Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

Googleの不思議


お知らせ:
このブログに張り付けておいた写真は手違いで消去してしまいました。
保管しておいたpdfから再生したブログはライブドアのブログに張り付けておきましたので
もしご関心がございましたら、つぎのURLでご確認下さい。
http://blog.livedoor.jp/mysteryhunter/preview/edit/5c0d32380fa0c75b3c42a8d3e2cfe34a
なおライブドアブログのホームページURLは下記です。
http://blog.livedoor.jp/mysteryhunter/

Googleの不思議    2014年6月18日  Mystery Hunter

今回も巻頭から漢詩です!

將進酒  「將に酒を進めんとす」:李白
  君不見黄河之水天上來 君見ずや 黄河の水天上より來り
  奔流到海不復回      奔流して海に到り復(ま)た回(かへ)らざるを
  君不見高堂明鏡悲白髮 君見ずや 高堂の明鏡白髮を悲しみ
  朝如青絲暮成雪      朝には青絲の如くも暮には雪と成るを
  人生得意須盡歡      人生 意を得なば須(すべか)らく歡を盡くすべし
  莫使金樽空對月      金樽をして空しく月に對せしむる莫かれ
  天生我材必有用      天の我が材を生ずるや必ず用有り
  千金散盡還復來      千金は散じ盡くすも還(ま)た復(ま)た來らん
  烹羊宰牛且爲樂      羊を烹(に)牛を宰して且らく樂しみを爲さん
  會須一飲三百杯      會(かな)らず須らく一飲三百杯なるべし

(mh)
黄河の水は天から流れ下って海に到り、戻ることはない。
高堂の高貴な人も鏡を見ては白髪になったことを悲しむ。
朝には青い絹のようなつややかな髪も夕には雪のように白くなるのだ。
だから、何か好いことがあったらその時こそ楽しめ!
美酒をいたずらに月にさらしておくだけでは駄目だ!
生まれてきたからには必ずや世に役立てる時が来る。
大金は、使い尽くしたとしても、また巡ってくるものだ。
羊や牛の肉を肴にして心ゆくまで飲め!
その時は誰でも必ず300杯飲まないといけない!

私の女房殿に李白さんから上記の通り直接申し伝えてほしいものです。
この瞬間、私はウズベキスタンで、敬愛する李白さんの提言を忠実に実行しているはずです!!!
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<Googleの不思議>

少し古くなりますが、5月16日、金曜日の朝のことです。好い天気で、いつものように日課の散歩を終え、9時を少し過ぎた頃でしょうか、愛用のDynabookを立ち上げてネットにアクセスしました。すると次のようなページが開いたのです!
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何か面白い絵が描かれているなぁ、と時々気付いてはいたのですが、その日の絵には、ファイル番号に相当する欄にコメントがありました。ポインターの位置によって現れたり消えたりするコメントです。上の図の右上です。

          「マリア ガエターナ アニェージ生誕296周年」

次のルーチン、つまり家の中の電気掃除機かけ作業、まで1時間以上あったので、この女性は何者か?と、いつものようにWikipediaで調べてみました。
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Wiki日本語版の情報は少なかったので英語版に進んでゆくと次のことが判りました。

Wiki要約(mh)
マリア・ガエターナ・アニェージ(Maria Gaetana Agnesi)
1718年5月16日―1899年1月9日、イタリアの女性数学者、哲学者。綺麗な人だったようです。富豪の家に生まれました。教育熱心な父親の影響を受けて勉強家で、語学と数学に秀でていました。30歳の時、著書「Instituzioni analitiche ad uso della gioventù italiana,」がミラノで発刊されました。スイス人数学者オイラーの数式を中心とする微積分に関する教本でしたが、女性の数学者が書いた本ということもあって有名になり、フランス語や英語にも翻訳されました。
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イタリア語タイトルをグーグル翻訳すると英語「Institutions analytical use of Italian youth」、日本語「イタリアの若者の教育機関の分析を使用する」(??)で、イタリアの若者向け数学教本とでも言い換えられるのでしょうか。

フランス人とイタリア人の数学者が取り扱った曲線についても論じていて、この曲線のニックネーム「versiera」が言葉遊びで化けて、彼女の名が付いた"Witch of Agnesi"「アニェージの魔女」と呼ばれるようになりました。
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おぉ!ちょっと見て下さい。アーネシ(アニェージ)の曲線は、本ブログのTopに掲載したGoogleの絵の中に紛れているではないですか!
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この曲線は、下に挙げるように、円と直線から出来る長方形の一つの角の点Pが、直線の向きの変化につれて描く軌跡です。
09105.png09106.png
              (1)                           (2)
09107.png09108.png
              (3)                           (4)
で、この曲線の意味するところですが・・・・
光やX線の分散スペクトルや、共振回路で散乱する力の量、の近似を表していることが20世紀末から21世紀にかけて判明した!とのことです!

が、何のことやら私にはさっぱり・・・・・・
もし関心がありましたら下記のURLで日本語Wiki、詳細はこの英語版、をご覧ください。
頁の中段部では動画も見れます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%81%AE%E6%9B%B2%E7%B7%9A

さて、話を5月16日生まれのマリアに戻すと、時の教皇ベネディクト14世に認められ、32歳でボローニャ大学の教授となります。30代の半ばから神学に関心を示すようになり、その後はホスピスや貧しい人のための施設を造るなど、40年以上に渡って社会奉仕に専念し続け、80歳の半ばで、修道女として他界しました。偉大な女性ですねぇ。

マリアは欧州の大学史で二番目の女性教授だったようです。
では最初の女性教授は?と調べたらラウラ・バッシLaura Bassiという人でした。
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Wiki
ラウラ・バッシ(Laura Bassi, 1711年10月31日 - 1778年2月20日)はイタリアの女性物理学者。ヨーロッパの大学で初めて教授となった女性である。

ボローニャで法律家の娘として生まれた。1731年にボローニャ大学の教授に任命された。1738年に結婚し12人の子供を生んだが、1776年に65歳で物理学の教授に復帰した。
・・・以上が日本語版Wikiのラウラ・バッシ全文です!少ないですね!

英語版ではもっと長い解説があり、次の肖像画も見つかります。こちらも美人ですねぇ。
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イタリア語のWikiを見ると更に次の肖像画も見つかりました!
          09111.png

英語版によると彼女の名が付いた道路と高校がボローニャにあるとのことでGoogle-Earthで調べると見つかりました!
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ボローニャの「ラウラ・バッシ通り」です。郊外の住宅街のようです。

ラウラ・バッシ高校の場所は地図では特定できませんでしたが、交換留学生を募集している記事がGoogleでみつかりました!
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ボローニャ(Bologna)市の学校交流(School Exchange)の記事です!数校が交換留学生の募集投稿をしています!
こんな洒落たというか進んだことを普段からしているんですねぇ、欧州では!

で彼女の名の学校の記事は下記でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
The high school Laura Bassi in Bologna
ボローニャのラウラ・バッシ高校
is looking for an institute of Malta in order to achieve an exchange of 8 days on March/April 2014.
2014年3/4月の8日間、マルタの学校との交流を募集しています。
Desired Programme:
希望コース
frequency of some classes; visit of the host city; two trips lasting one day in places of historical, artistic and naturalistic interest.
クラスの頻度・ホスト都市訪問:歴史・芸術・自然などに溢れた場所を丸一日訪れる旅を2回。

Programme offered:
当地でのプログラム
activities of socialization in school and frequency of some classes, guided tour of Bologna, excursion to Venice (one day), excursion to Florence (one day), laboratory gourmet (preparation and tasting of tortellini), or visit to some museum in Bologna, final dinner.
学校での社会活動とクラス参加、ガイドによるボローニャ市内見学、ベニスへの遠足(日帰り)、フローレンスへの遠足(日帰り)、グルメ工場(トルテッリーニの試作と試食)、又はボローニャ博物館見学、お別れ晩餐会

Language: English
言語:英語
Students: 25
生徒数:25人
Age: 15/17
年齢:15歳~17歳
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で、募集対象として選ばれているマルタを調べてみました。
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イタリア・シチリア島の海岸から南に約100kmの地中海上の島国です。

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面積316平方kmで日本で一番小さな香川県(1877平方km)の1/6。人口41万人で日本で一番少ない島根県(58万人)の7/10。
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       (上:マルタ共和国。写真の青い正方形の一辺の距離は約30km。)
英国連邦加盟国で、よって(?)国語は英語とマルタ語です。

歴史を見ると、3千年前、レバノンからフェニキア人が来て支配していましたが、その後、カルタゴ、ローマの支配を受け、870年にアラブ人、1172年にノルマン人、1479年にスペイン人、1530年にマルタ騎士団に支配され、さらに1790年代にエジプト遠征途上のナポレオン・ボナパルト軍によって占領され、ナポレオン失墜後はイギリスの支配下に入って今に至っている、という大変な歴史を体験した国です!
それはひとえに、地中海貿易の要所に位置しているためで、時の権力者達にとって重要拠点と見なされていたからに違いありません。
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首都バレッタは今でもまさに要塞港の様相を残していてマルタの歴史そのものです。

で、マルタ島には1917年6月11日に大破した駆逐艦「榊」の59人の戦死や傷病による戦死者の「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」があるとのこと。

何で?と思って「駆逐艦 榊(さかき)」を調べてみました。
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第一次世界大戦で連合国に組した日本は、地中海戦線に「榊」などの軍艦を派遣していたのです。
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「榊」はエーゲ海を運航中、クレタ島の北で機雷に触れ大破します。
以前、ブログで紹介したアンティキセラ島の近くです!!
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同行中の駆逐艦「松」が「榊」の死者を同盟国イギリスが管理するマルタに運び埋葬しました。

墓は首都バレッタの、入江を見下ろすKalkataの丘にあります。
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一辺150mの正方形の「海軍墓地」。入り口の裏側の壁に貼られた日本海軍銘板の上にはドイツ軍の銘板もあるので、国籍を問わずマルタ近海で亡くなった軍人を祀っているようです。
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死ねば、国籍は問わず丁重に祀る精神は当然とはいえ、称賛に値します。日本に外国の軍人墓地があると聞いたことがありません。戦争中に日本で死んだ外国の軍人がいるとは思えなかったのですが、考えてみれば沖縄や硫黄島も日本ですから、そこでは大勢の米国軍人が死んだはずです。損傷が大きく、米国に持ち帰ることができない遺体もあったでしょう。とすれば、米国軍人の墓があっても不思議ではないと思いますが・・・どうなんでしょうか。

ということで、これまで長々と紹介してきた情報は、すべてGoogleのdoodle(落書き)から端を発したものですが、最近のものを調べたら次の通りでした。
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09124.png
山ほどありますので以下は省略します。
関心がありましたら次のURLでお楽しみください。
http://www.google.com/doodles/

Googleという言葉も調べてみたらLarry Pageと Sergey Brin という2人がカリフォルニアのスタンフォード大学の学生の時に始めた事業で、名前をGoogol(1の後に0が100個続く数字)とすべき所をミスでGoogleとしたのが由来とのこと。

こうして次から次へネット上を渡り歩くのをネットサーフィン(Internet surfing)といいますが、今ではサーフィンだけでもネットサーフィンを意味するようですね、英語では!!

で突然思い出したのが「風が吹くと桶屋が・・・」という諺。

Wiki:風が吹けば桶屋が儲かる(由来)
江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』巻三(無跡散人著、明和5年、1768年)が初出である。ただしここでは、「桶」のかわりに「箱」であり、「風が吹けば箱屋が儲かる」などの成句の形では書かれていない。また、『東海道中膝栗毛』二編下(享和3年、1803年)に現れるのも有名で、ここでも「箱」になっている。

今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そふなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰(ここ)で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是(これ)も元手がなふては埒(らち)明(あか)ず— 無跡散人『世間学者気質』より、慣用句辞典より転記

つまり、
大風で土ぼこりが立つ
土ぼこりが目に入って、盲人が増える
盲人は三味線を買う(当時の盲人が就ける職に由来)
三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される
ネコが減ればネズミが増える
ネズミは桶をかじる
桶の需要が増え桶屋が儲かる

これを「英語では次のように言う」とありました。
It's an ill wind that blows nobody any good.
誰のためにもならない風は吹かない、との訳が添えられています。

直訳では、誰にも好い物を運んでこなければ悪い風と言える、となります。これで風が吹けば桶屋が・・・と同じ意味なんですかねぇ。だとしても日本の諺ほどの深みはないですね。

さて、次回6月23日は「並木道の不思議」(自動投稿)です。お楽しみに。
(Googleの不思議:完)
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コメント


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It's an ill wind that blows nobody any good.
誰のためにもならない風は吹かない・・・ですか?!

『バタフライ効果』をあらわす『予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』や
「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」や、「アマゾンを舞う1匹の蝶の羽ばたきが、遠く離れたシカゴに大雨を降らせる」という表現も「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じとか?!

最近の猫はネズミを捕ることも知らず、桶屋なんていう商売も・・・最早や やっていないし、江戸時代のお話も今ではさっぱり通用しませんね。
でもこの因果関係は、意外と身近にあったりして~ね。

アーネシの曲線の方程式、習ったかどうかはさておいて
懐かしいですね。



monalisa | URL | 2014-06-22(Sun)07:13 [編集]


Re: タイトルなし

なるほど、バタフライ効果ですか!聞いた記憶がないのでWikiで確認しました。
それにしても、桶屋の話でこの効果に思い至るとは侮れない情報通ですね、monalisaさんは!

さて、やっとウズベキスタンから日本、いや正確には喧噪のマイホーム、に戻って、いつもの生活が再開しました。旅行記については28日から逐次投稿する予定で、ひとまず28日分は校了し自動投稿状態にして一息ついているところです。ウズベキスタンについては好く知らない日本人が多いと思いますが、私のブログで関心を高めてくれたら幸いです。是非ご一読ください。

mystery hunter | URL | 2014-06-22(Sun)15:33 [編集]