Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

バベルの塔の不思議

バベルの塔とはどんな塔だったのか?
大勢の画家がその様子を描いていますが、Wiki“バベルの塔”には3人の画家の名がありましたので、彼らが描いたバベルの塔をご紹介しましょう。
16世紀のブラバント公国(現在のオランダ)の画家ピーテル・ブリューゲルの絵
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19世紀のフランスの画家ポール・ギュスターヴ・ドレの絵
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17世紀のフランスの画家アタナシウス・キルヒャーの絵
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17世紀のフランドル(注)の画家ヨース・デ・モンペルの絵も英語版wikiにありました。
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(フランドル;旧フランドル伯領を中心とする、オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域)

“バベルの塔”は旧約聖書の創世記の中で記されているのですが・・・
“火のない所に煙は立たぬ”と言いますから、実在していたとして・・・
誰が、いつ、どこに建てた塔か?

この3つの問に対する答えを見つける一番手軽な方法は、バベルの塔を建てた人物を特定することでしょう。さすれば、その人物が生存していた時代と活動していた場所が判り、凡そいつ、どこら辺りに建てられたのかも判るというものです。

過去にブログでご紹介したYoutubeフィルムの中では、バベルの塔はメソポタミアの古代都市バビロンにあったと紹介されていました。今も残る塔の痕跡が衛星写真で確認されたのです!

次の衛星写真は古代都市バビロンの現在です。
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町の南側に見つかった、一辺が50mほどの正方形の敷地にバベルの塔が立っていたと断言しました。
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塔の形はジグラットと同じだったと思われています。
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しかし・・・
底辺の一辺が50mの正方形のジグラットの高さは・・・
せいぜい100mで、高くたって200mを越えてはいなかったでしょう。鉄骨を使った現代建築技術を使えば、東京スカイツリーのように600mを越える塔も造れますが、バベルの塔は、煉瓦を積み上げて造られていたはずですから、高さはせいぜい100m程度だったはずです。

高さ100mとはいえ、当時なら超高層建造物だったのは間違いありません。しかし、神が棲む天国に到達する高さと呼ぶのは大袈裟(おおげさ)でしょう。紀元前2千5百年代に建てられたエジプト・ギザのクフの大ピラミッドでさえ、底辺の一辺は230mもありますが、高さは当時でも147mで、“天に届くような”という形容詞は使われていないと思います。このことから類推すると、古代都市バビロンに残る一辺が50m程のジグラット跡にバベルの塔が在ったとするのは無理筋ではないかという気がします。

Wiki“バベルの塔”に見つかる要点は次の通りです。
<バベルの塔>
*旧約聖書(ヘブライ聖書)の「創世記」中に登場する巨大な“塔”。
*正確には「バベルの塔」という表現は旧約聖書には現れず、"the city and its tower都市とその塔"もしくは"the city都市" と表される。バベルはアッカド語で神の門を表す。
*旧約聖書によればバベルはヘブライ語のbalal(ごちゃまぜ)から来ているとされる。
*旧約聖書の「創世記」11章におき、ノアの物語の後でアブラハムの物語の前に現れ、その記述は次の通りである。
“全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアル[シュメールと音が似ていることが、よく指摘される]の地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので、彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベル(mhごちゃまぜ?)と名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。”

mh流に纏め直すと
1) バベルの塔はバベルという名の町にあった塔だと考えられる。
2) バベルの町はシュメール、つまりメソポタミア、辺りの平地に造られた。
3) 塔の建設材料は煉瓦で、アスファルトも接着用に使われたかもしれない。
4) 建設作業者たちは建設途中で急に別々の言語を使い出し、統制がとれなくなって、塔が完成されることはなかった。
となります。

で~Wikiによれば、偽典(ぎてん)と呼ばれる、旧約聖書の正典・外典に含まれないユダヤ教・キリスト教の文書に、“二ムロドNimrod”という、神とも悪魔とも例えられる人物がバベルの塔の建築を指導したと書いてあるようです!
Wiki“ニムロド”には次の記事があります。
*ニムロドは旧約聖書の登場人物で、『創世記』の10章でクシュの息子として紹介されている。クシュの父はハム、その父はノアである。
*聖書の記述を解釈している偽典“ミドラーシュ”によれば、二ムロドは、よりネガティブな人物として想定されている。それは彼の名前が即、神に対する反逆を表明しているからである。つまり「ニムロド」とはヘブライ語で「我々は反逆する」を意味している。狩人としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐的に描写されている。なかんずくバベルの塔の建造においてはその企画発案者と見なされており、ミドラーシュには、バベルでの偶像崇拝を拒絶した青年時代のアブラハムを炉に投げ入れるよう命じる場面が詳述されている。この逸話は一神教徒アブラハムと偶像崇拝者ニムロドとの間に起きた神学的な闘争として、アブラハムの信仰心について語る際によく引用されている。
*古来、伝説上、ニネヴェを建設したとされるニムスとニムロドを同一視する説があるが、最新の研究では、アッカドの狩猟農耕の神と讃えられたニヌルタ、あるいは、王名にその名を冠したトゥクルティ・ニヌルタ、あるいは、『シュメール王名表』にウルクの初代王として記録されているエンメルカルなどがニムロドと見立てられている。

これらをmh流に纏め直すと
5) バベルの塔を建設したのは二ムロドNimrodである。
6) 二ムロドはヘブライ語で「我々は反逆する」を意味することから、造語の可能性もある。
7) 二ムロドは、最近の研究によればウルクUrukの初代王エンメルカルEnmerkarだった可能性がある。
ウルクUrukはバビロンBabyloneから数百Kmも南に離れている古代都市です。

ここまでくると、勘の良い読者諸氏は“二ムロド、つまりエンメルカルがウルクにバベルの塔を建てたんじゃあないのか?”って思われるかもしれません。正にご指摘の通りの主張をする人物が登場するYoutubeフィルムをこれからご紹介しましょう!!!???

Wikiから容易に立てられる仮説“バベルの塔を建てたのがエンメルカルで、建てた場所はウルクだ!”を主張するのはデイヴィッド・ロールDavid Rohlです。彼は、2016年11月28日公開のブログ“エデンの園の比定”で採り上げたYoutubeフィルムでプレゼンテータを勤め、彼の理論に従って、エデンがあった場所を“比定していました”。
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で~今回ご紹介するYoutubeフィルム“TOWER OF BABEL - A FACT OR BIBLICAL MYTHバベルの塔;真実か、聖書の中の神話か?”でロールRohlはWikiから簡単に推定できる仮説を紹介するんですね。そんなこと、誰でも予測つくじゃないの!って思ったmhは浅はかでした。mhが周辺情報を探(さぐ)っていると判ったんです。“エンメルカルがウルクにバベルの塔を造った!”と最初に主張した人物こそがデイヴィッド・ロールだったのです!

フィルムの終段では、エジプト文明に関するロールの持論も紹介されています。“ロールの新年代表New Chronology (Rohl)”として英語版のWikiでも紹介されていますが、この持論がバベルの塔の比定においても、根底に流れているんですね。

ロールの主張とは何か?信憑性(しんぴょうせい)はあるのか?それはご自身でご確認下さい。mhの感想は最後にご紹介させて頂きます。
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バベルの塔・・・聖書の中の最も奇想天外な物語の中の一つ・・・
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ロンドン・キング大学ジョナサン・ストークル博士「バビロニア人は、この巨大な、寺院でもある塔を建てた。それは天国にも届いていた」
それは人類が成し遂げた最も偉大な事業といえる。
ロンドン大学マーク・アルタウィール博士「それがどんな姿に見えるか、凡その想像はできるだろう。途轍(とてつ)もなく巨大なものだったはずだ」
しかし、神はバベルの塔が造り上げられるのを止めてしまう。
ロンドン・キング大学アーロン・ローゼン博士「神は人類が塔を造り上げてしまう前に打撃を与え、作業を止めてしまうんだ」
神は人類を混乱させるために言語を創り上げる。
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聖書専門家ライオネル牧師Reverend「人々は異なる言語で会話が出来なかった。従って、お互いの考えを理解できなかった」

多くの学者たちにとって、バベルの塔は架空の話でしかない。
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オックスフォード大学キャサリン・サウスウッド教授「私には、本当は塔についての話ではないように思えるわ」
ストークル博士「現実の歴史を我々に伝えるために書かれたものではなく、何故、物事が、今のような形で存在するのかを説明するために書かれたものだ」
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しかし、一人の男は、塔が存在していた証拠を見つけ出そうと何年をも費やしてしている。
デイヴィッド・ロール「それは伝説のように捉えられている。歴史的事実には基づいていなくて、神話なのではないかとも考えられている」

彼は、この伝説的な建物が、今日、どこにあるかを知っていると主張している。現代のイラクの、戦いの傷跡が残る砂漠の隅だ。
ロール「旧約聖書の創世記に基づけば、バベルの塔は古代メソポタミアにあったと思われる」
彼はこの塔の建設作業が突然、停止されたことも証明できると信じている。
ロール「驚くべきことは、彼らが塔を建てていた時、それが完成することがなかったことだ。建設は放棄され、塔は塵(チリ)となって消えている。まさにバベルの塔の物語そのものだ」
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もし、彼が正しいなら、これまで世界が見てきた中で最も偉大な文明のひとつの興隆を説明できるかも知れない。
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ロール「人類は一つの場所から別の場所へと移り住むものだ。移り住んで、そこにあった社会を変えていく」
しかし・・・彼はバベルの塔が神話以上のものだと証明することが出来るのだろうか?

エジプト。世界がこれまで目にした最も偉大な文明のひとつが生まれた最初の土地。
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古代エジプトは進歩し繁栄していた国でファラオや王の土地だった。ピラミッドやヒエログリフが生まれた。その文明は、何世紀もの間あらゆる年代の人々を魅了してきた。
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その中に、1950年代、英国マンチェスターの少年だったデイヴィッド・ロールも含まれていた。
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ロール「7歳の時、私は第一王朝から最後の王朝までのファラオの名前の一覧表を書いていた。統治していた期間なども並べてね。つまり、私は少し変わり者で、認められてはいなかった。そのことが9歳になった時にエジプトに行きたいって駄々をこねた理由だと思う」
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エジプトの旅は魅惑的だった。おかげで、彼はその古代文明の虜(とりこ)になってしまった。彼は王家の船に乗ってナイルを下った。夜が明けた頃、船はアブシンベル神殿のそばに停泊した。2つの巨大な神殿が山に刻まれていた。
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少年だったデイヴィッド・ロールは見事な光景の中にたった一人で入って行くことを許可された。
ロール「9歳のほんの小さな男の子が、神聖な中でも最も神聖な場所Holy of Holiesに歩いて入っていったんだ。道には川の向うに昇っていた太陽の光が差していて、少年だった私の影は寺院の中心の、神聖な中でも最も神聖な場所に向かって伸びていた。それがエジプトにはまり込む切っ掛けだった」
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しかし、成長すると、ロールは古代の歴史は置き去りにしてしまった。ミュージシャンになり、次には音楽プロデューサーになって成功を収めた。
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1970年、80年代には最も大きなバンドのいくつかとも仕事をした。しかし、ロールの心は、古代の歴史と共にあったのだ。35歳になると、彼は音楽の仕事を止め、古代の歴史に関する学術的な研究を始めた。
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ロール「私は最終的にはロンドン大学に進んでエジプトの考古学や歴史について偉大な教授たちの何人かに教えを受けた。胸躍る素晴らしい時間だった。しかし、最も重要なのは、交易tradeの道具について学んだことだろう。おかげで私は、その知識や、体験や、方法論を私のアイデアに適用できるようになった」
ロールは学術的環境の中で力を付けていった。謎を解くのが最高の楽しみになった。
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ロール「私は謎解きが大好きだ。不思議な、普通じゃあないことを探し出しては、その答えを見つけようとしてきた。現在判っているエジプトの歴史では、王が統治していた年代について多くの混乱がある」

ロールはエジプトの王朝の年表を数百年も変える理論を産み出した。
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その理論はある出版関係者の眼を引いた。エジプトの古代史に関するロールの新鮮な見解は国際的なベストセラー賞を受け、多くの言語に翻訳されている。
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ロール「私は、自分のアイデアを取り入れながら物事をどう進め、どう調べればよいのかを理解していた。そのおかげで、歴史家、作家、TV番組の提供者にもなれた」
ロールは、古代史に関する彼の大胆な見解について、世界中での評判を短期間で勝ち取っていた。そして歴史の謎解きに対する彼の執拗な欲求は、どんどんと時を遡り、聖書の最初の書物である創世記に到達した。
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ロール「創世記の時代まで遡って、古代の資料を調べることがとても恐ろしいのは明らかだ。何故なら、我々はその時代に生きていないのだから。伝統的な伝説や伝統的な歴史を調べるのとはわけが違うんだ」
しかし、ロールはそこで留まってはいなかった。全くその逆で、彼はその挑戦に興奮していた。創世記の物語の舞台の多くは古代メソポタミアで、そこはユーフラテス川とチグリス川の間の豊かな土壌の土地だ。今日のイラク、シリア、トルコを含んでいる。
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しかし、古代、メソポタミアは文明の揺り籠cradleだった。それは紀元前3千5百年以上の昔まで遡る。聖書によれば、そこでエデンの園、ケインとエイブル(Kane and Abel)、ノアの洪水の物語が生まれた。
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(注:ケインとエイブル;カインとアベルとも言う。アダムとイブの息子たちで、兄ケインが弟エイブルを殺害する事件は人類最初の殺人だと言われている)
しかし、メソポタミアはまた、彼が謎を解くことが出来ると考えている一つの物語が生まれた場所でもある。伝説のバベルの塔だ!
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バベル!地上に造られた最初の偉大な都市。その中心では信じられないような塔が建設途中だった。
ライオネル牧師「我々が創世記の中で見る聖書的な説明によれば、支配者は天国まで届く塔を建て始めたようだ」
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聖書は言っている;“ある時偶然、人々は一体となった。彼らは一つのものとして行動した。そして彼らは全員が一つの言葉を話した”
ローゼン博士「町と塔を建てようという人々の願望のどこかに間違いがあるとは思えない」
共同作業は人々を天国へ近づけていった。その時だった。神は人々の行為に気付き、直ぐに行動した。神は、人々が何を造っているかを見ようと、天国から下りてきた。
ライオネル牧師「神はこの行為を承認しなかった。彼は人々が天国に上って来て、神々や天使たちが何をしているのか聞きまわり、邪魔したりするのを望まなかった」
神は、人類は信用できないと考えていた。
ローゼン博士「人々が天国に上ってきたら悪さをするだろうと神は疑っていた。そして勿論、人類の性質の弱点や、悪事に走る特性は、創世記の、もっと最初の章で確定されていた。神はバベルの塔もその現れだと疑ったのだろう」
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神は直ちに行動に出た。彼は言葉を混乱させたのだ。
ライオネル牧師「神は人々にバベルの呪いをかけることにした。そうすれば人々は異なる言葉を話し始め、お互いが何を言っているのか判らなくなる」
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すると、バベルの人々は、散り散りになって世界に散って行ってしまった。共同作業で示されていた調和は崩壊し、バベルの塔は放棄されてしまった。
ローゼン博士「それは偉大な、行動的な先制攻撃だ。神は我々人類が何かをしようとして立ち上がる前に我々を打ちのめすことに決めたのだ」
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ロールは、この見事な建造物がかつて存在していたという証拠は見つからないのではないかと疑っていた。
ロール「バベルの物語におけるある一つのことは、それが建物、つまり構造物だということだ。とすれば、創世記の物語、例えばアダムやイブとか、ケインによるエイベルの殺害といった、考古学的には確認できない話と異なり、考古学はバベルの塔を見つけられるはずだ。塔とか寺院といった実体のあるものなら見つけられる」
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ロールは古代エジプトの謎を解明し、既に名声を得ていた。今度はバベルの塔の本当の位置という、聖書の中の最も古い謎の一つを解くことになるのだろうか?
しかし、聖書の謎に関する明確な証拠を見つけることが難しいことをロールは知っている。
ロール「創世記のことを考えるなら、当然のことだが、ある意味では歴史以前まで遡らなければならない。何故なら、その出来事はまさに“先史時代prehisitoric”のものだからだ」
事実、聖書学者の多くは、その探求を諦めるよう、ロールに強いるだろう。彼らは“創世記の中では決して証拠を見つけられない!”と言うに違いない。それは物語であって、書かれている以上のものではないのだからと。
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キャサリン教授「創世記の11章に書かれているバベルの塔の物語の調査で共通しているのは、世界はなぜ今のようになっているのかを説明する物語として、それを理解するってことなの。11章は、人々は何故、そんなにも多くの言語を話すのかについての説明なのよ。私が言いたいのは、その物語のおかげで、我々は近代の多くの言語を手に入れることになったっていうことよ」
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しかし、ロールは聖書学者たちの懐疑論に反対している。
ロール「私は聖書を他の古代の記述と同じように扱うべきだと考えている。聖書はある意味では物語化されたものだということは誰もが知っている。それは物語であって現実のものではない。そのようなことは、古代の記述の全てでも見つかることだ。とするなら何故、我々は聖書を他の古代の記述とは異なる発想で取り扱わなければならないというのだろう」
ロールは迷うことなく、彼のバベルの塔に関する調査を始め出した。彼はそれがいつ建てられたのか、どこで、誰によって建てられたのかに関するヒントを求めて、聖書の記述を詳細に調べてみた。
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誰も創世記に書かれている物語の正確な年代を知っていない。因習によれば、それらの出来事は紀元前第三および第四千年紀に起きている。つまり紀元前2千年から4千年の間に起きているのだ。我々に知られている他の場所で言えば、その時期は古代エジプトの黎明期に当たる。しかし、同時に、地上で最初の都市文明“古代メソポタミア”が生まれる時期でもある。メソポタミアはシュメリア、アッシリア、バビロニアといった帝国の発祥地だ。もし、バベルの塔がどこかにあるとすれば、それは肥沃なメソポタミアのどこかに違いない。

ロールは、バベルの塔を探す上での場所と時期に関する大雑把なアイデアを描き終えた。しかし、正確な地点と時期を見つけるには、もっと多くのデータが必要だ。聖書におけるバベルに関する章は、そのために役立つどんな情報をも持っていない。そこで彼は、その章よりも前に書かれている“国の一覧表the table of nations”と呼ばれる章の中にヒントを探すことにした。そこにはノアの3人の息子の子孫たちが並んでいる。
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ストークル博士「聖書によれば人類はこの3人の子孫で、全ての国も、この3人に結びついている。物語では、これらの人々が生まれていたと言っているだけで、彼らの詳細は分かっていない」
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しかし、ロールは、その章の中でバベルに関する記述を見つけて驚いた。バベルという名の町の創設は“ニムロドNimrod”と呼ばれる人物に託されていたのだ!ノアの子孫だから、彼が生きていたのは紀元前3千年紀だろう。
ロール「我々は、ここで創世記の中の重要な人物の二ムロド王に出くわすことになった」
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「二ムロドは大洪水の1、2世代あとに出現している。彼は聖書の中ではバベルの塔と関係していない。聖書が言っているのは、二ムロドは神の前では優れた狩人だということだけだ。二ムロドは聖書の中では最初の“グレポデット(?)”つまり“偉大な王”と記されている」
ロールは、興味をそそられた。二ムロドはバベルの創設を託されている。しかし、バベルの塔については説明がない。二ムロドは塔の建設技師でもあり得るのだろうか?
ロールは、この人物に関する更なる情報を探してみたが、聖書にはそれ以上の何も書かれていなかった。
ストークル博士「二ムロドはクシュの息子で、偉大な狩人で全能の英雄だったと記録されている。それが彼について我々が記録の中で知っている全てだ」
ロール「彼は記録の2行の中で明らかにされているだけで、それ以上のことについては判らない。このニムロドとは誰だろう?」
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エルサレム。聖地。
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バベルの塔の物語が最初に書き記(しる)されたのは正確にいつだったのかを知る人は誰もいない。多くの専門家は紀元前1千年紀、つまり紀元前5百年から紀元前1千年の間だと言っている。しかし、ロールは、それから何世紀も後になって物語が再び書き記されていたことを見つけていた。西暦94年頃、ユダヤ人の歴史家が“ユダヤ人の古代antiquities of the Jews”を書いていた。
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ストークル博士「“ユダヤ人の古代”はユダヤ人歴史家ヨセフィスJosephusが書き残したもので、基本的には、ユダヤ人が何故いまのようなユダヤ人になっているかをローマ人に語るためのものだ」
(mhご参考:紀元前63年頃から数百年に渡り、現イスラエルはローマ帝国の属州で、イエスを磔(はりつけ)にしたのはローマ兵です)
ロールは歴史家ヨセフィスが自分たちの歴史を編集するため、古代の文献を頼りにしていることに気付いた。聖書同様、ヨセフィスはバベルがどこに在ったのかについては語っていない。しかし彼は二ムロドをバベルの塔の建設と直接的に結び付けていた!
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ロール「ヨセフィスは“二ムロドはバベルの塔を建てた王だ”と言っている。つまり、我々は二ムロドとバベルについての関係を手に入れたのだ。そしてヨセフィスは、神が人類を破壊するために新たな大洪水を引き起こした場合を想定して、ある種の逃避の目的で、二ムロドがバベルの塔を建てた、と語っている。つまり人々は塔の頂きまで登れば洪水を免(まぬが)れることが出来たのだ」
ついにロールは聖書の中の人物とバベルの塔との関係を手に入れた。恐らく二ムロドがバベルの塔を建てたのに違いない。
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しかし、それは彼が肉と血を持つ、現実に存在したメソポタミアの王である場合に限られる。

オックスフォードの中心には、聳え立つ尖塔や多くの大学の建物の間に隠れて、アシュモリアン博物館Ashmolean Museumがある。
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その古物部門には、シュメリアと呼ばれるメソポタミア南部で見つかった多くの品々を含む古代の歴史から得られた宝物が保管されている。ロールは“粘土の柱clay prism”に焦点を合わせた。
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高さは凡そ20cmで、紀元前1800年頃のものだ。
各々の面には楔形文字cuneiformでメソポタミアの古代の記録が刻まれていて、“シュメリア王の一覧表list”と呼ばれている。メソポタミアにおける最初の文明国家シュメリアを統治した全ての王が記録されているのだ。
ロール「シュメリアの歴史の最も初期に遡ろうとするなら、シュメリア期における王の一覧表を見るというのは極めて合理的な考えのはずだ」
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「おまけにその一覧表はあるのだ。その中に聖書に記されていた二ムロドという王を探すことが出来るはずだ。王の表には彼の名が記録されていなければならない」

しかし、ロールは、一覧表の内容は注意深く考えねばならないことを知っている。
ストークル博士「シュメリア王の一覧表には、実在していなかった王国の記述もある。権力の移行は平和裏に行われていて王として記録されないこともある。だから、これを基に判断するのは難しいのだ」
ロールは王の一覧表を細心の注意を払って調べていった。しかし、王二ムロドについて書かれた記事を見つけることは無かった。が、別の王の名前を見つけた!彼は二ムロドと同じように紀元前3千年紀に統治している。
ロール「私は、とても興味深い人物を見つけた。シュメリアの伝統に従うと、彼は洪水から1世代後に出現している。王の名は“エンメルカルEnmerkar(英語:エンメーカー)”だ!」
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王の一覧表によればエンメルカルは紀元前2700年頃から1百年間、統治している。
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そして、ウルクUrukという名の都市を設立したと記されている。バベルBabelという名の都市ではない。

ロールが調査を進めると、エンメルカルの生涯の詳細を記した更に多くの古代の記録が見つかった。
ストークル博士「エンメルカルはバビロンの神話や伝説に現れる人物で、彼にまつわる多くの物語が知られている。メソポタミアで統治していた王の一人として記録に現れている」
ロールにとって、エンメルカルは場所も時代もピッタリの人物だ。しかし、名前は違う!二ムロドとエンメルカルの間に関係があるのだろうか?それはパズルとも言えるものだった。ロールはそれを解きたいと思った。エンメルカルと二ムロドは、ひょっとして同一人物ではないのだろうか?
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ロールはエンメルカルという名前を分解してみることから始めた。
ロール「エンメルカルEnmercarの最後の部分“カーcar”はシュメリア人の言葉によれば“狩人”で、“狩人のエンメル”となる。それは、優れた狩人と言われる二ムロドNimrodと極めて似ている!」
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ロールは興味をそそられた。聖書から得られる名前とシュメリアの記録から得られる名前は、両者とも王で、両者とも狩人だ!そして両者とも紀元前3千年から2千5百年の間の統治者だ!狩人エンメルがバベルの塔の建設者ではないのだろうか?

トーラ。ヘブライ語の聖書だ。
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古代ヘブライ語で書かれた巻物で、世界中の全てのシナゴーグ(synagogueユダヤ教会堂)で使われている。
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ロールは、ヘブライ語の記述がバベルの塔の謎解きを手助けしてくれるのではないかと考えている。古代のヘブライ語の記述では、普通とは異なり、子音consonantだけが書き記(しる)される。
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ケンブリッジ大学マーティン・ワーシントン博士「古代ヘブライ語では、近代のヘブライ語もそうだが、一般的に母音vowelは使わない。時々、翻訳の曖昧性が生まれるが、普通は問題ない」
古代、名前がどのように記述されるかを理解したロールは、歴史的な混同が起きている可能性に気付いた。古代ヘブライ語で記述される“狩人carエンメルEnmer”と“二ムロドNimrod”の間には、何らかの関係があるかも知れない!ロールは彼の理論を確認してみることにした。
ロール「エンメルENMERから母音を覗けばNMRが残る。“有能な狩人NMR”だ」
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同じことをNIMRODでやってみるとNMRが残る。完全な一致だ!但しDを除けばだが。
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文字Dだけが二ムロドと狩人エンメルを結び付けるのを阻んでいる。二ムロドは余計な子音をひとつ持っている!
ロール「エンメルがニムロッドと唯一異なるのはDを持っていないということだ」
それは些細な問題のように思われる。しかし、子音は言葉の意味を変えてしまうことも可能だ。ロールは更に調査しなければならなかった。
ヘブライ語の原語で書かれた聖書の中には、多くの“語呂合わせpun”が使われている。二ムロドの場合、余分なDはその前にある名前NMRを動詞に変化することがある。NMRの場合は“rebel(レベル:反抗する)”だ。
ストークル博士「二ムロドという名前は”We shall rebel我々は反抗するつもりだ”とか“We will rebel我々は反抗するだろう”という動詞として解釈できる可能性がある。従って、古代イスラエル人が二ムロドと呼ばれる人物の物語を聞いたなら、その話の中には反乱と呼べるものがあるのではないかと思うだろう」
ロールは、このことが二ムロドは名前ではなく、単なる言葉遊びを意味していると考えた。そうだとすれば、二ムロドと狩人エンメルは同一人物を表わしていると考えられる。
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ロール「我々は二ムロドが、洪水を起こして人類を破滅しようとする神に反抗して、塔を建てた人物であることを知っている。だから、エンメルという名前の中のNMRにDを加えて二ムロドNIMRODにしたのだ。“我々は反抗しなければならない”と!」
「聖書の中では有能な狩人ニムロッドがいて、シュメリア人の記述の中には狩人エンメルがいるが、私は彼らが同一人物だと思う」
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少年の時からデイヴィッド・ロールは古代世界を理解するために彼の人生を捧げて来た。彼は今、バベルの塔を建設した謎の人物をついに特定することができたと考えている。彼がしなければならない全ては、塔そのものを見つけることだけだ!

バビロン。不思議と美に満ちた古代都市。その都市は紀元前2千年頃に初めて出現した。最盛期だった紀元前1500年から500年まで、そこは古代世界の偉大な不思議の一つ“空中庭園”がある場所だった。
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そしてバビロンは古代の大都市だった。
ストークル博士「バビロンは偉大で巨大な国際都市として描かれている。例えれば現在のロンドンやニューヨークと似た都市で、世界における国際的な中心だった」
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古代の多くの歴史家にとって、バビロンはバベルの塔があった場所として最もふさわしい場所だ。バビロンという名の響きはバベルと似ている。ロールはバビロンが印象的な建造物の生まれた場所だったことに気付いた。巨大な古代の塔寺院、ジグラットだ。
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アルタウィール博士「バビロンには、我々が存在していたことを知っている、最も高い構造物の残骸が残っている。それは古代世界におけるジグラットだ」
多くの専門家はこの形式の構造物がバベルの塔に完璧に一致すると考えている。
アルタウィール博士「我々はアルメニア人が残したジグラットを説明する記録から、それがどんな外観をしていたか知っている。7段の建物で高さは91m近かった」
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多くの学術研究者もまた、このバビロンの塔が旧約聖書の中の創世記の作者たちにとって最後の場所になっていたと考えている。紀元前6世紀、ユダヤ人の作者たちがバビロンに捕囚され、ジグラットがある都市が言語の起源に関する物語を吹き込んだのだろうという。
しかしロールは学会の見解を受け入れることを拒絶している。彼はバベルの塔がバビロンに在り得たはずがないと考えている。ロールはエンメルカルがバベルの塔を建てたと信じている。エンメルカルはバビロンよりも少なくとも1千年前には王だった男だ。
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ポール「バビロンはエンメルカルよりも1千年程後になってから造られた都市だ。従って、地上で最初に造られた塔、つまり最初のジグラットをバビロンで探すのではあまりに遅すぎる」
ロールにとっての疑問は、バビロンにはなかったとすれば、バベルの塔はどこに在ったのか?ということだった。
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ロールは、旧約聖書の記述はバベルを、音が似たバビロンと間違えたのではなかろうかと疑った。
ロール「この都市は3つの言語で名前を持っていた。だから混乱しやすかったのだ。ギリシャ語の“バビロンBabylon”に似た名前だったかも知れないし、メソポタミア北部の地域で生まれたセム語派(注)のアルカディア語で、旧約聖書の言語の“バビィルーBabylu”だったかも知れない。三番目の呼び方はシメリアンで、全く異なった言葉だ。バビロンはシュメール語で“ノンキーNUN KI”という名を持っていた」
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(セム語派;アフロ・アジア語族に属するとされる言語で、サウジアラビアからモロッコにかけて使われている)

シュメール語の“ノンキー”は“支配的な都市”を意味する。
ストークル博士「地名はシュメール語で書かれがちで、しばしば、都市の特徴を表わす傾向があった。“ノンNUN”は“支配的なmighty”で、“キーKI”は“場所”という意味として知られている。バビロニアで屈指の都市はバビロンだ。従ってバビロンは“ノンキーNUN KI”と呼ばれていたと考えられる」
しかしロールはノンキーと呼ばれる別の支配的な都市を見つけた!
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ロール「つまり、同じ名前で呼ばれる2つの場所がある。北のノンキーと南のノンキーだ」
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メソポタミアにおいて南のノンキーはバビロンよりも数千年も古い都市だ。その都市はエリドゥERIDUという別の名前でも知られていた。
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恐らく、バベルの塔はバビロンではなく、エリドゥに在ったのだ!

ロールは、手を尽くして、古代都市エリドゥについて調べてみた。聖書に記された都市バベルのように、エリドゥは最初の都市として有名だった。
ロール「シュメールの資料によれば、地上における初期の都市はエリドゥだと記述されている。そこは天国から最初に王位を授けられた場所だと言われている。従って、その後に造られたバビロンよりもずっと古い」
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アルタウィール博士「そこは人々が最初に定住した、重要な都市だったように思われる」
ロール「最初は村人が棲んでいて農業とか、牧畜などをしていたはずだが、その後、エリドゥで都市文明が始まった。そここそが全てが始まった場所なのだ」
ロールにとって、エリドゥはバベルの塔があった場所として最高の条件を備えた場所だ。しかし、だとしたら、何故、“エリドゥの塔”として知られていないのだろう?

ロールは聖書の作者たちが2つのノンキーNUN KIで混乱していたと考えている。
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2千年後に、彼らがバベルの塔の物語を書き記した時、そこには新たに生まれた都市バビロンが在った。
ロール「聖書の記録者や創世記の編集者たちは、彼らが聖書を編集するために読んだ記事の中のNUN KIという都市は“バビロンNUN KI”であって、南の、ペルシャ湾の近くの、もっと古いNUN KIは想定されていなかったのではないかと思う。それで、塔は“ノンキーの塔”ではなく“バベルの塔”と名付けられたのだ」
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ロールは全ての証拠がエリドゥこそがバベルの塔が在った場所であることを示していることを確信した。
今、彼に必要な全てのことは、塔そのものの証拠を見つけることだ。

20世紀を通して、メソポタミアは数えきれないほどの考古学的な調査が行われた場所だった。目的は、この地における古代遺跡について発見出来るもの全てを発見することだった。
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この時期、イラク人考古学者たちはジグラット又は塔寺院の遺跡を見つけている。ロールは、それがエンメルカル王の時代に存在していたことに気付いた。
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アルタウィール博士「それは明らかに巨大な構造物で、当時としては最大の寺院の中に在った。その一画には、恐らくいくつかの寺院があり、幾つかの場所については発掘され確認されている」
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ロールはこの寺院こそがバベルの塔の遺跡ではないかと期待した。

しかし、問題があった。聖書は“神が言語を混乱させた後、バベルの塔は放棄された”と明言している。
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しかし、この寺院跡には放棄されたことを示す証拠が何もない!
アルタウィール博士「もし、この寺院跡がバベルの塔と一致すると言うのなら、関心事の一つは、この寺院がどのくらいの期間、人々によって使用されていたかということだ。私の感じでは、この寺院は徐々に長い期間をかけて廃墟になっている。完成した構造物で、未完成のものだとは思えない」
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ロールは困惑していた。エリドゥの寺院はバベルの塔が在った場所としては完璧だった。但し、その建物が放棄されていなかったと言う事実を除いて!
ロールは寺院の調査記録を調べ直してみた。すると、その発掘報告書の中に奇妙な個所があることに気付いた。寺院No1の後方の“高台の広場platform”だ。
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ロールには、それが最初の層というか、もっと大きな寺院の基礎の“最初の段”のように思えた。
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ロール「最初に大きな基礎の“段”が造られ、そこから上に、どんどんと階段状に積み上げられていったんだ。頂上に造られている神の家まで続く階段も設けられた、人工の山のような寺院だった。この寺院は、辺り一帯で生まれた最初の大きな塔寺院だったはずだ」
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「そして、驚くべきことは、寺院は建て始められたものの完成する前に放棄され、その後、全てが塵となって消えてしまったことだ。残ったのは基礎の段のようなものだけだった。これはバベルの塔の物語と全く似ている。2つの寺院とも完成していなかったんだから」
ロールは確信した。エリドゥに残されていた高台こそが伝説のバベルの塔の遺物だ!
ロール「物事がきちんとあるべきところに収まり、ある種の達成感のようなものを私は感じた」
ロールはエリドゥの建物遺物こそがバベルの塔だと考えている。しかし、もし聖書にあるバベルの物語のクライマックスに関して説明出来なければ、十分満足できるとは言えない。言語の混乱と、その後に人々が散り散りに去っていったことだ。
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自由の女神。20世紀、何百万人ものアメリカへの移民が最初に目にした光景だ。
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これらの移民がきたことで、アメリカは今日の超大国に変身した。そして女神像の後ろには、何百もの超高層ビル群で飾られたマンハッタンがある。超高層ビルは近代版の天国を目指す塔だ。
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ロールは、今から数千年前も、移住や入植が今日のように広く行われていたことを知っている。
ロール「人々はある場所から別の場所へ移動するものだ。彼らは移住し、その場所で社会を変えていった。例えばアメリカへ行く人々は大西洋を横切り、新しい発想をアメリカに持ち込んだ」
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「同じ類(たぐい)のことが古代世界でも起きていたのだ」
バベルの塔での言語の混乱は人々の入植によって起きたのではないかとロールは疑っている。
ロール「バベルの塔の放棄にひき続いて起きた国家の分散は何故起きたのだろう?しかし、言葉の混乱という考えに行き着いてみると、多くの言語や他国の人々が一つの地域に入り込んできたからかもしれない、と考えられる」

ロールはエリドゥの繁栄に魅かれて大勢の入植者たちがやってきたと考えている。
ロール「異なる言語がやってきて、会話の混乱が生まれた。人々は異なる言語を話し、お互いを理解できなかった」
しかし、会話の混乱がどうして人々の分散を産み出すことになるのだろうか?ロールは、この件も説明がつくと考えている。多分、入居者たちは、かなり攻撃的な人種だったのだ。
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ロール「彼らは元々その地に暮らしていた人々よりも原始的だっただろうし、好戦的だった。元々から言語の文明を持って暮らしていた人々の生活は、入植者たちによって崩壊され、その結果、住み慣れた地を出ていくことにしたのだ」
ロールには、出来事を整然と説明できる理論だった。ならば、彼らは一体、どこに行ってしまったのだろう?
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メソポタミアから数千Km離れた場所に、エジプトの宝石とも言える場所の一つがある。ナイルの東に広がっている東部砂漠Eastern Desertだ。
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そこに、デイヴィッド・ロールにとって、古代エジプトの、偉大な、隠されている宝物の一つがある。エジプト第一王朝の時代からの岩絵だ。
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ロール「私は専門家のチームと共に、東部沙漠に出かけては、あらゆる調査を続けていた。ナイル谷と紅海の間で我々は岩絵を見つけている」
何度か訪れた探検の中で、ロールは素晴らしい発見をしている。
ロール「我々は何千もの岩絵を発見している。そして、その中には何百もの船の彫り絵がある」
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ロールに謎をかけたのは船の絵だった。船の絵は、普通、海や川や湖の近くなど人々が集まる場所に描かれている。しかし東部砂漠の岩絵の船は最も近くにある水の場所からでも数Km以上離れている。船の絵はバベルから散ってしまった人々について悩んでいたロールの心を捉えた。
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ロール「ナイル川と紅海の間に残されていた船の岩絵は“これらの船は乾燥し切った砂漠の中で何をしているのだろう”という思いを起こさせた。これらは紅海からナイルに向かって砂漠を横切る、どこか別の所からやってきたよそ者たちの船で、彼らはナイルの住人たちの土地を奪い取ったのではないのだろうか?」
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古代エジプトはメソポタミアから来たよそ者たちによって築かれたという考えは奇妙に聞こえる。しかし、ロールはエジプト学に関する初期の研究を覚えていた。大きな謎の一つは偉大なエジプト文明が何もないところから生まれ出たように思えることだった。
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ロール「この時、エジプトは進歩し始めていた時だった。古い社会で古い秩序で、王政とか首長制もあったが、高度なファラオの文明は、まだ生まれていなかった」
エジプト学者の何人かは、ファラオはよそ者だったかもしれないと提案している。
ロール「エジプト学には、エジプトの外から入って来た人々がファラオになったという考えがある」
しかし、もしバベルの全能の塔の建設者たちが移住したとするなら、何故、エジプトだというのだろう?

ロールは、その答えはナイル川の環境的な安定性にあると信じている。
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ロール「もしあなたがメソポタミアから来た交易人だとすれば、エジプトに来て、この川を見る。川は人を抱き込むように優しく、適切な時期に土壌を上流から持ち運んできて、穀物を栽培できるようにしてくれる。きっとあなたは、ここに住み着きたいと思うはずだ。もう故郷には戻りたくなくなるだろう。そこには土壌も、それを運んで来る大水もない。全てが上手く機能しているこの場所に住みたい。ここの人たちと交易するのではなく、この地に移住し、定住しよう。私は進んだ技術を持っている。この地を支配しよう!」
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ロールは、古代エジプト文明が持っている独特な特徴は、2つの文化が出会うことによってのみ出来ることを知っている。そして、ロールの考えによれば、エンメルカルの統治とエリドゥのジグラットの時代はエジプト第一王朝の発生時期と完全に一致する。
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ロール「文化が生まれ出たのはアフリカだが、その中には外部から入って来た要素も含まれている。内部と外部の二つのものが混じり合って独特のファラオ文明が出来たのだ。アフリカ人とメソポタミア人の2つの人々が一体化したものがエジプト文明だという考えに問題があるとは思えない。そう考えるのは私には楽しいことだ」
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しかし、ロールはこの理論が反論を呼ぶことを知っている。従って、広く受け入れられるためには、メソポタミア人がエジプトに来ていたことを示す確固たる証拠が必要だった。
ロール「エジプトにおけるメソポタミア人に関する証拠は沢山見つかるだろう。そのような人々がエジプトにやって来た証拠を私は見ている。従って彼らがやって来たのは間違いない。しかし、エジプト人がメソポタミアで暮らしていた証拠は何もない。人々は明らかに、一方向に移動していて、その方向の移動だけだった。当時、エジプトでは文明の突然の興隆が起きている。それまでどこにもなかった煉瓦造りの構造物が突然、造られるようになった。ラピスラズリは、アフガニスタンからやって来た」
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「何故、それは突然、この時期、エジプトで出現したのか?訪れたメソポタミア人によって取引されたのだ。メソポタミア人とエジプト人との間に接触があったことは誰も否定できない事実だ。その接触がどの程度の強さだったか?いつ頃エジプトの国家、ファラオの国家が形成されたのか?というのは、別の疑問だ。この疑問については、我々は問い続けねばならない」
ロールは、エジプトへの移住がバベルの塔が建てられた場所に関する彼の理論を支持していることに満足している。古代史を研究していると、証拠はしばしば、地上にわずかにしか残されていないことをロールは知っている。そして彼の結論のいくつかは大胆不敵な関係を頼りにしている。その結果、多くの学術研究者たちは彼の手法を認めていない。
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ストークル博士「彼がこれらの事柄について考えたのは素晴らしいことだと思うが、彼の理論は、我々が古代世界を理解するために必要な事柄について明らかにしてくれない多くの部分を持っている。そうは言っても、彼は恐ろしい程に合理的とはいえない部分を提示している。というのは、彼の理論に従ってみようと思っても、理論における大きな飛躍があり、それが埋まらないのだ」
アルタウィール博士「多くの小さな発想の上に、更に多くの発想を組み上げていこうという挑戦は難しい。議論に上がる全ての小さな前進に対しても十分な証拠を示すことが必要だ。そうしないと更に大きな議論における批判に耐えることが出来ない」

ロールはこのような反応があるだろうことは、彼の発見を公開する時点で予測していた。
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ロール「批判に対処する最善の方法は、兎に角、そこから歩き去ることだ。理論を書物にして出版すれば、それは世の中に存在しているわけで、後は、人々に議論してもらうのだ。その議論に少し時間を与え、もし証拠が見つかったら、反論すればいい」
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幼い時から、デイヴィッド・ロールはエジプト考古学に取りつかれていた。彼はエジプトの年表を再評価して名を上げた。そして今、彼は謎のバベルの塔を特定したと主張している。彼は、聖書から、そして古代メソポタミアとファラオ時代のエジプトから、その塔を建てた王を特定し、塔があった場所を発見した。
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手掛かりをつなぎ合わせ、バベルの塔がイラク南部のエリドゥに在ったことを示した。
ロール「孤立し、一人で何かを見つけ出そうとする時、人はもっと大きな構図を描く必要がある。そして、その中の全てを結び付けなければならない。全てが一つにまとまった時、役に立ちそうな仮説が得られる。その時、何かを確信できれば、その時こそ、達成感を得ることが出来るのだ」
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TOWER OF BABEL - A FACT OR BIBLICAL MYTH
https://www.youtube.com/watch?v=PmgPDyNNvYQ
・・・・・・・・・・・・
デイヴィッド・ロールが唱えた“ロールの新年表New Chronology (Rohl)”については英語版Wikiがあります。とても長い解説で、これをmh流に纏めると・・・
現時点で最も一般的な古代エジプトの年表では、初代のファラオのナーマーが第一王朝を設立したのは紀元前3100年頃となっていますが、ロールの新年表では、これを350年ほど、近代の方向にずらします。つまりナーマーの王朝が始まったのは紀元前2750年とするのです。以降の王朝も2百年から350年ほどずれていくのですが・・・
およそ350年ずらすと、特にエジプトの第19王朝(前1293~)から第25王朝(~前656)の出来事とヘブライ聖書に書かれた出来事が時代的に整合するっていうんです!聖書の記事だけではなく、古代ギリシャ史やトロイの木馬の事件もピッタリ合うらしいです。勿論、これはロールの個人的な感想です。
この主張は、証拠が曖昧(あいまい)だとの理由から多くの考古学者は認めてはいないのですが、この観点で書き上げたロールの出版物は人々の歓心を得て、彼はベストセラー作家になったというわけです。

私は全く見ないのですが現在放映中のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」では、井伊直虎は女だったとし、女優の柴咲コウが演じていますが、実は男だった!という説が巷にあるようですね。新たに発見された書状を紐解くと、そうとしか考えられないと言うのです。この説はWiki井伊直虎にも併記されていますが、現時点では広く認められてはいないようです。

旧約聖書に限らず、昔のことについては、判明していない事項も多く、否定する証拠が無ければ、あらゆることが真実だった可能性があるというのは“真の命題”と言えるでしょうから、ロールの説が全くの作り話だと否定することは出来ません。神は実在しないとするmhの見解は、状況証拠に基づいたものであって、神が実在する可能性を完璧に否定できていないのが現状ですから、世の中、いろいろな見方があるほど発想が豊かになるという例じゃあないかと思います。

で~バベルの塔がどこにあったとmhが考えているかというとですね、正直なところ、分かりません!
しかし、敢(あ)えて言えば、現在、古代都市バビロンがあった場所に残る、一辺が50mの土地にあったはずのジグラットのような塔が、バベルの塔じゃあなかったかと思います。

旧約聖書の編者たちがバベルの塔について明確にした点は僅かです。そのポイントは、冒頭でふれましたが、建てていた途中で放棄され、その理由は人々の言語が混乱して共同作業が放棄されたからなんですね。で~放棄されたのは“バベル”であって、塔だけではなく、塔が建てられていた町全体です。つまり、完成されたかったのは町全体でした。

とすれば、建設途中で放棄され、歴史と呼べるようなものを持っていなかったはずの町の噂が、放棄されてから2千年後になって、バビロンに幽閉されていた旧約聖書の編者たちによって突然、記録されることになったというのは余りに不自然です。よってロール氏の説は無理があると思われます。

完成されなかった都市や、そこに在った塔の物語は、作り話と考えるべき性質のものでしょう。話を作ろうとしたら、実在する事象や具体的な伝説・神話といった、明確なものを参考にするのが一般的でしょうから、バベルのモデルとなった実在していた都市がどこかを考えればよいわけです。で~まず思い付くのは、編者たちが幽閉されていた都市バビロンですね。そこにはジグラットはありました。衛星写真によれば、どうも周辺には堀が在って、水が張られたようです。とすれば、美的には良かったでしょうが、地盤が柔らかくて大きな建物を建てるには不向きだったことでしょう。バビロン市民は、そこにジグラットを建て始めましたが、建設途中で崩れるトラブルが多発し、これはどうもまずいぞ!ってことになったんですね。今更、基礎からやり直すわけにはいかないし、ってことで、神の意向に沿わなかったんだろう、ってな理由をでっちあげ、触らぬ神に祟りなしとして、崩れたまま放置したのです。この話をバビロンで聞いたか、または放棄に到る様子を目撃した旧約聖書の編者たちが、バビロンの名を出すと差しさわりがあるからバベルという名を使って、塔のある町の物語をでっち上げたのです。子細を書くと、バベルがバビロンを示していることがばれてしまうので、ぼやっとした、簡単な解説に留めた、ってことだと思います。

で、mhのこの“理論”をサポートする証拠ですが・・・全くありません!
妄想だ!との非難があるのは承知していますが、そう断言できる証拠が示されていない以上は、真実の可能性もあるわけで、時間と資金の余裕があれば、メソポタミアを訪れ、記録や遺物を調べて自説の理論武装をしたいと思いますが、ヘブライ語やシュメール語は全く判りませんし、資金は欠乏していますから、反論証拠が出てくるまで、じっと待ちたいと思います。反論証拠がない状態では、mhの仮説は正しい!と信じても良い正当な権利がmhには残されているわけで、当分、謎を解いた満足感に浸(ひた)っていられるというわけです。なお、言語の混乱ですが、旧約聖書の編者たちはヘブライ語を、バビロンの人々はシュメール語を話していたはずですから、編者たちは日常的に言語上の困難を持っていたわけで、その鬱憤(うっぷん)を作り話の中で晴らすことにした、というのが真相でしょう。

で~みなさんはバベルの塔についてどんな意見をお持ちでしょうか。
それは実在したのか?とすれば何処にあったのか?
(完)
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