Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

フィリスティンの不思議


今週は、先週のブログ「ソロモンの黄金の謎」にも登場しているフィリスティンの不思議を、Youtube「The Philistines」を使ってご紹介いたしましょう。

Wikiペリシテ人
フィリスティン、あるいはフィリスティア人(英語:Philistines)とは、古代カナン南部の地中海沿岸地域周辺に入植した民族群である。アシュドド、アシュケロン、エクロン、ガザ、ガトの5つの自治都市に定着して五市連合を形成していた。古代イスラエルの主要な敵として知られ、聖書の『士師記Book of Judges』や『サムエル記Books of Samuel』で頻繁に登場する。特に、士師サムソンの物語や、戦士ゴリアテと戦ったダビデの物語などが有名である。
また、パレスチナ(Palestine)は「ペリシテ人の土地」という意味だが、実際には、現在のパレスチナ人はアラブ民族であり、ペリシテ人と直接関係があるかは分かっていない。

で~“カナン”とは“約束の地”です。
Wikiカナン
あるいはカナアン(英語:Canaanケイナン)とは、地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯の古代の地名である。聖書で「乳と蜜の流れる場所」と描写され、神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから、約束の地とも呼ばれる。

また士師記は英語でBook of Judges、つまり“ジャッジ/判事”の書です。判事となる人物には時々、神が乗り移って、人間を導いたり裁いたりするんですね。で~判事って呼ばれるわけですが、聖書には何人ものジャッジが登場するようで、皆さんも名前を聞いたことがあるはずのサムソン、ゴリアテも判事だったんです。この2人は後程、Youtubeの中でも現れます。

で~これからご紹介するYoutubeフィルムですが、mhの翻訳を読んで頂くと、直ぐに気付くことがあるはずです。
それは・・・
巻末でご紹介いたしましょう。まずは、フィルム内容をご確認下さい。
・・・・・・・・・・・・
Act 1: A Savage People? 第一幕:野蛮な人々か?
“ヨシュア”、“ジャッジ;士師”、“サムエル”などの聖書の物語によれば、2世紀以上に渡って何度も行われたという争いの雄叫びの中で、フィリスティンはイスラエルの人々の敵役(かたきやく)だ。
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既に大昔になってしまったものの、戦士としての彼らの遺産は、今も聖地に憑(と)りつくように残っている。
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イスラエルの元々の名前パレスティン(パレスチナ)は、フィリスティンの土地を意味する。紀元前5世紀にこの地を訪れたギリシャ人歴史家ヘロドトスによって、最初に、この一帯を指す言葉として使われた。
近東Near Eastの南の海岸に沿った平地で暮らしていた彼らの文明はアシュケロンAshkelon、エクロンEkron、ガザGaza、アシュドドAshdod、そしてガスGathという5つの重要な都市を拠点としていた。
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この一帯に、旧約聖書の出エジプト記Exodusで描かれた事件よりも前から、長い間、住み着いていたというフィリスティンは、恐らくユダヤ人たちが約束の地に行く邪魔をしていた。
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“出エジプト記”『ファラオが人々の出国を認めた時、フィリスティンの土地を通る方が約束の地には近道だったが、神は人々を別の道に導いた。神は言った“もし彼らが争いに巻き込まれれば、彼らは心変わりをして、エジプトに戻ってしまうかもしれない”』

神は、フィリスティンと対立するより、自然が過酷で40年も彷徨(さまよ)うことになる、長い迂回路をイスラエル人に採用させた、と聖書は我々に告げている。
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イスラエル人たちが彼らの新たな土地に定住した後、フィリスティンは、その地域の運命に影響を及ぼす役割を演じ始める。神は不思議にも、神聖な契約を繰り返して破ったイスラエル人たちを罰するためにフィリスティンを使う。
“ジャッジ(士師記)”『イスラエル人たちは、神から見ると悪魔の業をし続けた。そこで神は彼らをフィリスティンの権力に屈しさせた』
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作家ウォルター・ザンガー「聖書の予言の何ヶ所かで、これらの敵(フィリスティン)を神の道具と見ていた。罪を犯したイスラエル人たちを懲(こ)らしめる神の杖だったんだ。このことがその後の予言における重要なテーマになっている」
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フィリスティンはイスラエル人の存在における災いの種になるだろう。彼らはユダヤ人の最初の偉大な2人の王の命に影響を与え続けるだろう。
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しかし、いざこざ好きに思える仇(かたき)のフィリスティンとは誰なんだろう?どんな人たちなら、こんなにも恐れられる敵になり得るのだろう?
最近まで、彼らに関して知られている、ほとんど全ての事は、古代イスラエル人たちが書き記した聖書だけが頼りだった。

ここはエルサレムから32Km南の、初期のフィリスティンの町エクロンの遺跡だ。ここで科学と考古学が、かつて恐れられていた人々に対する考えを変えている。
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ヘブライ大学トゥルード・ドーサン博士「ここが現時点では、緻密(ちみつ)に計画された工業地帯における、城塞で囲まれた都市の全貌を見ることが出来るたった一つの場所なの。古代においては、ここの住民は、今でも通用する近代的なエコロジー(生態学)にとても気を使っていたようなの。古い時代だったことを考えるととても奇妙なことよ。人々は工業のことだけを考えていたんじゃあなかったのよ。都市の中心ではエリートが暮らしていて、寺院などの行政府の建物があるの」
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今日、フィリスティンという言葉は“繊細さや文化が欠如している人物”を指す軽蔑的な単語でもある。しかし、エクロンなどの場所で見つかった財宝は、これらの見方に反する古代の敵の、新たな内面を見せている。
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作家ザンガー「実際、エルサレムにあるイスラエル博物館で展示されているものの中で、私がこれまでに見た最も美しいものはフィリスティンの品物だ」
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「土器、像、女神goddess、神、宝石、手工芸品などはいずれも、私が思うには、古代イスラエルの土地では並ぶことがない、完成された美に到達していた」
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フィリスティンがパレスチナで彼らの文明を発展させていた時、北アメリカのネバダの住民は鴨(かも)を捕えるための原始的な囮(おとり)を使っていた。
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中国では、王が未来を予言するため、神託の骨に質問が刻まれていた。メキシコでは、陶器の人形が、社会的地位を示すため死人と共に埋葬されていた。

閑話休題。世界のその他の地域では新しい金属が初めて溶融され、道具として叩き上げられていた。それは鉄だ。鉄がフィリスティンの軍事力の鍵だったのだろうか?
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“サムエル第一”『イスラエルの土地のどこにも、鉄器の鍛冶工はいなかった。フィリスティンは、ヘブライ人Hebrewは剣や槍を造っていたのだろうか?と言っていた』
作家ザンガー「つまり、当時の知恵によれば、フィリスティンの技術的な優位性の秘密は彼らが鉄を使っていて、その一方で他の誰もがまだ銅と錫(すず)で出来た青銅を使っていた、と言っている。もしそれが事実なら全ては明確だ。鉄の剣は青銅の楯(たて)を切り裂けるのだから。唯一の問題は、考古学がこれを支持していないことだ」

ドーサン博士「鉄が紀元前12世紀に現れた時、その量はわずかだったのよ。当初は宝石のような貴重品だったの。象牙の握り部を持つ、美しい造りのナイフなど、主に特殊な製品にだけ使われていたの」
考古学者たちは、フィリスティンが軍隊の全てに行き渡らせるほどに十分な量の鉄を持っていたかどうか、証拠を探し続けている。これは未解決の問題だが、歴史から消されている人々に関する、ある一つの典型的な謎だろう。
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しかし、彼らはどこからやって来たのだろう?そして彼らは何故、地中海に沿った過酷な平地にやって来たのだろう?
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何か大きな災いに追われていたのだろうか?謎の失われた土地アトランティスといった、歴史的に最も伝説的な文明の一つと関係を持っているような災害と、フィリスティンは関係があるのだろうか?

全能のmightyフィリスティンに関する調査の中で、我々は議論の余地がない事実に出会う。これらの謎の人々が誰であれ、彼らの文化は彼らの名が付いた土地(パレスチナ)で生まれたものではない!事実、彼らは遠方からきた外部の人たちなのだ。
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作家ザンガー「彼らはセム族(注)ではなかった。聖書で“フィリスティン”と言う時はいつも、割礼を受けていない人を指している」
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「つまり、聖書を作成した人々とは違っていたということだ。フィリスティンはセム族じゃあなかったんだ。全てのセム族は割礼を受けていたんだから」
(セム族Semite:西アジアやアフリカに分布し“セム語”を話す。中近東人で代表的にはアラビア人)

フィリスティンはどこから来たのだろう?彼らの偉大な寺院や王宮は消滅しているが、土器類の小さな欠片(かけら)は生き残っている。それは遠い過去からやってきた物言わぬ語り部messengerで、物語を語って聞かせてくれる。
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ドーサン博士「私たちが初めて土器を見つけた時、それはとても繊細で美しくて、私たちがマイソニアンやギリシャやキプロスで知っている装飾様式だったの。それを調べてみたら、どうも輸入されたもののようだったの」
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しかし、検査した結果、土器の破片は外地の土壌で造られたものではなかった。発見されたエクロンの土で造られたものだったのだ。皮肉にも、他所から持ち込まれた土器ではなく、それを造ったのがよそ者だったということだ。彼らは遠く、エーゲ海のギリシャの島々から彼らの文化を持ち込んで来た。
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何が、フィリスティンに生まれ故郷を離れる危険を冒して、新しい土地を求めて出発させることになったのだろう?
作家ザンガー「失われたアトランティス王国を立ち上げていたのかも知れない島サントリーニを吹き飛ばした巨大な火山が、全ての文明を吹き飛ばしてしまった」
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「その火山が島々での生活の崩壊の始まりだったんだ。島々は北の、現在のブルガリアからギリシャ本土にやって来た侵略者たちによって荒廃させられた」

自然災害と侵略で追い出されたフィリスティンは、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で南と東に逃げ初め、何世代の間、彷徨(さまよ)い続けることになった。
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そして紀元前12世紀の初め頃、遠いエジプトの海岸に到着した。これは古代エジプトの首都テーベにある荘厳(そうごん)なメヂネット・ハブー寺院だ。
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その装飾された壁に侵入してきた外敵を打ち負かした証拠が刻まれている。
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エジプト・テーベの壁の記述『河口に入って来た者たちは網に捕えられた鳥のようだった。陸続きにやって来た者たちは倒され、殺された』
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勃発した侵入はフィリスタィンが押し寄せたものだが、彼らは、エジプト人たちによって、パレスチナと呼ばれて知られることになる土地に押し戻されている。しかし、そこにはケイナンナイト(Canaaniteカナン人)として知られる人々が既に住んでいた。エクロンにおける、ある劇的な発見は、フィリスタインがやって来たことを示す野蛮な衝撃の証拠のようなものを提供している。
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バルチモア・ヘブライ大学考古学教授バーッリー・M・ギトゥレン「フィリスティンがこの場所にやって来た時、我々が第一サイトと呼んで発掘作業をしている場所の北東の角で、彼らは小さな、恐らく4から6ヘクタールの定住地を見つけた。そこは後に紀元前1200年頃、火災によって徹底的に破壊されている。我々は火災の痕跡を、その定住地一帯で見つけている。これらのことから考えさせられるのは、定住地はフィリスティンによる大火災で破壊され、その大火災の上にフィリスティンの居住区が造られたという事実だ。もし、やったのがフィリスティンでないというなら、誰がやったのか、我々には判らない」
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考古学的な証拠は紀元前1200年頃、フィリスティンがエクロンに到達していたことを示している。しかし奇妙なのは、彼らが来たのはもっと前だと聖書が話していることだ。エイブラハムの時代で、少なくとも5百年以上前だと言っている。
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ルトガーズ大学准教授ロバート「私にとってフィリスティンに関する最大の謎は、聖書の記述内容だ。フィリスティンと呼ばれる人々の初期の集団が、ヘブライ人の家長のエイブラハムやイサクと接触していると言っているんだ!」
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(mh:全くの蛇足ですが・・・ロバート氏は誰かに似ていると思いませんか?そうです、キッシンジャー補佐官です!彼もイスラエル人だったはずです)

何人かの学者は、これらのフィリスティンに関する初期の参考記述は、後日の記載で創造された作り話fictionだと考えている。しかし、多くの学者は、同じくフィリスティンと呼ばれていた、異なる人々の集団が本当にいたと考えている。この疑問は未だに解決されていない。

もう一つの悩ましい謎もある。どこかに消えてしまっている都市だ。
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ジティン教授「5つの主要な都市の特定は、1百年以上もの間、イスラエル国における考古学のパズルのようなものだった。しかし、我々はアシュケロン、エクロン、ガザ、そしてアシュドドという4つの都市については、ある程度の発掘も進んでいて、既に特定していると言っても好い、と私は思う。しかし、都市ガスについては依然として謎だ」
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ガスは巨人ゴリアテ(Goliathゴライアス)が住んでいた町だ。フィリスティンの有名な巨人戦士だ。しかし、彼の住んでいた都市は全く見つかっていない。
フィリスティンについて我々がはっきり知っている一つの事は、彼らがイスラエルの宿敵だったということだ。しかし彼らをそうしたのは何なのだろうか?
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これを考えるには、込み入ったいくつもの断片が、2つの国を、どのようにして悪質な戦いに発展させ、ロマンティックにも永遠に変えてしまうことになったのか、詳細に考えねばならなくなる。

イスラエル人がエジプトを出国して約束の土地に定住してから何年か後、彼らの近くでフィリスティンが暮らしている。しかし、当時、彼らは敵だったのだろうか?恐らくそうだろう。

ある一つの物語が手掛かりを含んでいるかも知れない。それはイスラエル人の王者サムソンの物語だ。
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“ジャッジ”『ある日、サムソンがシムラにいた時、彼はあるフィリスティンの娘に気付いた。家に戻ると、彼は父と母に、彼女と結婚したいと伝えた』
作家ザンガー「“ジャッジ”の中の記録は、フィリスティンが土地を管轄していて、彼らは支配的で、人々を抑圧してさえいたと言っている。にもかかわらず、フィリスティンとイスラエルという2つの集団の間には、交易や商売、異なる社会の間の結婚の証拠もあるのだ」
サムソンは、名前が判っていないフィリスティンの女と結婚した。結婚披露宴で、彼は招待客たちに謎々(なぞなぞ)を出し、答えられたら、褒美(ほうび)としてその人たち全員に2着の上着を与えると言った。
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招待客たちは競い合ってその謎々を解こうとし始め、やがて答えを見つけた。サムソンは怒った。というのは、彼の妻が招待客たちに密かに答えを教えていたのだ。約束した褒美に必要な上着を探すため、サムソンは近くの町に行き、30人のフィリスティンを殺して彼らの服を剥ぎ取った。
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この事件が争いに火を点け、フィリスティンとイスラエル人の間の更に大きな争いの伏線になった。
この事件にもかかわらず、フィリスティンの女に対する、サムソンの説明のつかない惚れ込みは続いた。
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ロヨラ・メリーマウント大学准教授ダニエル「彼は特によそ者の女性、つまりフィリスティンの女性に魅かれていたようだ。この物語には隠れた副題が流れている。それは、イスラエル人なら非イスラエル人と結婚すべきではないというものだ。つまりサムソンの物語の目的の一つは、彼の弱点が、よそ者の女性、特によそ者の敵の女性に魅惑されることによって引き出されていたことを示すことにある。異なったグループの人と結婚しないという考えは、聖書の中で貫かれている自分たちの独自性identityと節操integrityを守る、ということだ。それは初期の聖書だけではなく、その後の時代の聖書にも続いている考えだ」

“ジャッジ”『その後、彼はサーリック谷の女と恋に落ちた。女の名はディライラという』
そしてサムソンは再びフィリスティンの女に裏切られる。今回は、致命的なものだった。ディライラは彼の偉大な肉体の強靭(きょうじん)の秘密について教えてくれるよう、彼を説得する。誘導された彼は、もし自分の髪の毛が切り取られたら強靭は消えてしまうだろうと教えてしまう。
“ジャッジ”『女は彼の髪の毛を7回、カミソリで剃(そ)り落した』
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『フィリスティンは彼を捕え、両眼をくり抜き、彼をガザに連行した。しかし、彼の髪は再び、生(は)え始めた』
サムソンは、フィリスタィンの邪神を讃える饗宴で招待客を楽しませるために悲惨なまでに引き回されていた。
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絶望の中で、彼は最後の力を出せるよう神に祈った。
“ジャッジ”『サムソンは建物を支えていた2つの中央の柱に近づくと、体を預け、片方の柱に右手を、もう片方の柱に左手を当て、そして“私をフィリスティンと共に殺してくれ”と言うと、彼の全力を使って柱を力いっぱい押した。建物とその中の全ての人々は床の上に崩れ落ちた』
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近年の考古学により、今日のテルアビブの郊外で見つかったテルカシールという場所は、この奇想天外な物語に信憑性を与えてくれる。
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この遺跡は例外的なほどに良い状態で残されていたフィリスティンの寺院で、サムソンが破壊した寺院と、恐らくとても似ている。中央には建物を支えていた2本の主柱がある。
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準教授ロバート「もし、サムソンがこれら2本の柱の間に立ち、体を預けて両手で柱を押している姿を想像してみると、柱は倒れるだろうし、建物は崩壊して中にいる人々の上に崩れ落ちてくるだろうと思われる」

聖書の中では、イスラエル人に直接出会ってない時のフィリスティンが述べられることはない(mhフィリスティンが現れる時はいつでも、イスラエル人との関係がある場面だけだ、という意味ですね、判り辛いですが)。おかげで、フィリスティンについては、ほとんど判っていない。しかし、サムソンの事件の直ぐ後の紀元前1050年頃のある時期、フィリスティンは突然、聖書の中に再び出現する。
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“サムエル第一”『当時、フィリスティンはイスラエルに対して戦いを始めようと集まっていた。彼らは軍隊を引き連れ、戦線は敷かれた』
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準教授ダニエル「何がフィリスティンとイスラエル人の間の闘いの大きな引き金になったのかは謎だ。一つの理由としては同じ領土を巡る争いではないかと思う。しかしその一部は、もっと大きな世界的な帝国のエジプトが様々な集団の間で不穏を扇動して自分たちの優位性を引き出そうと考えたからかも知れない。エジプトは、この一帯を統括したいと望んでいた。従って、フィリスティンまたはイスラエルの政策に介入できれば、間違いなく、自分たちにとって有利に働くと考えたはずだ」
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フィリスティンはイスラエルの領地に侵攻し、聖書にも記載されている大きな戦いの切っ掛けを作ることになる無慈悲な攻撃を開始した。

作家ザンガー「エブネゼルEbenezerの戦いは聖書の初期の記述の中で、とてつもなく大きく取り上げられている瞬間の一つだ」
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「フィリスティンは奇襲攻撃をかけた。イスラエル人は混乱して逃げ出した。戦いがイスラエルにとって不利に進むと、何か無敵の兵器が必要だと言って、シャイロン(?)から“契約の箱Ark of the Load”を持ち込むことにした」
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契約の箱は、モーゼズによって、十戒(じっかい)が刻まれた重要な石板をシナイ山から運ぶ役目を演じている。それは国宝で、全てのイスラエル人にとって最も神聖な品物で、巨大な、ほとんど不可思議とも言える力が注ぎ込まれていると信じられていた。戦いは最初、フィリスティンが威圧し、直ぐにイスラエル軍に総攻撃をかけてきた。
“サムエル第一”『彼らは戦い、イスラエル軍は敗走し、みんな勝手に逃げ出した。大勢が惨殺された。3万人のイスラエル軍と契約の箱はフィリスティンに没収された』
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作家ザンガー「イスラエルにとって、3万人の捕虜というのは大きな不幸だが、契約の箱を没収されたのは大惨事だった」
しかし、その大惨事は占領したフィリスティンにとっても同じほどに大きなものだったのだ!
作家ザンガー「彼らは契約の箱を適正に取り扱えなかったんだ。彼らには、箱がもつ魔力が大き過ぎ、手に負えなかった。彼らは、箱を彼らの寺院に置いてみたが、翌朝いってみると、彼らの神の像が破壊されていた。倒され、床の上に転がっていた」
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「契約の箱の魔力は、彼らの神の像が持っている魔力を打ち破ってしまったのだ」

契約の箱を持っているとフィリスティンの上に騒動や疫病がやってくる!そこで、箱の魔力を消滅させようと、別の町に移した。それでも彼らはその効力の影響を受け続けた。彼らは、神聖な箱を手元に置き続けられないことを悟った。
“サムエル第一”『箱がフィリスティンの領土内に7ヶ月の間あった時、フィリスティンは彼らの祈祷師や神官たちに、契約の箱をどうすればいいのかと問いながら助けを求めていた。どんな方法で箱を、元あった場所に返したらよいのか教えてほしいと』

フィリスティンは、これまで装具harnessを取り付けられたことがない牛が牽(ひ)く台車に箱を載せた。
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訓練されていない動物に不可思議に任せて牽かせながら、神は動物たちを導いていた。
作家ザンガー「聖書の中の説明によれば、牛は低い声で唸(うな)りながらとぼとぼと歩き続け、右に行くでもなく、かといって左に行くでもなく、道をふらつきながらユダヤ(ジュディアJudea)の地に戻っていった」
箱が戻って来たのはこの場所だ。
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かつて都市デスシュメッシュと呼ばれていた所だ。遺跡は今もなお3千年前と同じように肥沃な耕作地に囲まれながら、エルサレムの西約32Kmに横たわっている。
“サムエル第一”『デスシュメッシュの住民たちは谷間に集まって小麦の収穫をしていた。彼らがふと目を上げてみると、契約の箱が見えた。彼らは喜びながら、箱の所に走っていった』

フィリスティンが再びイスラエルに戦を仕掛ける前の20年が過ぎ去った。今回の攻撃は、ユダヤ人が信仰を確認する祈りを捧げるために集まるミズパMizpahと呼ばれる町で行われた。
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この戦いでは神自身が介入した。
“サムエル第一”『そして神は、その日、フィリスティンに対抗して大音響の雷鳴を立て、彼らをとても混乱させたので、彼らはイスラエル人たちの前で敗走した』

戦いに勝利したイスラエル人たちは、指導者に関する重要な見直しを行うことにした。預言者やジャッジ(士師)の命令に従うのではなく、王の指示に従うことにしたのだ。
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準教授ダニエル「彼らが王を立てることにした主な理由の一つは、聖書の記述によれば“我々は我々のために戦ってくれる王を望む”というものだ。“そうすれば我々は他の国のようになれる”と考えていた。これが暗に示しているのは、そうすることで彼らがフィリスティンのようになれる、ということだ」
つまり、皮肉にも、イスラエルの人々は連携して王国を創り上げ、彼らが軽蔑していた敵フィリスティンのようになろうとしていたのだ。
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そして、ソウルと言う名の男がイスラエルの最初の王になる。彼は人々を、英雄的な勝利に、徹底的な敵の撲滅に、そして究極的には今日まで続く運命へ導くことになる。
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“サムエル第一”『“だから、土地中に響き渡るように角笛を吹け!”と神は全てのイスラエルに指示した。ソウルはフィリスティンの支配者を撃ち殺した。実際、イスラエル人はフィリスティンにとって不愉快な人々になった』
ソウル王はフィリスティンをイスラエル領土から追い出そうとして彼らに対する新たな戦争を仕掛けた。しかし、彼は大きな勝利を勝ち取ることは出来なかった。フィリスティンがイスラエルよりも優れた鉄の武器を使っていたからかも知れない。仮にそうであったとしても、彼らの軍事力は、他の重要な要素に頼ったものだった。
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ロバート准教授「フィリスティンはおよそ2世紀に渡り、その一帯における支配的な軍事勢力だった。彼らの兵士の戦闘技能は、僅かに残っている考古学的な記録においても知られている。彼らは、他の偉大な勢力も持っていた、いくつかの武器を使っていたが、彼らの成功の鍵は戦術だったに違いない。現実の戦いの中で実用的だった軍事的な戦術と戦略だ」
聖書はフィリスティンの戦術についてほとんど語っていない。しかし、彼らは戦いで勝利を収めると誇らしげで満足気になり、新たな脅威でイスラエルを苦しめた。その脅威とは、これまで見たこともないような巨大な塔のような戦士だ。
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“サムエル第一”『そして彼らはフィリスティンの兵卒たちから一人の男を先頭に立て、前進を始めた。ガスGathから来た兵士で名はゴライアス(ゴリアテ)だ。』
最初、イスラエル人の誰も、巨人に挑戦しようと立ち上がらなかった。しかし、その時、若者が現れた。彼が持っていたのはスリングショットだけだ。
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彼の名前はディビッド(ダビデ)という。
”サムエル第一“『フィリスティンの巨人がディビッドを見つめ、眺めた時、彼はディビッドを馬鹿にした。何故なら、ディビッドはまだ若者だったからだ。“お前は、私を鞭(むち)を持って追い回す犬だとでも思っているのか?”と彼は言った』
ディビッドは剛力の巨人を、頭を狙った一発の石だけで打倒し、自分を国家的英雄だと宣言した。
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しかし、フィリスティン軍全体はほとんど無傷のままだった。彼らは、今まで通り、恐ろしい敵だった。

彼らを失墜に導く運命的な転機は、ソウル王が突然、人々の間で英雄になったディビッドを妬(ねた)んだことから始まった。
“サムエル第一”『ソウルは槍でディビッドを突き殺そうとした。しかし、彼はソウルの槍を躱(かわ)した。槍は壁に打ち込まれ、ディビッドは逃げ出した。』
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(右で槍を放とうとしているのがソウル王で、左で竪琴を持っているのがディビッドです)

ディビッドと、彼に忠実な600人は逃げ、ユダヤの荒々しい自然の中に身を隠した。ソウル王は執拗(しつよう)にディビッドを探し出して殺そうとした。しかし、機転が利く若きイスラエル人の英雄は、思いもつかない場所の中に隠れ家を見出した。敵フィリスティンの軍隊基地だ。
“サムエル第一”『ディビッドは自分自身に言った“ソウルに捕えられるかも知れない日が来るより、フィリスティンの中に逃げ込む方がましだ”』
作家ザンガー「彼はある時点で、フィリスティンの都市の中の軍隊基地の中に身を投げることにしたんだ。フィリスティンの王は彼を手元に置くことを喜んだ。何故なら、偉大な戦士を手元に持っていれば、その上、その戦士が敵の中でも有名な男なら、大きな名誉になる。しかし、ディビッドは上手く立ち回ったので、痛めつけられるようなことは全くなかった。イスラエル人たちから見ると、王の意向でそうしているように思えたんだ。しかし、彼が上手く立ち回った方法というのは、フィリスティンの田舎の村を攻撃し、全ての男や女、そして子供達を殺すことだった!」
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「王がディビッドの仕業かと考えても、ディビッドが攻撃したと告げる生き残りはいなかったので、王は謀反が起きたか?と思った。とても手荒い仕業といえる」

ソウル王はフィリスティンに対して執拗な戦いを続けていたが、恐ろしい運命に出会おうとしていた。最後の瞬間はここ、ギルボア山で訪れた。
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”サムエル第一“『フィリスティンはイスラエルと戦い、傷ついたイスラエルの男たちが彼らの前を山から転げ落ちるように敗走し始めると、フィリスティンはソウルと彼の息子たちを捕えた』
ソウルは、生きたまま引き立てられるより、自分の剣の上に倒れ込んで自決することを選んだ。勝利を祝って、フィリスティンは彼の死体を切り裂き、晒(さら)し物にした。
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今や、ソウルの軍隊は大崩れし、王国は分解しようとしていた。ソウルの死により、フィリスティンは無意識の内に究極の敗北に続く道を進み始めた。

ソウルがいない今となっては、反逆者だったディビッドの身の危険は去り、彼は人々の下に戻った。彼は、今もって英雄だったので、イスラエルの新しい王になった。
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“サムエル第二”『ディビッドがイスラエルの、油をかけられた(mh高貴な、って意味です)王になったと聞いたフィリスティンは、彼を捕えようと攻め入った』
エルサレムの直ぐ近くのラファイー平原で行われた壮絶な戦いで、ディビッドはフィリスティン軍の最初の攻撃を退けた。しかし、敵は体制を建て直すと、再び攻撃してきた。若き王ディビッドは神の助言を伺(うかが)うと、神はそれに応えた。
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“サムエル第二”『“直ちに反撃するな。彼らの後ろに回り込み、林の間か奇襲しろ。林の上で進軍してくる足音を聞いたら、攻撃を始めろ。これは神が戦いの方法を準備していて、彼らを打ち負かしてやるということだ。”そこでディビッドは神が指示した通りにし、そして、ギブインからガザまで、全ての道でフィリスティンを打ち負かした』
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このたった一回の軍事行動で、ディビッドはフィリスティンの統治を完璧に粉砕したため、彼らが再びイスラエルの恐怖になることはなかった。勝利は重要な意義があるものだった。
しかし、聖書の歴史には、今日でも最も不可解な一つが残っている。
作家ザンガー「我々はディビッドがどのように成し遂げたのかを知りたいと望んでいるのだが、我々は未だに、それを知っていない。ディビッドとフィリスティンの戦に関する聖書の説明には、彼が何をし、どのようにし、何故したのか、といったことが完全に欠如している。我々は、ディビッドがどのようにしてフィリスティンの国を占領したのかについて全く知っていないのだ。しかし、我々は彼が占領したことを知っている。ディビッド王になった後、フィリスティンはイスラエルを脅かす勢力として存在することをやめてしまったのだ」
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この謎に対する答えはディビッドがソウル王から逃れフィリスティン軍の中に隠れ留まっていたことにあるのかも知れない。
準教授ロバート「当時、彼がフィリスティン軍の中に逃亡していた時、彼はフィリスティンの軍事戦術、技術、武器、そして兵站(へいたん;軍隊を支援する物資の流れ)などを十分に学び、後年、それを実践で役立て、敵の戦術や戦略で敵を打ち負かしたのだと私には思える」

ディビッド軍は賃金を貰って彼のために戦ってくれるフィリスティン軍の傭兵を抱えていたのかも知れない。
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準教授ダニエル「ディビッドの勝利では、外部からの多くの兵士が関与していたと疑う余地がある。外部の兵士にはフィリスティンも含まれている。傭兵を使わなければディビッドの勝利はなかった。彼の勝利によって、傭兵たちは見返りを得ることになっていたはずだ。同時に、ディビッドの神(mhヤハウェです)に対する不道徳な信仰も示していたと思うけどね」
ディビッド王はフィリスティンの軍勢を打ち破ったが、フィリスティンの文明は何世紀もの間、どこかで続いていたようだ。そして、突然、全く不可解にも消失してしまった。おかげで、その謎は今も解明されていない。
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この奇妙な謎enigmaを調べていくと、フィリスティンは永遠に消えてしまったのに、何故、ユダヤ人は現在まで耐え忍んで生き残ることになったのかが関心事になる。
フィリスティンの奇妙な消失に対する手掛かりを求めて、ここエクロンやその他の場所で調査をしている考古学者たちはフィリスティンの時代の劇的な一連の出来事を、地層を一層ずつ掘り起こすように明らかにしている。
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ドーサン博士「私たちは、都市遺跡の下にフィリスティンの都市を見つけ出しているの。紀元前12世紀の初めに建てられた都市で、フィリスティンの王宮や寺院が在った、エリートたちの一画が見つかっているの。建設は紀元前12世紀に始まって、紀元前7世紀にこの場所で終わっているの。つまり私たちは、フィリスティンが住み始めた時から、消滅した時まで、エリートたちが暮らしていた一画を調査しているのよ」

紀元前7世紀の初め、つまりフィリスティンがディビッドに敗れてから3百年後、新しい敵が現れた。アッシリアン(アッシリア人)だ。彼らによる神聖な土地(イスラエル)の占領はエクロンで暮らしていたフィリスティンに影響を与えた。
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当時、フィリスティンはオリーブ油を生産していた。それは古代世界における重要な商品だった。アッシリアンは、それを破壊するのではなく、フィリスティンを支援して儲(もう)けが多い商業に育てていた。
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アルブライト研究所考古学教授セイモール・ジティン「紀元前7世紀の初め頃、この偉大な帝国の政府は、オリーブ油の生産を一ヵ所に集中することに決めたようだ。そして巨大な資金や資材を投入した」
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エクロンはアッシリアンの統治の下で繁栄したが、それが続いたのはたった1世紀だけだ。そして紀元前6百年頃、土地は侵略してきた別の巨大な勢力バビロニアン(バビロン人)に乗っ取られた。
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“セファニヤ第二”『ガザは放棄され、アシュケロンは廃墟に化した。アシュドドに人が住まなくなり、エクロンは根絶した。私はフィリスティンの土地を全て破壊するだろう』
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これらはバビロニアンによる破壊の残骸だ。
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驚くべきことに、瓦礫の中から人骨が見つかっていない。バビロニアンに対抗するより、フィリスティンは自分たちで町を破壊し、逃げ出すことを選んだのだろうと学者たちは考えている。
ロバート准教授「それは極めて悲惨な破壊行為だった。守ってくれない都市を破壊しなければならない理由はないはずだ。しかし、そのことで、バビロニアンは、攻撃目的の一つだったオリーブ油の巨大な商業生産センターを失うことになった。もしそうでなかったなら、バビロニアンの帝国主義は、創造的なものではなく、破壊的な性格を持っていたということだろう」
バビロニアンの侵略はイスラエル人が住む近在の都市をも破壊していた。しかし、ユダヤ人は、その後に続く世紀を生き残り、フィリスティンは消えていった。多くの学者は、自分たちの文化特性を保存しようというユダヤ人の情熱がその理由ではないかと考えている。
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准教授ダニエル「イスラエルの場合、古代イスラエル人とそれに続いて生まれたユダヤ教を考えてみると、これらの人々は自分たちの信仰や文化や伝統の特質をとても強く維持している例だと言える。そうなった理由の一つには、それらが神から与えられたもので、とても重要なものだと、彼らが信じていたことがあるのだろう」
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侵略され、彼らの町から追放されたフィリスティンは、周辺の民族に同化してしまったのかも知れない。彼らの伝統は単に彼らを取り巻いていた社会の文化の一つとして吸収されているだけかも知れない。
逆説的ではあるが、彼らの消滅に対する別の手掛かりは“証拠の完璧な欠落”で提供されている。
作家ザンガー「現代の、技術的に進歩し、有能で、組織された、全ての手段を持つ文明をもってしても、フィリスティンが書き残した記録を見つけ出せていない。記述した証拠なしで、どうして文明があったと言えるだろう?記録の手段を持たずして、どうして文明を機能的に生かすことが出来ると言えるだろう?とにかく、今まで、誰も、何も、発見していないし、フィリスティンが書き残したと思われるものを解読したこともないのは間違いない」
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考古学者は、記述に関係する興味深い工芸品を発掘してはいたのだ。しかし、現時点ではこれらの土器の破片に記された原始的な印が記述なのか、それとも単なる装飾なのかについて、全く同意が得られていない。
ドーサン博士「たった一つだけ、見つかったものがあるの。それは円筒シールで、サインの代わりに使うものよ」
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「とても美しく掘られているサインで文字であることに間違いないわ。サインの一つなのは確実よ。でも、見つかっているのはこれだけで、古代ギリシャ語の専門家にも見てもらったの。彼が言うには、もっと沢山見つけてもらわないと何とも言えないって言うのね。これについては私たちは不満をもっているわ」

もしフィリスティンが記述の能力を持っていたとすれば、生活様式とか宗教的な信仰といった彼らの歴史を記録に残しただろうか?
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それは我々には判らない。今日も、エクロンでは、謎のフィリスティンを追跡する作業が続けられている。
彼らとは逆に、イスラエル人は自分たちの歴史を年代記に残した。
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彼らは、闘争や占領について聖書と呼ばれる本の中に記録したので、将来の世代は彼らが残した遺産を調べることが出来るだろう。フィリスティンは、そういった本を持ってはいなかった。恐らく、これが、ユダヤ人は何世紀も生き残り、彼らの古代の強敵フィリスティンが忘却の中に引きさがってしまった理由だろう。
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The Philistines
https://www.youtube.com/watch?v=T6rem2GUidk
・・・・・・・・・・・・
さて・・・
フィリスティンの不思議ですが・・・
ブログを読んだ皆さんが感じられたと思いますが・・・
彼らは存在していたのか、それともしていなかったのか?
これが最大の不思議(謎)なんですね。

フィリスティンは、ディビッドやソロモンと同様、旧約聖書で初めて出現する人々というか民族なんですね。聖書以前のヒエログリフや楔型文字で書かれた粘土板の記録には登場していないし、彼らが暮らしていたという“パレスチナ”の地中からも、彼らが自ら記録した粘土板が見つかっていないという事実は、ディビットやソロモンについても同じです。

ということで、既存の宗教に深い疑いを持っているmhは、バビロンに幽閉された古代イスラエル人が、ディビッドやソロモンをでっち上げる序(ついで)に、フィリスティンもでっち上げたと結論致します。

しかしです。古代パレスチナの地中から粘土板は見つかっていないものの、都市遺跡は沢山見つかっているんですねぇ!よく知られていない人は住んでいたんですね。彼らが、後年、ヘブライ聖書の中でフィリスティンと呼ばれることになった人たちじゃあないか、ってYoutubeフィルムで言っているんですが・・・

Youtubeによれば、フィリスティンはギリシャ方面から移ってきた人たちじゃあないかって言っています。とすれば、ブログ“エーゲ海の黙示録の不思議”でご紹介した“海の民”じゃあないでしょうか。彼らはエーゲ海を中心に、ギリシャ、アナトリア(トルコ)、エジプトを荒しまわった海賊のような人々でしたから、いろいろな国からの落ちこぼれで構成され、言語もまちまちで、従って文化は育たず、文字を使って記録を残すこともなかったと考えることが出来ます。

しかし・・・
火のないところに煙は立たないっていいますから・・・
バビロンに幽閉され、ヘブライ聖書の中で、ディビッド、ソロモンをでっち上げたイスラエル人がフィリスティンと呼んだ民族は、実は存在していたんじゃあないかと思います。mhが思うに、彼らはフィリスティンという名ではなかったんですが、聖書の記述者が勝手にフィリスティンって呼んだんですね。作り話ですから正確でなくたって問題は無かったわけで、大して調べもせずにフィリスティンと名付けましたが、実は別の名をもっていたんですね、mhの仮説によれば。

次回のブログではmhがフィリスティンだと考えている人々をご紹介いたしましょう。彼らの正式な名前は何か?それは次回のブログでご確認下さい。“海の民”ではない、とだけ、お伝えしておきましょう。
(完)
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