Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

文明の起源は宗教か?



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文明の起源は宗教?
                  2014年5月23日 Mystery Hunter

1月26日公開のブログ「文明の起源は何?」でペルーのカラル遺跡をご紹介しましたが、その中で考古学者が考える「文明発祥を示す事象」を次のように解説しました。
     暦の概念、暦作成の計算能力、記号・文字・数字記号
     陶器・金属器、大型施設(神殿、記念碑、ピラミッドなど)


考古学者の疑問も紹介しました。
  What is the origin of the civilization?  文明の源は何か?
  How does it happen?  文明はどのように出現するのか?
  When does it happen?  文明はいつ出現するのか?
  Why does it happen?  文明はなぜ出現するのか? 

  平穏な生活を捨て、必ずしも必要でなかった文明に踏み出したのは何故?
  リーダが生まれ、都市ができ、組織的な社会を構成し始めたのは何故?
  大きな建造物、文字、記号などが現れたのは何故?


そして、この答えを求めて考古学者は研究や発掘を進めている、と紹介しました。
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古代文明と言えば、まず思いつくのはエジプト、メソポタミア、インダス、中国、ペルー、マヤなどと言ったところでしょう。いずれも今から精々7千年前のものです。

例えばエジプトのピラミッドが造られ始めたのは5千年前つまり紀元前3千年です。
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上の写真はエジプトの「マスタバ」と呼ばれる台形状の墳墓です。
墓室は地下にありました。
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これを積み上げて階段ピラミッド、さらにクフ王の真正ピラミッドなどに変化してきたのです。
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上の写真では、手前に3つの階段ピラミッド、その奥に3つの真正ピラミッドがあります。
真正ピラミッドは右奥からクフ王(高さ147m)、カフラー王(同136m)、メンカウラー王(同65m)のものとされています。

中国の黄河流域で見つかった最も古い土器は紀元前6千年(8千年前)のものです。
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  (裴李崗文化 (はいりこうぶんか):黄河流域に発生した古代文化)

中国の書「史記」に記された‘殷’は伝説上の国ではないか?と思われていましたが黄河流域の河南省安陽市で遺跡が見つかり、今では実在の国とされています。
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(左の黄色ピンが殷墟、右のピンは孔子(紀元前5世紀)が生まれた曲阜)

殷:紀元前17世紀頃~紀元前1046年。四千年の歴史、と言われる所以です。
殷墟では、日本文化に影響を与えた漢字の基「甲骨文字」が見つかっています。
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しかし、誰にも馴染みの深いこれらの文明より更に5千年以上も昔、つまり今から1万2千年以上も前に「文明」があったことが明らかになりました!
1995年、遺跡が見つかったのです!


Wiki:ギョベクリ・テペ(トルコ語: Göbekli Tepe太鼓腹の丘)
新石器時代の遺跡。紀元前10,000年~紀元前9,000年頃に狩猟採集民によって建立された、世界最古と言われる石造の宗教建築(神殿)が発見されている。
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Google-Earthの映像です。
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以下はYoutubeからの映像です。
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ドイツの考古学者シュミット教授が1995年発見しました。
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地中を探査してみました!
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300mx300mの広さに分布しています。何層かになっているようです!
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神殿のようです。住居や食料倉庫ではありまえん。
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石柱と石で組まれた円形の囲みの中に高さ5.5mものT字型の石柱2本が対向して直立しています。
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石柱には彫り物があります。豹の立体像が彫られた石柱もありました。
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人の手とベルトが彫られた石柱もあります。
頭の部分は無く、神を表していると考えられています。
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同じ構造の建築物がいくつもあるのです!
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ストーンヘンジより6千年、エジプトピラミッドより7千年も前のものです!
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石器時代、火の使い方は習得していましたが車輪はまだ発明されていません。
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どんな方法で石を加工し、運び、神殿に仕立てたのでしょう?
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この建物を建てた人々はどんな暮しをしていたのでしょう?
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動物の骨が沢山見つかっています。
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ガゼルや羊などの骨が多く、食料だったと思われます。
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飼育ではなく野生の動物のようです。狩猟中心の生活だったようです。
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定住し農業をしていた痕跡はありません。近くに川が流れていた形跡もありません。
何故こんな場所に狩猟の民が神殿を造ることになったのか?

どうして三歳の子供がエンパイア・ステート・ビルディングを造ったのだろう?と自問している気分です!

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文明の発展は
FARMING→SETTLEMENT→RELIGION→TEMPLE→CITIES
( 農業  ⇒  定住  ⇒  宗教  ⇒  寺院  ⇒  都市)
だと思われていました。
この地では、順序が入れ替わり、宗教が農業より先に生まれたとしか思えません!
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レーダ測定から地中には更に数千年前の遺跡があることも判りました!
数十年で神殿は埋められ、その上に少し小さな神殿が!更にその上にも!
三層構造になっているのです!!!
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氷河時代の終わり頃に造られたのです!何のために?

集団生活を始めるようになり、互いの信頼を強固にするための共同作業として神殿造りが採り上げられたのでしょうか?

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氷河時代や石器時代、人間は多くの動物の中の一つでした。
しかし、神殿を造ることで動物の中心に位置するようになったのです。

Wiki:Göbekli Tepe
ギョベクリ・テぺは人間社会の形成手順に対する従来の概念を大きく変える極めて重要な発見だ。
「すべての概念が変わった!農耕民族でなく狩猟民族でもモニュメントを造ったのだ!」
「神殿がまず現れた。そして社会集団が現れたのだ!(発見者シュミット教授)」

同じパターンの神殿がいくつも造られているのもユニークだ。

しかし発掘が進むにつれ、新たな疑問が生まれてくる!

非定住の人々が住居でもない建物を何のために造ったのか?
寺院の柱に掘られた動物は他の動物を食い殺す「殺戮者」が多いのは何故か?
なぜ埋めては又、その上に造り直したのか?
なぜ同じような非居住の建物を沢山造ることになったのか?etc.


新たな発見が無い限り、ギョベクリ・ペテに関する疑問は解き明かされることはないだろう。
(Wiki完)

皆さんもご承知のアルタミラ洞窟壁画は、先史ヨーロッパ時代の区分で主にマドレーヌ期(約18,000年 - 10,000年前)と呼ばれる旧石器時代末期に描かれた、野牛、イノシシ、馬、トナカイなどの動物を中心とする壁画です。世界遺産(文化遺産)にも登録されています。
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見学者たちの吐く息に含まれる二酸化炭素で壁画が劣化したので、1977年に閉鎖され、5年後に再開されましたが、ごく少数の人に限定され、申し込んでも3年待ちのようです。
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複製画です。バイソンが描かれています。
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前々回のブログで紹介しましたが、不思議の国アトランティスでは牛が神聖な動物とされていました。古代ヨーロッパにはバイソンのような野牛が多く、食肉用として重宝したので神からの授かり物として奉られていたのかも知れません。

しかし、エジプト文明よりも2倍以上も古い時代にメソポタミアに近いギョベクリ・ペテに巨石の神殿群が造られていたとなると、エジプト、ギリシャ、インド、それに中国などの文明のルーツは全てメソポタミア辺りか?と思われてきます。アメリカ大陸のマヤ文明やインカ文明などは、船で人が行き来して伝播したという記録も見つかっていないので、現地で自然発生したのだろうと思いますが・・・

ここまでくると文明の定義を見直す必要もありそうです。

Wiki文明
文明(ぶんめい、英: civilization, civilisation、ラテン語: civilizatioキーウィーリザティオー)は、人間が創り出した高度な文化あるいは社会を包括的に指す。

西欧語の "civilization"(英語)などの語源は、ラテン語で「都市」「国家」を意味する "civitas" に由来する。ローマ時代の文明とは、字義通りに都市化や都市生活のことであった。

文明の要素
マルクス主義の考古学者ゴードン・チャイルド(1892年-1957年)の定義では、文明と非文明の区別をする指標として次のように挙げている。
  効果的な食料生産  大きな人口  職業と階級の分化  都市
  冶金術  文字  記念碑的公共建造物(ピラミッドなど)
  合理科学の発達  支配的な芸術様式
チャイルドの定義以外に、すべての文明に共通するものとして次がある。   
  小麦、稲作、トウモロコシと言う貯蔵がきく食物の栽培。
  広範囲な貿易。
  単一の定住に比べてより広域な地域にまたがる組織や民族。
(wiki完)
しかし、これらがいくつ揃っていれば文明と呼ぶのかなど、不明瞭な点が残ります。

日本でも縄文時代(今から16千年~3千年前)には縄文土器と呼ばれる陶器が現れています。集団生活もしていたと思われます。しかし縄文文化があったと言う学者はいても縄文文明があったと言う学者はいないようです。
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文明とは何か?文化との違いは何か?にこだわるのは考古学者に任せ、一般人の私としては今の文明と文化を有るがままに享受して生きることに専念したいと思います。

さて次回は5月28日「続:青の不思議」です。お楽しみに。

(完)

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