Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ドームの不思議


お知らせ:
このブログに張り付けておいた写真は手違いで消去してしまいました。
保管しておいたpdfから再生したブログはライブドアのブログに張り付けておきましたので
もしご関心がございましたら、つぎのURLでご確認下さい。
http://blog.livedoor.jp/mysteryhunter/preview/edit/3bf0c4fc76d53fabfe7d8f711f85f659
なおライブドアブログのホームページURLは下記です。
http://blog.livedoor.jp/mysteryhunter/

ドームの不思議
                2014年5月  Mystery Hunter (mh)
今回は公開済みブログ「青天蓋モスクの不思議」の続編「世界のドーム」をご紹介します。ネット上で見つけた情報です。

Wiki:ドーム(dome)
ドームは、アーチをその頂部を中心として水平に回転させた形状をしている。構造的にもアーチと類似しており、自重やその他の荷重をドームの面内に沿って下部に伝えるため、面外に屋根を支える支柱や壁が不要である場合が多い。このため、大空間を覆う屋根として適しており、かつ、構造上、高さが必要で荘厳な空間が形成されることから、歴史的に、古代ローマのパンテオンをはじめとする宗教建築に多く用いられてきた。

(mh)ローマのパンテオンです。
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Google-Earth3D映像を見ると屋根の様子がはっきり判ります。
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頂上部の丸い開口は眼窓 (oculus) と呼ばれ採光と換気の役割があります。
内部直径と眼窓の高さは同じ43.3m、眼窓直径は8mで、1千年の間、世界最大のドームだったようです!

内側の写真(左)と608年に万神殿からキリスト教会に変更された後の絵(右)です。
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Wiki: パンテオン(Pantheon)
ローマ市内パラティヌスの丘に建造された神殿。元々は様々なローマ神を奉る万神殿であった。最初のパンテオンは紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近マルクス・ウィプサニウス・アグリッパによって建造された。
ローマ神が信じられなくなってからも象徴的な空間性のため608年頃にはキリスト教の聖堂となり・・・
(mh)英文Wikiによると外側はコンクリートで、軽量化のため火山岩を混ぜているようです。

Wikiドーム(続き)
日本語では、丸(円)屋根(まるやね)、丸(円)天井(まるてんじょう)、穹窿(きゅうりょう)とも。

英語 dome はイタリア語の教会堂 duomo (ドゥオーモ)に影響を受けている。どちらも語源はギリシア語 domos (家、住居)で、イタリア語の用法は元来「神の家」の意であった。

mh;ドームはキリスト教誕生以前にイタリアに存在していたのです!

Wikiドームの歴史の項をさらに読み進むと、メソポタミア(現イラク中・北部)のアッシリアのレリーフ(浮彫)に日干し煉瓦で造られたドームの家が描かれているようです。
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アッシリアは永い歴史を持つ国家でドームのレリーフがいつ頃の物か判然としませんが紀元前1500年頃かと思われます。イスラム教は610年頃にムハンマドが神の啓示を受けたのが始まりですから、イスラム教より2千年も前にイラク北部辺りで見受けられたことになります。

Wikiドーム(続き)
真のドーム建築技術を使い泥煉瓦でドームを建築した例は、紀元前6100年から紀元前4000年ごろのメソポタミアの Tell Arpachiyah(mh-1参照) に見られた。ローマ時代にドームを記念碑的に建築するようになるまで、中東では貧しい人々の住居としてドームを普通に使っていたと見られている。

mh-1:Tell Arachiya
現イラクの北部Nineveh Province(ニーナワー州)にあった国です。下の地図で3点のマークの所です。
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Wikiドーム(続き)
5世紀、ペルシャ(現イラン)のサルベスタンでササニド宮殿が造られ、知事官邸またはゾロアスター教寺院として使われていた。
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キリスト教以前のローマ時代のドーム建築は、浴場、別荘、宮殿、墓がほとんどだった。パンテオンも神殿としての性格も具えていたが、アグリッパ浴場の一部として建てられたものだった。

西ローマ帝国(395-476)末期にキリスト教信仰が隆盛をむかえ、ドームは宗教建築の象徴となり、東ローマ帝国(395-1453)で現世的建築にドームが使われるようになった。
(mh;ドームはモスクの専売ではなく、まずは教会として寺社建築に「布教」したのです!)

Wikiドーム(続き)
224年にアルダシール1世の建設したアルダシール宮殿の遺跡でわかるように、今日のイランの地にあったサーサーン朝はドームを造っていた。サーサーン朝の建築は、メソポタミアのドーム建築の伝統を受け継いだものと見られる。

西ローマ帝国が滅亡してから44年後の520年、東ゴート王テオドリックは、イタリアのラヴェンナにテオドリック廟に建設した。陵墓は幅10mのドームで覆われているが、煉瓦積みのドームが多かった当時としては珍しく、300トンの石板を丸く削ってドームとした。
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エルサレムの「岩のドーム」(Dome of the Rock)は685年から691年に建造された最古のイスラム建築の1つである。
聖墳墓教会など近くにあったビザンティン様式の教会を真似たと言われており、ビザンティンの殉教者廟に似ている。そのドームは木製で直径約20mあり、金で覆われている。
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岩のドームはイスラム、キリスト、ユダヤの3つの宗教の聖地中の聖地で、ドーム内には「礎石/岩/ピアスされた石」(Foundation Stone/Rock/Pierced Stone)がある。石の南東側の小さな穴は下の「魂の井戸」に繋がっているとされる。
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岩のドームの南西には「嘆きの壁」がありユダヤ教徒が管理するが、岩のドームそのものはイスラム教徒が管理している。

フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の八角形の煉瓦製ドームは1420年から1436年の間に建てられた。
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サン・ピエトロ大聖堂(イタリア語:Basilica di San Pietro in Vaticano)は、バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山。ドームは1588年から1590年にかけて昼夜を問わず工事が進められて架けられ、頂塔(ランタン)は1593年に完成した。
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ヴェネツィアのサン・マルコ寺院は、数百年に渡って改修や増築が続けられ現在の寺院が建てられたのは1063年で、古いギリシア十字型設計に5つのドーム(十字のそれぞれの腕に1つずつと中心に1つ)を具えている。
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トルコのエディルネにあるセリミエ・モスクは、オスマン帝国で建設された初の、アヤソフィアより大きいドームだった。八角形の土台の上に建てられ、内径は31.25mだった。
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聖ワシリイ大聖堂(露:Собор Василия Блаженного)はモスクワの赤の広場に立つロシア正教会の大聖堂。正式名称は「堀の生神女庇護大聖堂」(Собор Покрова что на Рву)。
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ムガル建築の傑作とされるタージ・マハルは、ペルシア、インド、イスラムの建築様式を組み合わせた墓廟である。1632年から1653年に建てられた。
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大理石製のたまねぎドームは高さが約35mで、7mの高さのドーム基部(穹窿胴)に載っている。

ロンドンのセント・ポール大聖堂は1677年から1708年に再建された。
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3層構造で、眼窓つきの内側のドームと鉛板で覆った木製の外側のドームの間に煉瓦を積んだ構造がある。

アメリカ合衆国議会議事堂の現在のドームは1855年から1866年に建設された。
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議事堂自体は石造りだが、ドームは鋳鉄製の鉄骨で組まれている。そのデザインはセント・ポール大聖堂のドームに影響を受けている。

第一次大戦後に発明されたジオデシック・ドームは正三角形に組み合わせた構造材を多数並べることによってドーム構造を形成している。
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ジオデシック:測地線(そくちせん、geodesics)
直線の概念を曲がった空間において一般化したもの。計量が定義される空間においては、測地線は、2つの離れた点を結ぶ(局所的に)最短な線として定義される。例えば東京とニューヨークを結ぶ地球表面上の最も短い線。実際は曲線だが、地球の中心から見ると直線になる

mh:日本のドーム
なかなか思いつきません。意外に少ないようです、野球場を除くと。

エア・ドーム
東京ドームの様に、屋内を陽圧にすることで空気圧により屋根の自重を支えているドーム建築。内外の気圧差は0.3%である。
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東京ジャーミイ・トルコ文化センター(渋谷駅の北西2.5km)
トルコ共和国の援助のもとに建立された日本最大のモスクで、「東京モスク」とも呼ばれるイスラム寺院です。
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Google-Earthによると約20m四方の建物で最も大きな円天井は直径8m。
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以上、面白そうなドームを一挙に紹介させて頂きました。

調べたところではドームは紀元前数千年に出現していて、キリスト教やイスラム教の寺を目的に生まれた建築法ではないことが判りました。

イタリアのテオドリック廟で紹介したように一つの石から削り出されたドームもありました!でもこれはかなり特殊な例で、多くはレンガかコンクリートが使われていることが確認できました。

木製もありますが、何が何処まで木製なのか、はっきりしていません。が、青天蓋モスクの不思議と関係が薄いので調査は打ち切りとします。

また、モスクのドームが青い理由に関する2つの重要な情報を発見しました!次回のブログ(5月8日)でそのさわりをご紹介します。6月ウズベキスタン訪問を終えたら現地調査結果を踏まえ「青天蓋モスクの不思議な質問」の解答総集編を発効する予定です。これもお楽しみに。

(完)

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