Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

世界の七不思議3:オリンピアのゼウス像

ギリシャ神話によれば、アテネの北300kmのギリシャ最高峰オリュンポス山(海抜2917m)の頂きにオリュンポス十二神と呼ばれる12人(?)の神が暮らしていました。

  1.ゼウス    2.ゼウスの妻ヘーラー  3.ゼウスの娘アテーナー
  4.アポローン  5.アプロディーテー   6.アレース
  7.アルテミス  8.デーメーテール    9.ヘーパイストス
  10.ヘルメース 11.ポセイドーン    12.ヘスティアー
前回のブログで紹介したエフェソスの女神アルテミスも含まれています。

12人(神)なのは1年が12ヶ月あることに関係あると思います、確証はありませんが。

十二神の中でも特にゼウス(Zeus)は、ギリシャ神話の主神たる全知全能の存在で、全宇宙、天候(特に雷)、社会秩序を司る天空神、つまり神々の王です。

このゼウスが赤ん坊の頃、彼を喜ばせようと4人の男がオリンピアと言う場所でランニング競走をしたのですね。
オリンピアはペロポネソス半島西部、現イリア県、のエリスと呼ばれていた町の一角です。
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このランニング競走を記念して、4年に一度オリンピアでオリンピックが開かれることになったのは紀元前776年でした。スタジアムやゼウスを祀る神殿などが造られました。
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右上の、黄色いピンがある全長200mの白い長方形の場所はスタジアム、そこから150mほど西(左)がゼウス神殿です。

神殿は紀元前460年に完成しましたが、その時はまだゼウス像は祀られていませんでした。

同じ頃、アテネのアクロポリスにパルテノン神殿が造られ、十二神の大理石像が次々に据え付けられていました。女神アルテミスを造ったのは彫刻家ペイディアスでした。
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彼はアルテミス像を完成させると、オリンピアの神殿にゼウス像を据え付ける仕事を命じられ、現地に派遣されました。オリンピアでは競技大会も開かれていて彼も見学したはずです。
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スタジアム脇のゼウス神殿は天井が高く、小さな像ではバランスが取れないので大きな像を造る必要がありましたが、完成している建物に大理石の巨像を据え付ける技術はまだ確立していませんでした。
そこで彼は象牙を使い、「張りぼて」の巨像を造ることを思いついたのです。
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象牙を大きな甕(かめ)に漬けて柔らかくし(補足を参照)、切り開いて板状にします。
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それをいろいろな形に加工して、木枠の架台に張り付け、胴体や足などの部位を造りました。
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全ての部位が完成したところで、解体します。
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解体したパーツを神殿内に準備した木枠に張り付けてゼウス像が完成したのは製作開始から7年後の紀元前435年のことでした。
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神殿の奥に収められ、その全幅は神殿の通路幅とほぼ同じでした。座像でありながら、全高は約13メートル(約45フィート)もあり、前1世紀の地理学者ストラボンは「もし、ゼウス像が立ち上がったら、屋根を突き抜けてしまうだろう」と像の壮大さを表現しています。
座部(椅子)は金、象牙、黒檀、宝石で飾られていました。右手には勝利の女神ニケの彫像を持ち、左手には鷲が止まった錫杖を持っていました。
その姿は硬貨にも残されました。
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昔描かれたイエスの絵には、ゼウス像に似た構図がよく見受けられます。
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米国ワシントンのリンカーン大理石像はゼウス座像をイメージしたものでした。
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ゼウス像が神殿内で完成すると、その壮大さが評判になり、ギリシャ国内にある唯一の七不思議に選ばれて参拝者は絶えませんでした。

しかし、ギリシャがローマ帝国の属国になると、帝国の国教だったキリスト教による「カルト排斥」で、神殿は閉じられ、オリンピックも中止になり、オリンピアは凋落してしまったのです。

建造から800年後の西暦395年、ゼウス像は、発足したてのビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノポリスに移されました。その後の消息は不明ですが、7世紀の中頃に焼失したと考えられています。

神殿跡は、オリンピアの古代遺跡群としてスタジアム跡などと共に世界遺産に登録され、多くの観光客が訪れています。
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神殿西面の梁(はり)の上の空間に飾られていた彫像群(オリンピア考古学博物館蔵)
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現在のオリンピア・スタジアム。奥に見える入場通路の先にゼウス神殿があります。
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(付録)
象牙を柔らかくする方法ですが、ドイツ人が見つけたオリンピアの遺跡から沢山の甕(かめ)の欠片が発見され、その中にゼウス像の制作者ペイディアスの名が刻まれたものがいくつも見つかったので、液体を使って象牙を軟化したのではないかと考えられています。実際の方法についての記録は見つかっていませんが、酢に漬けると軟化することは確認されています。

また「張りぼて」の像ですが、日本でも仏像を似た方法で製作していました。
       <興福寺の国宝、阿修羅像の前面と後面>
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脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり):
木製の芯木で像の骨組みを作り、その上に粘土(塑土)を盛り上げて像の概形を作ります。その上に麻布を麦漆で貼り重ねて像の形を作ります。麻布の大きさ、貼り重ねる厚さなどは像によって異なりますが、おおむね1センチほどの厚さになるまで何回か貼り付けます。こうしてできた張り子の像の上に最終仕上げの漆塗りをして完成させた後、背面などの目立たない部分を切開して中味の塑土を掻き出して内部を空洞にし、そこに補強と型崩れ防止のための木枠を組みこめば完成です。
こうして造られた阿修羅像は高さ153cm、重量は台座を含めても25kg足らずとのことです。

NHK大河ドラマは私の趣味ではないのでいつも見てはいないのですが、家族が見ていて、それを漏れ聞いていたら「軍師官兵衛」で高山右近が「ゼ(デ?)ウス様」と言っていました。
「あれ?」と思って調べると次の通りだと判りました。

日本にキリスト教が布教された時、神(具体的にはキリスト)を日本人に教える際、ラテン語・ポルトガル語で神を意味するDeus(デウス)を使いました。決してZeus(ギリシャ神話のゼウス)ではありません。が、デウスは少し発音し辛い上にゼウスとも聞き取れるので、混同しがちなのです。この辺りについて正確に知りたい方は次のURL(wikiデウス)の「日本のカトリックにおけるデウス」の項でご確認下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A6%E3%82%B9

7不思議のゼウス像の製作から焼失に到る歴史を紹介したフィルム(11分)です。
Seven Wonders of The Ancient World-Statue of Zeus at Olympia
https://www.youtube.com/watch?v=xQI58xjcNVg

オリンピアにある考古学博物館の紹介フィルム(4分)です。
The Archaeological Museum of Olympia - Greece
https://www.youtube.com/watch?v=EwKxxKtJblo

なお、年代や像の寸法に関するフィルムとWikiの情報には一部で不一致がありましたのでmhが選択した数値を紹介させて頂きました。七不思議の概要を知る上では支障はないと思います。ご了承下さい。

(完)
月曜:世界の不思議
金曜:mh徒然草
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