Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

アタカマの不思議


今回はYoutube:Atacama Driest Place On Earthをご紹介しましょう。

アタカマ???地上で最も乾燥した場所???

で~ここまで聞いて、そこがどこの何なのか全く思い及ばない方は、このブログで学習して頂き、いつまでも忘れないでほしいと思いますが・・・
包み隠さずにいえば、このmhも“アタカマ”の響きに馴染みは感じたものの、さて、何だったっけ?と記憶は朧(おぼろ)です。勿論、いろいろ調べましたから、今なら、詳しい情報をゲットしている訳ですが、いつまで覚えていられるやら。

アタカマ砂漠と聞けば、あぁ、あそこね、って方もいらっしゃるでしょう。南米・チリにある、地上で最も乾燥した、つまり年平均で最も湿度が低くて降水量が少ないと言われている砂漠です。水分が少なく、おまけに人が暮らす都市や町から離れているので、空気は澄み、TVなどの電波障害も小さくて、電磁波で宇宙を観測するアルマ天文台ALMA Observatoryが造られることになり、2013年頃から稼働を始めています。
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「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array、 ALMA、アルマ、アルマ望遠鏡)とはチリ・アタカマ砂漠に建設された大型電波干渉計である。
2002年から建設が始まり、2013年3月13日に完成記念式典が行われた。2014年6月に全てのアンテナが到着した。略称のALMA(アルマ)とは、スペイン語で「魂」や「いとしい人」を意味する単語である。
日本・台湾・アメリカ合衆国・カナダ・ヨーロッパの国際共同プロジェクトである。アンデス山脈中の標高約5,000mの高地砂漠(アタカマ砂漠)に高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測可能な開口合成型電波望遠鏡として活用する。観測に用いる波長帯は1cm(31.3GHz)から0.3mm(950GHz)である」

で~ある星雲をアルマ電波望遠鏡と欧州南天天文台VLT望遠鏡(可視光)とが捕えた画像を並べると次の通りです。
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関心がある方は次のホームページでご確認下さい。
http://www.almaobservatory.org/

それではアタカマの不思議をYoutubeフィルムでご紹介いたしましょう。

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地球・・・
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45億年前に生まれ、今も進化を続けている。大陸は移動し、衝突し、火山は噴火し、氷河は成長し、後退し、地殻は様々な不思議な形で褶曲し、地質学的な謎の痕跡を残している。

今回は、調査員たちが地上で最も乾燥している場所、チリChileのアタカマ砂漠Atacama Desertを探検する。
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この不毛の大地はアメリカの“死の谷Death Valley”より50倍も乾燥している。今、科学者たちはこの砂漠がどのように造られたのかというパズルを解くため、活動中の火山や聳(そび)え立つ山脈、大洋などから収集した断片(ピース)をつなぎ合わせようとしている。彼らが見つけ出した手掛かりは、地球形成の窓も開いてくれるのだ。
How the earth was made;地球はどのように造られたか?
The driest place on earth;地上で一番乾燥している場所
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地球は青い、大量の水を蓄えた惑星だ。しかし、チリ北部の荒れ果てた土地では、一滴の水すら見つからないだろう。西は太平洋と海岸近くの火山、東はアンデス山脈の間にあるアタカマは世界で最も乾燥している砂漠だ。
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長さ1千Km、幅は平均160Kmの細長い沙漠で、面積はアイオワ州とほぼ同じだ。その沙漠で、今、科学者たちは、どのようにして砂漠が形成されたのかを見つけ出そうとしている。
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調査は、キラグアという長閑(のどか)な町から始まる。
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僅かに残されている緑のオアシスは唯一の生命線で、細い流れを形成し、水は、アンデス山脈から太平洋まで、500Kmをくねくねと曲がりながら流れている。
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町は政府の公式降雨量観測所でもある。地質学者ジョン・ヒューストンは地上で最も乾燥した場所が一体、どのくらい乾燥しているのかを確認しようと町を訪れた。
マリッサ「これは雨量計で、毎日の雨量を測るものなの」
ヒューストン「そうですか。この器具で、どのくらいの雨量が記録されているんですか?」
マリッサ「この15年間で、年平均で1mm以下です」
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政府の科学者であるマリッサ・ビラにとって、それは大して驚くべきことではない。
ヒューストン「1mm以下ですか!」
マリッサ「そうです」
ヒューストン「毎年、そうだったんですか?」
マリッサ「いいえ、3年間だけです。他の年は雨が検出されませんでした」
ヒューストン「信じられませんねぇ」
マリッサ「全くです」

年平均降水量は0.8mmで、コーヒーカップを満たすには1世紀もかかる!これを他の沙漠と比べるとどうなるだろう?
ヒューストン「ここにメスシリンダーがある。これを使って年間降水量をお見せしよう。これが一杯になるまで水を満たした状態が凡そサハラにおける雨量だ。この半分ほどだと130mmで、アメリカ合衆国のモハーヴェ砂漠(Mojave Desertカリフォルニア州、ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州にまたがる砂漠)の年間降水量になる」
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「で、アタカマ砂漠の中心での年間降水量はというと、こうだ!逆さにしてメスシリンダーの底にへばりついている水量しかない!」
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「つまり、この砂漠は地上で最も乾燥しているということだ」

何故、アタカマが、そんなにも雨が少ないのかを明らかにするため、ヒューストンはオアシスを後にして、砂漠に向かった。南アメリカ大陸に沿って長々と続くパンアメリカン高速道路の脇で、彼は最初の手掛かりを見つけた。
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ヒューストン「今、南回帰線(南緯23.4度)にいる。世界でも最も重要な緯度の一つだ」
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「そして、何故アタカマ砂漠がこの場所にあるのかを説明する決定的に重要な要素でもあるんだ」
世界の沙漠のほとんどは、2つの特別な緯度線を跨(また)いでいる。南半球では南回帰線Tropic of Capricornがアタカマ、アフリカのナミブ、カラハリなどの砂漠を通過している。北半球の北回帰線Tropic of Cancerは、広大なサハラのまさに中心を通っている。
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地球上のこれらの特別な緯度では、大気は極めて乾燥しているのだ。
ヒューストン「これは旋回式湿度計と呼ばれる測定器だ。大気の相対湿度を測ることができる」
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「ここの相対湿度は・・・10%だ。実質的にはゼロに近い値だ。湿度がこんなに低い所は世界でも極めて稀(まれ)だ」

西暦17百年代初頭、科学者は、回帰線一帯の大気が乾燥している理由に気付いた。アメリカに向けて帆走するヨーロッパの船は大洋横断の推力を貿易風(mh亜熱帯高圧帯から赤道低圧帯へ恒常的に吹く東寄りの風)に頼っていた。
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しかし、英国人気象学者のジョージ・ハドレィは、真北に向けて吹かなければならないはずの風が、何故、西に向けて吹くのか不思議に思っていた。彼の研究が科学者たちを導き、地球の周りで、大気がどのように循環しているかを理解させることになった。赤道Euatorでは、湿度の高い大気が太陽で加熱され上昇する。この暖かい大気は赤道から流れ出ると直ぐに水分を雨として降り落とす。
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2つの回帰線に到達するまでには、大気は水分のほとんどを失うので、下の大地では、雨はほとんど降らない。しかし、よくわからないのは、何故、アタカマでは他のどんな場所よりも僅かな雨しか降らないのか?ということだ。
科学者たちは、アタカマが、どのように生まれたのかを理解することによって、この謎を解こうとしている。その手掛かりを求め、ヒューストンは本当の沙漠の中深くまで入って行く。人に荒されぬよう保護されているこの場所は、1970年代、地質学者たちが全域調査をしている時に発見された。
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しかし、そこで発見されたことの重大さは、1998年まで気付かれなかった。このボロボロの岩盤は、アタカマの起源に対する重要なヒントの一つだ。
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それは石膏gypsumと呼ばれる繊細な岩だ。簡単なテストで、石膏がどんなに脆(もろ)いかが判る。
ヒューストン「この岩に水を掛けるだけで、グズグズになるのが判る」
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「つまり、石膏の岩に水を掛けると溶けるということだ。直ぐにバラバラになってしまうんだ」

その石膏が硬い岩層の状態で残っているということは、岩層が形成されて以降、大量の雨は降っていない、と科学者たちに語っている。とすれば、次に調べるべきことは、その年代だ。この場所がいつ乾燥したのかを割り出すことだ。

石膏から直接、その年代を得ることは出来ない。しかし、石膏岩層の近くの層から見つかった化石を分析すると、砂漠の驚異的な年齢が明らかになった。驚くべきことに、アタカマは1億5千万年前に形成されていた!
ヒューストン「ここの石膏はとても特別なものだ。もし年間5mm以上の降水量があったら、溶けて流れてしまっていただろう。まだ残っているということは、ここが世界でも最も古い沙漠だということを示している」
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恐竜たちが繁栄して絶滅し、ヒマラヤ山脈が形成され、人類が生まれている間も、アタカマは1億5千万年以上、ずっと砂漠だったのだ!
石膏岩盤はこの砂漠がどのように形成されたかを解き明かす鍵も持っている。この白亜質の鉱物は、砂漠ではなく、水中で形成される。石膏は浅い、暖かい、亜熱帯の水の中で、溶けた状態で存在している。熱によって水が蒸発すると固化する。
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従って、小さな一つの岩の存在は、アタカマが砂漠になる前、海底だったことを示す重要な証拠だ。
ヒューストン「ここにある、何の変哲もないように見える岩の一片は、この砂漠全体がかつては水の底だったことを示している。従って、アタカマ砂漠の、この場所にある石膏は、アタカマ砂漠の全ての歴史を理解する決定的なものなんだ」
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これまでの調査で、科学者たちは証拠をつなぎ合わせて、どのように?いつ?砂漠が形成されたのかを調べた。
アタカマが南回帰線近くに位置していることは大気が乾燥していることを意味する。雨はほとんど降らない。石膏岩盤の周りで見つかった化石は、砂漠の年齢を明らかにした。石膏は水の中でのみ形成されることから、アタカマがかつて水面下にあったことを示している。

次に科学者たちは、アタカマがどのように大洋の底から現れて全くの沙漠になったのかという謎を探検する。彼らは、どのようにして地上で最も乾燥している場所が造られたのかを調べることで、噴火の証拠を見つけ出す。
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今から1億5千万年前、アタカマ砂漠は海底で、大洋の水の下にあった。しかし、今日、砂漠のある部分は海抜3千mという高地にある。どうしてそうなったのかを見つけ出そうと、科学者たちは砂漠の東の端を調べてみた。
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この奇妙な大地は南半球で最も広大な間欠泉geyser平原だ。
女性科学者「ここがエル・タティオEl Tatio間欠泉平原よ。周りには沢山の温泉や間欠泉が見えているわ。蒸気が多いのは、大気が冷たくて水が暖かいからなの。泡立って吹き出している泉もあるのよ」
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沸騰している水は地下深くで加熱されたものだ。
女性科学者「エル・タティオの間欠泉の熱い水は、地下に熱い岩の塊がある証拠よ。さらには、この盆地の周辺が火山で囲まれていることも示しているの」
ここでは地球は激しく活動している。溶融した岩石は地表に噴き出して火山を形成している。
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火を噴き上げる火山や沸騰している間欠泉は砂漠の地下深くで起きている“激しい乱れ”の証拠だ。
この地下では、ピザpizzaの下に入って行くスパチュラ(薬さじspatula)のように、太平洋地殻が南アメリカの下に押し込まれている。
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この地質学的な動きは“沈み込みsubduction”と呼ばれるものだ。
女性科学者「太平洋プレートが大陸の地殻と衝突し、重い太平洋プレートが、大陸の地殻の下に滑り込んでいるの。その動きを続けているので、温まっていくのね。大体、地下100Kmまで潜っていくと、太平洋プレートの岩は溶けてしまうのよ」
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地下100Kmの一帯は溶融圏と呼ばれている。溶けた熱い岩は押し上げられて活火山を形成し、これがエル・タティオの間欠泉平原を取り巻いている。この一連の工程が科学者たちに、何が砂漠を大洋から持ち上げたのかに対する手掛かりを与えてくれる。
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更なる手掛かりは、砂漠の反対側にも見つかる。地質学者たちは、海岸にあるこれらの丘が、かつては火山だったことを知っている。
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今日では、完全に死火山だが、最近の科学的な調査で、これらの火山は1億9千5百万年前に初めて噴火したことが判っている。それは太平洋プレートが初めて南アメリカの下に押し込まれることになった年代を示す重要な証拠の一つだ。
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その時は、砂漠も、チリの全ても、水の底だった。長い時間をかけて、溶融部分はどんどんと大陸側に押し込まれていき、最初に海岸近くでの火山爆発を引き起こした。溶融部分が砂漠の下を通過すると、新しい地殻を形成して厚くなり、大地を押し上げ、アタカマ砂漠がゆっくりと現れ出した。5千万年前、この同じ地殻の動きがアンデス山脈を隆起させ始めた。
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今日、溶融部分は220Km内陸側にあり、これによって溶融した岩は火山を誘発し、そしてエル・タティオの間欠泉を活発化させた。
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しかし、アタカマ砂漠の下を通過する時、これも残していた。世界で最も広大な銅の露天掘り鉱山のチキカマータだ。
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火山形成工程が銅鉱床をこの場所に集中させたのだ。しかし、それをここに閉じ込めていたのは砂漠の独特な気象だった。
「チリ北部のこの辺り一帯には世界で最も広い、最も重要な銅資源のいくつかが造られているの。それにはとても乾燥した気候が大きく関わっているのよ」
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「地球表面の多くは水で造られたけれど、ここでの降水はほとんどないので、水が地表に溜まっていることはほとんどないの。おかげで浸食も起きないわ。だから銅鉱床も完全な姿で残っているのよ」
その結果、この不毛の荒れ地は地球でも最も価値ある場所の一つになっている。
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砂漠がどのように海から隆起できたかという謎は解明することが出来た。間欠泉は潜り込んでいく太平洋プレートが地下深くで溶融し、熱い岩が出来ている証拠だ。活火山の存在は、太平洋プレートの上に載っている大陸プレートの動きを示している。絶滅した火山は、二つのプレートの衝突が海岸で始まり、内陸側に押されて沙漠を海面上に隆起させたことを示している。
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次の段階は何がこの古代の海底を地上で最も乾燥した砂漠に変えたのかを明確にすることだ。2百年に渡る歴史を探索して、ペンギンたちを砂漠の縁まで運んできたものが何かという謎々を解くのだ。
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アタカマ砂漠は興味深い。なぜなら地上で最も乾燥した場所だからだ。砂漠が乾燥していているのは当然だが、アタカマは独特なのだ。カリフォルニア州の“死の谷Death Valley”より50倍も乾燥している。そこより熱いからではない。死の谷の気温は、43℃もあるが、アタカマでの日中平均気温は27℃なのだ。
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何が、アタカマという隔離された土地を、普通の沙漠から世界でもっとも乾燥した場所に変えたのかに関する調査は広々とした大洋から始まる。
ヒューストン「アタカマに関して奇妙な事の一つは、ここでも見られるように、ペンギンが海辺にいることだ」
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「ペンギンが冷たい水を好むのは誰でも知っている。しかし、この海岸の気温は暖かい。本当に理解に苦しむ。事実、ここの海水の温度は、今測ってみると・・・13℃だが、海岸での大気温度は27℃だ」

これらのペンギンは、2百年以上も前、探検家アレキサンダー・フォン・フンボルトによって初めて記録に残された。
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この海岸に沿って船で移動していた時、彼は、海洋生物の多様性の大きさに気付き、不思議に思った。
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海水温度を測定した結果、彼はそれを理解した。海水は予想より11℃も冷たかった。ペンギンのような海洋生物には完璧な温度だ。それから数世紀後、探検家の名にちなんでフンボルト海流と名付けられた、チリのこの帯状の一帯を流れている海水が、アタカマを地球で最も乾燥した場所にしたのではないか?と気象学者たちは考え始めた。
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ヒューストン「フンボルト海流は遠く南極から流れ上り、冷たい海水を運んで来る。その海水が、今のように、霧が立ち込め、重い雲が垂れ下がる天候を作っているのだ」
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冷たい海水は、海面の上の大気を冷却し、海岸にへばりついている冷たい雲の塊を形成する。一方、上空から下降してくる亜熱帯の熱くて乾燥した空気は、冷たく重い雨雲の上に居座り、雲を下方で押し留めている。
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気象学者たちはこれを“反転層inversion layer”と呼ぶ。高度9百mで閉じ込められ、上昇出来ない雲は、高地の砂漠で雨を降らせる。
ヒューストン「反転層は海の近くに溜まっている湿気が内陸側に移動するのを妨げていると思う。結果として、フンボルト海流は、この海からはずっと高地に見えているアタカマ砂漠の乾燥に影響を与えているのだ」
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しかし、フンボルト海流によって生まれたこの反転層は、本当にアタカマを世界でも最も乾燥した砂漠に変えたのだろうか?

クエブラダ・アローマQuebrada Aroma(アロマ峡谷)と呼ばれる荒れ果てた場所の北端の沙漠で、地質学者ローラ・イーブンスターはこの謎々を解く手掛かりを探している。
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彼女は、砂漠がこんなにも乾燥し始めた年代を確定しようとしている。
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モハーヴェ砂漠など、他の沙漠では多くの雨が降ることは少ないが、一旦、降り出すとそれは劇的だ。嵐は大雨と洪水を運んで来る。しかし、ここクエブラダ・アローマではそんなことは決してない。今でも、いつも完全に乾き切っている。

洪水を引き起こしただろう大雨が降ったかも知れない最後の年代を確定するには、岩がどのくらいの期間、妨げられずに同じ場所に留まっていたかを知ればよい。
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ローラ「簡単な例で説明しましょう。大雨が降ったとして、代りにペットボトルの水を砂漠の斜面にかけてみます。すると、石の塊が砂の上に浮かび上がって来て、表面を転がり、水が引くと、表面に残されます」
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クエブラダ・アローマの地表には岩がゴロゴロしている。ローラは岩を砕いて、水が最後に洪水となって大地を流れた時代についての証拠を浮かび上がらせるのだ。
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ローラ「私たちがここでしていることは、岩を叩いて割り、割れ面が黒い色をしていないか、そして出来れば、捜し求めている黒い鉱物がそこにないかを調べることなの」
見つかる小さな黒い結晶鉱物は輝石pyroxeneで、決定的な証拠になる。
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というのはそれが“顕微鏡的で地質学的な時計”になるからだ。

石の化学的な性質は長い間、宇宙線を浴びると変化する。
ローラ「太陽からは幅が狭い波長帯で放射線がくるだけで、大半の宇宙線は夜空に見える全ての星からやって来るの。その宇宙線が石にすることというのは、基本的には石を“焼く”のね。太陽で肌を焼くように。つまり宇宙線が空から降り注いで石に当たり、石を料理しているのよ」
宇宙線で岩が料理されると、輝石は崩壊し、ヘリウム3と呼ばれる気体を作りだす。
(ヘリウム3:通常のヘリウム原子(陽子2、中性子2)より中性子が1個少ない)
ローラ「どのくらいのヘリウム3が岩の中にあるのかは測定できるの」
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「その量が多い程、長い間、宇宙線や太陽輻射に晒(さら)されていたと言えるのよ」

形成されるヘリウム3の気体は顕微鏡的な微少量でしかない。そこで、ローラは、採取したサンプルを1万Km離れたスコットランドのグラスゴーにある研究室まで持って行く。
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ローラ「ここではレーザ光で岩の中のガス溜まり部を加熱して岩の結晶を気化するの。すると、気体のヘリウム3は岩から離れ出て、この複雑な装置を通過して、質量分析計に導かれるの」
このデータを分析することで、彼女は、その石が動いた最後の時期を知ることが出来るのだ。
ローラ「私たちが持っているサンプルの中で最も古い石では、2千3百万年なの」
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「つまり、アタカマ砂漠のある地点では、石が水で動かされることなく2千3百万年の間、同じ場所にあったということよ。アタカマ砂漠は表面が荒されずにいる世界で最も古い場所の一つで、表面の石は人類が生まれる前からそこにあったのよ。つまり石は信じられない程古い時からそこにじっとしていたのよ」

ローラは砂漠の中に2千3百万年もの間、乾燥し切っていた場所があることを発見した。この事実は調査における決定的な手掛かりだ。というのはフンボルト海流の誕生時期と一致するのだ。南アメリカは、かつて南極と地続きだった。しかし、凡そ2千5百万年前、2つに割れた。
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海峡が生まれ、凍るように冷たい水は一部は極地を囲むように流れ出し、一部は海岸に沿って北に流れていった。
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北に流れ出した冷たい海流が“反転層inversion layer”を形成して海岸部に雨雲を閉じ込め、アタカマを世界でも最も乾いた場所にゆっくりと変え始めたのだ。しかしフンボルト海流だけが乾燥の原因を作ったわけではない。砂漠がどのようにして、こんなにも乾燥するようになったのかを見つけ出そうという探求は、皮肉にも、地上で最も湿った場所と対立することになる。
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アタカマの反対側にはアマゾンがある。しかし、雨林帯に降る雨はアタカマ砂漠の近くまではやってこない。アマゾンとアタカマ砂漠の間には広大なアンデス山脈地帯が横たわっているからだ。
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地質学的証拠によればアンデスが最後に大きく隆起したのは今から数千万年前だ。山は雨雲が砂漠に到達するのを妨げていて、これは“雨の影の効果rain shadow effect”と呼ばれている。そしてこれが、アタカマ砂漠を地球上で最も乾燥している場所にした最後の要素だ。
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何がアタカマをこんなに、信じられない程に、乾燥した場所に変えたのかに関する証拠は沢山見つかった。
フンボルト海流が雨が降らない気象体系を創り出した。ヘリウム3は乾燥への工程が今から2千3百万年前に始まったことを示している。アンデスが既に1千万年前には砂漠を乾燥させていた。

これらの調査結果は決定的に思われる。アタカマは何百万年もの間、不毛の、全く雨が降らない土地だったのだ。しかし、次に起きた出来事は、この結論を吹き飛ばすようなものだった。小さく、鋭くて固い石が、この地に古代文明が在ったことを示したのだ!
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しかし、人々はどのようにして、世界で最も乾燥した砂漠で暮らすことが出来たと言うのだろうか。

アタカマ砂漠はこれまでのところ、地上で最も乾燥した場所だ。証拠をつなぎ合わせた結果、科学者たちは、この場所は、数百万年もの間、極度に乾燥していたと考えている。しかしグアナクエロスGuanaquerosという人里離れた場所で、古代環境学者クラウディオ・ラトーレはこれまで以上に複雑な姿を描きだすことになる、とても興味深い発見をした。
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ラトーレ「これは驚くべき発見物だ。ナイフのようなもので、壊れたので破棄されたのだ。多分、今でも何かを切ることができるだろう」
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訓練されていない目には、単なる岩の欠片(かけら)に見える。しかし、ラトーレはそれが道具として機能することを知っている。彼は何百もの似た石を見つけている。それらはかつて、古代の人々がここで暮らしていたことを表わす手掛かりだ。
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ラトーレ「これは人々が単に、一時的に暮らしていただけではないことを示している。人々は生活し、仕事をし、岩を叩いて割ってこのような道具を造って、身近な資源を活用しながら、この地にへばりついて暮らしていたのだ」
生命維持には水が必須で、従ってどんな植物も動物もそして人間もここで生き延びるのは不可能に思える。ラトーレは、この15万平方Kmの沙漠のある場所は、かつて、もっと湿っていたのではないかと疑った。数百万年前ではなく、人類が大地を歩いていた時代に。

1997年、彼はその証拠を探す旅を始めた。彼は今日、その旅を再現してくれている。気象の変化は岩の中でも見つけることが出来る。ラトーレは崖の地層をひとつづつ調べて、ついに決定的な証拠を発見した。
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ラトーレ「ここが実際に、興味深い物語が出現した場所だ」
この白亜の岩はダイアトマイト(珪藻土)と呼ばれている。岩は、綺麗な水中にのみ生息する、顕微鏡的な生命体の藻類が、潰れ化石化した残留物で出来ている。
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ラトーレ「岩が我々に語っていることは、ここには湿った土地が在ったと言うことだ。このワナクエロスの地を今日見渡すならば、こんなに乾いている場所はないというのに」

しかし、過去のある時期、砂漠の表面には水が有ったのだ。ラトーレの次の仕事は、それがいつだったのかを見つけ出すことだった。放射性炭素年代測定は年代の割り出しでは最も正確な手法の一つだ。しかし、この手法を適用するには有機物のサンプルが必要だ。そこでラトーレは手掛かりを求めて沙漠を綿密に調べまわった。
ラトーレ「私たちがしたのは砂漠を歩き回り、見つかった小さな穴や割れ目の全てをのぞき込んでみることだった。そして偶然、信じられないものを見つけた」
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彼は、この調査の中で、偶然、しかも幸運にも、最も重要な証拠の一片に出くわした。洞穴の奥に、大きな巣があったのだ!それは小さな哺乳類mammalの、数世代にも渡る数千もの糞で出来ていた。
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小さな塊の大きさや形は、チンチラというネズミの一種だとトーレに告げていた。
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そして、その巣は彼が捜していた決定的な手掛かりをも含んでいた。有機物の物体だ!
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ラトーレ「それは我々が見つけ出した最も驚くべき発見の一つだった。巣には草が一杯あったんだ!今、辺りを見渡しても、草など見つからない。生態系の重大な変化があったのだ」
草は昨日、刈り集められたもののように、新しく、形もそのままのようだ。しかし、巣から採取した草を炭素年代測定したラトーレは驚くべき事実を発見した。草は1万1千年以上も前の物だったのだ。
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ラトーレ「私が手にしているのは生態系の例だ。過去において水が増えていたとしか考えられない、かなり明確な証拠だ」

巣は、ここで植物や哺乳類が生存していたという強烈な証拠だ。生存していたのは彼らだけではなかった。厚い巣の層の下の別の層で、小さな手作りの道具が沢山みつかった。
ラトーレ「過去からの情報を伝えてくれるこれらの小さな、固い、鋭い石が層の底に見つかったんだ」
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アタカマのある地域は、2千3百万年の間、常に乾燥していた。
しかし、この新たな証拠は、ワナクエロスなど、別の地域では、1千1百年前は、環境が異なっていたことを示している。
ラトーレ「それは化石化されているスナップショットのようなものだ」

多様な生態系が短期間だが生命を産み出していたのだ。その気象が続いていた時期、植物が成長し、湿地は広がっていた。
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小さな哺乳類が繁栄し、生き続けていた。ビクーニャ、ラマ、それに人間も、この豊かな環境の中で暮らすことが出来たことを意味していた。
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ラトーレ「些細(ささい)な通俗的な発見だったが、今日なら厳しい気候のアタカマ砂漠で、人々が、昔、入植して暮らしていたことが判る手掛かりを得ることが出来て、とてもよかった」

ネズミの巣の年代は科学者たちに水がどこから来たのかについて、現実味のある理論を与えてくれた。今から1万1千年前、最後の氷河期は終わりを迎えていた。地球の気候は変わりつつあった。
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アンデスの高地で降った多くの雨は川となって流れ下り、ある場所では、水のたまり場ができて湿地を形成していたが、別の場所は、数百万年も水に触れないまま残されていた。
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しかし、そのたった1千年後、気候は再び変化し、川は干上がり、草は死に絶え、ネズミや人間たちは消えていった。そして今は、地下水の一滴すら、乾燥し切った大地のなかに吸い込まれている。
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ラトーレは、水がどのくらい深い所にあるのかを見せてくれようとしている。
ラトーレ「地表にあった湿地に対してどのくらい大きな変化が起きたのかを解り易く示す、簡単な実験をしてみよう。これは井戸で、今から、この石を落としてみよう」
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「石が水面に到達した音が聞こえるまでの時間を調べると・・・およそ4秒だ。地下水のレベルは地表から凡そ60mと判る。これはかなり乾燥している土地であることを示している。完全な砂漠で、どんな植物もどんな野生動物もいない、地表を流れるどんな水も存在しない場所だってことだ」

地上で最も乾燥したこの土地での調査は、驚くべき方向転換を示した。道具は人間がここに暮らしていたことを示している。ダイアトマイト(珪藻土)は過去に湿った気候が在ったことを表わしている。ネズミの糞や草は多様な生態系が今から1万1千年前に在ったことを示している。

しかし、この驚くべき砂漠はもっと多くの秘密を抱えているのだ。我々が住む惑星の最も極端な環境の一つの中における生命だけではなく、恐らく、別の惑星の表面での生命にも関係するものだ!
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今日、科学者たちは、アタカマ砂漠はこれまでで一番、乾燥しているのではないかと疑っている。そこで、彼らは、水の源になりえるものがここには全く残されていないかどうかを調べている。NASAの科学者アファンソ・ダヴィーラは、水があるなら、ここにも生命があるチャンスが残されていると考えている。しかし、彼が初めて砂漠を訪れた時、その兆候は全くなかった。
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ダヴィーラ「始めてこの地を訪れ、3千Km以上を車で走破したが、キャンプ地に戻って来て考えるに、私は一匹の昆虫すらも車のフロントガラスにぶつかるのを見ていなかった。こんなことは世界中のどんな場所でもあり得ないことだ。このことは生命にとってどんなに厳しい環境かを示す良い例だと思う」

1960年代以来、NASAの科学者たちは砂漠の土壌の浅い部分でバクテリアの生命の存在を探し回っている。今までの所、まだ何も見つかっていない。しかし2005年、奇妙な白い大地に出くわした。
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そして偶然、ダヴィーラの同僚の一人が、石を拾い上げ、叩き割ってみると、全く予想していなかったものを発見したのだ。
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ダヴィーラ「ここに緑の層が結晶の中に見事に見えている」
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顕微鏡で調べてみると、この淡い緑の斑の正体がはっきりした。
ダヴィーラ「驚くべきことに、我々は岩の中に残っていた緑の微生物microorganismを見たんだ」
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「それは大きな驚きだった。何故なら、微生物が地球で最も乾燥した場所にいるなんて誰も考えたことがなかったんだ」
全くの偶然で、岩の中に隠されていた生命を彼らは発見したのだ。
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ダヴィーラ「この白い岩は塩化ナトリウムsodium chlorideだ。岩塩haliteとも呼ばれている。アタカマ砂漠でよく見つかる鉱物で、世界中の台所で使われるミネラルの食塩と全く同じものだ」
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塩はバクテリアを殺して食物を保存することが出来る。しかし、奇妙なことに、ここアタカマでは、緑の微生物の居住区を隠し持っていた!彼らがどのように生き延びていたのかを見つけるため、ダヴィーラは幾つもの湿度センサーを砂漠に配置した。
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その結果、砂漠の大気の平均湿度は10%程度だが、特例的に75%くらいまで上がることが判った。この一時的な水蒸気の増加が唯一の水で、この水こそが生命を育てているのだ。
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ダヴィーラ「塩の明確な特徴は大気中から水蒸気を引きつける能力だ。そして塩の塊の中で水溶液を形成する」
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大気中から塩の中に吸い込まれた水分こそが、微生物が岩の中で取り込むことができる水なのだ。
ダヴィーラ「生命はとても頑丈(がんじょう)なもので、適応力もあり、我々が地球上で見つける極めて極端な環境でも順応できるんだ」
NASAは、アタカマ砂漠におけるこの発見が火星における生命に関する何かを明らかにすることが出来ると考えている。1976年、ヴァイキング着陸船が火星の薄い大気の中に水を検出した。2008年には、NASAの火星探査機オービターは火星の表面で塩の証拠を見つけた。
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人類が火星に到達する時、彼らは火星の土壌の中にではなく、岩の中で、火星の生命を探すことになるかも知れない。
ダヴィーラ「不幸にも、人類が火星を歩くのを我々が見るのはかなり先のことだ。それまでは、アタカマ砂漠に来て、地上で生命を理解する手掛かりを持つこの種の岩の研究し、太陽系の別の惑星における生命の可能性を調べるつもりだ」
地球上で最も乾燥した砂漠における偶然の発見は、ある日、先端を行く科学者が火星の岩を砕いて小さな地球外生物を発見することも可能だと示したのだ。
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どのようにして地上で最も乾燥した場所が造られたのかに関する調査は終わった。それは1億5千万年にも渡る、素晴らしい地球の物語を明らかにしてくれた。水中で形成される石膏は、砂漠がかつて水の底だったことを示している。熱間欠泉は砂漠の下の強い火山活動が大地を海底から隆起させたことを示している。小さな輝石の結晶は、最初にできた砂漠一帯は2千3百万年前に完璧に乾燥していたことを示している。ネズミの巣は、氷河期の終わりに、砂漠の中で繁栄していた小さな生命が生存できる場所があったことを示している。塩の中の小さな緑の有機生命体は、この地でさえも、生命はしがみつくようにして存在できることを示している。
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今日、この場所は地上でも独特な一帯だ。間違いなく完璧な砂漠だ。そしてそれがどのように形成されたのかの探索は地球がどのように造られたのかという物語の中で新たな章に光を当てたのだ。

Atacama Driest Place On Earth
https://www.youtube.com/watch?v=HG-OVCOiFm0

補足資料です。
アタカマにあるLaguna(潟) Colorada
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“塩”の沈殿などで、とても浅いラグーンでしょう。水は鉱物イオンを含んだ色をしています。

アタカマ砂漠は次の地図で黄色い地域で、平均標高は2千m以上です。
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周辺を囲むオレンジ部は乾燥地帯で、アタカマ砂漠ではありません。

南回帰線直下で標高2306mのSalar de Atakama アタカマ塩湖
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塩湖の表面は、こんな感じ。
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塩湖には妙なものが・・・長い方は5Kmもあります。
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電池で使われるリチウムLiの精製プラントです。塩湖を走る白い線は道路。

Wikiアタカマ砂漠;概要
東西の幅は平均160kmに満たない一方、南北の広がりは1000kmあり長大な盆地状をなす。アンデス山脈と海岸の山地によって湿った空気が遮断されているため世界でも最も乾燥した砂漠であり、40年間まったく雨が降らなかった地域もある。不毛で岩塩や石灰の堆積層で覆われている所が多く、銅・銀・ニッケル・リチウムなどの鉱物資源に富んでいる。天然の硝酸ナトリウム(チリ硝石)の産出は世界最大であり、1940年代初期まで大規模に採掘されていた。また、世界最大のリチウム産地である。代表的な寒流であるペルー海流(別名フンボルト海流)が作る西岸砂漠の一つである。約5000もの地上絵がある。この地上絵はナスカのような巨大な地上絵ではなく、また斜面に描かれている。
(アタカマの岩絵)
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(完)
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