Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

世界の七不思議2:エフェソスのアルテミス神殿

アルミテス神殿は下の絵で、左列、上から2つ目です。
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紀元前2世紀頃ギリシャ人が選んだ「死ぬまでに見ておきたい七つの建造物」のひとつ、アルテミス神殿はトルコ西海岸のエフェソスと呼ばれた町にありました。

神殿は千年以上も前にほぼ完全に消滅して、今は基礎の石が僅かに残るだけの草地です。しかし、古代の町エフェソスに残る他の遺跡が多いので、これを見るために訪れた観光客が、ついでに神殿跡地も観光している、というのが実態ではないでしょうか。

そこで、今回は、アルテミス神殿だけでなく、その周辺にもスポットを当ててご紹介します。

何はともあれ、まずはアルテミスについて紹介しなければいけないでしょう。
アルテミス(Ἄρτεμις, Artemis)は、ギリシャ神話に登場する狩猟・純潔の女神です。
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上はベルサイユに残るアルテミス像で、ローマ風の彫像です。

ギリシャだけでなく、小アジア(トルコ、シリアなど)でも広く信仰を集めた女神で、各地に彼女を祀る神殿が建てられましたが、七不思議に選ばれたのはエフェソスの町のアルテミス神殿です。

エフェソス、現在のセルチュク(トルコ語:Selçuk)、にある「エフェソス考古学博物館」には、紀元前1世紀に造られたアルテミス像が展示されています。
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胸に沢山の乳房(ちぶさ)が付いていて、豊潤の女神としても崇められていたようです。
この写真を見て思ったのですが、ひょっとすると、ギリシャ神話のアルテミスは、ブログ「メソポタミアの不思議」で紹介した女神が元なのかも知れません。つまり、メソポタミアの神がギリシャ神話になった、という可能性です。

エフェソスはトルコの西海岸の町で、ピタゴラスが生まれたサモス島は目と鼻の先です。
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町は紀元前10世紀に造られました。前129年に共和制ローマの管理下に入って繁栄し、5万人が暮らしていました。

以下はDiscovery Channel、Google Earthなどから抜粋した映像です。

神殿の大きさですが、幅45m、奥行き108mで、アテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿の約2倍の面積でした。
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建材の大理石は10km離れた場所で切り出されました。
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大理石の円筒を何段か積み上げた柱は高さ12mで、126本ありました。
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紀元前550年頃にクレタの建築家ケルシプロンが設計し、裕福なリディア王クロイソスの負担で建築されました。設計士ケルシプロンの死後、建築は息子に引き継がれ、完成には50年を要したのです。
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完成から150年ほどした紀元前356年のアレキサンダー大王の誕生日の夜、女神アルテミスはその祝福に出かけて神殿が留守になりました(!)。その時を狙ったように、自分の名を後世に残そうとした男が火をつけ、木で出来ていた屋根や梁などが燃え落ちて神殿は崩壊したのです。

しかし数十年後に再建され、七不思議にも選ばれました。
この再建の最中にはアレキサンダー大王の東征があり、彼もエフェソスに立ち寄ったようです。
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せっかく再建された神殿も、約6百年後の西暦268年、ゴート人(ゲルマン民族;大移動によってドイツ平原から南下してきていた)によって再び破壊され、その後は大理石が教会の建材に流用されるなどして、とうとう姿を消してしまうことになったのです。

1869年、英国博物館の後援で探検家ウッドが発掘調査をしたのですが、古代の大理石は少なく、4世紀の修理で使われた石だけが英国博物館のエフェソス・スペースに展示されています。
神殿跡には、散乱していた建材を積み上げた柱が1本、ランドマークとして立っています。
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神殿跡地の奥にモスク、その右後に教会跡、モスクの後方の丘には城壁が見えています。
いずれも神殿より新しい時代の建物ですが、神殿を見た観光客の多くがついでに訪れるスポットになっています。

それではアルミテス神殿の周辺とエフェソスの遺跡について紹介してゆきましょう。
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エーゲ海(左下隅)に面した海岸からおよそ4km内陸にエフェソス地区があり、その約2km東に神殿地区(現在のセルチュクの町)があります。

まずエフェソス地区ですが、注目すべき観光スポットがいくつかあります。
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今でこそ海岸線から4kmほど入った場所になってしまいましたが、2千年前はもっと海岸線に近い場所にあり、短い運河で海に繋がる港が町の入り口でした。
紀元前40年頃、かのクレオパトラ7世とその恋人、共和制ローマの権力者アントニウス、が2人で訪れて甘い休日を過ごしています。

港から東に延びる主要道路を進んでゆくと突き当たりに大きな劇場(オデオン)がありました。
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オデオンの前のT路地を右に折れて進んでゆきます。
突き当りには金属屋根で保護されたテラスハウス跡、その右側に図書館跡があります。
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この図書館はエジプト・アレキサンドリアの図書館にも並び称される有名な図書館でした。
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図書館に向くと左側にある金属屋根の建物の内部です。
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テラスハウス群と呼ばれているようですが、山の斜面に沿って階段状に沢山の住居が並んでいました。屋根の付いた部分が発掘され保護されている住居群ですが、エフェソスの道路脇の平地や斜面にはビッシリと住居が造られていて、多くの人が暮らしていたようです。

アルミテスの像が飾られているテラスハウスもありました。ローマ風ですね!
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図書館の正面からは山に挟まれた緩やかな上り坂が続きます。
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上の写真は坂の上の方から図書館側を見下ろしたものです。中央の道路を下った突き当たりが図書館、その左にテラスハウス跡保護の金属屋根が見えています。
同じアングルの拡大写真をみると、山に向かう道路に沿って神殿の跡も見受けられます。
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坂を上りきると、広場が開(ひら)けていて円形劇場や神殿跡が見受けられます。
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そこから暫く登っていくと聖母マリアが余生を過ごした住居(!)があります。
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中には祭壇が設けられています。
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実は、この建物は数百年前まではイスラムのモスクだったのですが、記録を調べると、どうもマリアが暮らしていたらしい、ということで近年、といっても百年程前ですが「マリアの家」として認定されたようです!!

引き続いて神殿地区をご紹介します。
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セルチュクの町の東側のアヤスルクの丘には城(Ayasuluk Castle)があります。
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(写真上:アルテミス神殿越しにモスク、アヤスルク城を望む)

6世紀には城の正門は完成していたようです。
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神殿と逆方向から飛行しながら撮影された風景です。モスクも見え始めました。
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下は別の上空写真です。アルテミス神殿は視野の外で、右側にあります。
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上空から見た聖ヨハネ大聖堂(Basilica of St. John)跡。完成は西暦565年です。
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聖ヨハネ大聖堂跡
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聖ヨハネ大聖堂跡から見たイサベイモスク(Isa Bey Mosque)。完成は西暦1375年です。
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下は、アルテミス神殿跡地からモスクと城を拡大撮影した写真です。
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以上で「エフェソスのアルテミス神殿」の紹介は終わりです。

最後に4分ほどの飛行撮影フィルムをお楽しみ下さい。
アヤスルク城の上空を北から南に飛んだ後、エフェソスのオデオン上空に移動し撮影を続けます。大画面で見ると迫力がありますよ。
https://www.youtube.com/watch?v=M3B-oFcQlbg

(エフェソスのアルミテス神殿:完)
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