Mysterious Questions In The World

世界のミステリーをご紹介します。

エジプト第一中間期の不思議

お釈迦様ではありませんが、何事も栄枯盛衰、諸行無常が摂理というものでしょう。
エジプト文明も例外ではありませんでした。

Wikiによると「エジプト文明」の栄枯盛衰は次の通りです。
エジプト原始王朝時代(紀元前4200年頃-紀元前3150年)
エジプト初期王朝時代(紀元前3150年-紀元前2686年)
エジプト古王国(紀元前2686年-紀元前2181年)
エジプト第1中間期(紀元前2181年-紀元前2040年)
エジプト中王国(紀元前2040年-紀元前1663年)
エジプト第2中間期(紀元前1663年-紀元前1570年)
エジプト新王国(紀元前1570年-紀元前1070年)
エジプト第3中間期(紀元前1069年-紀元前525年)
エジプト末期王朝(紀元前525年-紀元前332年)
プトレマイオス朝(紀元前332年-紀元前30年)

よく見ると「中間期」、言い換えると停滞期、が3回起きています。
ギザで3つのピラミッドが造られたのはエジプト古王国Old Kingdom、その直後の第1中間期First Intermediate Period of Egypt、これが今回のテーマです。

「何がエジプト第1中間期をもたらしたのか?」

Wiki「エジプト第1中間期:2181BC~2040BC」
紀元前2181年、ファラオの権威が失墜して古王国が崩壊し経済も荒廃した。食料不足や施政の混乱で飢饉や内紛がエスカレートし、各地で豪族が乱立した。彼らは独特の文化や経済を生み出し、王室限定とされてきた生活様式を我が物顔に取り入れては墓や宮殿を造り始めたりもした。
やがて豪族たちの間で権力闘争が起き、テーベを首都とする上流エジプト(Upper Egypt)とメンフィスを首都とする下流エジプト(Lower Egypt)に二極化する。しかし紀元前2055年頃、上流エジプトは下流エジプトを打ち破り中王国Middle Kingdomが成立した。
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それではYoutubeからBBC「古代の啓示:ナイル流域の滅亡」Ancient Apocalypse Death on the Nileをご紹介しましょう。
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5千年前、エジプトには華麗な文明が在った。その偉大な遺産はギザの大ピラミッドとスフィンクスだろう。
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ピラミッドは、永遠に生きるため、ファラオがミイラ化されて保管された墓だ。
ファラオはエジプトを統治し古王国は繁栄を極めていた。他に例がない見事な文明が1千年以上も発達し続けていた。
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しかし今から4千2百年前、古王国は突然、崩壊してしまうのだ!
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ファラオの権力は瓦解し、政府は統治力を失って、エジプトは1百年以上続く暗黒時代に突入した。
この突然の変化はエジプト研究に携(たずさ)わる考古学者にとってミステリーだった。
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ロンドン大学ヘクリ・ハサン教授は、30年間、このミステリーを解き明かそうと調査を進めてきた。
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(mh:このハサン教授の調査活動に焦点を当てたBBCドキュメンタリーなので、以降も彼が頻繁に登場します。よって今後は単にハサンとさせて頂きます。)

「なぜ、その時、急激な変化が起きたのか?素晴らしい建造物を残していた最中(さなか)で!」
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王室が分裂し、豪族たちの間で政治的な争いが始まったから、という説が支配的だった。

しかしハサンはこの説に懐疑的だった。その思いは1971年に芽生えた。
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砂漠の中で発見された小さな豪族の墓は驚くべき物語を秘めている。
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地方の豪族で古王国が崩壊した直後の時代を生きた男、アンカティフィの墓だ。
彼が語った物語は神聖文字ヒエログリフで墓に残されていた。
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ハサン「この墓はエジプトで最も注目すべき墓だと思う。4千年前に起きた飢饉とサファリング(生贄:いけにえ)について描かれたヒエログリフが残っているのだ!」
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ヒエログリフにはさらに驚くべき表記があった。
「エジプト中に飢饉が蔓延したため、誰もが子供達を殺して食べた!」
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無視することが出来ない記録だ!!!

アンカティフィの記述はエジプト考古学者達を騒然とさせた。
エジプト人の権威ガバーラ氏は言う。「その記述は事実ではないと思う。エジプト人なら、よく口にする誇大表現だ。そんな酷(ひど)い事がエジプトで起きたわけがない!」
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しかし、ハサンは考えている。「十分信頼できる記述だと思う。調査を進めれば裏付けが得られるはずだ。」

ハサンの努力にもかかわらず、数年の間、有力な事実は見つからなかった。

1996年、考古学上の証拠が初めて現われた。ナイルデルタの北部で古代の町が見つかり、そこから生贄の事実を示すと思われる跡も見つかった。旅行用ガイドブックにはこの遺跡は紹介されていない。
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発見したドナルド教授は驚愕した。不自然に放置されたと思われる9千を超える遺体があったのだ!
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ほとんどが貧しい人々の遺体で、古王国が滅びた時代に死んでいる!
ドナルド教授「このような出来事はこの場所だけでなく、エジプト全土で起きていたのではないかと私は思う。そして、この出来事こそが古王国の崩壊を指しているのだ。」

アンカティフィの記述にある壮絶な飢饉(ききん)は事実だったのだ。何か啓示的な自然現象が起きたのに違いない!
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長い間エジプトを統治し続けた最大のものはナイルだろう。古代のエジプト人は、万感の思いを込めて「神からの贈り物」と呼んでいた。ナイルを深く愛していたのだ。
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その思いは今のエジプト人も同じだ。
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ナイルが無ければエジプトは存在しなかった。上流に降る雨は毎年、洪水となって肥沃な土壌を下流に運んだ。土壌が積もると麦や野菜の植え付けを始めることが出来た。
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ナイルは今日もカイロの街を穏やかに流れている。しかし時には荒れ狂う川にもなる。
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エジプト人の考古学権威は言う。「ナイルはエジプトを育んできた。いつも信頼できる川だ。私は、神を信じるようにそのことを信じている。」
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しかしハサンは思う、「ナイルがいつもエジプトの良い友だったとは限らない!」
いくつかのそれらしい出来事も起きている。

ハサンは、アラブがエジプトを占領していた7世紀に出来た建物を訪れた。カイロにある。
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毎年、ナイルの洪水の水位をこの柱で確認していた。
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1千年以上に渡る記録が残っていた。これによれば洪水のレベルはいつも同じだったわけではない。岸を1mしか超えない年が1792年にも起きていた。その時、人々は飢え、暴動が起き、政治は動揺し、これに乗じたナポレオンはエジプトを易々(やすやす)と占領することが出来た。
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しかし、それでも暗黒時代を引き起こす程ではなかった。
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何かもっと大きな出来事があったはずだ。
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エジプト誕生にとって重要なもう一つの場所、サハラを調べてみることにした。
調査には妻で学者のハーラも同行した。
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人が住んでいた痕跡のある場所に炭が残っていた。
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研究所にもどって調べてみると昔からこの地に生えていた固有の木の炭だと判った。
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7千年前、この辺りはサバンナで草地だったが、木も茂り、人間が暮らすことは出来た。しかし時が経ち、砂がサバンナを覆い尽くして砂漠に変えてしまったのだ。
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「草原は砂で覆われ、荒れ果てていった。やがてそこに人々は住めなくなった」と書かれた記録も残っている。砂漠化の進行が4200年前の暗黒時代の原因なのだろうか?

ハサンは言う「違う!砂漠化などという速度が遅い変化ではなく、もっと急激にやってきたものが原因だったはずだ。」

新たな情報はエジプトではなく、イスラエルからやって来た!ミラ博士は鍾乳石を研究対象にしている。
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鍾乳石が成長する過程では石の中に雨水が閉じ込められていく。鍾乳石から採った小さなサンプルに閉じ込められた雨水の中の酸素の重さを質量計で調べるのだ。雨水が少ないと重い酸素が、多いと軽い酸素が多くなる。
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ミラは数千年に渡る鍾乳石サンプルの分析を行ってきた。

データを見ると、4200年前、特異な傾向が起きていた、雨量が少なかったのだ。
ミラ「通常より20%以上少なかった。過去5千年で最も著しい減少で、大きな環境異変を起こすのに十分な変化だ。」
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エジプトとイスラエルは離れてはいるが、この発見は意義がありそうだ。急速な気候変化はハサンが想定していたものだったからだ。
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さらに気候変化を示す新たな証拠が突然現れた(came out of the blue)、アイスランドの氷の中から!

ジェラルド博士は世界の気候変化を調査していた。彼の関心はアイスランドの氷に含まれている黒い灰だ!
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この氷の中にアイスランドの火山の灰が残っている。アイスランドの氷河に降った灰だ。
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氷河の氷は海に流れ出て溶けていく。氷は海水温が高いとアイスランドに近い場所で溶け、低いと南のほうまで流れてゆき、そこで溶ける。溶けた氷の中にあった灰はそこの海底に沈殿する。
いろいろな場所で海底をボーリングしてどの年代の地層にどのくらいの灰の量があるのか、過去1万年前まで遡って分析した。
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すると、普通なら到達していない南の方で灰が見つかるケースが1500年の周期で繰り返していたことがわかった。気候が周期的に変化していたのだ!4200年前もそうだった、氷は溶けずに遠く南の方まで到達していた。地球は冷えていたのだ!
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この“ミニ氷河期”でエジプトも影響を受けたはずだ。それが大飢饉を起こしたのかもしれない。
単なる偶然だ、とも言えるのかもしれないが・・・

ジェラルド博士の発見は地理学者メノコゥに大きな示唆を与えた。
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彼は地中の花粉を調査していたが、明確な気候の変化を確認した。

世界中のいたるところで急激な花粉量の変化が起きていたのだ、それも4200年前に!
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寒く、乾燥した気候が続いて農作物の収穫は激減しただろう。
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この変化は対応の仕様がないものだった。そして恐らく世界中で最も人間の生贄を必要とした所がエジプトだったのに違いない。

1999年、ナイルデルタで見つかった遺跡の寺院の壁の脇で18人の人骨が発見された。道に放置されていたのだ。
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ドナルド教授「大量殺戮があったのか、と思う程だった。年とった老人の下に年取った夫人、その下に子供の骨が重なっていた。みんないろいろなポーズをしていた。」
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「直ぐ近くに2人、その隣では豚を挟んで1組の男女の遺骨も見つかった!ここで何が起きたのかは判らない。しかし彼らは殺害されていたのだ。しかも遺体は埋葬されずに放置されていた!それを誰も気にもしなかったのだ。」

イスラエルの鍾乳石やアイスランドの氷、世界の花粉などの分析結果から、急速な気象変化がエジプトの暗黒時代を誘発した、という予感が強まった。しかし、エジプトで気象変化が起きたという証拠はまだ見つかっていない。

ハサンはエジプトの農耕地帯で、大飢饉を引き起こすに十分な、数十年以上に渡るナイル川の異変がなかったか、調べてみることにした。古王国時代、ナイル川に直結していたカルーン湖を調べてみよう!
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ナイルが氾濫すると湖は拡大した。湖のサイズを確認できれば洪水のサイズも判る。

ハサンは湖の周辺や中央で何箇所もボーリングをしてみた。
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そして驚くべき事実を見つけた。「見つからない!古王国時代の堆積物がない!」
湖が無かったのか?いや、そんなことはない!もっと昔からこの地に湖があったことは記録から間違いない。

ハサンは気付いた。
「4200年前、湖は完全に干上がってしまったに違いない。積もっていた古王国時代の堆積物は乾燥して、風で持ち去られてしまったのだ!」

何十年もの間、激減したナイルの水は湖を潤すことは無かった。この湖が干上がったのは1度だけだ、それが4200年前に起きたのだ。
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エジプトの歴史の中で起きた最も過酷な気候異常は畑を荒地に変えてしまった。これが大飢饉の原因だ。そしてこの場面がアンカティフィの墓のヒエログリフで鮮明に記録されていたのだ。
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「エジプトで広範囲に渡って飢饉が起き、誰もが子供を殺して食べた!」

驚くべき記述だ!絶望していた人々はカニバリズム(人肉の嗜食(ししよく))に走ったのだ。
何年も続く飢饉で人心を失った人々にとっては自然の結果だったのかもしれない。

その後の紀元前12百年に起きた飢饉の記録がある。
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「人々は何でも食べた。草も、家畜も、犬も。時には子供も、火で焼いて料理して食べた。」

もしこれがたった数年の飢饉で起きたことだとすれば、4200年前の大飢饉では想像を絶する状態だっただろう。古王国の崩壊は世界の偉大な文明の、ある種の醜い終焉(しゅうえん)だったのだ。
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(完)
Ancient Apocalypse Death on the Nile
https://www.youtube.com/watch?v=1ObRocl7YME


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