Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

“光の地”の不思議

“光の地The Land of Light”とは何処の、どんな地か?
b3101.png
mhのブログご愛読者なら、次の映像を見て、それに気付かれるかも知れません。
b3102.png

“光の地”の有名な岩壁を見通す小山の上で、弦楽器を奏でる老人が詠(うた)う長い、長~い叙事詩というか抒情詩は、今回ご紹介するYoutubeフィルムの主題歌です。

楽器は、リュート(lute撥弦楽器)の一種で、ダンブラdamburaという名の首が長い琵琶(びわ)のような民族楽器です。
で~どこの国の楽器かっていうと、アフガニスタン、正確にはアフガニスタン・イスラム共和国Islamic Republic of Afghanistanです。

そして“光の地”とはバーミヤンBamyan/Bamiyanです。mhのブログ「バーミヤンの不思議」(National Geographic)でもご紹介しています。ご関心があれば次のURLでご確認下さい。
http://mysteriousquestions.blog.fc2.com/blog-entry-101.html

今回ご紹介するフィルムはイタリアの支援を得て、恐らくは若い現地人スタッフがバーミヤンへの熱い思いを込めて製作したものでしょう。バーミヤンとその周辺の遺跡や自然を紹介するフィルムで、映像が綺麗なので、是非、皆さんにもお見せしたいと思い、ブログ化しました。

フィルムに登場する場所の位置関係をGoogle Earthでご紹介しておきましょう。
アフガニスタンを囲む国々ですが、南東のパキスタンから時計回りに、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、そして微(かす)かに中国も食い込んでいます。
b3103.png
バーミヤン(注)は首都カブールの西北西130Kmのバーミヤン谷にあります。約20Km東にはバーミヤン谷を守るザハク砦が断崖の上に造られています。
b3104.png
(注:“バーミヤン”は、アフガニスタンに34ある州(県)の一つで、バーミヤンという町がある訳ではありません。我々が知っているバーミヤンの摩崖仏は、谷間の3つの小集落スルクル、トゥルワラ、ダヴォーディに挟(はさ)まれ岩壁にありましたが、タリバンに爆破され、今は岩窟が残るだけです)

摩崖仏が彫られていた崖の前には城がありました。王宮です。
b3105.png
グルグラ城と呼ばれるその王宮は、谷間の平地にポコンと突き出た、高さ50mくらいの小山に造られました。民族楽器を奏でる老人が座っている場所です。

バーミヤンの西60Kmには真っ青な水を湛(たた)えた美しいダム湖があります。
b3106.png
後程、美しい写真をYoutubeからご紹介しましょう。

アフガニスタンの公用語はパシュトー語とダリー語で、Youtubeフィルムのナレーションは、このいずれかの言語のはずですが・・・幸い、英語の字幕が付いています。今回は、これを全訳してお届けいたします。現地で暮らす人々がバーミヤンの未来を信じ、募(つの)る思いを熱く語る場面が多いのですが、そこは慈(いつく)しみの心でお聴き頂き、ブログを、その後でフィルムを楽しんで頂ければと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
b3107.png
(左から;Italian Agency for Development Cooperation/イタリア国旗/UNESCO)

Bamyan バーミヤン
The Land of Light 光の地
b3108.png
『神よ。わたしと私が愛する人を離ればなれにしないで下さい』
b3109.png

“バーミヤンBamyan”は“光と美の土地”の意だ。語源はアウェスタ語で“美”という意味もある。
b3110.png
早朝、町はまだ目覚めたばかりだ。
b3111.png
中央市場the main bazarには商人や買い物客が集まり始めている。人々は田舎や遠方から産品を持ってやって来る。
b3112.png
バーミヤンはアフガニスタン中部の、平和で長閑(のどか)な県provinceだ。歴史的な見どころが多く、45万人が暮らしている。バーミヤンはいくつもの仏像があることで有名だ。不幸にも、我々はこの偉大な遺産を永遠に失ってしまったが、未来に向けてこれまで以上に努力している。今回のバーミヤン訪問の目的は、この偉大な町の価値を紹介することだ。
b3113.png
『どこの堤(つつみ)も冷たい風が吹いている。愛するシリンは上着を羽織(はお)り、体を暖めている。シリンのところに行ってみよう。彼女は庭全体を覆(おお)う天幕を持っている』
b3114.png

教授「私は38年前にこの場所を訪れている」
b3115.png
「その時は、緑、青、銀に塗られた沢山の彫刻を見ることが出来た。とても美しかった。不幸にも、今見ることが出来るのは彩色の残骸だけだ。白く塗られた所も見えている」
b3116.png
「釉薬の跡は消えてしまった。見た所、いくつかの洞窟は38年以上も前から埋まったままのようだ。しかし、残っているものは昔、バーミヤンで暮らしていた人々の偉大な職人気質と建築技術を示している。彼らは、今も残っている洞窟を造る力を持っていた。勿論、これらの洞窟はバーミヤンという王国都市の一部だったのだ」
b3117.png
「私たちは、今、正面からここに入って来た。ここがバーミヤンの古代王国の中心だったに違いない。王の生活や、政治的な出来事の中心だったはずだ。そして恐らく、バーミヤンにおける洞窟生活の伝統が始まったのもここだろう。洞窟は5千、6千、いや7千年も前の、新石器時代Neolithic Ageのものだ。この峡谷の端(はし)はスティールの町に続いている。王の町、そしてバーミヤンの王の町として知られるスティールは、2千Lis(?メートル?)に渡って広がっていて幅は300Lisだ」
b3118.png
アジズ・アマッド・パンジュシリ教授はアフガニスタンの有名な歴史家で、今回、我々の旅に同行してくれている。彼は祖国の歴史を理解することに人生を注(つ)ぎ込んできた。彼がこの町について熱く語る時、私たちはその説明に引き込まれていく。彼が、この偉大な町の昔について熱く語る時、我々は時空を遡(さかのぼ)って、遠くに在る場所へ旅をするのだ。
b3119.png
彼が喋(しゃべ)る時、あなた方は、ここにあった王国で暮らしていた王たちが今も生きているかのように感じるだろう。王の町だった場所には蓮(はす)の印はない。仏陀や寺の印もない。従って、町は仏陀よりも古い時代のものだ。

『私はあなたが出かけるのを耐えた。あなたがいない人生。私だけは何とか耐えることが出来る』

我々は学校と生徒について調べようと思い、バーミヤン高校を訪れた。女子生徒たちが溌溂(はつらつ)としていることに驚かされる。
(女子高です)
b3120.png
貧しく、施設も不満足な学校だが、少女たちは一生懸命、勉強している。
b3121.png
女教師「私は、この学校で5コースを受け持っています。第12学年(高校3年生)の数学を3コース、第11学年の数学を2コースです。どのコースでも生徒数は40~50人です」
b3122.png
数学の授業:科目は積分。
b3123.png
女高生「みんな高校を卒業するまで勉強したいと望んでいます。私は学校に通えて幸せです。今は第12年生です。私は大学に行き、医師になりたいです」
b3124.png
女教師「一般的に見ると、バーミヤン県のパンジャブ、ラス、ヤカオラン地区などは進歩してきています。毎年行われる公立大学の入試では、以前と比べて生徒達の合格率は改善しています」

女高生「将来、アフガニスタンでは、繁栄、平和、異なる民族の間の連結、それに国民全てが尊敬し合う状況が満ち溢れてほしいと思っています。これからはアフガニスタンを進歩させ、発達させていきたいと思います」
(バレー・コートの塀の向うはグルグラ城跡です)
b3125.png
『私はあなたが暮らす所にやってきた。しかし、あなたはそこにいなかった。あなたが病気だった時、私はあなたを訪れることが出来なかった。今、私は他の人たちと語り合わねばならない。しかし、彼らを信じることは出来ない』
b3126.png
私たちは奇妙な、伝説の町に向かっている。ザハクZahakだ。“赤い町”と呼ばれ、ササン朝(ペルシャの王朝の一つ;226年 - 651年)より前に造られた。軍事要塞で、今日も残る貴重な遺跡だ。
b3127.png
教授「ここは重要な軍事要塞で、戦略的にとても重要な地点に造られている。岩が赤いことから“赤い町”と呼ばれている。ザハクという町の名は“信じられない蛇”を意味している。後のアリアナ文学では“権力的な王”を意味している」
b3128.png
「完璧な軍事要塞で、バーミヤンの町やその文化遺産を守るため、そして更にはバーミヤンを通るシルクロードを守るために使われた。シルクロードはアジアにおける最も古い、最も有名な交易通路で、2千年以上の歴史がある。クシャン帝国時代(1~3世紀)が最盛期で、隊商caravanは目的地まで1万1千Km以上を旅していた。南のシルクロードはバーミヤンを通過していたんだ」
b3129.png
撮影クルー「上にある要塞跡までは30分くらいですか?」
教授「いや、15分くらいだよ」
教授は、我々を引き連れて山を登り始めた。彼は、上にある砦の町の塔への小道を全て知っているようだった。
b3130.png
町への登り道は急峻で、転げ落ちる危険もありそうだ。昔、守備兵たちはロープを使って昇り降りしていたに違いない。ロープを回収してしまえば、その後で誰も登って来ることは出来ない。
b3131.png
教授「これらの建物は見張り塔で、やって来る敵に向け矢を放(はな)っていた」
b3132.png
ザハクの町は世界で最も不思議に満ちた、驚異的な軍事要塞の一つだ。
教授「要塞は我々の祖先の決意を示すとともに、彼らの能力をも示している。それは、我々に希望を与えてくれる」
b3133.png
「安心して仕事に戻って、仲間との連携を固くすれば、祖先たちのように我々の国をもっと良くすることが出来るぞって語りかけているんだ」
b3134.png
見張り塔がこんなにも危険な高い場所にあるというのは、叙事的な映画の中の物語のようだ。歴史によれば、この要塞に配備される守備兵たちは、最も強力な剣士や、最も優れた射手(いて)から選ばれていた。
b3135.png
刀剣の響きは今もこの遺跡の中で木霊(こだま)している。

教授は自分の疑問に対する答えを見つけたようで、山を下りようとしている。
b3136.png
いよいよ一番厳(きび)しい下り坂だ。カメラ・クルーの一人ファフルディンの靴は滑り易いようで、ファゼルハグが助けて斜面を下る。ファフルディンはこの山に二度と戻ってきたくないと思っているだろう。
b3137.png
『私がカワレ橋に戻ってくると、次の出兵先はバーミヤンだと告げられた。出兵については気にしていないが、恋人と離れるのは心が痛む』
b3138.png

農夫「これがシュレイマン・シャー、これがオミッド・シャー、隣はイアバル・シャー。で私の他の息子ハズラット・シャー、そして長男のアフマッド・シャーだ」
b3139.png
撮影クルー「息子さんばっかりですね」
農夫「みんな学校に通っている」
撮影クルー「息子さん達には何になってほしいですか?」
農夫「それは息子たちが決めることだ。技術者とか、他の何だっていい。彼らが考えることさ。文盲だと何にもなれないからね」
b3140.png
撮影クルー「君は数をいくつまで数えられるの?」
子供「100だよ」
撮影クルー「すごいね!」

撮影クルーが別の農夫に「息子さんたちは学校に行きますか?」
農夫「いってるよ」
b3141.png
撮影クルー「息子さんは何人いるんですか?」
農夫「私には6人いる。神に感謝している」
撮影クルー「みんな、もう学校に行ってしまったんですか?」
農夫「うん」
撮影クルー「ジャガイモ以外には何を栽培していますか?」
農夫「小麦だよ。ジャガイモと小麦だけで他(ほか)は作っていない」
b3142.png
撮影クルー「出来はどうですか?」
農夫「まずまずだよ。もう少し雨が降ってくれたらもっと採れるんだけどね。もっと大きいジャガイモが!」
偉大な気候と肥沃な土壌。ジャガイモと小麦はバーミヤンの2大作物だ。十分な雨と技量があれば収穫量は多いようだ。
b3143.png

『私のダンブラdambura(弦楽器です)はあなたのことを奏(かな)でてくれない。でも愛する人よ、私はあなたの事が忘れられない』

有名な仏僧の玄奘(げんじょう)は西暦630年、初めてバーミヤンを訪れた。彼は自分の本(大唐西域記)に仏陀について書き記していた。
b3144.png
地上に横たわった長さ300mの仏(涅槃仏)についても言及している。この謎は今日も解かれていない(mh見つかっていません)。
“仏陀の頭の後ろで焚かれている大きな炎は夜闇の中で地上を照らしていた。仏陀の頭と体を照らしていた光は僧侶たちを感激させ、彼らの祈りが木霊(こだま)する大地を光で包んでいた”

教授は別の謎を紹介しようとして我々をここに連れて来た。彼は、高さ35mの仏像の隣に、アフガニスタンや中央アジアでも最も古い図書館があったと言う。
b3145.png
教授「これは恐らく西暦2世紀に造られた。仏陀はクシャン帝国(クシャーナ朝)のカニシュカ王の時代に建てられた」
b3146.png
「その王国はバグラムにあるカブールの北で創られ、建設が行われたのは西暦120年から160年の間だ。洞窟の建設は同じ時期に始まった。図書館も偉大なカニシュカ王の時代に造られたに違いない」
b3147.png
「高さ35mの仏陀は金属で造られていたと書物に記されていた。仏陀はケンボット(Khenbot毘盧遮那仏びるしゃなぶつ?)だったと言われている。しかし、それは金属から造られたものではなくて、金属を素材とした塗料で彩(いろど)られていたのだ。このことは、バーミヤンの人々が芸術の達人だったことを示している。塗料が金属と他の鉱物で作られていたということは驚くべきことだ。大抵の場合、植物を原料とした塗料を使っていた。中国人(の玄奘)は金属が原料の塗料の技術を身近で見たことがなかったんだ。中央、南、そして東アジアにおける文明の最も巨大な中心地はアフガニスタンだったんだ」
b3148.png
「当時、グレコローマン文明の最も巨大な中心地だった!この文明を牽引していた場所はバグラムだったが、その文明における芸術、工業、そして文化の中心は、ここバーミヤンだった」
b3149.png
タリバンによる仏陀の破壊はアフガニスタンの偉大な文化に影響を与えないだろう。サルサルとシャママ(二つの巨大な摩崖仏のこと?)は今も生きている。
b3150.png

『私はあなたの庭の世話をしている。そして特に私が目をかけているのは赤い花だ。赤い花は私の歴史だ。私が決して手放せないものだ』

(mhバーミヤン大学裏手の丘に設置された太陽電池でしょう)
b3151.png
(谷の町の主要道路)
b3152.png
(自動車は結構、多そうです)
b3153.png

見えている3つの看板は同じことを言っている。
b3154.png
「文化・学習センター」
(mh建物の様子から推定するに“バーミヤン大学”かも)
b3155.png
講師「我々は我々の古い歴史を堅持している。しかし、現在の流れである民主主義は我々の1500年の歴史に基づいたものではない。それは世界的な規模での、生活や受け入れ体質のレベルと強く関係している(??)。同時に、バーミヤンにおける統治の歴史にも関係している。バーミヤンではナジェブ大統領の時代も同じだった」
b3156.png
「バーミヤンの最初の学校は、やはりヤカオランに造られた。デ・ソルク高等学校だ。この高校はバーミヤンで、そしてハザラ地区全域で造られた最初の高校だ。私はその高校の最初の生徒で、72人のグループだった。それは1989年のことだ。国の他の地方では戦争が行われていた。しかしバーミヤン県の一つの地区だったヤカオランでは争いは起きなかった。学校に通わせようとする、多くの努力と強い信念が在った。その力は広い観点による政治的環境から生まれたものだ。政治主任はムラーだったが、彼はみんなに学校に行くよう命令した。彼はよく言っていた。“私が資金を集めてあなたたちを支援するから、みんな学校にいかなきゃあだめだ”と。この伝統がゆっくりだがバーミヤンの他の地区にも広がって、教育の文化が定着したのだ。そして女学校も造られるようになった。元々、少女を学校に通わせることは罪だった。我々の村でさえも!私の姉妹が初めて学校に通い始めた時、近所の多くの人は、私たちが罪を犯していると非難した。しかし、次の年になると、同じ彼らが、我々の所に来て、娘たちを学校に通わせたいのでその手助けをしてほしいと頼み込んで来た」
b3157.png
講師「君たち。文化はアフガニスタンのような国家において腐敗を拡散する要素になりえるだろうか?そんなことが起きるだろうか?これらの質問については、よく調べた後なら答えることが出来るはずだ。調べれば、アフガニスタンにおいて文化がどのような方法で、どの位、腐敗を拡散するのかがわかる」

女講師(女学生?)「私たちは社会を理解し対応するために社会学を活用して、人々を勇気づけ、彼らの子供たちが学校に通って勉強することが出来るよう後押ししているの」
b3158.png

講師「我々の想像力の哲学はなんだろうか?」

女講師「性差別に関する話題を議論するのは重要で効果的だと私は思うわ。それは私たちの地方では学校で行われていることなの。今の私たちには重要な問題で、生活のあらゆる場面で、女性の存在感を引き立ててくれるのよ」

講師「失業と生活不安はとても高い率だ。国内に民族間の差別があるのはみんなが知っている通りだ。貧困もアフガニスタンでは課題の一つだ。女性や人間の権利に対する冒涜(ぼうとく)の問題もある。これらの問題は多くの国にもあるが、アフガニスタンでは大きな問題になっている。それはこの国が戦争で分断された国だからだ。君たちはこの国で、これら全ての問題で取り囲まれている。どの問題から最初に手掛けていくつもりかな?」
b3159.png
講師「バーミヤンでは物事はそんなに簡単ではない。新しい文化と一緒にやっていくことに対して、人々が、かなり受け身になっているからだ。全ての社会、全ての地方は、その住民にとって重要な文化や価値観を持っている。しかし、バダクシャン、ジャウジアン、またはコストなどの文化に比べれば、バーミヤンの文化は多くの違いを持っている。私はその方がいいとは言わない。しかし違いがあるのだ。バーミヤンの人々は新しい考えを容易に受け入れる。彼らは変化とか改造には抵抗しない。発展を受け入れるんだ」
b3160.png
(教室の椅子や机はかなり傷んでいます)

『あなたは寺院に歩いていく。ゆっくり、美しく。このことは覚えておいてほしい。あなたは私が愛するものだ。あなたの古い友を忘れないでほしい』
b3161.png

我々の撮影チームは自動車でアミールAmirダムに向かっている。アフガニスタンで最も重要な自然が残る場所の一つのアミール・ダムは、バーミヤンの中心から75Km離れた所にある魅力的な自然公園だ。
b3162.png

『私の愛する人はテントで暮らしている。それは彼女のパシュミナ・スカーフで美しく作られている』

この美しい自然は、毎年、何千人もの訪問客を国内外から惹(ひ)きつけている。
b3163.png
彼らは完璧な平穏と平和の気分を満喫しながら、美しい自然を楽しんでいる。
b3164.png
アミール・ダムには7つの湖がある。ジャダセル湖、ズルファガル湖、プディナ湖、パニール湖、グラマン湖、ハイバット湖、ガンバール湖だ。湖はもう一つあったが、今から90年前に破壊された。
b3165.png

b3166.png

ハイバット湖は深さ120mあり、全ての湖の中で一番深く、そして大きい。
b3167.png

b3168.png

b3169.png

『こんにちは、私の愛する人よ。あなたの手紙や挨拶状は受け取りました』

これはバーミヤンの中心に位置する歴史的な町グルフラだ。
b3170.png
ジンギスカンの孫はグルフラを攻め落とそうとしたが無残にも失敗し、その戦いの最中に死んだ。
b3171.png
しかし、ジンギスカンがこの町を1221年に攻撃した時、彼らは長期間の包囲網を敷き、ついに町を陥落させた。
b3172.png
教授「ここには先イスラム時代(イスラム教が布教される前)に2つの町があった。そしてイスラム時代にも2つの重要な都市があった。我々が今いる所は1150年に造られたグルグラの町の城の上だ。山の上にある城跡だ」
b3173.png
「当時、スルタンのアラウォディン・フセインの最年長の兄だったマレク・ファクルディン・シャンサブが住んでいた。ガズニの町が焼かれた後に長兄がバーミヤンの王になり、この町が造られることになったのだ。彼がやって来る前には存在していなかった。ここにあるのは、イスラム時代に遡る偉大な町だ!この地における重要な特徴の一つは灌漑(かんがい)システムだ。ここにもあるような泥で作られたブロックとか、もっと大きなブロックが、カル谷や地下水系から水をこの町まで引くために使われていた。泥で作られたパイプは町中に水を引き回すために使われた。王宮が在ったのが、今、我々が立っている丘の上だ。ここに破片で残っているパイプは王の庭に水を引くために使われていた。これらのパイプは住居や兵舎に水を運ぶためにも使われ、その後は、水は町から南側に流れ出てサイド・アバド村まで流れ、そこで灌漑に使われた。偉大な給水システムで、水の圧力(mh高低差)を使って広い地域を灌漑していたのだ」
b3174.png
教授は、未来に期待している。いつの日か、この町に過去の栄光が戻って来るだろうという希望を持っている。旅はまだまだ続くのだ。
b3175.png

『あなたが例えば鳩になって、バーミヤンにいる私の元に飛んで来てくれないだろうかと私は願っている。神が死によって私たちを隔(へだ)てるのでなければ、私たちを離れさせるものは何もない』
b3176.png
Bamiyan Land of Light
https://www.youtube.com/watch?v=1rrKU7jycpE
(32分)
・・・・・・・・・・・・・・・
アフガニスタンですが、面積65万平方Kmで日本の1.7倍、人口は3千万人で日本の4分の1です。一人当たりGDP(国民総生産)は2千ドル/年で、世界平均の10%、日本の20分の1しかありません。海に接していない内陸国ですから、空輸するのでなければ、輸出も輸入も他国の道路や鉄道を使わせてもらわなければなりません。

アフガニスタンと言えば、ラピスラズリ (lapis lazuli)の産地として世界的に有名で、古くから、メソポタミア文明、中国文明、エジプト帝国、ローマ帝国などで知れ渡っていました。
b3177.png
しかし、石油やガスなどの化石資源は、いまだ開発途上で、アフガン高地の厳しい自然環境の中での農耕も容易ではなく、国民の3分の2は、1日2ドルで生活しています。タリバン時代の戦争の爪痕は今も残っていて、鉄道や主要道路の修復も不十分で、失業率も40%と高く、国家予算の7割をアメリカ、日本をはじめとする海外の支援に頼っています(以上Wikiより抜粋)。

貧しい国アフガニスタンに生まれ、学校に通う余裕がない家庭の若者がアッラーに救いを求める気持ちは理解できます。祈っても救われないなら、どんな言葉をかけてやればよいのでしょう。
しかし・・・言葉は見つからなくても、見守っている、それだけで彼らは救われるかも知れません。そのようなことを、内戦のシリアから日本に来ている人や、東日本大震災で故郷を離れて暮らす人が言っていました。
(完)
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する