の不思議」との題で投稿する予定でした。
しかし・・・
プロローグprologueを書き始めると、どんどんと脇道にそれ出して・・・
長~くなってしまい・・・

で~題を「聖遺物の不思議」に替え、プロローグprologueを投稿させて頂くことに致しました!

・・・・・・・・・・・・

「聖槍の不思議」

神聖な槍Holy Spear / Holy Lanceはイエス・キリスト(以下イエス)の脇を刺して死に至らしめた槍(やり)です。この聖槍は、前回のブログでご紹介したコンスタンティンの母ヘレン(以下聖ヘレン)が、エルサレムを訪れた時に探し出したいくつかの聖遺物の一つです。

Wiki「聖遺物」(英語版はRelic)のリストによれば
聖十字架/聖釘/聖槍/聖骸布/聖杯
の5つが挙げられています。お気付きでしょうが、全てイエス関連のものばかり!

まず聖十字架ですが、西暦326年、聖ヘレンがエルサレムに巡礼した時に見つけました。3つ見つかったようですが、その中のひとつに触れた女性の病が癒(いや)されたので、イエスが磔(はりつけ)にされた聖十字架と判ったと言います。持ち帰った十字架は、その後、細かく分割されてしまったらしく、多くの教会が所蔵していると主張しているようですが、“総計すると十字架数十本分に当たり、ゆえにほとんどがまがい物であり、そもそも“イエスが磔にされた十字架”の存在・再発見の真実性まで辿(さかのぼ)り考えることとなる“とWikiにありました。

聖釘(せいてい)は“イエスが磔にされた際に手足に打ちつけられた釘(くぎ)”で、聖十字架に打ち付けられていて、勿論、聖ヘレンがエルサレムから持ち帰ったんです。今も30本ほど残っていて、最も有名な聖釘は、今回のブログに登場します。

聖槍(せいそう)は、フィルムの紹介の時に説明させて頂くとして・・・

聖骸布(せいがいふ、Holy Shroud)は、イエスが磔にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布です。イエスの風貌を写したという布は複数あったといわれていますが、現存するのはトリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin)だけです。サイズは1.1 x 4.4m。
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顔の部分の拡大とそのネガは次の通りです。
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1988年に行われた炭素年代分析によれば、布は“中世のもの”だったようですが、この辺りをバチカンはどう考えているのか不明です。恐らく、バチカンに所蔵されていない品々の真偽についてはコメントしないという立場なのでしょう。

聖杯(せいはい)についてはブログ「聖杯の不思議」でご紹介済みです。

調べると、他にもイエスの“聖遺物”はあるんですねぇ。
例えば“イエスの血”ですが、前述の聖骸布のシミは“イエスの血”そのもののはずですが、それ以外にもイエスの頭を包んでいた布があるんです。オヴィエドの布Shroud of Oviedoと呼ばれるようです。
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大きさは1mx0.6mで、スペインのオヴィエドOviedoにある聖サルバドール大聖堂の重厚な箱に仕舞われていて、年3回、一般公開されているようです。

更には“聖衣Holy Robe”もあります。
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多くのカソリック教会が同じような聖衣を所有しているようですが、上の写真はドイツのトリールTrier大聖堂の衣です。

で~我が尊敬するお釈迦様についての聖遺物はというと、英語版Wiki「Relic」には記事があるのですが、日本語版Wiki「聖遺物」にはないんですねぇ。なんででしょうか。
ま、ここで文句を言っていてもしょうがないのでWiki「Relic」から要旨をご紹介すると、骨とか歯ですね、これ以外にはお釈迦様の聖遺物はありません!

パキスタンのペシャワールPeshawarのストゥーパで見つかった骨は、今はミャンマーのマンダレーMandalayに保管されているとのこと。
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ネットで見つけたブログ情報によれば、仏教修道院の埃(ほこり)だらけの小さな展示室に仕舞われていて、丁重にお願いすれば、見せてもらえるかもしれないとのこと。ガラス瓶crystal phialに入った小さな骨で、虫眼鏡を貸してもらえるようですからWikiで見つけた上の写真がそうでしょう!蓋(円柱状のもの)をはずした中身が中央にある台で、中心にガラス瓶のようなものが載っています。

仏陀は入滅から数日して火葬され、骨は8人の王が分割して持ち帰り、ストゥーパなどに保管しました。弟子たちが仏陀の教えだけでなく、生涯や遺骨の分割も記録に残していますから、仏舎利(仏陀の骨)が何ヶ所かで大事に保管されることになったのは事実だと思います。

仏陀と比べ、イエスには沢山の聖遺物が残っているわけですが、信憑性は全て“イマイチ”です。鑑定書もないし、勿論、由緒書きも見つかっていないようですからね。

しかし、イエスが実在していたなら、遺骨はどこかに残っているはずです。十字架の上に聖釘で打ち付けられ、血を流して死んだ人物ですから、人並みに骨はあったはずで、“神だったので骨などはない!”ってなことを言い出す人はまさかいないでしょう。

で~聖ヘレンは、その骨を見つけたかというと、どうもそうではないんですねぇ。聖ヘレンがエルサレムに巡礼した西暦326年、彼女は骨を探した、見つけ出した、っていう話は伝わっていないんです。

で~mhが鑑賞したYoutube“Discovery Channel; The Lost Tomb of Jesusイエスの失われた墓”から簡単にご紹介すると・・・

磔にされたイエスは墓に埋められたのですが、伝説によれば、死から3日後、マリー・マグダレンが墓に行くと遺体はなく、弟子たちがイエスの家族の墓に移した後だったといいます。
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そして1年後、弟子たちは、イエスの母マリアやマリー・マグダレンやイエスの兄弟などイエスの親族と共に、最後の埋葬をするのです。
最後の埋葬とは、遺体が腐ったところで、骨だけを集め、骨箱(石灰石の箱ossuary)に詰め直す儀式です。
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骨箱には“Jesusイエス”と名が刻まれました。
それから1千9百年後の1980年、集団住宅の建設工事中に墓が見つかったのです。
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最初に気付いたのは子供達だったようです。
入り口の上には屋根のマークの下に丸い印が・・・
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中には10の骨箱がありました。
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(mh墓には4m四方ほどの部屋があり、そこに遺体を安置しておきます。1年程したら、関係者が集まり、白骨化した骨を骨箱に詰め、部屋の隅に設けられている穴に保管するようです)

この骨箱は倉庫に保管されていました。しかし、墓が見つかった時期は住宅工事のラッシュ時期だったので、あちらこちらで墓が掘り出され、何百もの骨箱が見つかり、大きな倉庫に保管されることになりました。その中から、Youtubeフィルムのプレゼンテーター;シムカ・ジャコボヴィッチSimcha Jacobovici(赤い服の人物)が、リストを頼りに件(くだん)の骨箱を探します。見つけ出したものを確認すると、イエスとかマリーとかジョセフといった名前が刻まれていました。
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で、1980年に見つかった墓はイエスの家系の墓である可能性が高いとの結論を出すのですが、件(くだん)の墓が今どうなっているかというと・・・
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コンクリートで蓋をされ、アパート群の間のテラスにあるんですね。
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そこには何の掲示板も銘板もありません。ここにイエスの墓があり、残っていた骨箱の一つにイエスの骨が入っていたと考えている人はほとんどいないようですね。というのは、件のイエスが生きていたころ、エルサレムにはイエス、マリア、ジョセフといった名の人間は大勢いたんです。また、見つかった墓の入口の上に刻まれたファサード(建物の正面の飾り)は、特別のものではなかったんですね。どこにでもある、普通の模様だったんです。
そして・・・前回のブログでもご紹介したように、“Discovery Channel; The Lost Tomb of Jesusイエスの墓”で“やらせ取材”が行われていた!と告発するYoutubeも見つかりました。

このような経緯から、シムカ氏がプレゼンテーターを務めたYoutube“イエスの墓”を皆さまにご紹介するのを控えさせていただくことにしたのです。
それをご承知の上で、ご関心がありましたら、次の2つのURLでご確認下さい。
Discovery Channel The Lost Tomb of Jesus
(シムカ氏がイエスの墓だったと主張するフィルム)
http://www.dailymotion.com/video/x2jbdz3
The Jesus Tomb Unmasked | Refuting the Lost Tomb of Jesus
(シムカ氏に反論するrefute)
https://www.youtube.com/watch?v=aIa0PckpZZI

しかし・・・
またまた新しい予告フィルム(2分)が見つかりました。National Geographic ですから少し信頼できそうですが、粗筋は次の通りです。

“この大理石の石板の下は、イエスの最後の休息場所だったと多くの信者が信じている”
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“「聖なる岩」は何世紀もの後で初めて取り外され、予想できない新たな発見を提示する”
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“墓はエディクルEdiculeの中に仕舞われていて、エルサレムの旧市街にある聖墳墓教会(注)の中心に位置している”
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(注:Church of the Holy Sepulchreは聖墳墓教会です。墳墓Sepulchre、つまり、ここがイエスの墓だってことを宣言しているんですねぇ)

で~エディクルというのは、ドームの中に造られた建物です。周辺に観光客が大勢いる、高さ凡そ8m位の構造物です。
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墓らしきものを覆っている大理石の板が開けられようとしています。この映像から墓らしきものはエディクルEdiculeの床下にあると思われます。
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石板が開いた状態を横から撮影した映像です。
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で~石板の下に在ったものは・・・
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粘土が平坦に詰められていたようですね。その一部は壊されているように見えます。人骨は見つかりませんでした。瓦礫debris を採集したので、分析することになっています。

“聖なる墓bedが再び蓋をされた後、エディクル改修工事は続けられ、今後何世紀もの間、巡礼者のための神聖な場所として保存されるだろう。”
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EXCLUSIVE: A Closer Look Inside Christ's Unsealed Tomb | National Geographic
https://www.youtube.com/watch?v=nkmx_k9wVs0

なるほど。聖墳墓教会があるとなれば、アパート群の中のテラスでコンクリートで蓋をされた場所にお参りする巡礼者がいないのは、やむを得ないでしょう。

で~結局、イエスの遺骨は、今も見つかっていないんです。イエスが神なら遺骨が残っているのは極めて不自然です(人間の体だけを借りた神だったと言うことかも知れませんが)。よって、見つかっていないということは骨など持っていない神であって人間では無かったってことかもしれませんが、となると血が流れたっていうのは矛盾しますから、骨や血がある人間の体をもつ神だったってことだとすれば、肉体が滅んだ後のイエスは、今、どこで、どんな状態で存在しているのか???
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(聖遺物の不思議:完)
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真の「聖槍の不思議」は次回ご紹介させて頂きます。
悪しからずご了承ください。
(完)

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