Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ローマ帝国の不思議/宇宙考古学


お知らせ:
このブログに張り付けておいた写真は手違いで消去してしまいました。
保管しておいたpdfから再生したブログはライブドアのブログに張り付けておきましたので
もしご関心がございましたら、つぎのURLでご確認下さい。
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http://blog.livedoor.jp/mysteryhunter/

ローマ帝国の不思議         2014年4月 my: mystery hunter
BBC Documentary 2013「Rome’s Hidden Secrets」(ローマの隠された秘密)の紹介です。

その前に例によって立夏の漢詩をご紹介しましょう。
 登科後 孟郊
   昔日齷齪不足誇 昔日(せきじつ)の齷齪(あくそく)誇りに足ら不(ず)
   今朝放蕩思無涯 今朝(こんちょう)放蕩として思い涯(は)て無し
   春風得意馬蹄疾 春風意(しゅんぷうい)を得て馬蹄疾(ばていはや)し
   一日看尽長安花 一日看(み)尽くす長安の花

 むかし、あくせくしていたことは自慢にはならない
 今朝は合格発表心伸び伸び嬉しさ極まりない。
 春風は徳満面ひずめの音も軽やかにする
 今日一日は見尽くせる長安の花を

科挙の試験に何度も落第し、46歳になってやっと合格した作者の嬉しさを表している。昨日まで、きっと肩身の狭い思いをしていたはずである。得意満面、同じ春風も、ひずめの音も、違っている。とくに、長安の王侯貴族の庭は合格者には無礼講。長安の都はボタンの花でいっぱい。作者孟郊は手ばなしに喜んだ。
(mh:漢詩と解説はネットからコピーしました。この詩は昔、NHK教育TVの漢詩で紹介されていました。科挙の試験に受かると、馬車を駆って長安中を走り廻り、誰の家の庭であろうと許可を得ずに入って牡丹の花を観賞する権利が与えられていたのです。粋ですねぇ。)
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ローマ帝国。最盛期はヨーロッパ、アフリカ北部、中近東に5百万平方マイル(mh:日本国土面積の34倍、中華人民共和国の1.3倍)の領土を持ち、歴史の中で氷漬けされ(frozen in time)、世界で最も長い間に渡ってこの地球を支配した。

帝国の維持を可能にしたものは何だろう?その秘密を探す旅にでかけよう。
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ローマ帝国の秘密探索の旅はアメリカ南部から始まる。
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アラバマ大学の助教授Sarah Parcak(サラ・パルカック)は、昼は大学で講義をする。
しかし夜は別だ。
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Sarahは新しい科学分野「宇宙考古学」のパイオニアだ!
500マイル(800km)上空を飛ぶ高解像度カメラ、赤外線カメラを備えた軍事衛星のデータを解析して地上の遺跡などを見つけ出す。直径1m以上のものなら検知可能だ。
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1年前、エジプトに12百もの寺院、墓、ピラミッドを探し出すという快挙を挙げた。
(mh:このフィルムは見つかりません!BBC記事は見つかりました。これによると赤外線カメラは地面に埋もれている異物をハイライト(強調抽出)できるようです!例えば地中のレンガは周辺の土壌と密度が異なるので赤外線分析で検出できるとのこと。)
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Sarahは、この新しい技術を駆使してローマの秘密を解き明かそうとしている。しかし今度は難しい。ローマ帝国はエジプトの6倍の面積がある。
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Sarahの活躍を紹介しよう。プレゼンテーター(Broadcaster)はDan Snow(ダン・スノウ)。
(下の写真:右端がDan Snow,左端がSarah Parcak)
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(mh:ローマ帝国についてmh流に簡単に説明します。
世界で最も長く続いた帝国で、東西に分かれた時期もあり、その歴史は複雑だ。
アウグストゥスが初代皇帝になった紀元前27年、ローマを首都に帝国が誕生。
1453年コンスタンティノポリス(⇒ビザンチン⇒現イスタンブール)を首都としていた東ローマ帝国がオスマン帝国の攻撃で滅亡し、帝国は終焉した。都市ローマは一時的に首都ではない時期もあったが、帝国の最も重要な町として存在し続け現在に至っている。)

(下:ローマの港ポータスにあったと思われる灯台のCGとフィルムのタイトル画面)
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少なくとも6千万以上はいた人民をわずか30万人の軍が管理したローマ帝国。ローマ軍は当時最も精鋭な軍隊だったが、こんなに少ない軍でどうして広い帝国を統括できたのだろう?

帝国の首都ローマの西にポータス(Portus)という港があった。帝国中から集められた食糧、嗜好品、日常用品、大理石などの建材は船でポータスに運ばれ、一旦荷揚げされて小舟に移し替えられ、ティベル川を伝ってローマに運ばれていたと考えられている。ポータスには150艘の船が停泊できた。
(mh: Google-Earthによればローマからポータスまで22kmです。)
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(mh:ポータスから海岸線まで3.3km。昔は海岸線はもっと近くにありました。)
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Sarah とDanはまずローマに飛んだ。
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エンジン付ボートに乗り換えてティベル川を下り、手漕ぎボートで‘失われた宝石’と呼ばれるポータスに向かった。
広大な領土を管理した手法を解き明かすヒントが見つかるかもしれない。
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(ポータスへの入り口)           (六角形のポータス)

ローマには1百万の人々が暮らしていた。ポータスは、市民の暮しに必要な物資を帝国中からローマに運び入れる拠点だった。
しかし、どのように機能していたかについては不透明なことも多い。Sarahの技術がこれを解き明かしてくれる可能性がある。運河や灯台などの遺跡が見つかれば大きな進展だ。
(下4枚の写真はポータスのCGです。)
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Sarahの懸命な努力にもかかわらず、衛星データから新たな事実は見つからなかった。
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そこでひとまずポータスを離れ、2世紀に重要な軍事拠点だったトランシルバニア(現ルーマニア)に移動した。ローマ軍と蛮族が最も激しく戦った所だ。
(Google-Earth:セルビアとルーマニアの国境の黄色ピンマークで戦があった。)
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川幅1マイル(1.6km)のダニューブ川(ドナウ川)の畔にはローマ軍に敗北し自ら命を絶った蛮族の長デケバルス(Decebal/Decebalus:?~106年)の顔が彫られた岩もある。
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デケバルスを打ち破ったローマ軍は蛮族の国サルミを征服しダニューブ川に全長1マイルの橋を2年間で造ると更に東征を進めた。その橋は、当時、世界で一番長く、ローマ帝国の歴史の中でも最も大きな建築物の一つだ。
川底を調べると橋の基礎が残っていた!
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占領したサルミには、管理や蛮族の侵入への備えのため5百人の軍隊を残した。しかし、たった5百人で、どのように防御し管理できたのだろうか?

その痕跡を求めて小型飛行機で上空から探索した。
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GPS(全地球測位システム)と今回新たに準備した距離計測装置を使う。
距離計測装置は異なる2つのパルスビームで樹木で覆われた土地の表面の凹凸を測定するもので、GPSデータと組み合わせれば木々や家などを消去した地表の三次元地図を描くことが出来る。
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データを分析したら森(下左)の場所に溝(下右)を発見した。砦の跡ではなかろうか?
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考古学者と一緒に現地を調べたら人工的な溝が確認できた!
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砦の堀の跡に違いない!軍事キャンプがあったのだ。800人の補強場所も準備されている!
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2か月後、ローマの港ポータスのデータから、ある痕跡が見つかった!

ポータスは地中海を走る大きな船が着く港で、そこで貨物は小舟に移し替えられ、ティベル川を遡ってローマに運ばれたと考えられている。
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しかしティベル川には船の移動を妨げるいくつかのボトルネック点があって沢山の小舟が移動するには問題が多すぎると思われていた。
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Sarahはティベル川の東岸近くに長さ20~30m、幅5mくらいの溝が隠れているのを発見した。考古学者に見てもらうと、運河の可能性があるという!
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そこで現場を調査したら、やはり運河の跡と思われることが確認できた。
Sarahの運河はティベル川に沿って真っすぐローマまで延びていた。小舟は直線的に効率よく行き来して貨物を搬送していたのだ。
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2千年前、精鋭な軍隊で名を馳せたローマ帝国は、帝国内の多くの場所に港や運河や道路などの公共施設を造り民衆の生活を支える事業を進めていたのだ。帝国の管理も容易になる。

ローマ帝国の統括の様子を更に調べるためアラビアの現ヨルダンに飛んだ。
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何故ローマ帝国はこの地まで勢力を拡大してきたのか?目的はペトラの獲得だ。
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ピンクの薔薇と呼ばれる世界で最も美しい都市の一つペトラはナバディアと呼ばれる小国の首都だった。紅海とシリアを結ぶルートの途中の町だったこともあり、商業、税金や関税、で利益を得て繁栄していた。ローマはその富を狙って侵攻したのだ。
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ローマ軍がペトラに入った時、トランシルバニアの時のような大きな抵抗は受けなかった。多分、ペトラの住民がトランシルバニアの蛮族と違って、商取引の体験から知的だったからだ。ローマ軍に保護してもらえれば安心して商売で利益を上げられる!平和と繁栄が維持できる!

ペトラ周辺の衛星データを調べると、ペトラから10km四方に新たに50個の廃墟の跡らしきものが見つかった。
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現地を調べてみた。農家の跡のようだ。陶器の破片も見つかった。人が住んでいたのだ。
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(下の右左の図はCGです)
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オリーブや穀物を栽培して繁栄していた。平和と繁栄をもたらすローマ帝国の庇護の下で住民は抵抗する気も失せていたのだ。

ここでもう一度考えてみよう。
 どのようにしてローマは広い帝国を管理したのか?僅かな軍隊で。
その答えは多分「協力」(Co-operation)だ。
 ローマは精鋭軍で蛮族から住民を保護し平安と秩序をもたらした。
 ローマ帝国に従属することで住民は繁栄と幸福を得たのだ、少なくともペトラでは。

衛星データからポータス港の近くに新たな痕跡が見つかった、畑の中に!
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円形競技場(amphitheater)のようだ!
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ローマに有名なコロシアムがある。5万人の聴衆を収容出来た。演劇、会議、剣闘士(Gladiator)の剣戟(けんげき)などが行われ、市民に娯楽とバイオレンスという相反する2つのものを提供していた。つまりコロシアムは完璧な管理と恐ろしい暴力の象徴とも言える。このパワフルな組み合わせは帝国の維持に有効だった。

このようなコロシアムが帝国内の多くの場所に造られていたことは遺跡からも明らかだ。そのコロシアムがポータスにもあったのだ。
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(上の写真は二つともローマの現在のコロシアムのものです。)

ポータスでの発掘は今も続いている。
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そこには幅200m、高さ14mの軍艦造船所があった。
(CGです。)
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というところで1時間1分40秒のフィルムは突然終わっています!多分Youtubeへの投稿時に手違いがあったのだと思います。続編が見つかりませんが、フィルムの大半は観終えたと思いますので今回はこれで終わりにさせて頂きます。

本編の詳細は下記でお楽しみください。

mh;Youtubeのフィルムがブロックされてしまいました!
「この動画には BBC Worldwide さんのコンテンツが含まれているため、著作権上の問題で権利所有者によりブロックされています」

Sarahが発見したエジプトの遺跡に関するBBCの記事URL(2011/05/24)は次の通りです。
http://www.bbc.com/news/world-13522957
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その中にある1分程度のフィルムでSarahが地中に隠れていた古代エジプトの首都タニスの街並みを紹介しています。カイロより地中海側の場所で見つけたようです。
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(完)
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コメント


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46歳まで科挙の試験に挑戦。
それはそれは、合格した時は嬉しかったことでしょう。
日本でも、弁護士や公認会計士の資格欲しさに
何年もかかって挑戦していた時代もあったようですが
弁護士資格も5年間に3回しか受けられなくなったようで
友人のお子さんが、3回目もダメだったと~言っていました。

牡丹は、咲いて5日の命。
誰の家の庭であろうと許可を得ずに入って牡丹の花を観賞する権利・・・粋ですか?

2年前にフランス旅行をした折にプロヴァンス地方で古代ローマの遺跡に沢山であいました。
特に、ニームの北東、ガルドン川にかかるローマ時代の水道橋ポン・デュ・ガールは、圧巻。
ローマ帝国は、ユゼス山地の水源から、ニームに水を流すために約50kmの導水路を建造。高低差はわずか17mだったけど、水が滞りなく流れるように平均1kmあたり24cmの微妙な勾配をつけて造られたそうです。

テルマエ・ロマエⅡ、見てきました。

都市ローマの莫大な人口の需要を満たすための水道橋とテルマエの関係も面白いですね。

ポン・デュ・ガールは、↓
http://monalisa15.blog54.fc2.com/blog-entry-413.html

monalisa | URL | 2014-05-01(Thu)08:00 [編集]


monalisaさん;フランスの水道橋はすごいですね!

紀元前に造られた橋とは思えません!実は近々紹介するブログにもローマ帝国の建築技術の粋(すい)を集めた建物があるのです!
で、テルマエ・ロマエを見たかって?いや、私はまだフランスにもイタリアにも行ったことが無いので。でネットで調べたんですが映画化された漫画の題名みたいですね。でもテルマエとはローマ帝国の大衆浴場のことのようで、確かに、帝国のあちこちには大理石で出来た神殿みたいな豪勢な浴場があったようですね。これも粋(いき)かって?

牡丹の花ですが、もし中国の国花を選ぶなら梅か牡丹だろう、と言われる程に大切な花のようです。唐の長安で、まずは貴族の間で持て囃され、庶民は観る機会が少ない言わば貴重で高貴な花でした。科挙に受かると、貴族の庭に無許可で入ってその貴重で高貴な花を愛でることが出来る、つまり、その行為を許可した人がいるんですね。その心意気が粋だと思うんです、花は粋というより優雅というべきかと思いますが。

粋を辞書で調べると「気質・態度・身なりなどがさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気があること。また、そのさま。」とありました。が、見たさまだけでなく、心意気も粋に生きたいですね。

mystery hunter | URL | 2014-05-01(Thu)09:59 [編集]