Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

ピサの斜塔の不思議

ピサの斜塔はローマの北北西約260kmにあるピサ市のドゥオモ(Duomo町を代表する教会堂)に付属する鐘楼です。
05601.png
上のGoogle-Earth 3Dは東方向からドゥオモ広場を鳥瞰したものですが、鐘楼が南側に傾いていることが判ります。鐘楼の向うは聖堂、その奥の円形の建物は洗礼堂(Baptistry)です。

それではYoutube「On the Inside The Leaning Tower of Pisa」(現場報告:ピサの斜塔)
から斜塔の歴史、倒壊を回避するために採られてきた対策の経緯などをご紹介しましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
     05602.png

ピサの町は斜塔で活気がある。
05603.png
斜塔を支えるトリック写真は観光客に人気だ。確かに塔は誰かの助けを必要としている。
05604.png
19世紀以降、傾きを止める試みがなされてきた。しかし、大きな改善が進まぬ中、イタリア政府は悲劇を避けようと入場を禁止した。ここ10年以上、観光客は中に入ることは出来ないままだ。

特別の許可を得て、中空のパイプのような塔の、厚い壁の中に造られた大理石の螺旋階段を登っていく。
05605.png
階段を登り切ると屋上の鐘部屋に出る。斜塔が鐘楼と呼ばれる所以(ゆえん)だ。
05606.png
しかし今、観光客は屋上に来ることはない。階段を登ることもない。塔は危険な状態にある。南側に傾いて倒壊・崩壊の危険があるのだ。
05607.png
傾斜が進まないよう830トンの錘(おもり)が北側に追加されている。最も危険と考えられている2階部の円筒壁の破壊を防ごうと、金属バンドで腹巻のように締め上げて補強している。
05608.png
加えて長さ100mのワイヤーで塔を北側から引いて支えている。傾きを矯正することはさすがに無理だが、万一の時に被害を軽減してくれる可能性がある。
05609.png
恒久的な対策を検討するため、国際的専門家で構成された委員会が発足した。
委員長は言う「簡単な仕事ではない。しかし委員全員で知恵を絞っている。」
05620.png
「1.5mだけ傾きを改善するのが目標だ。これが実現できれば、転倒や崩壊の危険は完全に解消するはずだ。観光客は恐らく気付かないだろう。誰も真っ直ぐ立っているピサの斜塔を期待してはいない。」

1990年までに塔は5.5°傾いた。塔の先端は垂直から17ft(5m)ずれていた。
05621.png
「こんなに傾いて、倒れたり破壊したりしないのは神秘だ!」

「円筒状のコンクリート壁の南側では大きな圧力がかかっていて壁が壊れる可能性がある。特に2階の南側の壁が危ない。」
05622.png
つまり斜塔の危険は2つあったのだ、傾いて倒壊する危険と、2階の南側の壁が圧力に耐えられずに崩壊してゆく危険だ。特に1990年はこれらの危険が高かった時だった。

実は建物が崩壊する予兆は建築当初から現れていた。
12世紀に建設が計画された時、この場所はラグーン(沼地)だった。近くにはアノ、アウザと呼ばれる2つの川があり、土壌は水を多く含んで柔らかだった。
05623.png
しかし、それがどのくらい建物に影響するのかは把握していなかった。

ピサは今でこそ人口10万の学生の町だが、11世紀は軍事力を誇る都市国家だった。海軍はシシリアに侵攻し勝利を収めた。しかしピサの人々は組し易いとのことから、他の多くの都市国家もピサと同盟を結ぶことになった。
05624.png
ピサの住民はこの軍事成果を称えてモニュメントを造ることにした。ピアタ・ディ・モラクリ(Square of miracle)、つまり“奇蹟の広場”だ。
05625.png
広場には素晴らしい大聖堂が、その隣には洗礼堂が造られた。裕福な市民が洗礼を受けて信者になり、祈りをささげる場所が広場に集められたのだ。
05626.png

そして鐘楼、今は斜塔と通り名がついた塔、が造られることになった。
塔の建設は1173年に始まった。しかし建設の開始時期から塔は傾き始めていた!傾きは北向きで今日とは逆の方向だ!
05627.png
こんなことはよくあることだ、ということで北側の床や柱を南側より少し高くして補正していった。

しかし政権の混乱や戦(いくさ)などで3階が完成した時点で工事は中断した。再開は100年後の13世紀だ。その時点では18cm北に倒れていただけだった。しかし、建設が進むと、今度は南に倒れ始めたのだ!それで今度は南側の柱を北より高くして補正しながら建設を進めた。
05628.png
結局、塔は真っ直ぐではなくバナナのように曲がりながら建てられていったのだ。
1278年、棟の建設はまた中止され、82年後、最上階の鐘部屋の建設が始まって、1370年に塔は完成をみた。
05629.png
その時、塔の傾斜は加速していた。そこで鐘部屋だけでも垂直にしようと修正した。具体的には、北側に4段の階段を、南側には6段の階段を床部に挿入し、南北で85cmの高さの差を付けたのだ。
05630.png
さらに、南への傾きを抑えたい、という気分から、北側には南側より大きくて重い鐘を取り付けることにした。
05631.png
入口の脇の壁には軍艦のレリーフも彫刻され、やっと鐘の音が塔から流れることになった。
05632.png
その後も数百年以上の間、なんとかして斜塔を垂直にしようと試みたが無駄だった。

1590年、ガリレオが大小の鉄球を使った重力実験をすると斜塔は有名になった。
05633.png

しかし、そうこうするうちに建物は少しずつ地中に沈んでいた。
05634.png
19世紀には凡そ3mも沈んでいて、一階の床面は地中に完全に隠れていたのだ。

1838年、イタリアの建築家が1階の床を埋めていた土壌を取り除くと水が溢れ出した!
05635.png
そして突然、塔は0.3m以上傾いたのだ!
何故その時、倒れなかったのか?これも不思議の一つだ。その後70年は何の対策も行われなかった。

1902年、ベネチアの聖マルコ寺院の塔が突然崩壊した。1千年も立っていたのに。
05636.png
驚いた政府はピサの斜塔の修復を真面目に検討し始めたが、なかなか手が付けられなかった。
1932年、ムッソリーニが権力を握ると塔への関心が強まった。技術者たちによる傾きの調査や対策の検討が開始された。塔内の中空の空間には測定器も設置された。
05637.png
ムッソリーニの技術者たちは「地下の水が基礎を弱めている」と結論し、基礎の土壌をコンクリートで固めようとした。そこで基礎部に361個の穴を明け80トンのコンクリートを注入していった。するとバランスが崩れ傾きは3.5インチ(8cm)悪化した!
  05638.png
塔は更に危険になったが修理の時間はなかった、第二次世界大戦が始まったのだ。
枢軸国だったドイツ・イタリアは連合国に押され、イタリアには米軍が進駐してきた。
05639.png
ドイツ軍は次々に塔を破壊していた。米兵を狙撃する見張り台として使うためだ。
05640.png
しかしピサの斜塔だけは破壊から免れていた。
当時、ピサに進駐したアメリカ兵は本を出版した。
05641.png
「斜塔内にドイツ兵がいることには気付いていた!しかし1時間待つことにした。何の反撃も無かった。そこで塔への攻撃は止めた。」米軍は塔を無傷で守ることに決めたのだ。
05642.png
結局、小さな柱が一つ壊されただけの斜塔は、終戦後、観光客のお目当てとなった。
05643.png

しかし、斜塔は少しずつ傾きを増していて、1980年代の終わりには17ft(5m)になっていた。
その頃、イタリアの町ペディア近くで塔が崩壊して2人が亡くなる事故が起きた、傾いてもいなかったのに。
05644.png
1990年、とうとうイタリアの最も有名な塔は閉鎖された。歴史上はじめての出来事だ。
土産店の主人は言う「その日、私は泣いたよ。人が入れない塔を見ても悲しいだけだ。」
05645.png

1990年、政府は改善案を世界から集めることにした。提案は沢山届いた。
 05646.png
 05647.png
1992年、塔内にセンサーを取り付け、ひび割れが拡大したら検知して警報するコンピュータ監視システムが稼働を開始した。

次に、歪が最も大きい二階部をプラスチックで被覆したスチールワイヤーで締め上げて補強した。
更には6百トンの錘(おもり)を基礎の北側に載せた。
05648.png
その結果、傾きは1インチ(2.5cm)改善した。長い歴史で改善が確認されたのは初めてだ。ひとまず安心できる。

すると「錘は見苦しい!早く取り除いてほしい!」とのクレームが出て来た。そこで本格的な対策を急ぐことにした。北側の基礎部で長さ15mのコンクリート製パイル(杭)を地中に打ち込み、南側への傾斜を食い止める案だ。
05649.png
しかし、基礎の土壌には水が多い。工事中に吹き出してくるかもしれない。そこでまず地中にパイプを打ち込んで液体窒素を流し込み、水を凍らせ土壌を固めてからパイル(杭)を打ち込むことにした。
05650.png
9月7日、冷却が始まった。2日の間は変化が無かった。
05651.png
が、突然1/16インチ(1.6mm)傾いた!1年分の傾きに相当する!凍った土壌が膨張してコンクリートの基礎を押し下げた結果、塔が浮く形になったのだ。
     05652.png
慌てて冷却を止めると塔は元に戻った。念のため230トンの錘を追加した。

結局、委員会の5年間の努力にもかかわらず何の改善も得られなかった。そして塔は閉鎖された。
レストランのオーナは言う。「斜塔が閉鎖されて観光客は20%減った。せっかく来てくれても写真を撮って、お土産を買って、直ぐに帰ってしまう。レストランで休む時間なんてないんだ。商売あがったりだよ!」
05653.png
斜塔への入場禁止はピサの人々を落胆させた。彼らは観光に依存し、観光は塔に依存していたのだ。

1998年新しい試みが行われることになった。土壌除去案だ。基礎の下の北側の土壌を抜き取ろうと言うのだ。メキシコシティのメトロポリタン大聖堂では成功している。
05654.png
上手くいけば0.5度、つまり16インチ(40cm)改善するはずだ。
05655.png
多くの人は懐疑的だった。「もし傾きが増したらどうなるんだ!」

1998年、懸案の工事が始まった。念のためケーブルで塔をサポートすることにした。
05656.png
長さ340ft(100m)のケーブルだ。直径は2インチ(5cm)もある。

そして1999年2月、土壌の引抜きが開始された。
05657.png
12本のパイプが30度の傾きでセットされた。そのパイプをガイドに、土壌を取り出すスクリュー・ドリルを斜塔の基礎まで斜めに挿入していくのだ。
05658.png
ドリルは少しずつ土壌を引き抜いていった。工事開始から5か月後、塔は0.5インチ(13cm)北に傾きを戻した。とうとう塔を安定する方法を見つけたのだ!

しかし、この場に来て工事資金が底をついた!改善方法は見つかったが中断せざるを得なくなった。

多くの観光客がピサを訪れているが、塔が倒壊する危険がどのくらいあったのか、塔の維持のために何がされてきたかを知る人は少ない。
05659.png
町では誰もが工事の早期再開を望んでいる。
    05660.png
(完)

https://www.youtube.com/watch?v=3gTq4WggLp0
On the Inside The Leaning Tower of Pisa
フィルムの撮影・編集は不透明ですが恐らく14年前の2000年でしょう。
(補足)
Youtube
ネットで2013年10月28日付けニュースを見つけました。
05661.png
「25百万ポンド(45億円)を注入したプロジェクトで塔の傾斜は2.5cm(!)減少」
  05662.png
多分、今回は、下の図にあるように離れた場所に井戸を掘り、土壌から染み出て溜まった水を除去して斜塔の下の土壌中の水分を少なく保つ対策をしたのだと思います。
  05663.png
この結果かどうか判りませんが、斜塔への入場が再開されているようです!

私も11月29日にピサを訪れる予定です。新たなミステリーが見つかればご報告しましょう。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する