Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ナスカ地上絵の不思議


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ペルーの首都リマの南東3百kmの砂漠に描かれた地上絵(geoglyphジオグリフ)の物語です。
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アンデス山脈の麓(ふもと)の標高450m、太平洋から45kmの砂漠。
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上のGoogle Earthで、黄ピンgeoglyph(ジオグリフ)を中心とした砂漠に地上絵は分布しています。
地中から見つかった、線を描くために打ち込んだ木の杭(くい)の一部のカーボン・デイティングや付近で出土している土器の欠片の分析から、地上絵が描かれたのは紀元前200年から紀元後800年で、ナスカ文化時代と呼ばれています。

ピンgeoglyphから南へ約10kmの、アンデスから流れ出る小さな川の傍(かたわ)らにピンpyramid(現在も発掘中。聖地?)、その東にピンaqueduct(アクイダクト;ウイグルや中央アジアではカレーズと呼ばれる地下水路)、cemetary(セメタリー;墓場)が発見されています。
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それではYoutube「Digging For The Truth - Secrets of the Nazca Lines」とWiki情報を織り交ぜて「ナスカ地上絵の不思議」をお送りしましょう。

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1920年、飛行機で上空を飛んだ人は地上に不思議なものを見て驚いた!
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沢山の直線が砂漠に描かれている!

これらの線画は後年、地上絵(geoglyph)と呼ばれることになった。
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誰が描いたのか?何故?
焼けるように暑くてほとんど雨が降らぬ砂漠の中に!
(Wiki:ナスカ地上絵)
1939年6月22日、動植物の地上絵が考古学者のポール・コソック博士により発見される。その後、ドイツの数学者マリア・ライヒェは終生この地に暮し、彼女を中心に地上絵の解明作業と保護が進むことになった。あまりにも巨大な絵が多く、上空からでないとほとんどの地上絵の全体像の把握が難しい。このような巨大な地上絵を何故描いたのかが大きな謎の一つとなっている。
(Wiki完)
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ナスカ・ラインを見る出発点の町ナスカ(mh注参照)はスーパーマーケットとネットカフェで大賑わいだ。
(mh:ナスカ地上絵の南東にある町でリマから飛行機の便があります。町にはAqueduct(地下水路)が残っています。)
26年間で合計1万2千時間もナスカ上空を飛んだベテラン・パイロットが操縦する超軽飛行機に乗って空の旅に出よう。
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2人乗りだ。過去に2回ほど墜落したが、大きな怪我はしなかった、と自慢している!
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ラインが見え出した、絵も!
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何百ものラインが砂漠を横切って描かれている。16kmの長さの直線ラインもいくつかある。
フットボール場サイズに描かれた鳥の絵!
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サルの絵もある、少し見辛いけれど。こちらは蜘蛛(クモ)の絵だ!
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鯨だ!砂漠を横切るように泳いでいる。山の斜面には人間のような像も描かれている!
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何と呼んだらよいか判らない絵も多い。
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山の上に花のような絵を見つけた。パイロットは知らない絵だという!信じられないことだが、私が最初の発見者らしい!
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パイロットは「これまで324個の絵を見つけたが、これで325個になった!」と慶んでくれた。

しかし古代の人は、空からしか判らないような直線や絵をどんな目的で描いたのだろう?

それを考える時、ドイツ人考古学者マリア・ライキを忘れることは出来ない。彼女は人生の大半をこの絵の調査に捧げたのだ。1998年に亡くなるまで60年間も!
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彼女は確信していた「自分は絵が描かれた目的を知っている!」と。
彼女が死ぬ時も一緒にいて調査していたアンナに現場を案内してもらった。
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地面には火山性の石が転がっている。鉄分が含まれている。2千年前、糸で直線を出し、地表の石を脇に移して地面に直線を描いていった。
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考古学者達の見積りでは、数人のグループなら48時間あれば鳥の絵を描くことも出来る。
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しかし2千年たった今でも線が消えずに残っているのは何故だろう?

鉄分を含む石が・・・地面の温度が・・・とフィルムで解説していましたが、英語の解説でややこしかったのでWikiの解説を挙げておきます。これもなかなか理解困難かとは思いますが・・・
「ナスカの地上絵が立地する場所は、ペルー南海岸地方の北から南へ走る丘陵と東方のアンデス山脈の麓との間にあるパンパ=コロラダ、パンパ=インヘニオと呼ばれる細長い盆地である。長い年月の間に、西方や東方の比較的高い場所からの水の流れが浸食した土砂を盆地に運び続けた。このような土砂は細かくて明るい色、黄白色をしている。この土の上に時々大洪水によって多量の石を含んだ土砂が運ばれる。細かい土は、南風によって吹き飛ばされ、比較的大粒の礫や岩石が残される。岩石は早朝は露に濡れるが、日中は焼け付くような砂漠の太陽に照らされることを繰り返すうちに、表層の岩石はやがて酸化して暗赤褐色になる。岩石が日中の太陽で熱をもつので、その熱の放射で地表に対して暖かい空気層をつくり出し、南風による表面の浸食を防ぎ、雨もほとんど降らない気候環境から雨による浸食もほとんどない状況をつくり出した。」

「ナスカの地上絵は、このような盆地の暗赤褐色の岩を特定の場所だけ幅1m~2m、深さ20~30cm程度取り除き、深層の酸化していない明るい色の岩石を露出させることによって「描かれて」いる。規模によってはもっと広く深い「線」で構成されている。地上絵の線は最初に線の中心から外側へ暗赤褐色の岩、砂、砂利を積み上げる、それから線の中心部分に少し残った暗赤褐色の砂や砂利も取り除いて明瞭になるようにしたと推察される。」

1920年に小型トラックが方向転換した軌跡もまだ残っている!
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さて、ドイツ人考古学者マリアによると地上絵の目的はこうだ。
「全てのラインは星、太陽、月に関係している。動物などの絵は気まぐれ、慰めで描かれた。」
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直線は冬至や夏至などの太陽の出入りの場所を指しているというのだ。
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としたらナスカの人々は偉大な天文学者達だったことになる。しかし、彼女の説に合致するナスカの直線は30%に過ぎない。

また、絵が気まぐれだとすれば、星空のどこにでも何だって描けてしまう!
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他に理由があるに違いない!それを知るにはナスカの人々の暮しぶりを知らねばならないはずだ。
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絵の場所から南に行くとナスカの墓場がある。7~9世紀のミイラや骸骨が見つかっている。
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遺体には何年もの間、生きているかの如く物が捧(ささ)げられ敬(うやま)われてきた。
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しかし、何世紀も経過するうちに墓場の存在は忘れ去られてしまったのだ。砂漠だったので遺体は自然に乾燥し、ミイラ化して残ることになった。人骨は砂漠に散乱している。
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ナスカの埋葬場は驚くべきものだった!この砂漠は神秘に満ちている。

砂漠に描かれたにもかかわらず、海の生物の絵が多いのにも驚く。
鯨や魚やクリケット・バード。
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40km離れた太平洋の浜辺に行くと昔の方法で漁業をしている人達がいる。
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昔ならアシカ(海驢sea lion)の皮で作った浮き輪に長い網(あみ)を載せ、海に泳ぎ出て網のループを作り、最後にロープの両端を巻き上げて魚を獲る。
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時には鯨も捕(つか)まえただろう。嘴(くちばし)の大きな鳥も飛んでいる。
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魚、鯨、海鳥の絵はナスカと海との繋がりを示すものだ。
猿は?きっとアマゾン流域の人々との繋がりを示すものだろう。
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ナスカは乾燥した砂漠だ。そこに暮らす人々の重要な関心事は生活に欠かせない水だったに違いない。
確かに地中には帯水層があったのだ。
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スパイラル状にほられた穴に入ってみよう。水が流れる水路がある!
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地下の水路は帯水層まで繋がっているのだ!
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この水路は今も周辺の灌漑などに使われている。

砂漠には何本かの川やオアシスもあるが帯水層の水もアンデス山脈から供給されているので決して干上がることはない。ナスカに描かれたラインはこれらの水源の場所や方向を指し示しているというのだ。
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2千年も前に水道システムの知識があったとは驚きだ。確かに、地質学者の調査で直線ラインは地下の水源と関係があることが判った。しかし、そうはいっても天体説同様30%のラインについて水との関係が説明できるだけで、ラインの全てには当て嵌(は)まらない。

同じような地上絵があるという北アメリカの砂漠に行ってみよう。ナスカと異なるのは、その絵を描いた人達の子孫が残っていることだ。カリフォルニア州ブライス(Blythe)の近く、モハベという砂漠だ。
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ナスカの地形と似ている。規模は小さいが、確かに動物や人間の地上絵がある。
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これを描いたケッツアンの子孫だという考古学者に訊(き)いた。
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「善と悪の象徴を描いた宗教的な意味を持つ絵だ。人々は知恵や啓示を得るために描いた。儀式の場所にもなった。」という。ナスカもそうだったのだろうか?

伝説によると、手を広げてコロラド川の氾濫を4回止めて人命を救った、という男を奉(まつ)ったという地上絵もある。
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ペルーに戻り、リマの考古学博物館を訪れてみた。ナスカのコレクションがある。
蜘蛛が描かれた陶器だ。地上絵の蜘蛛と似ている!
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儀式で使われた陶器もあった。犠牲者の首も描かれている!
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山の斜面に描かれていた人間の絵を思わせる。

不思議はますます深まった。ナスカ消滅から5百年後にこの地を治めたインカの人々にも首切りの習慣はあった。その習慣は千年以上も前のナスカ時代に既に始まっていたのだ。

沢山の頭蓋骨も見つかっている。こちらの頭蓋骨は扁平だ。子供の時から頭に何かを巻きつけて矯正していたのだ。紐(ひも)が付いた頭蓋骨もある。吊るして飾られていたに違いない。
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殺戮(ざんさつ)というより儀式的な理由で殺されたのだろう。

ナスカのカウアチに戻った。ナスカ絵から2,3kmの場所だ。発掘が続いている。
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ここはナスカの宗教センターだった。人々が巡礼で訪れた場所、ナスカ人のメッカだった。40ものピラミッドがまだ砂の中に埋まっているという。
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ナスカの線のいくつかもこの地を指している。

ナスカに描かれている渦巻きパターンは巻貝を表し、山の神を呼ぶ時に使われていたという。
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今では多くの考古学者はこう考えている。
「ナスカのラインは儀式で人々が列を作って歩いたところだ。描かれた動物は自然を司(つかさど)ると信じられていた動物だ。」
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ナスカの台地は祭壇として造られたのだろう。大きく絵を描いたのは天の神々にも見てほしかったからだ。人々はラインにそって踊りながら、神に捧げものをした。しかし、その時に人身御供を捧げていた様子は地上絵付近ではみつかってはいない。
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ナスカにはまだ多くの不思議が残っている。
(完)
興味がある方は、次のYoutubeでフィルムをお楽しみ下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=ONM14WcJp-o
Digging For The Truth - Season 1, Episode 10 - Secrets of the Nazca Lines
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コメント


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ポンペイには2度行きましたし、ナスカの地上絵も昨年、見てきました。
王羲之の字も・・・なんだかこの3回の内容は、コメントをするに十分な内容でしたが~
この2週間、とっても忙しくって
昨日は、請け負った仕事場のことで、監督官庁で監査を受けました。
なんとか切り抜けられたようですが、B型の『おおむね良好』の
甘さも指摘されました~よ。
何か事が起きてからでは遅い・・・と
これからは、気持ちを引き締めて仕事を全うしていきます!!

話は、変わりますが~
顔眞卿より王羲之の方が、字体としては好きですが
最近惹かれるのは・・・「へたうまな字」です。

特に日本酒のラベル、見惚れてしまう事ありませんか?

monalisa | URL | 2014-11-13(Thu)23:01 [編集]


Re: タイトルなし


> ポンペイには2度行きましたし、ナスカの地上絵も昨年、見てきました。
> 王羲之の字も・・・なんだかこの3回の内容は、コメントをするに十分な内容でしたが~
書道にも関心があるとは、趣味が多彩で結構なことだと思いますよ。
書道といえば、やっぱ中国が本場でしょうが、欧米でもアルファベット書道なるジャンルがあるんでしょうかね?
生活習慣が時代と共に変化すると書道や骨董に対する評価も変化しますので、結局は、見る人の気分の問題が価値を左右するのだと思います。とすれば酒瓶のラベルの字の評価も下戸と上戸では異なる結果になるんでしょうね。でも、なんだってとりあえずやってみるB型の方が人生を楽しめそうですから、よかったですね。酒もワインもビールも嗜むほうが、飲めないよりも楽しいだろうことは間違いないでしょう。
さて25日からイタリアですが、ポンペイに続いてピサの斜塔のブログも緊急投稿しました。近々公開です、お楽しみに。

mystery hunter | URL | 2014-11-14(Fri)09:31 [編集]