Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

聖槍の不思議


前回のブログは「聖遺物の不思議」に変わってしまいましたが、今回こそ「聖槍(せいそう)の不思議」をお送りしましょう。

長いプロローグはもう飽きていると思いますから、今回は単刀直入に、まずは(?)Youtubeフィルム「The Legend Behind The Holy Spear聖槍の裏の伝説」をご紹介致します。
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今から2千年前、単純な武器が超自然的な力を持ち始め、多くの人がそれを所有したいと望んだ。
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今日、それは3つ残っている。そのうちの一つは十字架の磔(はりつけ)で使われたのだろうか?
科学はついに答えを用意することができた。
「Legend of the Holy Spear聖槍の伝説」
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聖槍の伝説はイエス・キリストの磔から始まる。聖書は我々に、彼の死は慈悲深い程に瞬間的だったと語っている。
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それを確かめるため、ローマ兵士は槍(やり)を持ってイエスのそばにいた。槍の一突きはキリスト信仰における決定的瞬間だ。イエスの死の確定であり、彼の復活を可能にした。その槍は傑出したキリスト教の聖遺物になった。
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イエスの死に続く数世紀の間、伝説的な噂話が流布され始めていた。コンスタンティン皇帝がローマ帝国にキリスト教を課した時、彼は聖槍を所有していたという。
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シャレメインCharlemagne(カール大帝)は、聖槍を身辺に保持しながら、中世の混沌の中からヨーロッパの統一を初めて成し遂げた。
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ナポレオンとヒトラーは世界を統治しようとして、聖槍の不可思議な力を切望していた。

今日、3つの聖槍が残されている。それらが複製品か、偽物かは知られていない。一つはアルメニアに、一つはバチカンに、残る一つはヴィエナVienna(ウイーン;オーストリア)にある。これらの一つがイエスの槍の可能性があるのだろうか?
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英国教会Chirch of Englandの牧師ピーター・オーエン・ジョーンズは、ずっとそれを知りたいと考えていた。彼は、それらの槍がイエスの磔の時のものかを確認するため、それぞれの槍の歴史を探求する旅に出ようとしている。
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ピーター「聖槍は、キリスト教の歴史だけではなく全ての歴史において、他の多くのキリスト教の聖遺物と同じように極めて重要な部分を占めている」
古代の金属や手工芸品の専門家ロバート・フェザーは、年代と出所を確定するため、それぞれの槍を科学的に評価したいと望んでいる。
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ロバート「3つの槍について科学的、歴史的な観点で調べると、全てが、歴史的にはかなり初期のもので、イエスの時代に近いという特徴を強く示している。」

我々が最初に訊いた磔の槍はアルメニアARMENIAに現れた。
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アルメニア人は聖槍を所有していると主張している。そこでピーターは、まずアルメニアから調査を始めることにした。
ピーター「これはエチミアジン(Echmiadzin)大聖堂で、アルメニアの使徒教会の中心であり魂だ
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「そしてそこで、彼らは聖槍を保管している。何故この地に聖槍があるのかについては驚くべき物語がある。」

アルメニアの教会の話によれば、イエスの12使徒の一人が聖槍を持ってアルメニアにやって来た。
ピーター「磔の丁度2年後、使徒タディアスThaddeusがこの地に来た。彼は聖槍を持っていた。異教徒の祈祷師たちは彼の出現にとても驚かされ、彼の首を刎(は)ねてしまった」
殺される前、タディアスは数人の異教徒をキリスト教に改宗していた。彼らは聖槍を、恐らく秘密の洞穴の中で保管した。後に、その場所はゲイハードGeghard修道院になったという。ゲイハードはアルメニア語で槍を意味する。
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聖槍は、2百年以上、隠され続けていた。しかし、グレゴリーという名の現地の男がアルメニアで福音を唱えながら異教徒の祈祷師たちに挑戦した。異教徒たちは力を持っていた。グレゴリーは投獄されてしまう。

ノアの箱舟が漂着したと言われるアララト山の陰(かげ)の中に、古代のアルメニアの修道院ホルヴィラップが佇(たたず)んでいる。
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ピーターはグレゴリーの物語を追いかけて人里離れたこの寺院を訪れた。
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ピーター「グレゴリーは拷問(ごうもん)され、蛇で一杯の穴に投げ込まれた。その穴がここにある。彼は、13年という長い年月、穴に閉じ込められていた。奇跡的にもグレゴリーは蛇で満ちた穴の中で13年を生き延びた」
伝説によれば彼はその後、聖槍を取り戻したという。

ピーター「聖槍を手にした彼は、異教徒の神々を打ち負かし、王たちや、王宮の全ての人々をキリスト教徒に改宗した。そして西暦301年、アルメニアは最初のキリスト教国になった」
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そして聖槍はアルメニアの最初の教会Mother Churchのエチミアジン大聖堂の中心に保管されることになった。
エチミアジン大聖堂バロール神父「それは我々の教会にある最も神聖な品物の一つだ。」
この教会は7年に一度、聖槍を取り出しているのだが、ピーターは特別の拝観許可を得た。
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この槍が今から2千年前、イエスの脇を突いたのだろうか?

ロバート・フェザーはアルメニアの槍のレプリカを造っていた。彼はそれをローマ時代の武器の専門家マーク・ハッサルに見せた。
マーク「それはイエスの脇を突いた槍じゃあありません」
ロバート「何故ですか?」
マーク「ローマの槍先じゃあないのです。ローマの槍先は全く違う形をしています」
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アルメニアの教会は、その槍がローマの武器ではないことは認めたが、十字の穴があけれていて、当時、ユダヤ人の兵士が使っていたものだと言う。

ピーターが次に調べる聖槍はバチカンに保管されている。この槍は2つの決定的な敵イスラム教とキリスト教の間で平和裏に寄贈されたものだ。
バチカンの槍に関するピーターの調査は、ここコンスタンティノープル、現代のイスタンブール、の城壁のそばで始まる。磔から6百年後、エルサレムはペルシャに占領された。その時点で、バチカンの槍の話は2つに分かれている。
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ピーター「エルサレムに槍があった当時、先端が折れてしまった。折れた経緯は不明だが、先端だけが東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルに運ばれ、周辺を宝石で飾った十字架に取り付けられた」
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「そして、ここで終わる。当時、キリスト教会だったアヤソフィアAyasofyaだ」
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「その後(Wiki;80年後)、槍の他の部分も、ここで槍先と一緒になった」

槍の2つの部分はその後6百年間、コンスタンティノープルに残っていたが、フランス王ルイLouie9世が槍先だけ買い取った。彼は、このような重要な聖遺物が彼を神と直結し、名誉と権威を強化してくれると信じていた。槍先はパリで保管されていたが、フランス革命の間に消失した。槍の残りの部分は、15世紀にコンスタンティノープルがイスラム教徒によって陥落されるまで、町に留まっていた。
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ピーター「西洋世界はキリスト教とイスラム教という、2つの巨大なブロックに分割され、キリストの槍もまた、先端部はキリスト教のパリ、残りの本体部はイスラム教のコンスタンティノープルに残されていた。そして1492年、イスラムのサルタン(皇帝)は、王位継承を狙う弟をイタリアで幽閉してくれることを交換条件に、神聖な槍の本体をローマ教皇に渡した」
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それは2つの偉大な、対立する宗教の指導者たちの間で行われた信じられない取引とも言えるだろう。先端が欠け落ちている槍は聖ピーターの聖堂に収められ、目に触れることはほとんどなくなった。バチカンは、槍の真贋(しんがん)についていかなる主張もしていない。
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ピーター聖堂ギセッペ神父「もしこの槍が本物なら、キリストの苦しみを理解する必要がある。神のご慈悲はキリストになされた悪行に対する仕返しを望まないだろう」

残念なことに、バチカンはこの槍を公開してくれないし、科学的な試験も許可してくれない。ロバート・フェザーが出来たのは、バチカンの槍として残されていた1900年代の始めに描かれたいくつかの絵を探し出すことだけだった。
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彼はそれを武器専門家のマークに見せた。
マーク「この形なら本物の槍の可能性はある」

伝説によればアルメニアとバチカンの槍は、いずれも歴史的に大きな衝撃を与えた。しかし、ロバート・フェザーは磔との関係を見つけ出してはいない。
彼とピーターは、残るもう一つのヴィエナ(ウイーン)の槍を調べることにした。
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この槍は信じられない程の評価を得ているのだ。そして詳細な検査の結果、驚くべき秘密が現れる。

ヴィエナのコンシストリセスKunsthistorisches博物館には、立ち入り禁止の財宝保管室がある。
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そこがヴィエナの槍が保管されている場所だ。
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槍は、ヨーロッパの最も素晴らしい宝石や聖遺物のいくつかを集めたものの中のひとつだ。そこがピーターが次に訪れる場所だ。彼はこの傑出した聖遺物が辿った数奇な旅を調べ上げたいと望んでいる。
ピーター「ヴィエナの槍の物語は、権力、栄光、そして欲望の歴史だ。その評判は驚くべきものだ。例え、この槍に関する伝説の一部だけが真実だとしても、人間の運命を形成する助けとなるはずだ(?)」
他の槍と異なり、この槍は教会の保有物ではない。
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博物館は値段をつけようがない程に貴重な聖遺物を調べる機会をロバート・フェザーに与えてくれた。古代の金属に関わっている専門家にとって、これ以上の条件はなかった。そして、彼が発見する事実は、槍の物語を追跡するピーターを、時代を超えた驚くべき旅に送り出す。それは過去2千年を通して強力で恐ろしい人物を含んでいた。
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ロバート・フェザーは数年前、既にヴィエナの槍の調査を始めていた。
ロバート「ヴィエナの槍の非破壊検査をしてくれないかという特別な依頼を受けました。槍が博物館から運ばれてくるのを待ちながら、私は徐々に興奮していました。圧倒的な歴史的意味を持つ聖遺物を調べる好機だったんですから。その検査で私が発見したことは、とても驚くべきものでした」
ロバートは槍に、いかなる傷や破損を与えることも許されていなかった。例えば炭素年代測定は計り知れない価値をもつ聖遺物を損傷する恐れがある。しかし、調べる方法は他に沢山ある。その調査で槍の秘密が明らかになるかも知れない。

彼は、寸法と重量の測定から始めた。
ロバート「ヴィエナの槍が一般的なローマ帝国の槍に適用されるパラメータの中にあるか、確認する必要があった」
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次に、磁性を調べてみた。磁石は、槍が主に鉄で造られていることを示した。ロバートは更に古代の聖遺物の法医学的検査として“付着物”の採取を試みた。微量の生物的痕跡(mh血痕などです)でも人間のものかどうかを確定できる。
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博物館が1970年に槍を洗浄していたので、残念ながら“付着物”は検出できなかった。しかし、洗浄のために槍を分解した時、博物館は一連の部品の写真を撮っていた。
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写真は、槍が沢山の異なる部品から出来ていることを示していた。
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更に写真は、外側の黄金の鞘(さや)の下に、文字が刻まれた銀の鞘が隠されていたことを示していた。
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“ランチア・サンティ・マディチ・サントス・モレシウス”つまり“聖モリスの聖槍Holy Lance”だ。しかし、聖モリスとはどんな人物なのだろう?

湖畔の森林で、ピーターは聖モリスの伝説を掘り出した。それによれば、イエスの磔(はりつけ)の数年後、聖槍は初期のキリスト教徒に引き継がれていき、エジプトに到達していた。そこでモーリシャス又はモリスと呼ばれる、100人のローマ兵士からなる軍の師団長centurionの手に渡った。
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彼はキリスト教徒で、キリスト教徒の兵士たちで構成される軍隊の司令官だった。伝承によれば西暦286年、彼は槍を持ってヨーロッパに行った。

ピーター「ローマ皇帝マクシミアンは現在のスイスにあるジュネーヴGeneva湖(mhレマン湖)近くのドールで発生した騒動を鎮めるようモリスと彼の軍団に命令した。しかし、彼がそこに到着した時には、暴力的な破壊に発展していた。モリスは虐殺された仲間のキリスト教徒を見て恐れおののいた。
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皇帝マクシミアンは、目的を達成するため、異教徒を生贄にするよう命令したが、モリスと彼の部下たちは戦いへの参加を丁重に断った。
エディンバラ大学ティモシー教授「皇帝や帝国の成功のため、帝国の全ての住民は生贄にされるかもしれなかったが、キリスト教徒がその命令に従わないという事実は、間違いのない罪だった。」
ピーター「激怒した皇帝マクシミアンは軍勢の兵士全員を死刑にした」
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「6千人以上が惨殺された。死刑に直面した中での、モリスの揺るぎない信念への献身は中世の騎士たちには騎士道の鑑(かがみ)になった。聖モリスは騎士や兵士の聖なる擁護者patronだった」
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銀の鞘に文字を刻んだのが誰であろうと、聖モリスがその槍を携えていたと考えていたのは間違いない。この人物は誰なのだろう?そして何故、銀の鞘が追加されたのだろう?
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写真を分析したロバート・フェザーはある部分で槍は2つに分解されていることを発見した。
ロバート「銀の鞘は槍が壊れた後、補強するために追加されている」
ロバートは、ある釘(くぎ)を取り付けようとして大きな穴を槍の刃の中に明けた時に壊れたのだろうと考えている。彼は、その不思議な釘をよく見るため、刃のX線写真を撮った。釘は、変わった形状をしている。何故、この釘が槍の刃の中に組み込まれていたのだろう?誰が、釘を組み込んだのだろう?これらの疑問に対する答えは歴史における最も重要な決断のひとつに繋がっていく。
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ヴィエナの槍の伝説を追跡しながら、ピーターは歴史の重要な変換点の中にその答えを見つけた。
聖モリスと軍団が死刑にされた後、槍は世界の運命を形づくった男の手に渡っていた。ローマ皇帝コンスタンティンだ。
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コンスタンティンが現れた時、ローマ帝国は政治的にも、宗教的にも、致命的に分割されていた。西の帝国はイタリアから、東の帝国はトルコから統治されていた。
ピーター「コンスタンティンは力強かった。その上、強い野心を持っていた。彼はローマ帝国を再び強国にしたいと望んでいた。そのためには一人の指導者の下で統一される必要がある。その指導者とは彼自身だ」

ピーター「伝説によれば、コンスタンティンの時代、帝国の統治者を決める決定的な戦いの前に、彼は啓示を見たと言う。炎につつまれた十字が太陽の上に出現し、その中の文字が“お前は占領しなければならない”と告げていた。コンスタンテインは自分が見た啓示に感動し、キリストの名の中の最初の2つの文字、XとP、を彼や彼の軍隊の楯に描いた」
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ピーター「伝説は、戦いの最中、彼が聖槍を保持していたとも伝えている。コンスタンティンは戦いに勝利し、キリスト教を擁立(ようりつ)する」

ティモシー教授「彼は、キリスト教徒の皇帝となれば殺戮を続けられるとは考えていなかった。そこで、自分の洗礼を遅らせた。というのは当時、洗礼は、それまでに犯した罪を拭い去ってくれるものだと信じられていた。しかし、洗礼後の罪は対象外だ」
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ピーター「コンスタンティンは彼の新しい宗教を、分割されていた帝国を統一する手段として見ていた。そこで彼は人類の運命を変える決定をする。キリスト教をローマ帝国の国教にしたのだ」
ピーター「伝説は、この決定をする時、彼は聖槍を持っていたという。この話は真実としては出来過ぎているかも知れない。しかし、もし、戦いに勝利を与えてくれた槍を彼が持っていたとするなら、この重要な決定の瞬間もそれを手にしていたはずだとも言える」
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皇帝になると、コンスタンティンは新しいキリスト教徒の帝国の首都を建設した。コンスタンティノープルだ。
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コンスタンティンよりも前にキリスト教徒に改宗していた彼の母ヘレンは、キリスト教の聖遺物を求めて、聖地に旅をした。彼女は、聖十字架と、本物の磔用の釘ではないかと彼女が考えた遺物を含む大きな成果を持ち帰った。そして、息子を守るため、その釘を息子の鎧(よろい)の中に取り付けた。
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恐らく、彼女は、聖槍にも釘を取り付けたのだろう。

ロバート・フェザーは槍の顕微鏡写真を撮った。拡大してみる釘は更に興味深い。
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ロバート「もしそれが釘でないとするなら、ピンと言えるものかもしれない。黄色い十字の印がついた3つの球根状の膨らみを持っている。これらは何を意味するのか?何故、そこにあるのか?誰がその印をつけたのか?」
そのヒントを探そうと、ロバートは、槍のその他の部分に注意を向けることにした。X線写真やその他の古い写真から、彼は、部品を組み立てるとどのようになるかを確認できるようなCGモデルを準備していた。
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それは、新たな謎の存在を告げていた。槍の基の部分には二つの刃のように見える羽根が、後で取り付けたかのように組み込まれていた。ローマ時代のものには見えない。
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ロバートは、ヴィエナの槍のX線写真をマーク・ハッセルに見せた。
ロバート「このX線写真を見ると、槍の基の部分は槍の中心の形から遠く離れている。だから、この部分を取り外すと・・・」
マーク「元々の品物はローマの槍のように見える。しかし、小さな連結棒crosspieceのようなものがあって、その部分はローマの槍のようではなく、暗黒時代のパレスチナのものかもしれない。」
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ロバート「羽根のような2つの刃は、恐らく、短剣の部品で、7~8世紀に追加されたものだ」
槍の様々な部品は中世に追加されたように見える。槍の全ての部分がその当時に造られたのだろうか?マークは槍の頭部はローマ時代のものかもしれないと考えている。キリストの時代のものであるかも知れない。ロバート・フェザーは磔刑との直接的な関連を発見するだろうか?
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ヴィエナの槍の物語を再追跡しながら、ピーター・オーウェン・ジョーンズ牧師は、中世に槍が人々の生活を形づくる上で中心的な働きをしていたことを発見する。

西暦476年、ヨーロッパにおけるローマ帝国は崩壊し、ゲルマン民族のものになった。これが中世middle agesの始まりだ。帝国の秩序は混沌と暴力に置き換えられた。そして、恐怖と不確実のこの時期、ヴィエナの槍の多くの部品が追加されたと考えられている。聖槍に関する話は、2百年の間、どこにも現れていなかったが、チャールズ大王(Charles the Greatカール大帝;742~814年)またはシャラメイネ(Charlemagne)と呼ばれるドイツの強力な王とともに世に出現する。
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ピータ「シャラメイネは敬虔なキリスト教徒だった。彼は古代ローマの栄光の力を吹き込まれていた。伝説によれば、絶えず紛争を起こしていた近代ヨーロッパの12の国々を統一する際、彼は聖槍を手中にしていた。そして西暦800年、教皇Popeはこの王を広大な領土の皇帝と認め、領土は“神聖ローマ帝国Holy Roman Empire”になった」
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シャラメイネは恐らくヨーロッパで最も権力を持つ男だった。彼が、妙な形の翼のような部品を黄金の槍に追加したのだろうか?
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それを調べようと、ピーターは槍を追って神聖ローマ帝国の中心ニューレンバーグNuremberg(mhドイツの町)を訪れた。
ピーター「これがニューレンバーグ城だ」
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「西暦1500年まで、神聖ローマ帝国の皇帝の居城だった。シャラメイネの時代に書き残された槍に関する記録によれば、コンスタンティンが槍を所有していた可能性は高い。クレモナのループラウドと呼ばれる大僧正が10世紀に書き記した物によれば、シャラメイネの槍は、かつてコンスタンティンが所有していたものだという。恐らくシャラメイネはコンスタンティンが神聖な、強力な力を秘めているこの槍を持っていたという話を聞き知っていて、彼もまた、分散されていたローマ帝国をキリスト教という一つの宗教の下に統一することになったのだ。聖槍を手にしていた彼は、コンスタンティンと同じ仕事を成し遂げようと考えていたのだろう」
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キャロライン博士「槍は統治者を支援する神のまたはキリストの印として、それを所有していることでキリストの体に触れているかのような気分を与えるだけでなく、統治の神聖な権利、占領の神聖な権利を与えていたの」
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恐らく、この理由から銀の鞘(さや)の説明書きが追加されることになったのだろう。それは、この槍が聖槍であると強調している。ロバート・フェザーは誰が追加したのかを知ろうとして銀の鞘を検査し直している。
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ロバート「“クラレス・ドミニカス・アリーカス・ディ・グラシアタシアス・ロマノ・インプラト・オーガスタス;神の守護を受けた第三のローマの皇帝ヘンリーは、神の釘とサンマリノの槍を補強するため、この銀の帯を作るよう命じた”」

ヘンリー三世はシャロメイネの子孫だ。彼は1046年、神聖ローマ帝国の皇帝に就いた。このことが銀の鞘の年代を調べていたロバートを助けてくれることになった。
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ロバート「銀の鞘は11世紀のものだ。」

ロバートがヴィエナの槍が磔刑との関連を持っていると信じ始めていた時、中世の別の伝説が、ヨーロッパから遠く離れた場所で影響力を持っていたことを示していた。
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それは1097年のことで、最初の十字軍の時期だった。ヨーロッパの、およそ7万人の男女が、聖地をイスラムの占領から解放しようとの呼びかけに応えた。エルサレムに向かう途中、彼らはアンティオーク(mhシリアの町)を包囲した。
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ピーター「アンティオークの町はオロンテス川の肥沃な谷にあり、高い丘や城壁で囲まれていた。町は8ヶ月という長期間、包囲に持ちこたえたが、ついに打ち負かされ、十字軍が町を占領した」
城壁内に討ち入ると直ぐ、トルコの大軍勢が到着し、十字軍がいる町を取り囲んだ。事態は急遽、絶望的になった。十字軍は食糧や水に欠乏し、死人が出始めた。その時、ピーター・バーソロメイ(Wiki;ペトルス・バルトロメオ)と言う名の貧しい農夫があるお告げを見た」
聖アンドレイ(アンデレ;十二使徒の一人)が彼の元に現れ、キリストの槍が、アンティオークの聖堂の中にあると告げたという。その聖堂はもう存在していない。しかし、町の上の、山を彫って造られた古代の聖ピーター礼拝堂は今も残っている。
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ピーター「十字軍は、憑りつかれた様に必死になって聖堂の床を掘り始めた。そして彼らは、またはピーター・バーソロメイは、それを見つけ出した。神からの伝言に違いない!もう、飢えることはないし、降伏することもない。戦うのだ!」
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「十字軍は包囲されていた町から打って出て、数の劣勢にも関わらず、奇跡的にトルコの大軍を打ち破った」
槍に護られた十字軍はアンティオークを発ってエルサレムを目指した。しかし、その後、話は途絶え、槍がどうなってしまったのかは判っていない。

ヴィエナの槍に話を戻すと、槍がどうなったのかに関する次の手掛かりが銀の鞘を覆っている黄金の鞘の中から現れた。この鞘にもラテン語の説明文がある。
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“ランチア・アト・クラボス・ドミニ;神の槍と釘”
誰が書いたのだろう?そして何故?

ニューレンバーグ城でピーターは、聖槍の次の検証可能な所有者が、14世紀の強力な統治者だったことを発見していた。
ピーター「1300年代の中頃、チャールズ4世がドイツの王だった。彼は次の神聖ローマ帝国の皇帝になりたいと望んでいた。彼は、力と信託を彼に授(さず)けてくれる何か重要な聖遺物を必要としていた。そこで彼は聖槍を手に入れた」
聖遺物などを保管しておくため、チャールズはチェコのプラハPragueの郊外に難攻不落の砦を建てた。カールシュタイン城と呼ばれている。
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城壁の内側に、彼は値のつけようがない芸術品と貴重な石で飾られた美しい礼拝堂を建てた。キリストの槍や、その他の聖遺物は祭壇の後ろの秘密の部屋に保管された。
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ピーター「彼は、そのことによって、天国にいる全ての聖人と直接的な繋がりが与えられると信じていた。聖人たちは最後の審判の日に地上に戻って自分たちの聖遺物を返してほしいと要求し、それらを大切にしてくれた人物に好意的であるはずだ」
銀の鞘の上に黄金の鞘を被せたのはチャールズだと信じられている。恐らく、聖人たちに良い印象を与えるためだ。
ロバート「黄金の鞘は間違いなく14世紀のものだ」
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いずれの鞘も神の釘について述べている。磔刑で使われた釘なのだろうか?
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ピーター牧師は力強い統治者の間で次々に引き継がれてきたヴィエナの槍を数世紀に渡って追跡してきた。彼は、これから、優雅からの恐ろしい転落を追跡することになる。

それは1400年の始めだった。チャールズ四世の一人の子孫が資金が必要となり、聖槍をニューレンバーグ市庁に売却した。当時、力強い聖遺物は中世の、最も高い利益を得られる取引での重要な呼び物になっていた。聖遺物商売だ。
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バーミンガム大学サイモン博士「15世紀における聖遺物の最大の利用価値は、布施、特にお金の布施を集めることだった」
ピーター「都市の中心部に、特別にテンプル礼拝堂が造られ、貴人や聖職者たちは、厳粛な様子で自分たちの役柄を演じながら聖遺物を展示した。洗礼者ジョンの歯や、キリストが生まれた馬小屋の桶(おけ)の木材の破片もあった。中でも価値があったのは聖槍だった」
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「教会は信仰を利用して多額の利益を得た。その後に起きたことは判るだろう。人々は悪用されることに飽き飽きし、変革の動きが加速するとニューレンバーグの資産は傾き始めた」
槍は凝った造りの銀の箱の中に仕舞われ、その後4百年間、人々から忘れ去られていた。
(mh天井から吊り下げられている箱です)
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ロバート・フェザーは、槍の本体に取り付けられている不思議なピンに関して手掛かりとなるものを探していた。彼は槍にX線蛍光銃を当て、金属の組成を分析しようとしている。X線蛍光では鉄の年代を正確に判断することは出来ない。
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従ってマーク・ハッセルに槍の先頭部に関する意見を求めなければならなかった。彼によれば、それは恐らく1世紀から4世紀の間のローマ帝国の槍だという。

しかし、ピンは興味深い結果を与えてくれるのだ。
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その時、ピーターは聖槍の謎を追って、18世紀の混沌の時代まで来ていた。当時、別の征服者が権力と栄光を手にしたいと望んでいた。
ピーター「1796年、ナポレオン軍はヨーロッパ中で暴れ回っていた。彼がニューレンバーグの近くまでやって来た時、支庁の面々は恐れていた。もし彼が聖槍を手にしたら、彼は無敵になるだろう。槍は、それを持つ者に世界を支配させるだろうといいう闇に隠された約束を秘めていた。そしてもし、この約束を信じるのなら、もっと重要かも知れないことは、別の人々にも、それを信じさせることが出来るかも知れないということだった。それは信じられない程に強い力を与えてくれるに違いない」
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ナポレオンを恐れていたニューレンバーグ市庁は槍をヴィエナに隠すことを決めた。ヴィエナの人々は平和が戻れば直ぐ槍を返すと約束した。
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ピーター「10年後、ナポレオンはドイツを含むヨーロッパの大半を征服した。これにより、彼は1千年続いた神聖ローマ帝国に終止符を打つことになった。その後に続く混沌と混乱の中で、槍はヴィエナに残されたままになっている」

ロバート・フェザーは強力な拡大顕微鏡を使ってピンの丸み部を調べている。彼は奇妙なことを発見した。丸み部とピン本体との間に“繋ぎ目”があるように見える。
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ロバート「高倍率で見ると、丸み部はピン本体から切り離されているようだ。2つの別々の金属が使われているのだ。XRF分析やX線写真からもそれは明らかだ。膨らみは、ある段階で付け足されたのだ。それがいつ頃かを確かめるのは簡単ではない」
ロバートは決定的な試験を試みた。1世紀に作られたローマの釘の金属成分を測定してみた。
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それは丸み部の成分と一致するのか?もしそうなら、ヴィエナの槍は磔刑で使われた釘の欠片(かけら)が含まれていることになる。恐らくヘレンがコンスタンティン皇帝のために聖地から持ち帰った釘だ。

一方、ピーターの旅は彼を聖槍の歴史の中で、最も暗い、そして最も最近の章に導いていた。
ナポレオン以来100年以上の間、槍はヴィエナに残されていた。
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1933年、アドルフ・ヒトラーが権力を握ると、5年後、彼はオーストリアを併合した。
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それはナチス帝国という彼の夢を実現する第一歩だった。Third Reich第三帝国だ!
(mh:Third Reichサード・ライヒ(第三帝国)とは、第一のライヒ(国)の神聖ローマ帝国と、第二のライヒのドイツ帝国(プロイセン王国:1871~1918年)の正統性を受け継ぐ「第三のライヒ(第三帝国)」つまりナチス帝国を指す言葉です」

ヒトラーは、帝国の栄光の過去の宝石や聖遺物を略奪するのに時間を浪費しなかった。キリストの槍は歴史の中で最も悪名高い独裁者の一人の手に落ちることになった。
ピーター「皮肉にもニューレンバーグはナチスの魂の生まれた場所だ。ここがヒトラーが槍を持ち込んだ場所だ」
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運命の奇妙な捩じれの中で、ヒトラーは聖槍をニューレンバーグに戻すことになった。そこはかつて4百年間、槍が保管されていた場所だ。

ヒトラーのナチス帝国の夢は短かった。1945年の4月にはロシア軍がベルリンを掌握していた。
ピーター「ドイツが敗れると、ナチスがヨーロッパ中から略奪した価値が高い手工芸品や聖遺物を取り戻そうと、アメリカが動き出した。そして聖槍はここで見つかっている」
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アメリカは槍をヴィエナに返却し、今日、ホフブルク宮殿Hofburg Palaceに保管されている。

ロバート・フェザーが1世紀の釘で行ったX線蛍光試験の結果は興味深いものだった。コバルトCoも含んでいた。丸み部の鉄と同じだ!
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(mh3つの材料の結果が表になっています。最初のものは鉄ピンIRON PIN本体でCoは-(検出できず)、2番目はROUNDEL丸み部でCoは++(検出)、一番下は1世紀の釘でCoは++です)

このことは、ピン本体にハンマーで叩いて追加されたと思われる丸み部は、1世紀のローマの釘からきたものだと言っているのではないのだろうか?

ヴィエナの槍に取り付けられていたピンの詳細な分析を完了したので、ロバート・フェザーは彼が見つけた驚くべき秘密を明らかにする段階になった。何世紀もの間、裸眼から隠されていた秘密だ。ロバートは槍が磔刑と関係している証拠を見つけたのだろうか?
ロバート「とても驚くべきことに、ここにある何かは、本当に素晴らしいものだ。丸み部の上に魚の形が描かれている。自然に出来た単なる傷ではなく、明らかに意図的に描かれたものだ」
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ピーター「魚は秘密の印だ。ローマ帝国が国教としてキリスト教を受け入れる前、キリスト教徒に使われていた秘密の印だ。」
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「彼らが印を使ったのはコンスタンティン以前で、当時は彼らに生命の危険があったからだ。キリスト教徒は拷問に晒(さら)されたり、殺されたりする恐れがあった」

この秘密の印の重要性を強調するかのように、魚の隣に2つの奇妙な文字らしきものがあるのをロバートは見つけた。
ロバート「魚の後に彫られているのは、2つのローマ字でI(アイ)とR(アール)だ。」
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(mhペン先にI、その右にRらしき文字のようなものが・・・)

「二重外線double outlineを使った文字で歴史上、ローマの書物の中の極めて初期の書式の中で見受けられるものだ。何を意味するのかは憶測でしかないが、“アイエイソス・ラックス”つまり“王イエスJesus the King”から来ているのではないかと私は考える。十字架の上にはINRIという4文字が彫られている」
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「アイエイソス・ナゾリーナス・レックス・イウデイオーム、つまり“Jesus of Nazareth King of the Jewsナザレのイエス;ユダヤ人の王”だ。IRはこの短縮形としてしばしば使われていた」

小さな魚と文字は顕微鏡を通してのみ確認することが出来る。キリストの時代、こんなに小さなものを彫ることが出来たのだろうか?
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ロンドンのピートゥリー博物館は古代エジプトと重要な関係がある手工芸品を保管している。その中に驚くべきミニチュア絵がある。
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ロバート「女神ネブカで、ファラオの守護神だった。私が言いたい事は、虫眼鏡を使うだけでは、見るのは簡単ではない絵だと言うことだ。そしてこれはローマ時代のレンズだ。淡い白色をしているが、造られた当時は透明だった。丸くて虫メガネとして使われていたはずだ。これらはいずれも2千年前のものだ。つまり、当時でも微視的なレベルで見て彫る技術はあったのだ」
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これらの発見はロバートを魅惑的な可能性に導いた。
ロバート「誰かが苦労しながら十字架の印をピンの中に埋め込んだ。明らかに何か価値のあることを記(しる)すつもりだったのだ。キリストの磔刑で使われた釘の欠片(かけら)が使われたかどうかは、微かな可能性でしかないが、排除できない可能性だ」
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この発見で、ヴィエナの槍に関するロバートの調査はかなり磔刑に近づいたと言えるだろう。キリスト教徒にとって重大な、意味のある成果だ。
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ピーター「我々にとって、この仕事の重要な価値は、それが信仰の試金石だということだ。信じるとは何かという知性へ我々を導いてくれる。信念のシステムがどんなに力強いものだったのかを我々に見せてくれる(mh????)」
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聖槍は歴史の一部であり、伝説の一部だ。しかし、キリスト教徒は現在、世界のどこにでもいる。彼らは信仰の力強い一部であり、従って、その価値は測ることが出来ない。
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The Legend Behind The Holy Spear
https://www.youtube.com/watch?v=R8uPzpNB8hk
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フィルムで紹介された、現存する3つの槍と、アンティオーク(アンティオキア)の礼拝堂で見つかったという槍についてはWiki「聖槍」に解り易く記されていましたので、活用させて頂きましたが、フィルムと全く同じ内容でした。

バチカンに所蔵されている先端が欠けた槍が真の聖槍でないという科学的法医学的(?)根拠はありません。

ヴィエナ(ウイーン)の槍ですが・・・
オーストリアの首都ウィーンは、ドイツ語Wien〈ヴィーン〉、バイエルン・オーストリア語Wean〈ヴェアン〉、フランス語Vienne〈ヴィエンヌ〉、英語Vienna〈ヴィエナ〉なんですね。ややっこしいです!

で~ヴィエナの槍は・・・聖槍なのか?
問題は、組み込まれていた釘ですが・・・
丸み部は1世紀の鉄の可能性があるといってます。ってことは、残りの部分はそうではないってことだと思われます。
で~Wiki聖釘を調べてみると、mhも家族とともに訪れたことがある、イタリアの都市シエーナSienaのサンタ・マリア・デラ・スカラSanta Maria della Scalaに保管されているようですね。
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で~その釘ですが~ガラス瓶に仕舞われています。.断面が正方形の“紡錘形”で、いかにも古代の釘という感じです。
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フィルムの比較試験で登場した1世紀の釘も、いかにも釘の形をしていましたが、ヴィエナの槍の釘は、洗練されたデザインのピンのようで、どうみたって釘とは思えません。で~途中の丸み部だけが1世紀の鉄のようだって言っているんですが・・・苦しい口実に思えます。聖釘の一部だけを切り取って丸み部を造る合理的な理由は思い付きません!

つまり、バチカンの槍もヴィエナの槍も、造られた年代がキリスト時代のものではないと断言する証拠がないと言っているだけで、キリスト時代のものだと言っているわけではありません。更には、キリスト時代、沢山の釘、沢山の槍、があったでしょうから、聖釘だ!聖槍だ!という証拠が無ければ、1世紀の釘や槍だと思えても聖釘や聖槍であるとは言えないだろうというのがmhの鑑定です。

ま、Youtubeフィルムの製作者も、本物の聖槍だなんて信じていないけれども、楽しい話題を提供しようという善意から物語を創造しただけでしょうから、mhのようないい年配者が、口角に泡を飛ばして非難するっていうのは、いかがなものかとご批判を受けそうですから、聖槍の不思議は、この辺で大団円とさせて頂きましょう。

(完)

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